仲裁判断

 

仲裁判断(2017年1月12日公開)


仲裁判断

仲 裁 判 断
公益財団法人日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2016-006

申立人         X

申立人代理人  弁護士 生田 圭


被申立人    公益財団法人 全日本柔道連盟(Y)

被申立人代理人 弁護士 後藤 啓二

主   文

本件スポーツ仲裁パネルは次のとおり判断する。

1 請求の趣旨1を棄却する。

2 仲裁申立料金54,000円は、双方半分の負担とする。


理  由

 

第1 当事者の求めた仲裁判断

1 申立人は、以下のとおりの仲裁判断を求めた。

(1)被申立人が、2016年3月3日に、申立人に対して行った、同日から2017年3月2日まで「会員登録停止」として、併せて指導活動を禁止するとともに、同期間において「指導者資格停止」とする処分を取り消す。(請求の趣旨1)

(2)仲裁申立料金は被申立人の負担とする。(請求の趣旨2)

2 被申立人は、以下のとおりの仲裁判断を求めた。

(1)申立人の請求を棄却する。

(2)仲裁申立料金は、申立人の負担とする。

 

第2 事案の概要

 本件は、A大学柔道部(以下、大学を「本件大学」、柔道部を「本件柔道部」という。)の上級生であった学生B(当時3年生)が2015年12月1日、柔道部の下級生であった学生C(当時2年生)に対し、加療1か月を要する顎部骨折の傷害を負わせ(以下「本件傷害事件」という。)、この事件を契機に行われた本件大学による暴力事案等に関する調査を経て、被申立人が2016年3月3日、本件柔道部の部長であった申立人に対し、下記の理由により、1年間の会員登録停止等の処分を行った事案である(以下「本件処分」という。甲1)。

 平成25年6月から被申立人が組織を挙げて「暴力の根絶」に取り組んでいるにもかかわらず、本件柔道部においては、少なくとも平成26年以降、上級生が下級生に暴力を振るっていた事案が少なからず認められ、さらに、平成27年11月中旬の夜間、同大学柔道部寮の自室に呼び集めた4年生に対して、「Cを厳しく指導しろ」とあたかも暴力的指導を容認するかのごとき言辞で同大学柔道部員の学生Cに対する指導方法を指示するなど、暴力の根絶に向けて柔道部員を監督すべき立場でありながら、必要な監督を怠った。

 なお、上記指示を受けた4年生のうち3名は、同年11月20日ころ、同寮内において、学生Cに対して殴る、蹴るの暴行を加えたほか、3年生1名は、同年12月1日、同寮内において、学生Cに対して殴る、蹴るの暴行を加え、顎部骨折の加療1か月を要する傷害を負わせる事案が生じたものである。


 これに対し、申立人が、本件処分は誤った事実関係を前提とするなど不相当に過大な制裁を課すものであるから著しく合理性を欠き、また、処分に至る手続にも瑕疵があることなどを理由として、本件処分の取消しを求めた。

 

第3 判断の前提となる事実

 両当事者間に争いのない事実、並びに、証拠及び審問期日を経て容易に認められる事実は、以下のとおりである。

 

1 申立人について

 申立人は、全日本ジュニア柔道体重別選手権大会等で優勝したほか、国際大会で入賞するなどして活躍した柔道競技の元選手で、その後、大学の柔道部コーチなど務め、2010年4月に本件柔道部の部長に就任し指導実績を有する者である。


2 被申立人について

 日本国内における柔道競技を統括する競技団体である。


3 仲裁合意について

 被申立人倫理・懲戒規程第8条に「本連盟の処分に対する不服申立ては、一般財団法人日本スポーツ仲裁機構に対して行うことができる」との規定があるため、両当事者間には仲裁合意がある。


4 本件処分に関する経緯等

(1)2013年6月以降

 被申立人は組織を挙げて「暴力の根絶」に取り組んでいた(乙1)。

(2)2015年12月

 2015年12月1日、本件柔道部の学生Bを加害者、学生Cを被害者とする本件傷害事件(両顎骨複雑骨折)が発生した(甲2添付資料3)。

 2015年12月21日、被申立人は上記暴力事件に関する情報提供を受け、本件大学に調査を依頼した(乙17別紙2)。

(3)2016年1月

 2016年1月1日、本件大学は申立人に対し柔道部部長を一時(3か月)解く処分をした(甲2添付資料2)。

 2016年1月18日、19日、被申立人は暴力事案についての事情聴取のため申立人に連絡を行ったが、呼び出しに申立人は応じなかった(被申立人D専務理事証人尋問)。

 2016年1月25日、本件大学が被申立人に第1回目の調査結果を報告した(乙17別紙2)。

(4)2016年2月

 2016年2月9日、本件大学が被申立人に調査結果を報告した(乙17別紙2、乙5)。

 2016年2月15日、被申立人は、本件大学のE学生部長(以下「E部長」という。)に電子メールにて、被申立人の懲戒委員会の日時場所につき連絡し、E部長が当該電子メールを申立人に転送した(甲6)。

 2016年2月23日、本件大学のE部長が申立人に対し、翌24日の被申立人の懲戒委員会について、乙3の調査票を含む厚さ2㎝ほどの資料を交付した。申立人の代理人も同資料を受け取っている(本人尋問。本件大学F係長証人尋問)。

 2016年2月24日、被申立人の申立人及び学生らに対する懲戒委員会が行われ、申立人は、被申立人に対し弁明書を提出した(甲2、乙16)。

(5)2016年3月

 2016年3月3日、被申立人は申立人に対し、倫理・懲戒規程第3条、公認柔道指導者資格制度規程第7条に基づく処分を行った(1年間の会員登録停止・指導者資格停止。甲1)。同日、被申立人は6名の学生に対し処分を行った(3か月~1年間の登録停止。甲14~甲19)。

 2016年3月31日、申立人が学生に対し不利な証言をしないよう学生に強要した件等で、本件柔道部の部員らが本件大学E部長、F係長に直訴した(乙17別紙5、同別紙15)。

(6)2016年4月

 2016年4月1日、本件大学は申立人の本件柔道部の部長に関する業務を停止する発令をした(乙14)。

 2016年4月中旬にかけ、被申立人の目安箱に申立人の言動につき通報が寄せられた(乙11)。2016年4月12日、被申立人が本件大学に申立人の言動について説明を要請した(乙17別紙2)。

 2016年4月13日、申立人は弁明書を本件大学に提出した(甲3)。

 2016年4月21日、本件大学が申立人につき、本件柔道部の部長を免じる辞令を出した(乙14)。

 2016年4月23日、本件大学が本件柔道部の父兄会を開催し(本件大学関係者、父兄、学生等が参加)、本件大学は学生の調書の漏えい問題等につき調査を約束し、本件大学が調査委員会を設置した(乙17別紙3、別紙15)。

(7)2016年5月以降

 2016年9月13日、本件大学が被申立人に対し、「柔道部暴力等調査委員会」の調査結果報告を行い、同年9月28日、本件大学は申立外G大学に調査結果を報告した(乙6、乙17)。


第4 仲裁手続の経過

 別紙・仲裁手続きの経過のとおり。

 

第5 争点

1 判断の基準

2 処分の決定に至る手続に瑕疵があるか(手続の瑕疵)

3 処分の内容が著しく合理性を欠くか(処分の相当性)

 

第6 本件スポーツ仲裁パネルの判断

1 争点1(判断の基準)について

(1)本件スポーツ仲裁パネルの判断

 本件は、国内競技団体である被申立人が行った申立人に対する処分という決定の取消しが求められている事案である。

 競技団体が行った決定の取消しが求められている事案において、いかなる場合に取消しができるかについて、日本スポーツ仲裁機構の仲裁判断の先例によれば、「日本においてスポーツ競技を統括する国内スポーツ連盟については、その運営について一定の自律性が認められ、その限度において仲裁機関は国内スポーツ連盟の決定を尊重しなければならない。仲裁機関としては、①国内スポーツ連盟の決定がその制定した規則に違反している場合、②規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、③決定に至る手続に瑕疵がある場合、または④規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合において、それを取り消すことができるにとどまると解すべきである。」と判断されている(JSAA-AP-2003-001号仲裁事案(ウェイトリフティング)、JSAA-AP-2003-003号仲裁事案(身体障害者水泳)、JSAA-AP-2004-001号仲裁事案(馬術)、JSAA-AP-2009-001号仲裁事案(軟式野球)、JSAA-AP-2009-002号仲裁事案(綱引)、JSAA-AP-2011-001号仲裁事案(馬術)、JSAA-AP-2011-002号仲裁事案(アーチェリー)、JSAA-AP-2011-003号仲裁事案(ボート)、JSAA-AP-2013-003号仲裁事案(水球)、JSAA-AP-2013-004号仲裁事案(テコンドー)、JSAA-AP-2013-023号仲裁事案(スキー)、JSAA-AP-2013-022号仲裁事案(自転車)、JSAA-AP-2014-003号仲裁事案(テコンドー)、JSAA-AP-2014-007号仲裁事案(自転車)、JSAA-AP-2014-008号仲裁事案(ホッケー)、JSAA-AP-2015-002号仲裁事案(ホッケー)、JSAA-AP-2015-003号仲裁事案(ボート)JSAA-AP-2015-006号仲裁事案(バレーボール)、JSAA-AP-2016-001号仲裁事案(自転車))。

 本件スポーツ仲裁パネルもこの基準が妥当であると考え、本件においてもこの基準に基づき判断すべきものと考える。 


(2)被申立人の主張

 なお、この点について被申立人は、スポーツ仲裁における仲裁判断基準につき、「スポーツ団体は、団体自治権を有し、その団体の手続き規程に則り手続きが履行され、処分が下された場合、一応その判断に合理性が認められるべき」としたうえで、「当該スポーツ団体が、裁量権を逸脱する程の、著しく過大な制裁を科したり、前記手続き規程を意図的に違反するような瑕疵がない限り、当該手続きにより下された処分は、有効なものと認定されるべきもの」(答弁書2頁)と主張し、日本スポーツ仲裁機構がこれまでの仲裁判断において採用してきた上記(1)の基準に比べ、競技団体の行った処分を取り消すためにはより厳格な要件が必要であるかのごとき主張を行っている。

 さらに、弁明の機会の付与という懲戒処分における手続に関して、行政手続法(平成5年法律第88号。その後の改正を含む。以下、法律に基づく命令・告示、法律・命令に基づく規則等を「行政手続法等」と総称する。)で行政庁に求められるレベル、あるいはそれ以上のレベルの対応を、「被申立人を含むスポーツ団体に求めることは、全く理由がないばかりか、これまでの実務慣行、人的・財政的能力等から到底対応できないことを求めるものである。」(被申立人2016年11月15日付け準備書面20頁)などと主張し、緩やかな弁明の機会の付与で足りるかのような主張を展開している。

 しかし、日本スポーツ仲裁機構は、これまで積み重ねられてきた先例に関する仲裁判断において、「スポーツに関する法及びルールの透明性を高め、健全なスポーツの発展に寄与する」(スポーツ仲裁規則第1条)という目的を実現するために、競技団体の自治を尊重しつつ判断してきたものであり、その結果、多くの仲裁判断を経て確立された判断基準が上記(1)の基準である。競技団体の行った処分を取り消すためにより厳格な要件が必要とする被申立人の主張は、これまでの日本スポーツ仲裁機構の先例における判断を無視し、極端に競技団体の自治の尊重に偏ったものと言わざるを得ず、これを採用することはできない。

 また、もとより行政機関ではない競技団体に行政手続法等が直接的に適用される余地はないが、その規定の趣旨が法の一般原則・条理の表現でもある場合には、それが競技団体の決定に対して適用されることも認められるべきであり、懲戒処分手続における処分対象者に対する弁明の機会の付与等の手続は、処分対象者に不当な不利益を課すことのないように、その権利を保護するための手続であるから、競技団体の決定についても行政手続法等の規定の趣旨は適用が認められるべきものである。とくに、被申立人は、日本国内における柔道競技を統括する唯一の競技団体であり、柔道競技に関わろうとする者は被申立人に登録しなければならないのであるから、被申立人のような国内競技団体とその構成員との関係は、行政機関と一般市民との関係に類似すると考えられるのであり、この点においても行政手続法等の規定の趣旨を適用することには合理性が認められる。

 被申立人は、これまでの実務慣行、人的・財政的能力等を理由に、行政手続法と同等あるいはそれ以上のレベルでの弁明の機会の付与はできないと主張しているが、柔道競技を統括する国内唯一の競技団体である被申立人が、当該競技について責任を有し、高い公益性を有することに鑑みれば、実務慣行や人的・財政的能力を理由に義務を免れることはできないというべきである。また、そもそも懲戒処分における弁明の機会の付与という手続を履践するために、とくに多くの人員や資金を必要とするものとは認められないのであるから、この点においても被申立人の主張は失当であり、これを採用することはできない。


(3)よって、本件スポーツ仲裁パネルは、本件においても、上記(1)記載の基準に基づき判断する。


2 争点2(手続の瑕疵)について

(1)懲戒委員会までの経緯

 被申立人は、懲戒委員会に先立つ2016年1月18日、19日頃、申立人に対し、大学での暴力事案に関する事情聴取のための連絡を取っている。しかし、申立人は多忙という理由を述べ、大学や弁護士を通じての連絡に言及したものの、被申立人からの呼び出しには応じていない。

 その後、被申立人は、懲戒委員会の開催につき、2016年2月15日に申立人本人ではなく、本件大学E部長宛てに電子メールにて連絡し、同日に本件大学E部長が申立人に転送した。

 懲戒委員会の前日である2016年2月23日、申立人は本件大学のE部長から、本件柔道部における過去の暴力事案に関する調査票(乙3)を含む、厚さ2センチメートル程の資料を受領した。なお、申立人本人のほか、当時の申立人代理人も資料の写しを受領した。

 申立人は、翌2016年2月24日の懲戒委員会に出席し、同委員会において、1.5~2時間の聴聞が行われ、その際に、事前に準備した弁明書(甲2)を提出している。


(2)手続について

ア 被申立人のような国内競技団体が、その構成員に対して懲戒処分等の不利益処分を行う際には、行政手続法等が求めるものと同等の弁明の機会を付与することが不可欠であると解すべきである。具体的な手続としては、懲戒の対象となる事実の告知、及び、弁解聴取の機会の確保の2点につき検討が必要と考える。

 この点からみると、本件処分では、処分の対象となる事実が弁解の聴取時までに明示されておらず、本件処分に先立つ懲戒委員会の出席要請につき、申立人には、被申立人ではなく本件大学を通じて連絡がなされており、直接の連絡を受けていないという問題がある。

 また、その後、申立人は、懲戒委員会の前日に本件柔道部における暴力事案の一覧表を含め、本件大学から資料を受領しているが、この資料を踏まえて本人が作成し、懲戒委員会に提出された弁明書(甲2)は、処分の対象事実のすべてを網羅したものとまではいえない。

 また、処分の前提となる事実の調査について、本件柔道部における暴力事案に関する調査票の作成や、関係者からの事情聴取など、被申立人は、事実関係の調査につき本件大学の調査に専ら依拠しているといえ、十分な調査が行われたとまでは言い難い。


イ 以上のとおり、処分の対象となる事実の告知に不足があることや、申立人に対する連絡の方法が直接なされたものでなく適切とまでは言えないこと、資料の交付が懲戒委員会の前日であることなどを踏まえると、この事実の告知の不足等により、十分な弁解ができなかったという申立人の主張は、一定程度成り立つので、本件において手続に瑕疵がないとすることには、違和感を覚えざるを得ない。

 もっとも、これらの事情を考慮するとしても、前月に呼び出しを受けた事情聴取についても、応じることはできたこと、懲戒委員会の開催の連絡から、委員会が開かれる日まで、ある程度の日数が置かれていること、懲戒委員会の開催前に申立人も代理人も関係資料を受領し確認を行っていること、その資料も見た上で弁明書を作成していると認められること、また、懲戒委員会の議事録(乙16)によれば、本件柔道部における暴力と監督のあり方が主たる論点であり、それについては申立人本人も概ね理解していることが認められる。


ウ 結論

 これらの事情を総合的に勘案すると、本件処分の手続に瑕疵がないとは認められないものの、結果的に主たる懲戒対象事実について弁明はなされていると評価できるため、本件処分の決定に至る手続に瑕疵があることを理由として、あえて本件処分を取り消す必要までは認められない。


3 争点3(処分の相当性)について

本件処分の内容が著しく合理性を欠くか、処分の相当性について検討する。

(1)事実経緯

ア 2015年11月15日頃

 学生Cの生活態度を問題視していた申立人は、九州から上京した学生Cの母親と面談をしたうえで、4年生部員を集めて「地獄」という表現も交えながら、4年生部員に対し、学生Cを厳しく指導するよう指示した(甲3)。

 また、申立人は、寮に住んでいる学生Cに対し、上級生である学生Hの部屋に移動するように指示していた。学生Cは、1年の頃から学生Hに暴力を振われていた(乙3、被申立人D専務理事証人尋問)。


イ 4年生、学生Bの認識

 学生Bは、このような事実経緯の下、4年生から申立人の指示を聞き、「口で言っても分からなければ、多少の暴力もやむを得ない」と考えた(乙9)。また、4年生らも、「口で言っても分からないなら多少の暴力は良いのか」等、同趣旨の認識をしていたことを示す供述をしている(甲5)。

 申立人も、審問期日において、学生らのこの受け止め方につき、「私が言ったことでそういう風に思ったということは少なからずあると思う」と述べている(本人尋問)。


ウ 2015年11月15日以降の流れ

① 2015年11月20日頃、4年生のうち 3名による暴力があったと認められる(乙3、乙5)。

② 2015年12月1日の暴力事案

 学生Bは、4年生から上記の2015年11月15日頃の申立人の指示を聞き、2015年12月1日、学生Cに対し、本件柔道部の寮の食堂内で約30分位にわたり、殴る蹴るの暴力を振った。食堂内には4、5人位の学生がいたが救急車が呼ばれるとか、通報がされるといったこともなく、学生Cが学生Bに暴力を振われ傷害を負ったことについて、申立人は、2015年12月4日、被害を受けた学生Cから説明を受けて認識した(甲2、乙9、本人尋問)。

 この暴力事件に至る原因について、申立人は学生Cの生活態度に問題があり、学生Bの正義感によるといった説明をしている(本人尋問)。

 申立人と学生Cの和解の有無については、和解書面等はないが、刑事事件とはなっていない(被申立人D専務理事証人尋問)。

③ 本件柔道部における上級生から下級生への暴力

 申立人が4年生らに学生Cに厳しく指導するよう指示した2015年11月15日以前における本件柔道部内の上級生から下級生への暴力に関しては、本件柔道部関係者が学生から聴取し作成した資料(乙3)があり、特別に信用性を疑うべき事情はない(乙19)。また、本件柔道部の暴力事案等に関連して本件大学で2016年4月23日開かれた保護者会において、出席した学生(現4年生)から「私が入部したころから、手を上げるという行為につきましてはありました。そういった状況がずっと続いていて・・・」という発言があったことなどからも、本件柔道部において、少なくとも2014年以降に暴力が継続的に発生していたものと認められる。


(2)処分の相当性

ア 処分の理由と事実認定について

 申立人に対する処分の理由は上記第2に記載のとおりであるが、そのなかで、本件柔道部において、少なくとも2014年以降、上級生が下級生に暴力を振るっていた事案が少なからず認められたこと、申立人が、2015年11月中旬の夜間、同大学柔道部寮の自室に呼び集めた4年生に対して、「Cを厳しく指導しろ」とあたかも暴力的指導を容認するかのごとき言辞で学生Cに対する指導方法を指示したことなどが挙げられている。

 これらをみるに、例えば、「少なからず認められた」、「暴力的指導を容認するかのごとき言辞」といった、解釈の余地を残す表現が使われているため、処分の理由として十分な証拠に基づき事実の認定がなされていないのではないかとの疑問を生じさせる余地がある。

 しかしながら、上記(1)で認定したとおり、少なくとも、信用性ある証拠に基づいて、2014年以降に上級生が下級生に継続的に暴力を振るっていたことが認められ、また、申立人が2015年11月中旬に呼び集めた4年生に対して「Cを厳しく指導しろ」と指示し、その指示につき、本件柔道部の4年生や学生Bが、多少の暴力は仕方がないといった認識をしていた事実もまた認められる。

 したがって、表現の適否はともかく、処分の理由とされた事実が証拠に基づかずに認定されたということはできず、この点において不当な処分ということはできない。


イ 過剰な制裁か

 申立人は、本件処分につき、過剰な制裁を与えるもので、処分の内容が著しく不相当と主張し、とりわけ、I大学との事案の比較において著しく不相当との主張をする。

 確かに、I大学柔道部の事案は集団暴行事件であり監督する立場にある部長の処分は戒告処分であるが、被申立人によれば、同部長の事件後の対応が全く異なるといったこと、怪我を負った学生Cや親が申立人につき宥恕をしているかにつき、双方の言い分が食い違っており和解があったとまでは認めがたいといった差異がある。

 とりわけ、本件は、I大学柔道部の事案と異なり、被申立人が組織を挙げて「暴力の根絶」への取り組みを始め、登録している構成員への対応を繰り返し求めている中で発生した暴行事件である点で、I大学柔道部の事案と必ずしも同列に比較することは妥当ではない。また、本件では、少なくとも2014年以降に上級生から下級生に継続的な暴力が発生していたことは明らかであり、2015年11月15日頃の申立人による厳しくするようにという言辞後、多少の暴力は仕方がないと受け止めた学生らにより学生Cに暴力が振るわれ、2015年12月1日の暴行は寮内で行われ傷害事件に至っていること等を踏まえれば、部員に対する監督責任として、本件処分の内容が過剰なものであり、著しく不相当ということはできない。


ウ 小括

 以上のとおり、本件処分における被申立人の事実認定につき、証拠が揺るぎないとまではいえなくとも、それほどの不合理さはないと認められる。そのうえで、本件柔道部における2014年以降の継続的な暴力発生や、2015年11月15日頃の申立人の言辞とその後の複数の上級生による学生Cに対する暴力発生、寮内における学生Cへの暴行で顎部骨折の加療1か月を要する重傷が発生しているという、必要な監督が行われなかったことにより発生していた本件柔道部内の暴力という結果の重大性からすれば、本件処分が社会通念上著しく合理性を欠くとまではいえないと判断できる。


第7 結論

1 結論 

 本件スポーツ仲裁パネルは、以上のように争点1ないし争点3について判断するので、請求の趣旨1について棄却するものである。

 請求の趣旨2について申立料金の負担は、下記仲裁パネル付言で述べるところに鑑み、双方半分の負担とする。


2 仲裁パネル付言

 本件スポーツ仲裁パネルは、本件処分を維持した。しかし、第6で述べたように、本件処分においては、申立人に対する手続保障が十分に行われていなかった等、手続的に問題があることは重ねて指摘しておきたい。

 第一に、被申立人は、申立人に対して懲戒委員会開催の事実について本件大学を通して通知したり、事実関係の調査につき本件大学の調査に専ら依拠しているなど(第6.2(2)参照)、本件大学を本件処分の当事者であるかのように扱っている。しかし、本件大学は、あくまでも本件処分の当事者ではなく第三者であり、さらに、申立人、被申立人のいずれとも、潜在的な利益相反関係を孕んでいることに鑑みれば、被申立人は、本件大学を、あくまでも第三者として、遇するべきであった。

 第二に、被申立人は、懲戒の対象となる事実について、申立人には、明確には告知していない。

 第三に、被申立人は、本件処分が出された2016年3月3日以降に発覚した本件処分前の事実や、同日以降の事実を数多く主張している。さらに、それら事実の中には、本件処分とは関係のない事実(乙17 4頁)も含まれている。しかし、申立人が第三準備書面でも主張するように、これらの事実は、本件処分が取り消されるべきかを判断する上では無関係である。

 第四に、本件処分の処分理由には、「あたかも暴力的指導を容認するかのごとき言辞で同大学柔道部員のCに対する指導方法を指示するなど、暴力の根絶に向けて柔道部員を監督すべき立場でありながら、必要な監督を怠った。」とある。本件処分は、申立人の監督責任を問うものではあるが、「あたかも暴力的指導を容認するかのごとき言辞」とあるように、本件処分が、申立人の行為責任をも問うように受け取られる表現を用いている。この点、懲戒委員会議事録(乙16)を読んでも、申立人との間で申立人の行為責任を問うようなやり取りがある。懲戒委員会の場でも、申立人は、監督責任自体は認めている(乙16 4頁)。したがって、懲戒委員会の場で、もう少し、丁寧なやり取りが望まれたと言わざるを得ない。

 懲戒委員会の出席者である被申立人理事J氏は、「お互いに暴力はダメということを理解しましょう。気づかなかった。でも気づいたのだから今後はこういう風にしていきますというのがここの意味だと思う」と述べている。氏が述べられているように、懲戒委員会の場は、単に、制裁のための場ではなく、本件の場合であれば、「暴力根絶」に向けての理解を深めるための場でもあるはずである。しかし、仲裁パネルとしては、懲戒委員会においては、残念ながら、被申立人が申立人を一方的に糾弾している感が否めない。

 以上、縷々述べたが、仲裁パネルは、被申立人が国内唯一の統括競技団体として本件仲裁申立てを契機にさらなるガバナンスの整備、運営強化に努めることに期待するとともに、「暴力根絶」に向けて、今後一層、啓蒙活動をはじめとする情報発信に努力することを期待するものである。

以上

2017年1月12日

スポーツ仲裁パネル

仲裁人 角 紀代恵 

仲裁人 川添 丈  

仲裁人 今井 和男 


仲裁地:東京


(別紙)

仲裁手続の経過

1. 2016年9月2日、申立人は、公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(以下「機構」という。)に対し、「仲裁申立書」「証拠説明書」「委任状」「公益財団法人全日柔道連盟 懲戒・倫理規程」及び書証(甲第1~23の2号証)を提出し、本件仲裁を申し立てた。

 同日、機構は、スポーツ仲裁規則(以下「規則」という。)第15条第1項に定める確認を行った上、同条項に基づき申立人の仲裁申立てを受理した。

2. 同月15日、被申立人は機構に対し、「仲裁人選定通知書」を提出した。

3. 同月16日、申立人は機構に対し、「仲裁人選定通知書」を提出した。

 同日、機構は、申立人及び被申立人が提出した「仲裁人選定通知書」に基づき、申立人側仲裁人として川添丈を、被申立人側仲裁人として今井和男を選定し、「仲裁人就任のお願い」を送付した。

 同日、川添丈は仲裁人就任を承諾した。

4. 同月20日、今井和男は仲裁人就任を承諾した。

5. 同月21日、機構は、川添仲裁人及び今井仲裁人に対し、「第三仲裁人選定のお願い」を送付した。

6. 同月23日、被申立人は機構に対し、「答弁書」「証拠説明書」「委任状」及び書証(乙第1~15号証)を提出した。

7. 同月27日、川添仲裁人及び今井仲裁人は機構に対し、「第三仲裁人選定通知書」を提出した。

 同日、機構は、「第三仲裁人選定通知書」に基づき、角紀代恵を第三仲裁人に選定し、「仲裁人就任のお願い」を送付した。

8. 同月29日、角紀代恵は仲裁人長就任を承諾し、角仲裁人を仲裁人長とする、本件スポーツ仲裁パネルが構成された。

9. 同年10月13日、本件スポーツ仲裁パネルは、事案の明確化のための措置に関して、「スポーツ仲裁パネル決定(1)」を行った。

10. 同月24日、申立人は機構に対し、「第1準備書面」を提出した。

 同日、被申立人は機構に対し、「スポーツ仲裁パネル決定(1)に対する回答」「証拠説明書」及び書証(乙第16号証)を提出した。

11. 同月28日、申立人は機構に対し、「第2準備書面」「証拠説明書(2)」「証拠申出書」及び書証(甲第24,25号証)を提出した。

12. 同年11月1日、本件スポーツ仲裁パネルは、本件事案の審問の日程及び追加の主張及び証拠の提出に関して、「スポーツ仲裁パネル決定(2)」を行った。

13. 同月10日、本件スポーツ仲裁パネルは、審問の詳細、出席者及び証人尋問申請に関して、「スポーツ仲裁パネル決定(3)」を行った。

14. 同月16日、被申立人は機構に対し、「主張書面」「証拠説明書」及び書証(乙第17,18号証)を提出した。

15. 同月22日、申立人は機構に対し、「証拠申出書」を提出した。

16. 同月25日、被申立人は機構に対し、「証拠申出書」を提出した。

17. 同月28日、本件スポーツ仲裁パネルは、証人の採用、追加の証人尋問申請及び審問当日の両当事者以外の証人の扱いに関して、「スポーツ仲裁パネル決定(4)」を行った。

18. 同月30日、被申立人は機構に対し、「証拠申出書」を提出した。

19. 同年12月6日、被申立人は機構に対し、「証拠説明書」及び書証(乙第19号証)を提出した。

20. 同月7日、本件スポーツ仲裁パネルは、証人の採用及び審問当日の両当事者以外の証人の扱いに関して、「スポーツ仲裁パネル決定(5)」を行った。

21. 同月8日、東京において審問が開催され、審問の中で、被申立人から書証(乙第20号証)が提出された。

22. 同月12日、本件スポーツ仲裁パネルは、主張書面の提出期限、本件事案の審理終結及び仲裁判断の作成期限に関して、「スポーツ仲裁パネル決定(6)」を行った。

23. 同月15日、被申立人は機構に対し、「準備書面(2)」及び「証拠説明書」を提出した。

 同日、申立人は機構に対し、「第3準備書面」を提出した。

 同日、本件スポーツ仲裁パネルは、「スポーツ仲裁パネル決定(6)」に基づき審理を終結した。

24. 同月19日、本件スポーツ仲裁パネルは、乙第20号証の扱いに関して、「スポーツ仲裁パネル決定(7)」を行った。

以上

 

以上は,仲裁判断の謄本である。

公益財団法人日本スポーツ仲裁機構

代表理事(機構長) 山本 和彦