仲裁判断(2015年3月10日公開)
申立人 X
申立人代理人 弁護士 合田 雄治郎
弁護士 安藤 尚徳
弁護士 石原 遥平
被申立人 公益財団法人日本自転車競技連盟
被申立人代理人 弁護士 畑 敬
弁護士 金澤 恭子
弁護士 村頭 秀人
主 文
本件スポーツ仲裁パネルは次のとおり判断する。
1 申立人の請求の趣旨(1)及び(2)を棄却する。
2 申立人の請求の趣旨(3)及び(4)にかかる申立てを却下する。
3 申立料金54,000円は、申立人の負担とする。
理 由
第1 当事者の求めた仲裁判断
1 申立人は、以下のとおりの仲裁判断を求めた。
(1) 被申立人が2015年2月2日以前に決定し、2015年2月2日に通知した2015年ロードアジア選手権大会(第35回アジア自転車競技選手権大会。以下「本大会」という。)個人タイム・トライアル出場正選手にAを選出し、申立人を補欠とする旨の決定を取り消す。
(2) 被申立人は、申立人を、本大会個人タイム・トライアル(以下「本種目」という。)における出場正選手に決定せよ。
(3) 被申立人は、本大会における代表選手決定における選考理由及び選考過程を開示せよ。
(4) 被申立人は、国際競技大会に派遣する日本代表選手選考のための明確な選考基準を定立せよ。
(5) 仲裁申立料金は被申立人の負担とする。
2 被申立人は、以下のとおりの仲裁判断を求めた。
(1) 申立人の請求(1)及び(2)をいずれも却下する。
(2) 申立人の請求(3)及び(4)については答弁しない。
(3) 仲裁申立料金は申立人の負担とする。
なお、被申立人は、本種目の出場予定者をA、申立人を補欠と決定しているが最終的な出場正選手は、本種目開始時間(2015年2月14日午前8時)の24時間前までに前日のロードレースの経緯等を考慮してロード部会のBが最終的に決定することになっているので、申立人を本種目の出場正選手として選出しないとの決定は行っていないと主張する。ところで、申立人の求める仲裁判断は、被申立人の主張する本種目の最終的決定による選手の選出の取消しを求めるものではなく、本種目の出場予定選手としてAを選出し申立人を補欠とした決定の取消しを求めているので、被申立人の上記主張については判断しないものとする。また、本件仲裁判断においては、出場予定選手を出場正選手と称することにする。
第2 仲裁手続の経過
別紙に記載のとおり。
第3 事案の概要
本件は、本大会の本種目出場正選手にAを選出し、申立人を補欠とする決定(以下「本決定」という。)に関し、2014年のアジア選手権大会、全日本選手権大会、世界選手権大会における申立人の成績とAの成績を比較すれば、本決定は著しく合理性を欠くものであること、申立人の被申立人に対する態度を申立人に不利益に考慮したことは恣意的であり裁量権を逸脱したものであること、被申立人は2015年1月19日頃本決定を行っていたのにあえて通知を遅らせて申立人の不服申立ての機会を不当に奪おうとしたもので適正かつ公正な手続きに違反したものであることを理由として、本決定の取消しを求め、更に申立人を本種目の出場正選手として選出する等の決定を求めたものである。
第4 判断の前提となる事実
両当事者間に争いのない事実、証拠、弁論の全趣旨により認められる事実は、以下のとおりである。
1 当事者
(1)申立人
(i) 申立人は、現在23歳の自転車競技の選手である。申立人は2012年から本格的に競技活動を開始し、2013年の全日本選手権個人タイム・トライアル及び個人ロードレースで優勝し、2014年のロードレースの女子エリート強化指定選手である。
(ii) 申立人は、スポーツ仲裁規則第3条第2項に定める「競技者等」である。
(2)被申立人
(i) 被申立人は、日本国内における自転車競技を統括する公益財団法人である。
(ii) 被申立人は、スポーツ仲裁規則第3条第1項に定める「競技団体」である。
(3)仲裁合意
被申立人の登録者規程(甲1)第5章第7条に「本連盟の事業に関して行った決定事項に対する不服申し立てについては、公益財団法人日本スポーツ仲裁機構の『スポーツ仲裁規則』に従ってなされる仲裁により、解決されるものとする。」との規定があるので、両当事者間に仲裁合意があるものと認められる。
2. 事実の経緯
(1) 2014年12月23日、被申立人ロード部会コーチであるBから、エリート女子の強化指定選手に宛てた電子メールで、「2月中旬のアジア選手権にはA(ロードとTT兼任)、C、D、Eの4名で考えています。Aが怪我等した場合はXがロードとTTを兼任。コースが完全に平坦であり、アジアのエリート女子の戦い方から選手を選びました。」との内容の文章が送信された(甲3)。
(2) 申立人は、これに対し、同日、Bに対し、電子メールで「送られたメールのとおり、アジア選手権に当方が選出されない選考をされる場合は速やかに、スポーツ仲裁機構への緊急仲裁手続きを行います。」、「Bの主観による選考が正当であるか、仲裁機構の判断を頂きます。」との内容の文章を送信した(甲3)。
(3) 被申立人は、2014年12月25日付で、本大会のエリート女子ロードレース及び本種目の選手として申立人及びAの氏名の記載のあるエントリーシート(乙1)を作成し、本大会事務局に提出した。
(4) 本大会の代表選手は、被申立人の選手強化委員会の2015年1月14日付提案(乙2)に基づいて被申立人の選手強化本部会(乙8)が決定した。被申立人は、申立人に対し、同月19日付書面(甲5)により、申立人が本大会の選手として派遣されることになったので承引されたい旨通知した。
(5) 被申立人のFは、2015年1月19日、申立人に対し、電子メールで「アジア選手権の派遣選手については、最終的選考会議である選手強化本部会においてXを選考しました。本日発表予定です。」との内容の文章を送信した。また、同メールにて、被申立人のG、Hが本大会前に申立人及び申立人コーチのIと面談したい旨の申入れがなされた(甲4)。
(6) 2015年1月29日午後1時から約1時間つくば市内において、申立人、Iと、G、H及びFとの間で会議が行われた。会談では、選手選考については、同月19日付で公表されたとおり申立人が本大会の日本代表として選出されたことを除いて、被申立人側から本大会における本種目の選手選考の話は一切なされなかった。申立人は、過去の選手権大会の際の宿泊ホテルの場所やミーティングの内容等について意見を述べたが、被申立人側から肯定的な回答は得られず、被申立人の指示に従って欲しいことや代表チームのミーティングに出席することの指摘がなされた(甲29)。
(7) 2015年2月2日、Fは申立人に対し、電子メールにて、「タイムトライアルにつきましては1名しか出走できず、現在はAが出場予定です。補欠としてXとなっております」との内容の文章を送信した(甲6)。
(8) 申立人は、本大会における本種目の出場を出場正選手ではなく補欠と決定されたことに不服であったので、本決定の取消しを求め、更に申立人を本種目の出場正選手として決定すること等を求めて、日本スポーツ仲裁機構に仲裁を申し立てたものである。
第5 本件スポーツ仲裁パネルの判断
1. 判断の基準について
競技団体の決定の効力が争われたスポーツ仲裁における仲裁判断基準として、日本スポーツ仲裁機構の仲裁判断の先例によれば、「日本においてスポーツ競技を統括する国内スポーツ連盟(被申立人もその1つである)については、その運営について一定の自律性が認められ、その限度において仲裁機関は国内スポーツ連盟の決定を尊重しなければならない。仲裁機関としては、①国内スポーツ連盟の決定がその制定した規則に違反している場合、②規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、③決定に至る手続に瑕疵がある場合、または④規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合において、それを取り消すことができると解すべきである。」と判断されており、本件スポーツ仲裁パネルもこの基準が妥当であると考える。よって、本件においても、上記基準に基づき判断する。
但し、本件においては、以下に述べるとおり、修正した基準を適用することにする。
(1) 被申立人が本大会出場選手に関し代表選手選考基準を定めていたかどうかについては、以下に述べるとおり、必ずしも明らかではない。被申立人は、2013年12月29日付ウェブサイトに「2014年ロード強化指定選手選考基準ほか」との題の下に、「2014年ロード世界選手権大会並びに第17回アジア大会以外の選手選考について」としての基準を掲載し(乙3)、全く同じ内容の基準を、2014年4月27日付ウェブサイトに再掲出として掲載している(乙4)。なお、第17回アジア大会が本大会と異なることについては当事者間に争いはない。これらの内容は、「ロード世界選手権以外のナショナルチーム派遣レースの代表選手選考については、全てのカテゴリー(ジュニアを除く)において、2014年強化指定選手の中から当該監督の推薦により提案され、ロード部会の承認を得る。」というもので、同じウェブサイトにおいて、ロード世界選手権大会のエリート女子の代表選手選考基準が「全日本選手権ロードレース終了時点でのUCIポイント獲得上位者並びに全日本選手権ロードレース優勝者から選考する。」とされていることを対比すると、代表選手選考の具体的基準とすることは困難であるといわざるを得ない。また、ウェブサイトに掲載された代表選手選考基準は、掲載の時期から考えて2014年1月から同年12月までの1年間に行われる大会についてのものと解すべきである。なお、2013年にインドで行われたアジア選手権大会の選手選考については、2012年12月14日付書面において、エリート・ロード女子については、「当該監督の推薦により提案され、ロード部会の承認を得る。」と記載されている(甲19)。以上の事実から判断すると、本大会のエリート・ロード女子の代表選手選考基準に関しては、明確な基準が公表されることなくロード部会において、代表選手が選考されていたと判断せざるを得ない。したがって、本件スポーツ仲裁パネルは、本大会出場選手に関し公表された代表選手選考基準は存在しないものと判断し、被申立人の決定がその制定した規則に違反したものかどうかを検討することはしないものとする。
(2) 前記のとおり、本大会出場選手の選考基準は存在しないことになるので、本件スポーツ仲裁パネルが準拠すべき基準として定立した前記基準のうち④については、代表選手選考基準の存在が前提となっているので、本件に適用することはできない。また、③については、原則として、代表選手選考決定に至る手続が規定されていることを前提とし、そうでない場合には、代表選手選考過程が全く不合理であったり、合理的に見て代表選手選考権限がないと考えられる者が恣意的に選考した場合に、手続違反として、当該選考結果を取り消すことができると解すべきである。本件においては、本決定のための手続は規定されていないが、被申立人に選手強化本部会及び選手強化委員会が存在すること(乙8)、本大会に派遣する選手について選手強化委員会が選手強化本部会に推薦した経緯はあること(乙2)及び弁論の全趣旨から、少なくとも合理的でない恣意的な代表選手選考手続が行われたとは考えられない。したがって、本件を基準③によって判断しても本決定を取り消すべきであるとの結論に到達することはできない。
(3) 仲裁判断をする際に準拠すべき基準としての②は、「規則には違反していないが決定が著しく合理性を欠く場合」には決定を取り消すことができるとされており、規則の存在が前提になっているように読めるが、規則の存在しない場合でも、なされた決定が著しく合理性を欠く場合には決定を取り消すべきであるので、②は、「規則の有無にかかわらず決定が著しく合理性を欠く場合」と修正して本件について②を適用することにする。
なお、申立人は、代表選手選考について基準がない場合の過去の仲裁判断の先例から、試合結果等の記録を考慮せずに記録以外の諸事情だけを考慮してなされた競技団体による代表選手選考は裁量権の濫用として無効ないし取消うるべきものとなるとの基準があるとするが、本件スポーツ仲裁パネルは、前記基準②にこのような場合も含まれると考える。
2. 申立てに対する判断
(1) 本件申立ては、代表選手選考の具体的基準が存在しない場合に選手の成績を適切に評価することなく本種目の出場正選手と補欠の決定がなされたこと、本決定に至る過程で申立人の被申立人に対する態度等を申立人に不利益に考慮するなど恣意的で裁量を逸脱する判断がなされたこと、被申立人が本決定の申立人に対する通知を遅らせたことは申立人の不服申立手続を利用する権利を不当に奪うもので適正手続違反であることを理由として、本決定は著しく合理性を欠くとして本決定の取消しを求めると共に、申立人を本種目の出場正選手として選出すること等を求めたものと解することができる。
(2) そこで、最初に、本決定が著しく合理性を欠く場合に該当するかどうかについて、主張された各理由について検討する。
(i) 申立人は、申立人とAの過去2年間の本種目の成績、特に世界選手権大会の成績を比較して決定すべきであり、またUCIポイントは、個人タイム・トライアルの実力を測ることができると主張する。これに対して、被申立人は、2014年のアジア選手権大会及び2013年の世界選手権大会はいずれもAが出場していないことから比較材料とならず、2014年の世界選手権大会については、両名の順位が10位以下であるため参考となる要素が少ないので、全日本選手権大会を重視すべきとする。
(ii) 本大会の本種目の出場選手としては申立人とAの2名がエントリーされていたのであるが、本種目には1名しか出場できない以上、両選手のうち1名を出場正選手、他を補欠とせざるを得ない。代表選手選考基準が存在しないので何らかの基準を設定して出場正選手と補欠を決定しなければならない。このような場合に両選手の出場している大きな大会の成績を比較することにはそれなりの合理性があり、また、2014年ロード世界選手権大会のエリート女子の代表選手選考基準としてUCIポイント獲得上位者及び全日本選手権ロードレース優勝者から選考すると記載されていることから、これらを類推適用することにも合理性があるということができる。両選手の成績を比較する場合には、申立人が本格的にロードレースに参戦したのが2013年というのであるから、2013年と2014年の成績を比較するのが相当である。ところで、全日本選手権大会では、2013年に申立人が優勝、Aが準優勝、2014年はAが優勝、申立人が準優勝というのであり、2014年の世界選手権大会では、申立人が14位、Aが18位と際立った差はない。また、UCIポイントでは、Aが23、申立人が22と1点差である。
以上の点から、申立人とAの過去2年間の成績は拮抗しており甲乙つけがたいということができる。したがって、両選手の成績から判断した場合に、被申立人がAを本種目の出場正選手とし、申立人を補欠とした決定が著しく合理性を欠くということはできない。
(iii) 次に、申立人の被申立人に対する態度等を不利益に考慮することについて、被申立人は、被申立人の指示に従わずチームとしての行動に従わないことは、アンチ・ドーピングの居場所情報関連義務違反に抵触するリスク等から、代表選手選考に影響する可能性があることは認めている。
本件において、この点が実際に判断されたかどうかは不明であるが、仮に、成績において甲乙つけがたい選手がいる場合に、チームとしての行動に従わない選手の方を不利益に扱うことがあったとしても、裁量の範囲を逸脱しているということはできないというべきである。
(iv) 最後に、被申立人が本決定の通知を恣意的に遅らせたとの主張については、本決定が具体的に何時なされたかは、本決定に関与した者が本大会の会場であるタイに出発したため明らかではないが、少なくとも2015年1月19日から同年2月2日の間になされたことには争いがない。しかし、被申立人が通知を意図的に遅らせたとの証拠はなく、また同年2月2日に申立人に通知したことによって申立人の不服申立ての機会が奪われた事実はないので、適正・公正な手続に違反したということはできない。
以上のことから、申立人の主張するいずれの理由によっても本決定が著しく合理性を欠く場合に該当するということはできないと解すべきである。
(3) 次に、被申立人は、申立人を本種目の出場正選手として選出すべきであったとの主張について検討する。
既に述べたとおり、申立人とAの過去2年間の成績を比較したとき、両選手の成績は拮抗しており甲乙つけがたい状況である。このように2人の選手の成績が客観的に拮抗している場合には、競技団体において選出権限を有する者がいずれの選手を選出しても裁量権の範囲内と解すべきである。更に本件においては、2014年世界選手権大会のエリート女子の選手の選出基準とされている全日本選手権の成績及びUCIポイントのいずれにおいてもAが少し上回っているので、本決定は合理的なものとして、本仲裁パネルも尊重すべき決定といえる。したがって、申立人を出場正選手、Aを補欠に選出すべきであるとの申立人の請求は棄却すべきである。
(4) 申立人の請求(3)は、本大会の本種目における出場正選手及び補欠決定における選考理由及び選考過程の開示を求めるものと解釈でき、請求(4)は、国際競技大会に派遣する代表選手選考のための明確な基準の定立を求めるものである。ところで、スポーツ仲裁は、スポーツ競技又はその運営に関して競技団体又はその機関が競技者等に対して行った決定についてなされるものとされており(スポーツ仲裁規則第2条第1項)、その趣旨は、特段の事情がない限り、競技団体又はその機関のなした決定の当否について仲裁人の判断を求めるものに限ると解すべきである。請求(3)及び請求(4)は、いずれも決定の当否に対する判断を求めるものであるということはできない。
したがって、請求(3)及び請求(4)にかかる申立てはいずれも却下する。
3.付言
本件申立てを判断する際に最も問題となったのは、2015年アジア選手権の代表選手選考基準が存在したのかどうかということであった。被申立人から代表選手選考基準として提出されていたものについては、前記のとおり、2014年の代表選手選考基準であって本大会には適用されないものと判断することができた。本件がアジア選手権大会直前の申立てであったため、被申立人の関係者が既に大会開催国に出発した段階で審問が開かれたことも1つの原因ではあったが、被申立人の提出した代表選手選考基準の適用される競技会が必ずしも明確ではなかったことが大きな理由である。
被申立人は、2013年、2014年にはアジア選手権大会の代表選手選考基準を一応発表しているにもかかわらず、2015年については何故か公表しなかった。
どのような競技であっても、世界選手権大会、アジア選手権大会などのような国際大会における代表選手選考基準は選手にとって重大な関心事であるので、速やかにウェブサイトなどで公表し、周知することが要求される。
被申立人の2014年世界選手権大会に対する代表選手選考基準に対比して、2013年、2014年のアジア選手権の代表選手選考基準は、強化指定選手の中からロード部会が選考するというだけのもので客観的にみても選手からみても具体的に何を基準として選考されるのかは極めて不明確である。このような基準であれば、仮に当該基準が事前に公表されていたとしても、本件申立てがなされなかったとはいえないが、せめて2014年世界選手権大会の代表選手選考基準のような客観的な指標を利用した内容の基準であれば、選手からみてもかなり具体的な基準として機能すると考えられ、本件申立てのような紛争の予防に資するといえる。
したがって、本件スポーツ仲裁パネルは、被申立人に対し、今後代表選手選考基準をできる限り客観的な基準として定立するように要望するものである。
第6 結論
以上のことから、本件スポーツ仲裁パネルは、申立人の請求(1)及び請求(2)を棄却すべきものと認め、請求(3)及び請求(4)にかかる申立てを却下し、申立費用については申立人が負担すべきものと認め、主文のとおり判断する。
以上
2015年2月12日
スポーツ仲裁パネル
仲裁人 竹之下 義弘
仲裁地:東京
(別紙)
仲裁手続の経過
1. 2015年2月4日、申立人は、公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(以下「機構」という。)に対し、「申立書」「証拠説明書」「委任状」、及び書証(甲第1~9号証)を提出し、本件仲裁を申し立てた。
同日、機構は、スポーツ仲裁規則(以下「規則」という。)第15条第1項に定める確認を行った上、同条項に基づき申立人の仲裁申立てを受理した。機構は、事態の緊急性に鑑み極めて迅速に紛争を解決する必要があると判断し、規則第50条第1項及び第3項に基づき、本件を緊急仲裁手続によること、及び仲裁パネルを1名とすることも併せて決定した。
同日、機構は、両当事者に「審問開催日程に関する通知」を送付した。
2. 同月6日、機構は、竹之下義弘を仲裁人に選定し、「仲裁人就任のお願い」を送付した。
同日、竹之下義弘は、仲裁人就任を承諾し、本件スポーツ仲裁パネルが構成された。
同日、本件スポーツ仲裁パネルは、審問開催日時、場所、審問出席者及び証人申請について「スポーツ仲裁パネル決定(1)」を行った。
同日、被申立人は、機構に対し、委任状を提出した。
3. 同月7日、本件スポーツ仲裁パネルは、両当事者に対し釈明を求める「スポーツ仲裁パネル決定(2)」を行った。
4. 同月9日、本件スポーツ仲裁パネルは、申立人に対し主張の補充と証拠の提出を求める「スポーツ仲裁パネル決定(1)」及び被申立人に対し答弁書の提出を求める「スポーツ仲裁パネル決定(2)」を行った。
同日、被申立人は機構に対し、「答弁書」「証拠説明書」「被申立人の意見」、及び書証(乙第1~4号証)を提出した。
同日、本件スポーツ仲裁パネルは、「申立人上申書(尋問方法)」「申立人上申書(審問出席者)」の内容について被申立人に意見を求める「スポーツ仲裁パネル決定(3)」並びに両当事者に対する釈明の要求及び証人尋問に関して「スポーツ仲裁パネル決定(4)」を行った。
5. 同月10日、本件スポーツ仲裁パネルは、被申立人に対する釈明を求める「スポーツ仲裁パネル決定(5)」及び両当事者に対し証拠の提出及び釈明を求める「スポーツ仲裁パネル決定(6)」を行った。
同日、申立人は機構に対し、「申立人準備書面(2)」「証拠説明書(2)」、及び書証(甲第10~30号証)を提出した。
同日、東京において審問が開催された。冒頭、被申立人は機構に対し書証(乙第6~8号証)を提出した。その後、本件スポーツ仲裁パネルから両当事者に主張内容の確認がなされた後、当事者尋問及び証人尋問がなされた。また、審問の中で、申立人から請求の趣旨の変更がなされた、本件スポーツ仲裁パネルは、審問終了後、審理の終結を決定した。審問期日後、申立人より、審問中に行われた請求の趣旨の変更の内容を記載した「申立人準備書面(3)」が提出された。
6. 同月12日、本件スポーツ仲裁パネルは、規則第50条第5項に従い、仲裁判断を両当事者に通知した。
以上
以上は,仲裁判断の謄本である。
公益財団法人日本スポーツ仲裁機構
代表理事(機構長) 道垣内 正人
申立人 X
申立人代理人 弁護士 合田 雄治郎
弁護士 安藤 尚徳
弁護士 石原 遥平
被申立人 公益財団法人日本自転車競技連盟
被申立人代理人 弁護士 畑 敬
弁護士 金澤 恭子
弁護士 村頭 秀人
主 文
本件スポーツ仲裁パネルは次のとおり判断する。
1 申立人の請求の趣旨(1)及び(2)を棄却する。
2 申立人の請求の趣旨(3)及び(4)にかかる申立てを却下する。
3 申立料金54,000円は、申立人の負担とする。
理由の骨子
1 申立人の主張
申立人は、2015年ロードアジア選手権大会(以下「本大会」という。)の女子エリートの個人タイムトライアル(以下「本種目」という。)の出場正選手としてAを選出し、申立人を補欠とした決定(以下「本決定」という。)の取消し等を求める本件申立ての理由として、以下のことを主張する。
2 被申立人の主張
被申立人は、上記申立人の本件申立ての理由に対して、以下のとおり主張した。
(1) 申立人の主張①に対して、被申立人は、申立人を本種目に2014年12月25日にエントリーしていること(乙第1号証)、被申立人は、強化委員会の答申に基づき、強化本部会で本大会の出場予定選手を決定したが本種目の出場正選手はロードの選手の中から指名されることになっていること、Aを出場予定者、申立人を補欠と決定しているが、最終的な出場正選手の決定は、本種目開始時間(2015年2月14日午前8時)の24時間前までになされること、この選出については被申立人ロード部会のBに決定権限が付与されており前日のロードレースの経緯によって最終的に決定されること、申立人とAの成績を比較する場合、全日本選手権大会の結果が重視され、申立人は2013年に優勝しているが、2014年及び2012年までの5年間は、Aが優勝していること、全日本選手権以外の大会は一方が出場しなかったこと、一方のコンディションが完全でなかったこと等から参考とする要素が少ないこと、以上の理由からAを出場予定選手、申立人を補欠とした決定は合理的なものであること。
(2) 申立人の主張②に対して、選手がチームとしての行動に従わないことは選考に影響する可能性があること。
(3) 申立人の主張③に対しては特に反論していない。
3 本大会の本種目の出場選手決定の経緯
(1) 本種目の出場正選手の選考基準は公表されていない。
(2) 被申立人は、申立人を、本大会の女子エリートのロードレースの6名の選手の1名として、また本大会の本種目の2名の選手の1名として、 2014年12月25日付でエントリー・フォームを作成した(乙第1号証)。
(3) 申立人が被申立人の選手強化本部会本部長宛の、2015年1月14日付「2015年アジア選手権大会への日本選手団の派遣について(案)」と題する書面に、女子エリートのロードの4名の選手の1名として記載されている(乙第2号証)
(4) 被申立人は、申立人宛の2015年1月19日付「2015年ロードアジア選手権大会(タイ王国・ナコンラチャシマ)への派遣について」と題する書面において、申立人を本大会の日本代表選手団の選手として派遣することが記載されており(甲第5号証)、また被申立人Cの名の下に同趣旨の電子メールが同日付で申立人に送付されている(甲第4号証)。
(5) 被申立人Cの名の下に申立人宛に送付された2015年2月2日付電子メールに本種目には1名しか出場できないので、Aを出場予定選手、申立人を補欠に選出した旨の記載がある(甲第6号証)。
(6) 本大会の本種目の出場正選手は、レース開始時(2015年2月14日午前8時)の24時間前まではエントリーされた選手の中で変更することが可能である。この選出権限は、Bに付与されており、直前の選手の状況を基に決定される(乙第7号証)。
4 本件申立てに対する判断
(1)申立人の主張①に対する判断
申立人は、申立人の2014年及び2013年の世界選手権大会、アジア選手権大会及び全日本選手権大会における成績に基づいて判断すれば、本大会の本種目の出場正選手として申立人を選出し、Aを補欠として選出すべきであるのに、そのようにしなかったことは、著しく合理性を欠く決定であると主張する。
被申立人は、代表選手の選考は、強化委員会(6名)の答申に基づく強化本部会(9名)で決定されたと主張し(乙第2号証及び乙第8号証)、申立人も特にこれを争わない。
被申立人は、両選手の成績に関し、アジア選手権大会及び世界選手権大会については、参考とすべき要素が少ないので、全日本選手権大会の成績を重視すべきとする。
両選手の全日本選手権大会における成績についてみると、2013年は申立人が優勝、Aが準優勝、2014年は申立人が準優勝、Aが優勝と両選手の最近の成績は拮抗している。
2014年の世界選手権大会の成績は、申立人は14位、Aは18位であり(甲第10号証)、際立った差異はない。UCIのポイントについても、申立人は22ポイント、Aは23ポイント(甲第15号証及び甲第16号証)とほぼ同じである。
以上の点から、申立人とAの成績は甲乙付けがたいものといっても過言ではない。したがって、両選手の成績から判断した場合に、被申立人がAを本種目の出場予定選手とし、申立人を補欠とした決定が著しく合理性を欠くということはできない。
(2)申立人の主張②に対する判断
次に、申立人の被申立人に対する態度等を不利益に考慮することについて、被申立人は、被申立人の指示に従わずチームとしての行動に従わないことは、アンチ・ドーピングの居場所情報関連義務違反に抵触するリスク等から、選考に影響する可能性があることは認めている。
本件において、この点が実際に判断されたかどうかは不明であるが、仮に、成績において甲乙付けがたい選手がいる場合に、チームとしての行動に従わない選手の方を不利益に扱うことがあったとしても、裁量の範囲を逸脱しているということはできないというべきである。
(3)申立人の主張③に対する判断
最後に、被申立人が本決定の通知を意図的に遅らせたとの主張については、本決定が具体的に何時なされたかは、本決定に関与した者が本大会の会場であるタイに出発したため明らかではないが、少なくとも2015年1月19日から同年2月2日の間になされたことには争いがない。しかし、被申立人が通知を意図的に遅らせたとの証拠はなく、また同年2月2日に申立人に通知したことによって申立人の不服申立ての機会が奪われた事実はないので、適正・公正な手続に違反したということはできない。
5 結論
以上に述べたことから、本件スポーツ仲裁パネルは、主文のとおり判断する。
2015年2月12日
スポーツ仲裁パネル
仲裁人 竹之下義弘
仲裁地:東京都
以上は、仲裁判断の謄本である。
公益財団法人日本スポーツ仲裁機構
代表理事(機構長) 道垣内正人
※申立人等、個人の氏名、地域名はアルファベットに置き換え、各当事者の住所については削除してあります。