仲裁判断(2015年5月7日公開)
申立人 X
申立人代理人 弁護士 瓜生 健太郎
弁護士 早川 吉尚
弁護士 宍戸 一樹
弁護士 千賀 福太郎
弁護士 塚本 聡
被申立人 公益社団法人日本ホッケー協会
被申立人代理人 弁護士 續 孝史
主 文
本件スポーツ仲裁パネルは次のとおり判断する。
1 被申立人が2014年10月5日に決定し、同月6日に電子メールで申立人に通知した申立人に対する女子ホッケー日本代表監督の委嘱を解く旨の決定(以下「本件解任決定」という。)を取り消す。
2 申立料金54,000円は、被申立人の負担とする。
理 由
第1 当事者の求めた仲裁判断
1 申立人は、以下のとおりの仲裁判断を求めた。
(1) 2014年10月上旬に被申立人が行った、申立人を女子ホッケー日本代表チームの監督から解任するとの決定を取り消す。
(2) 申立料金は、被申立人の負担とする。
2 被申立人は、以下のとおりの仲裁判断を求めた。
(1) 申立人の請求を棄却する。
(2) 申立料金は、申立人の負担とする。
第2 仲裁手続の経過
別紙に記載のとおり。
第3 事案の概要
1 当事者
(1)申立人
申立人は、コカ・コーラウエスト株式会社(以下「コカ・コーラウエスト社」という。)の女子ホッケーチームの監督を務めていたが、被申立人からの委嘱を受け、同社の女子ホッケーチームの監督を兼ねたまま、2012年10月22日に被申立人の女子ホッケー日本代表チームの監督(以下「女子代表監督」という。)に就任した。
(2)被申立人
被申立人は、我が国におけるホッケー界を統括し、代表する団体である。従来、社団法人であった被申立人は、公益認定を受け、2013年4月1日付で公益社団法人として登記されている。
2 本件紛争の概要
本件は、被申立人の女子代表監督であった申立人が、2014年10月6日に被申立人の常務理事・強化本部長のAから、「先週末のJHA会議により、ワールドカップ、並びにアジア大会の成績等を鑑み、貴方の女子日本代表監督の職を解任する事が決定しましたので、ここにご通知申し上げます。」という内容の電子メールを受け取り、女子代表監督の委嘱を解かれたことから、被申立人に対し、女子代表監督から解任するとの決定の取消しを求めた事案である。
第4 判断の前提となる事実
本件仲裁において当事者双方より提出された証拠及び本件仲裁の全趣旨に基づき、本件スポーツ仲裁パネルが認定する事実関係は以下のとおりである。
1 被申立人は、コカ・コーラウエスト社との間で、2012年10月19日付で覚書(以下「本件覚書」という。)を締結するとともに、同日、申立人に女子代表監督を委嘱した。
本件覚書の柱書には、「社団法人日本ホッケー協会(以下、甲という。)とコカ・コーラウエスト株式会社(以下、乙という。)は、乙の契約社員であるX(以下、本人という。)が、女子ホッケー日本代表監督(以下、監督という。)に委嘱されることにともない、次のとおり覚書を締結する。」と記載されている(乙1)。
2 本件覚書には、以下の条項がある(乙1)。
(1)「甲は、女子ホッケー日本代表チームが、2016年リオデジャネイロ五輪(以下、当該五輪という。)の出場権を獲得することを目的として、乙に帰属している本人に監督を委嘱し、乙はこれに合意する。」(第1条(目的))
(2)「本人は、女子ホッケー日本代表チームを強化し、当該五輪の出場権を獲得することについて義務とその責任を負い、そのための必要な施策および措置を甲との協議のもとに行うことを業務とする。」(第2条(業務の内容)
(3)「本覚書の有効期間は、2012年10月22日から2016年当該五輪終了時までとする。」(第6条(有効期間))
(4)「2014年開催予定の第17回アジア競技大会「2014・インチョン」において、女子ホッケー日本代表チームの戦績および戦略等において、第1 条の目的達成に不具合が生じる可能性が発生した場合、甲は本人の監督委嘱を解くとともに本覚書を解除することができる。」(第7条第1項(契約の解除))
3 被申立人が申立人に女子代表監督を委嘱し、本件覚書を締結することは、本件覚書締結の事前である2012年9月7日及び事後である2012年11月16日に開催された被申立人の理事会において、審議事項にも報告事項にも含まれていない(乙6及び7)。もっとも2012年10月10日に被申立人がその理事・監事・特任理事宛に発出した「強化本部組織に関する書面理事会の開催について」と題する書面によって申立人に女子代表監督を委嘱することについての被申立人の理事の賛否が問われ、過半数の理事がこれを承認している(甲15の1、2)。なお申立人が女子代表監督に選任され、就任したことについて、当事者間に争いはない。
4 女子ホッケー日本代表チームは2013年において、以下の戦績を収めた(甲5)。
(1)2013年9月の第8回女子アジアカップ(ワールドカップ予選)で優勝
(2)同年10月の第6回東アジア競技大会で優勝
(3)同年11月の第3回女子アジアチャンピオンズトロフィーで優勝
5 2014年5月31日に開幕した第13回女子ワールドカップにおいて、女子ホッケー日本代表チームは大会10位であった(甲11)。
6 2014年8月にオーストラリアチーム招聘事業として日本で同チームと女子ホッケー日本代表チームとの交流戦が行われたが、その実施にあたり予算等において被申立人と申立人との間で見解の相違があった。また同年7月から8月に予定されていた女子ホッケー日本代表チームの中国遠征は被申立人の判断で取りやめとなった。さらに申立人が同年8月に希望していた仁川遠征は実現しなかった。
7 2014年9月2日から4日にかけて、申立人の発案の下に、第17回アジア競技大会に先立っての仁川遠征が実施された。
8 2014年9月3日、被申立人のAから宛先である被申立人の理事・女子強化委員会副委員長・一貫指導推進部女子委員長のBに以下の内容の電子メール(以下「本件メール」という。)が送られたが、本件メールのCCに申立人が含まれていたため、申立人も本件メールを受信した。
「B、
Xから返事ありましたか?海外に出れば、男子は毎日、報告をしてきていますが、女子は何もありません。
あいつは、我々をなめているんですかね。アジア大会終わったら、勝ったとしても、やめさせましょうか?くそなまいきな、ぼうず、のさばりくさっているなら、うっとしいだけですよ。」(甲2の2)
9 2014年9月3日、申立人は本件メールへの返信として、Aに対し、前記仁川遠征の報告を行うとともに、「Xをやめさせるのも結構です。私は恐れていません。幹部らの意見に従います。」と記載したが、これは申立人が「言われるがまま解任に応じることを了承する趣旨で述べたものではない」ことについては当事者間に争いがない。
10 2014年9月20日に開幕した第17回アジア競技大会において、女子ホッケー日本代表チームは同年9月29日の準決勝で中国に敗れ、同年10月1日の3位決定戦でインドに敗れて大会4位であった(甲7、8及び9)。
11 2014年10月5日、被申立人の業務執行理事会が開催され、女子代表監督についての審議がなされ、被申立人がコカ・コーラウエスト社と交わしていた本件覚書の合意解除をコカ・コーラウエスト社に申し入れるとともに、申立人への女子代表監督の委嘱を解くことについて、出席した業務執行理事全員一致で決議された(本件解任決定)。
同業務執行理事会の議事録における該当部分は以下のとおりである(乙3)。
「女子日本代表監督について、下記の二つの理由により、コカ・コーラウエスト株式会社と交わしている派遣契約の合意解除を申し出ることについて全員一致で決議された。
理由: (1)覚書第7条1項
(2)選手へのパワーハラスメント(Aの報告書)
この決定を受けて、10月6日に専務理事のCがコカ・コーラウエスト株式会社に直接通告に行くことが確認された。
同時にできる限り速やかに、次期監督の選考を開始することが決議された。」
12 2014年10月6日、被申立人のAから申立人に以下の内容の電子メールが送信された(甲3の2)。
「大変残念なお知らせですが、先週末のJHA会議により、ワールドカップ、並びにアジア大会の成績等を鑑み、貴方の女子日本代表監督の職を解任する事が決定しましたので、ここにご通知申し上げます。
従いまして、明日より予定の強化会議へのご出席は不要となりますので、先んじてご連絡申し上げます。
公益社団法人 日本ホッケー協会 強化本部よりの正式な通知書は別途、郵送にて、送付申し上げます。」
13 なお前記電子メールで言及されている被申立人から申立人への正式な通知書は、結局、送付されることはなかった。
14 2014年10月7日、コカ・コーラウエスト社の女子ホッケーチームのゼネラルマネージャーのDは、本件覚書を解除する旨の2014年10月6日付通知書(なおこの通知書は証拠として提出されていない。)を被申立人から受理し、本件覚書を解除することについて被申立人の求めを受け入れた(乙10)。
なおD作成の被申立人宛の確認書(乙10)には、以下の記載がある。
「貴協会が女子ホッケー日本代表監督をXに委嘱するため、当社が同人を当社在籍のまま貴協会に派遣する旨の契約を締結したこと、貴協会とXとの間に存在したのは女子ホッケー日本代表監督の委嘱であること、当社が監督の選任行為などへ介入していないこと、Xに対する女子ホッケー日本代表監督の委嘱を解き、上記「覚書」解除する旨の貴協会からの通知に従ったことも間違いありません。」
15 被申立人が本件覚書を解除したこと及び本件解任決定を行ったことは、その後である2014年11月21日に開催された被申立人の理事会において、審議事項にも報告事項にも含まれていない(乙11)。
第5 当事者の主張の要旨及び争点
1 被申立人がコカ・コーラウエスト社との間で本件覚書を締結するとともに、申立人に女子代表監督を委嘱したことによって、被申立人と申立人との間で、「女子ホッケー日本代表チームを強化し、2016年リオデジャネイロ五輪の出場権を獲得することについて義務とその責任を負い、そのために必要な施策および措置を被申立人との協議のもとに行うことを業務とする」内容の準委任契約(民法第656条)が締結されたことは当事者間に争いがない。
2 申立人は、2014年10月5日に開催された被申立人の業務執行理事会において決議された、申立人への女子代表監督の委嘱を解くこと、すなわち被申立人と申立人との間の準委任契約を解除することを内容とする本件解任決定について、(1)本件解任決定には被申立人の理事会の決議が必要であるが、その決議を経ていない、(2)本件解任決定を行うには被申立人と申立人の協議が必要であるが、その協議がなされていない、及び(3)本件解任決定を行うには、本件覚書第7条に定める解除原因を備える必要があるが、その解除原因は認められない、と主張して本件解任決定の取消しを求めた。他方、被申立人は申立人の主張を争い、本件解任決定は有効であると主張した。なお被申立人は、当初、申立人には本件申立てを行う当事者適格がないと主張して「本件申立てを却下する」ことを求める本案前の答弁を行っていたが、2015年4月4日の審問期日においてこの主張を撤回した。
第6 本件スポーツ仲裁パネルの判断
1 本件解任決定の有効性に関する本件スポーツ仲裁パネルの判断基準
競技団体の決定の効力が争われたスポーツ仲裁における仲裁判断基準として、日本スポーツ仲裁機構の仲裁判断の先例によれば、「国内競技団体(被申立人もその一つである)については、その運営について一定の自律性が認められ、その限度において仲裁パネルは国内競技団体の決定を尊重しなければならない。しかし、仲裁パネルは、①国内競技団体の決定がその制定した規則に違反している場合、②規則には違反していないが決定が著しく合理性を欠く場合、③決定に至る手続に瑕疵がある場合、または④規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合には決定を取消すことができると解すべきである。」と判断されており、本件スポーツ仲裁パネルもこの基準が妥当であると考える。よって、本事案においても上記基準に基づき判断する。
本事案においては、まず上記①、すなわち本件解任決定が、被申立人の制定した規則に違反しているといえるかどうかが問題となる。
2 被申立人の諸規則
被申立人における本件解任決定に関連する規則(抜粋)としては、以下のものがある。
(1) 公益社団法人日本ホッケー協会定款(以下「定款」という。)
第4条(事業)
この法人は、前条の目的を達成するために、次の事業を行う。
(中略)
(5)ホッケー選手の育成強化を行い、競技力向上を図ること。
(6)オリンピック及び国際ホッケー連盟が主催するワールドカップ等の競技大会に日本を代表する選手、役員を選定し、派遣すること。
(下略)
第24条(役員の設置)
この法人に次の役員を置く。
(中略)
4. 代表理事以外の副会長、専務理事、常務理事を業務執行理事とする
第33条(権限)
理事会は次の職務を行う。
(1)総会の日時及び場所並びに議事に付すべき事項の決定。
(2)規定の制定、変更及び廃止。
(3)この法人の業務執行の決定。
(4)理事の職務の執行の監督。
(5)会長及び業務執行理事の選定及び解職。
2. 理事会は次に掲げる事項、その他の重要な業務執行の決定を、理事に委任することができない。
(1)重要な財産の処分及び譲受け。
(2)多額の借財。
(3)従たる事務所その他重要な組織の設置、変更及び廃止。
(4)内部管理体制(理事の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保する為の体制、その他この法人の業務の適正を確保する為に必要な法令で定める体制をいう)の整備。
第39条(理事会規程)
理事会に関する事項は、法令またはこの定款に定めるもののほか、理事会に別途定める『理事会規程』による。
第52条
この定款の定めるもののほか、この法人の運営に必要な事項は、理事会の議決により別途細則を定めることができる。
(2) 公益社団法人日本ホッケー協会定款施行規則(以下「定款施行細則」という。)
第14条(強化本部)
強化本部に選手・スタッフ選考会議、情報・医・科学委員会、男子委員会、女子委員会、一貫指導推進部を置く。
2. 選手・スタッフ選考会議は、代表選手選考に関する基準マニュアルの作成、選考会を実施し、選考内容を理事会に提案する。
(下略)
(3) 公益社団法人日本ホッケー協会理事会規程(以下「理事会規程」という。)
第9条(決議事項)
次の事項は、理事会の決議を経なければならない。
(1)総会の日時及び場所並びに議事に付すべき事項
(2)理事の職務の執行に関する事項
(3)組織及び人事に関する事項
(4)財産・財務に関する事項
(5)重要な業務執行に関する事項
(6)諸規定の策定、並びにその変更廃止に係る事項
(7)その他理事会の議案にふさわしい事項
2. 会長は、前項の決議事項(法定事項を除く。)であっても、緊急の処理を要するため、理事会に付議できないときは、理事会の決議を経ないで、業務を執行することができる。ただし、この場合にあっては、会長は、次の理事会に付議し、承認を得なければならない。
第13条(業務執行理事会議)
本協会は、常務理事以上の理事によって構成される業務執行会議を置くことができる。また必要に応じて他の理事・専門委員の参加による拡大正副会長会議として開催することができる。
2. 正副会長会議の権限、運営方法については、会長の招集により随時、理事会の前段階として本規程第9条理事会の議決に関する各事項の準備・検討・審議を行うことが出来る。
3. その他、日常業務の処理に不可欠な事項の処理等、理事会の議案にふさわしくない諸事案の処理を行う。
(4) 公益社団法人日本ホッケー協会業務執行理事会の運営に関する規定(以下「業務執行理事会運営規定」という。)(甲14)
第1条(目的)
この規定は、公益社団法人日本ホッケー協会(以下「この法人」という。)の定款第26条に基づき、この法人の理事会より委任を受け、公益法人としての業務を適法、かつ効率的な執行を諮ることを目的とする。
第5条(理事会よりの委任事項)
理事会は、次の職務を業務執行理事に委任することが出来る。
(1)総会の日時及び場所並びに議事に付すべき事項の決定。
(2)規則の制定、変更及び廃止。
(3)この法人の業務執行の決定。
(4)理事の職務の執行の監督。
(5)会長及び業務執行理事の選定及び解職。
第6条
業務執行理事は、次の職務を理事会より委任を受けることが出来ない。
(1)重要な財産の処分及び譲り受け。
(2)多額の借財。
(3)重要な使用人の選任及び解任
(4)従たる事務所その他重要な組織の設置、変更及び廃止。
(5)内部管理体制の整備
3 本件解任決定の有効性
(1) 本件解任決定は、被申立人が2014年10月5日に開催した被申立人の業務執行理事会において決議されたものである。なお被申立人の理事会において申立人を女子代表監督から解任する決議を行っていないことは当事者間に争いがない。
被申立人は、被申立人が派遣する代表チームの監督の選任・解任は被申立人の理事会の決議事項でも報告事項でもなく、被申立人の業務執行理事会は本件解任決定を行う権限を有すると主張し、申立人は本件解任決定を行う権限は被申立人の理事会にあり、業務執行理事会にはないと主張する。
そこで被申立人において申立人に対する女子代表監督の委嘱を解くことを内容とする本件解任決定を行う権限を有するのはどの機関か、具体的には被申立人の理事会か業務執行理事会かを検討する。
(2) 被申立人の定款では、第4条で被申立人がその目的を達成するために行う事業を列挙しており、その第6号には、「オリンピック及び国際ホッケー連盟が主催するワールドカップ等の競技大会に日本を代表する選手、役員を選定し、派遣すること。」と記載されている。女子代表監督は、同号の「オリンピック及び国際ホッケー連盟が主催するワールドカップ等の競技大会」に派遣するとして選定される「日本を代表する選手、役員」のうちの「役員」に該当するから、女子代表監督を選定することは、被申立人の「事業」にあたるものである。なお同号に言う「選定」とは、選任だけではなく、その地位・職務を継続させるかどうかに関する選択を含むものと解されるから、解任をも含むものと考えるべきである。
そして被申立人の理事会の権限について定めた定款第33条第1項では、第3号で理事会は被申立人の業務執行を行うとされており、被申立人の事業に関する決定を行うことは被申立人の業務執行に該当すると認められる。
そうすると、理事会は被申立人の事業に属する「女子代表監督の選定」についての決定を行う権限を有するものと認められ、したがって女子代表監督を解任する旨の本件解任決定は理事会において行われるべき決定である。
さらに定款第52条を受けて制定された定款施行規則第14条では、第1項で「強化本部に選手・スタッフ選考会議・・・を置く。」とし、第2項で「選手・スタッフ選考会議は、代表選手選考に関する基準マニュアルの作成、選考会を実施し、選考内容を理事会に提案する。」と規定している。そうすると選手・スタッフの選考に関する提案は強化本部に置かれた選手・スタッフ選考会議が行うものの、選手・スタッフの選考についての最終的な決定は理事会が行うことが前提とされている。したがって定款施行規則第14条に照らしても、女子代表監督を解任する旨の本件解任決定は理事会において行われるべき決定であることが認められる。
(3) 実際上も、申立人を女子代表監督に選任するにあたっては、2012年10月10日に被申立人がその理事・監事・特任理事宛に発出した「強化本部組織に関する書面理事会の開催について」と題する書面によって申立人を女子代表監督にすることについての被申立人の理事の賛否が問われ、過半数の理事がこれを承認している(甲15の1、2及び乙7。なおこのように実際に理事会の会議を開催する代わりに、書面又は電磁的記録により理事の同意の意思表示を得て提案について被申立人の理事会の決議があったものとする方式を以下、「書面理事会」という。)。
さらに被申立人が公益社団法人となり、現在の定款その他の諸規程が適用された後に限っても、2013年6月14日に被申立人がその理事・監事宛に発出した「ユニバーシアード代表選手並びに役員派遣に関する書面理事会の開催について」と題する書面によって、書面理事会が行われ、男子及び女子の日本代表ユニバーシアード選手団の各監督の選任についての承認が行われており(甲18)、この書面理事会の手続による承認については、2013年9月6日に開催された被申立人の理事会において報告が行われている(甲16)。
被申立人が2012年10月に書面理事会の方式で申立人を女子代表監督に選任していること、及び2013年6月に書面理事会の方式で男子及び女子の日本代表ユニバーシアード選手団の各監督の選任を行っているということは、被申立人自身において、日本代表選手団の監督の選任は理事会において決議されるべき事項であることを認識していたことの表れと言わなくてはならない。
したがって被申立人自身も、申立人を女子代表監督に選任するには被申立人の理事会決議が必要であると認識していたものと言うべきである。
(4) しかしながら、被申立人の理事会によって2014年1月24日に承認された(甲20)業務執行理事会運営規定では、第5条で「理事会は、次の職務を業務執行理事に委任することが出来る。」と規定し、その受任事項は、定款第33条で定められている被申立人の理事会の権限と全く同じである。したがって「この法人の業務の執行」(業務執行理事会規定第5条第3号)を業務執行理事会が行うこと、そして被申立人の業務に含まれる申立人を女子代表監督から解任することを業務執行理事会が決定できると解する余地がないわけではない。
しかし、そもそも定款で定められている理事会の権限を上記のように包括的に業務執行理事会に委任できるとすることは、理事会の存在意義を多くの範囲で失わせることにつながり疑問である上、定款第39条に基づいて定められた理事会規程とも整合していない。すなわち理事会規程第9条第1項では、7項目に及ぶ決議事項は理事会の決議を経なければならないと規定し、加えて同条第2項では「緊急の処理を要するため、理事会に付議できないときは、理事会の決議を経ないで、業務を執行することができる」ものの「会長は、次の理事会に付議し、承認を得なければならない。」として事後的にでも理事会の決議が必要であるとされており、さらに業務執行理事会議とのタイトルが付けられた第13条では、業務執行会議、拡大正副会長会議、正副会長会議と用語が統一されておらず不明確な点はあるものの、業務執行理事会は、「理事会の前段階として本規程第9条理事会の議決に関する各事項の準備・検討・審議を行う」(第2項)ことや、「日常業務の処理に不可欠な事項の処理等、理事会の議案にふさわしくない諸事案の処理を行う」(第3項)ことがその権限範囲であるとされている。そうすると、業務執行理事会運営規定第5条に規定されている「理事会よりの委任事項」については、その最終的な決定権限が業務執行理事会に委任されたものと見るべきではなく、理事会の決議事項の原案の作成と理事会への提案等の理事会の行うべき業務の準備行為、及び日常業務に属する事項等の理事会の業務として適当でない事項や案件の処理がその行い得る行為と考えるべきである。
実際も、「ユニバーシアード代表選手並びに役員派遣に関する書面理事会の開催について」(甲18)において、「此の程、男女代表選手並びに役員が別紙のとおり決定されました。」との文言に続いて、「つきましては、理事の皆様に、ユニバーシアード代表選手並びに役員派遣について書面にて御諮り申し上げます。」として書面理事会の方式がとられている。その前段における「決定」を行ったのはどの機関であるかはこの文書からは明らかではないが、理事会規程第13条に照らしてこの決定は業務執行理事会において行われたことが窺われるのであり、最終的な決定を行う機関が理事会であることが当然の前提とされていることから、前段の「決定」は最終的な決定ではなく、理事会に提案される「原案の決定」に過ぎないものと考えられる。
(5) さらに上記の点を措くとしても、定款第33条第2項では、「理事会は・・・重要な業務執行の決定を、理事に委任することができない。」と規定し、理事会規程第9条も「重要な業務執行に関する事項」(第5号)や「その他理事会の議案にふさわしい事項」(第7号)は理事会の決議を経なければならないと規定し、さらに「理事会の議案にふさわしくない諸事案の処理」が業務執行理事会の権限範囲に属するとしている(同第13条第3項)。すなわち重要な業務執行に関する事項や理事会の議案にふさわしい事項についての決定は理事に委任することが許されず、必ず理事会の決定で行う必要がある。
そして日本代表監督の選任は、定款第4条第1項で定められている被申立人の事業である「オリンピック及び国際ホッケー連盟が主催するワールドカップ等の競技大会に日本を代表する選手、役員を選定し、派遣すること。」(第6号)そのものであるとともに、「ホッケー選手の育成強化を行い、競技力向上を図ること。」(第5号)のためにきわめて重要な要素となるものである。審問期日において、証人Cも、オリンピックに日本代表を派遣できるかどうかは被申立人において重要な事項であり、そのために代表監督は重要な役割を担っている旨、証言しているところである。
そうすると申立人に対する女子代表監督の選任・解任に関する決定は、被申立人の重要な業務執行に関する事項の決定であり、また理事会の議案にふさわしい事項の決定と言うべきである。
実際に、被申立人が申立人を女子代表監督に選任するにあたって書面理事会の手続をとっていること(甲15の1、2)、さらに男子及び女子の日本代表ユニバーシアード選手団の各監督の選任についても被申立人が書面理事会の手続をとっていること(甲18)は、被申立人自身、日本代表監督の選任が、被申立人の重要な業務執行に関する事項の決定であり、理事会の議案にふさわしい事項の決定と認識していたことを示すものである。
(6) 以上から明らかなとおり、被申立人において申立人を被申立人の女子代表監督から解任することを決定する権限を有する機関は理事会であり、被申立人の業務執行理事会はその権限を有しない。したがって業務執行理事会が行った申立人に対する女子代表監督の委嘱を解く旨の本件解任決定は、権限のない機関によって行われた決定であって、被申立人の制定した規則に違反するものである。したがって本件解任決定は、申立人の主張するその余の点について判断するまでもなく、取り消されるべきである。
4 申立料金の負担
被申立人が本件解任決定を行わなければ、申立人が本件申立てに及ぶことはなかったのであるから、申立料金54,000円は、被申立人の負担とするのが相当である。
第7 結論
以上に述べたところから、本件スポーツ仲裁パネルは主文のとおり判断する。
なお、本件の性質に鑑みて付言すると、被申立人が行った本件解任決定は、申立人に対する事実確認や事情説明に欠け、また被申立人の諸規則に基づいて履践すべき手続を経ずしてなされたものであり、申立人に対して性急ないし唐突になされたものであるとの感を禁じ得ない。本件解任決定は納得しがたいとする申立人の心情は理解しうるものである。
また被申立人が本件解任決定を行うにあたって、被申立人と申立人との契約関係の性質及び内容を十分に吟味したとは認められず、また定款をはじめとする被申立人の諸規則を正しく認識して行われたとも認められない。被申立人は本件を契機として、公益社団法人たる被申立人の適正なガバナンスを実現するとともに、関係諸法規及び被申立人の諸規則を遵守したコンプライアンス運営を行うことを本件スポーツ仲裁パネルは強く要望する。
なお被申立人は、被申立人の現在の執行部と旧執行部との間に確執があることを指摘し、これが本件と関係がある旨の主張をしている。しかし本件は被申立人が行った申立人に対する女子代表監督の委嘱を解く旨の本件解任決定の効力が問題となったものであり、被申立人の現在の執行部と旧執行部との確執の存在は、本件に対する本件スポーツ仲裁パネルの判断とは無関係であり、その判断にあたって何ら影響を及ぼすものではない。
以上
2015年5月7日
スポーツ仲裁パネル
仲裁人 棚村 政行
仲裁人 望月 浩一郎
仲裁人 山岸 和彦
仲裁地:東京
(別紙)
仲裁手続の経過
1. 2015年2月13日、申立人は、公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(以下「機構」という。)に対し、「申立書」「証拠説明書」「委任状」「日本ホッケー協会定款」「日本ホッケー協会定款施行細則」及び書証(甲第1~3号証)を提出し、本件仲裁を申し立てた。
同日、機構は、スポーツ仲裁規則(以下「規則」という。)第15条第1項に定める確認を行った上、同条項に基づき申立人の仲裁申立てを受理した。
2. 同月16日、申立人は、機構に対し、「仲裁人選定通知書」を提出した。
3. 同月18日、機構は、申立人提出の「仲裁人選定通知書」に基づき、望月浩一郎に「仲裁人就任のお願い」を送付した。
4. 同月24日、望月浩一郎は、仲裁人就任を承諾した。
5. 同月25日、申立人は、機構に対し、「上申書」を提出した。
6. 同月26日、被申立人は、機構に対し、「異議申立書」を提出した。
7. 同年3月2日、被申立人は、仲裁人選定期限までに仲裁人を選定しなかったため、機構は、規則第22条第2項に基づき、山岸和彦に「仲裁人就任のお願い」を送付した。
同日、山岸和彦は、仲裁人就任を承諾した。
同日、機構は、望月仲裁人及び山岸仲裁人に対し「第三仲裁人選定のお願い」を送付した。
8. 同月4日、申立人は、機構に対し、「主張書面(1)」「証拠説明書(2)」及び書証(甲第4号証)を提出した。
9. 同月6日、望月仲裁人及び山岸仲裁人は、機構に対し、「第三仲裁人選定通知書」を提出した。
同日、機構は、「第三仲裁人選定通知書」に基づき、棚村政行に「第三仲裁人就任のお願い」を送付した。
同日、棚村政行は、仲裁人就任を承諾したため、棚村仲裁人を仲裁人長とする、本件スポーツ仲裁パネルが構成された。
10. 同月10日、本件スポーツ仲裁パネルは、被申立人の「答弁書」及び書証の提出に関して、「スポーツ仲裁パネル決定(1)」を行った。
11. 同月11日、申立人は、機構に対し、「主張書面(2)」「証拠説明書(3)」「上申書」及び書証(甲第5~12号証)を提出した。
同日、本件スポーツ仲裁パネルは、本件事案の審問開催日時に関して、「スポーツ仲裁パネル決定(2)」を行った。
12. 同月16日、被申立人は、機構に対し、「上申書」を提出した。
同日、申立人は、機構に対し、「上申書」を提出した。
13. 同月17日、本件スポーツ仲裁パネルは、2015年3月16日付被申立人提出「上申書」及び同日付申立人提出「上申書」を受けて、被申立人の「答弁書」及び書証の提出期限に関して、「スポーツ仲裁パネル決定(3)」を行った。
14. 同月19日、本件スポーツ仲裁パネルは、審問開催日時、審問出席者及び証人尋問申請に関して、「スポーツ仲裁パネル決定(4)」を行った。
15. 同月24日、被申立人は、機構に対し、「答弁書」「証拠説明書」「証人尋問申請書」「委任状」及び書証(乙第1~5号証)を提出した
16. 同月25日、申立人は、機構に対し、「主張書面(3)」「証拠説明書(4)」「上申書」及び書証(甲第13、14号証)を提出した。
17. 同月27日、申立人は、機構に対し、「上申書」を提出した。
18. 同月30日、本件スポーツ仲裁パネルは、証人尋問申請及び書証の提出に関して、「スポーツ仲裁パネル決定(5)」を行った。
19. 同年4月2日、被申立人は、機構に対し、「パネル決定(5)に対する回答書」「証拠証明書(2)」「公益社団法人日本ホッケー協会理事会規程」及び書証(乙第6~11号証)を提出した。
20. 同月4日、東京において審問が開催された。冒頭、申立人から「証拠説明書(5)」及び書証(甲第15~17号証)が提出された。
両当事者から冒頭陳述がなされた後、本件スポーツ仲裁パネルから両当事者に主張内容の確認がなされた。被申立人は、「本件申立てを却下する。」ことを求める本案前の答弁を撤回した。その後、証人尋問、当事者尋問がなされた。
21. 同月6日、本件スポーツ仲裁パネルは、「最終主張書面」及び書証の提出期限並びに審理の終結の日時に関して、「スポーツ仲裁パネル決定(6)」を行った。
22. 同月13日、被申立人は、機構に対し、「最終主張書面」「証拠説明書(3)」及び書証(乙第12~16号証)を提出した。
同日、申立人は、機構に対し、「主張書面(4)(最終主張書面)」「証拠説明書(6)」及び書証(甲第18~20号証)を提出した。
23. 同月14日、「スポーツ仲裁パネル決定(6)」記載の期限の経過に伴い、本件スポーツ仲裁パネルは審理を終結した。
以上
以上は,仲裁判断の謄本である。
公益財団法人日本スポーツ仲裁機構
代表理事(機構長) 道垣内 正人