仲裁判断(2014年5月19日公開)
申立人 X
申立人代理人 弁護士 辻口 信良
弁護士 木村 重夫
弁護士 岡本 大典
弁護士 冨田 英司
被申立人 公益社団法人全日本テコンドー協会
被申立人代理人 弁護士 前田 博之
被申立人代理人 弁護士 市川 頼明
被申立人代理人 弁護士 荒金 真行
主 文
本件スポーツ仲裁パネルは次のとおり判断する。
(1)2013年12月1日開催の総会において被申立人が行った申立人を除名するとの決定を取り消す。
(2)請求の趣旨(2)及び(3)は却下する。
(3)申立料金54,000円は、被申立人の負担とする。
理 由
第1 当事者の求めた仲裁判断
1 申立人は、以下のとおりの仲裁判断を求めた。
(1)2013年12月1日開催の総会において被申立人が行った、申立人を除名するとの決定を取り消す。
(2)申立人が、世界テコンドー連盟、アジアテコンドー連盟、被申立人、各都道府県テコンドー協会及び同支部が主催する諸行事及び大会に参加及び出席する権利があることを確認する。
(3)申立人が、世界テコンドー連盟関係者、アジアテコンドー連盟関係者、國技院関係者、国内テコンドー関係者及び公益財団法人日本オリンピック委員会関係者と接触する権利があることを確認する。
2 被申立人は、以下のとおりの仲裁判断を求めた。
(1)主位的に申立人の請求を却下する。
(2)予備的に申立人の請求を棄却する。
第2 仲裁手続の経過
別紙に記載のとおり。
第3 事案の概要
1 当事者
(1) 申立人
申立人は、被申立人に「選手」又は「指導者」として個人の会員として登録されていた者(以下「個人登録会員」という。)であり、スポーツ仲裁規則第3条第2項に定める「競技者等」である。
(2) 被申立人
被申立人は、日本国内におけるテコンドー競技を統括し、これを代表する団体として、テコンドーに関する事業を行い、その普及及び振興を計ることを目的として設立された公益社団法人であり、公益財団法人日本オリンピック委員会(以下「JOC」という。)の加盟団体であって、スポーツ仲裁規則第3条第1項に定める「競技団体」である。
2 本件紛争の概要
(1) 被申立人における昇段申請手続き
2006年10月24日及び同年12月14日、被申立人と國技院とは、順次、「テコンドー発展のための國技院-全日本テコンドー協会協定書」、「テコンドー発展のための財団法人國技院—社団法人全日本テコンドー協会 協定書」と題する協定を締結した(甲7)。その後、被申立人は、2007年3月31日の理事会において、2007年度以降の昇段申請は、被申立人の許可を得て行うことを決議した(乙8)。
(2) 被申立人による個人登録制度の導入
被申立人は、2011年12月10日の総会において、2012年4月1日から個人登録制度を開始することを決議し(乙9)、2012年4月1日から被申立人における個人登録制度が開始された。
(3) 申立人の個人登録
2012年4月1日以降、申立人も被申立人に個人登録した。
(4) 申立人による昇段申請
申立人は、2012年4月5日、國技院に対して、申立人自身の昇段申請を1回行った。これによって、申立人は、國技院においてテコンドー6段の認定を受けたものである(甲1)。
(5) 被申立人による申立人の資格停止処分
申立人は、2013年3月9日に開催された被申立人の理事会において、1年間(2013年4月15日乃至2014年4月14日)の資格停止処分を受けた(甲2)。当該資格停止処分は、申立人が、2007年3月31日に開催された被申立人の理事会において「昇段申請は、本協会を通じて国技院にする」旨の決議がされたにも関わらず、2012年4月5日付けで國技院に対して被申立人を介さずに昇段申請をしたことによって、被申立人の理事会決議に違反したことを理由としてなされたものである。そして、被申立人は、当該資格停止期間中の禁止事項として、申立人による(ア)被申立人及び都道府県協会、支部主催の諸行事、各自大会主催への参加出席の禁止、(イ)都道府県協会及びブロックの役職停止、国内テコンドー関係者との接触(但し、各自の道場指導を除く)、JOC関係者との接触の禁止、及び(ウ)世界テコンドー連盟、アジアテコンドー連盟主催の諸行事への参加、出席及び世界テコンドー連盟、アジアテコンドー連盟、國技院関係者との接触の禁止を挙げた(甲2)。
(6) 被申立人による申立人の除名の検討
被申立人は、2013年6月17日付書面において、申立人に対し、2013年6月19日開催の被申立人総会に先立ち、申立人の考えを聞くために、被申立人事務局に出席するよう要請したが(甲3)、申立人は出席しなかった。
被申立人は、申立人に対して上記資格停止の処分を行った後、申立人がAと称するテコンドーの大会に出席したこと、当該大会のプログラム等に禁止事項である「Japan」及び「オリンピック・シンボル」を掲載していることから、2013年6月29日開催の被申立人総会において、申立人の除名を検討したが、直ちに申立人を除名するのではなく、今後申立人が禁止事項に違反することがないことを誓約し、誓約書に署名をしない場合は除名することを決議した(甲5)。
(7) 申立人による被申立人の決議等への対応
上記のように、資格停止処分に関する理事会決議、及び除名処分に関する総会決議がされたにも関わらず、申立人は、被申立人が求める誓約書(甲4)の提出を行わなかった。
(8) 被申立人による申立人の除名処分
被申立人は、2013年12月1日に開催された総会において申立人を除名処分とした(甲6)。なお、当該総会において、申立人には、弁明の機会が与えられる旨が被申立人から伝えられていたが、申立人は当該総会に出席することはなかった。
第4 判断の理由
1 仲裁合意について
本件では、申立人と被申立人との間に仲裁合意があるか否かが問題となっている。
スポーツ仲裁規則第2条第2項においては、この規則による仲裁をするには、申立人と被申立人との間に、申立てに係る紛争をスポーツ仲裁パネルに付託する旨の合意がなければならない旨が定められており、同第2条第3項においては、「この規則は、競技団体の規則中に競技団体又はその機関が競技者等に対して行った決定に対する不服についてはスポーツ仲裁パネルによる仲裁にその解決を委ねる旨を定めている場合において、その定めるところに従って申立てがされたときは、仲裁申立ての日に前項の合意がなされたものとみなす。」と定められている。
社団法人全日本テコンドー協会運営規則(乙5、以下、「運営規則」という。)第6条には、「競技に関し本協会決定する事項に対する不服申し立ては、一般財団法人日本スポーツ仲裁機構の『スポーツ仲裁規則』に従ってなされる仲裁によって決定されるものとする。」との規定がある。被申立人において、当該規則は、公益社団法人全日本テコンドー協会の設立に伴って廃止された旨主張するので、まず、この点について判断する。
一般社団法人及び一般財団法人に関する法律の施行により、旧民法第34条の規定により設立された社団法人については、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律及び公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(以下「整備法」という。)第40条の規定により、移行期間満了までの間、いわゆる特例民法法人である一般社団法人として存続が認められた。そして、特例民法法人である一般社団法人は、整備法第44条の規定により、移行期間内に行政庁の認定を受け、公益社団法人となることが認められた。この行政庁の認定の申請に際しては、整備法第103条第2項により、「定款の変更の案」を添付しなければならないことが定められ、また、整備法第102条においても、定款の変更に関する特則が定められるなど、整備法においては、特例民法法人である一般社団法人から公益社団法人へ移行する法人の定款については、従前の定款を変更するとの前提で制度設計がなされているものと解される。したがって、公益社団法人全日本テコンドー協会の定款(以下「現定款」という。)についても、公益社団法人への移行に伴って新たに制定されたものではなく、従前の社団法人全日本テコンドー協会の定款(以下「旧定款」という。)が変更されたものであると解するのが相当である。
そして、運営規則は、旧定款第50条に基づき定められたものであり、同条には「この定款の施行についての細則は、理事会及び総会の議決を経て、別に定める。」と規定されているが、現定款第45条には「この定款に定めるもののほか、この法人の運営に必要な事項は、理事会により別途細則を定めることができる。」と規定していることから、被申立人が細則を定めることができる旨の規定が現定款においても依然として存在しているのである。そのため、旧定款に基づき定められた細則については、明示的に廃止又は変更する旨の理事会決議のない限り、当該細則は効力を有すると解される。しかるに、被申立人からは、運営規則を明示的に廃止又は変更する旨の理事会決議を行ったとの主張及び立証はなされておらず、不服申し立てにつきスポーツ仲裁規則に従ってなされる仲裁によって決定されるとの定め(乙5、第6条)も効力を有すると解される。
したがって、本件仲裁の申立ては、スポーツ仲裁規則第2条第3項の定めにより、同第2条第2項の要件をみたすものであり、申立人と被申立人との間には仲裁合意があるものと判断する。
なお、被申立人は、公益社団法人となった後、本件以前に行われた被申立人を当事者とする仲裁事案であるJSAA−AP−2013−004号仲裁事案(テコンドー)においては、運営規則第6条の効力については争っていないものである。
2 本案について
本件は、テコンドーの国内統括競技団体である被申立人が2013年12月1日に開催された総会(以下「本件総会」という。)において行った、被申立人を除名するとの決定(以下「本件除名処分」という。)の取消し等が求められている事案である。
(1)判断基準
このように国内統括競技団体が行った決定の取消しが求められた事案について、日本スポーツ仲裁機構における過去の仲裁判断では、「日本においてスポーツ競技を統括する国内スポーツ連盟については、その運営に一定の自律性が認められ、その限度において仲裁機関は、国内スポーツ連盟の決定を尊重しなければならない。仲裁機関としては、(1)国内スポーツ連盟の決定がその制定した規則に違反している場合、(2)規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、(3)決定に至る手続に瑕疵がある場合、または(4)国内スポーツ連盟の制定した規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合において、それを取り消すことができると解すべきである」との判断基準が示されている(JSAA-AP-2003-001号仲裁事案(ウェイトリフティング)、JSAA-AP-2003-003号仲裁事案(身体障害者水泳)、JSAA-AP-2004-001号仲裁事案(馬術)、JSAA-AP-2009-001号仲裁事案(軟式野球)、JSAA-AP-2009-002号仲裁事案(綱引)、JSAA-AP-2011-001号仲裁事案(馬術)、JSAA-AP-2011-002号仲裁事案(アーチェリー)、JSAA-AP-2011-003号仲裁事案(ボート)、JSAA-AP-2013-003号仲裁事案(水球)、JSAA-AP-2013-004号仲裁事案(テコンドー)、JSAA-AP-2013-023号仲裁事案(スキー)、JSAA-AP-2013-022号仲裁事案(自転車))。
そして、本件スポーツ仲裁パネルも基本的にこの基準が妥当であると考える。よって、本件においても、上記基準に基づき判断する。
(2)請求の趣旨(1)について
ア.被申立人による申立人の除名の可否
この点、申立人が被申立人における一般社団法人及び一般財団法人に関する法律上の社員ではないこと(乙4、第6条参照)、申立人が被申立人の理事、監事などの役員ではないことは、当事者間に争いのないところ、被申立人は、本件総会において、申立人を除名しているが、いかなる地位にある申立人を除名したのか問題になる。
これについて、被申立人は、申立人が公益社団法人全日本テコンドー協会倫理委員会規程(乙10、以下「本件倫理委員会規程」という。)第1条(目的)に定める「本協会の会員」に該当することから、「本協会の会員」の地位にある申立人を除名した旨を主張する。これに対して、申立人は、「本協会の会員」とは、現定款第6条に定める正会員などをいうことから、「本協会の会員」には個人登録会員は含まれないと主張する。そこで、「本協会の会員」に個人登録会員が含まれるか否かが争点となる。
この点、本件倫理委員会規程その他被申立人の規則をみても、「本協会の会員」についての明示の規定がなく、個人登録会員が本協会の会員に含まれると明確には断定できず、疑義が残るところである。およそ、ある団体が団体の構成員に対して不利益処分を課する場合に、その対象となる構成員の範囲に争いが生じるような事態は好ましくなく、事前にその範囲が明文の規定により明らかにされていることが望ましいことは言うまでもない。
しかしながら、一方で、ある団体が、その団体が定めた規範に違反した者を処分することは、各団体の自治の問題として一般的に許容されるものである。そうであれば、被申立人において、被申立人が定めた規範に違反した個人登録会員を処分することは可能であり、仮に「本協会の会員」に個人登録会員が含まれないとしても、本件倫理委員会規程の内容の一般性を考慮すれば、本件倫理委員会規程を少なくとも準用できるものであると解するのが相当である。具体的には、本件倫理委員会規程第5条の定める、「本協会に所属する者としての義務に違反したとき」、「総会、理事会の決定にそむく行為をしたとき」、「その他上記各項に準じた行為があったとき」に処分ができるとの規定を少なくとも準用できるものであると解する。
イ.本件除名処分の適否
(ア)本件除名処分の根拠となった被申立人の規範の適否
本件除名処分の適否を判断する前提として、まずは、本件除名処分の根拠となった規範の適否、すなわち、本件除名処分の根拠となった規範自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠くか否かを検討する。
この点、本件除名処分は、申立人が被申立人を介さずに直接國技院に対して昇段申請を行ったことが、被申立人における昇段申請は被申立人を通して國技院に対して行うこととする規範に違反したこと、さらに、被申立人において定めた、大会名称にJapanの名称を使用してはならないとする規範、及びオリンピック・シンボルを利用してはならないとする規範に違反したことなどを理由とするものである。
そこで、第一に、昇段申請は被申立人を通して國技院に対して行うという被申立人の規範(以下「本件規範(1)」という。)の適否を判断する。この点、申立人は、本件規範(1)は被申立人と國技院との間で締結された2006年10月24日付け「テコンドー発展のための國技院—全日本テコンドー協会協定書」(甲7、資料3−1)及び2006年12月14日付け「テコンドー発展のための財団法人國技院—社団法人全日本テコンドー協会 協定書」(甲7、資料3−2)に基づく規範であるところ、これらの協定の効力が既に無効となっていることから(甲8の1及び2)、本件規範(1)は無効であると主張する。これに対して、被申立人は、上述のように、2007年3月31日の理事会において、2007年度以降の昇段申請は、被申立人の許可を得て行うことを決議し、これが依然として有効である旨主張をしている。
確かに、被申立人の2007年3月31日の理事会における昇段申請に関する決議の前提として、被申立人と國技院との協定があることが伺える。しかし、これらの協定の効力が無効となったからといって、被申立人における本件規範(1)の効力が当然に無効となるものではない。
そして、本件規範(1)の制定理由について、被申立人は、従前の昇段申請手続きにおいては、各都道府県の昇段手続きを行う資格を持った者が自由に昇段申請手続価格を設定し、多額の手数料を取得することで不当に利益を得ており、昇段申請者間の不平等を生んでいたこと、さらに実際に段位申請をしても段位証がこないことがあったことから、昇段申請者の昇段の権利が不当に侵害されていたことがあったため、これらの不利益を回避・予防することにあると主張する。本件仲裁手続きが緊急仲裁手続であることにも鑑みれば、本件規範(1)については、十分な合理性があると判断するに足りる理由までは示されていないものの、本件規範(1)は、当該規範自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠くとは言えないものである。
第二に、大会名称などにJapanの名称を使用してはならないとする被申立人における規範(以下「本件規範(2)」という。)の適否を判断する。そもそも、本件規範(2)は、2011年12月10日に開催された被申立人の総会議事録(乙9)には、<報告事項>5.その他⑦において「大会名などに全日本、日本、世界、国際、ワールド、インターナショナル、ジャパンなどを使用してはいけない。」とだけ記載されているだけであって、本件規範(2)が被申立人の規範として成立しているか疑義の残るところではあるが、総会において事実上了承されていることが伺われるものである。
そして、申立人はJapanの名称を使用することについて何の問題があるのか不明であると主張する。これに対して、被申立人は、Japanの名称を、個人登録会員を含め被申立人の会員が、被申立人主催の大会以外に安易に用いることによって、被申立人が主催する大会の格式が減退することから、これを防止するための規範である旨を主張し、被申立人が公認・共催等の支援をする大会(大会主催者が被申立人の各種の規範を遵守する立場にある大会)に関してのみこれらの名称の利用を制限しており、その他の私的な大会の名称についてまで、その名称の制限を行っているものではない。したがって、本件仲裁手続きが緊急仲裁手続であることにも鑑みれば、本件規範(2)については、十分な合理性があると判断するに足りる理由は示されていないものの、本件規範(2)は、当該規範自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠くとは言えないものである。
第三に、オリンピック・シンボルを使用してはならないとする被申立人における規範(以下「本件規範(3)」という。)の適否を判断する。そもそも、被申立人がオリンピック・シンボルの使用を禁止することについては、被申立人の規則では明確になっていない。
そして、申立人は、被申立人がオリンピック・シンボルについて知的財産権を保有していないにも関わらず、これを制限し、その制限に違反したことにより申立人を処分する権限は無い旨の主張をする。これに対して、被申立人は、オリンピック・シンボルは商標法や不正競争防止法によって保護されており、被申立人に所属する者がこれに違反することは、被申立人がJOCからの指導・処罰を受ける可能性があることから、オリンピック・シンボルの無断使用は禁止されていると主張する。オリンピック・シンボルは商標法や不正競争防止法によって法的に保護されており(乙1)、被申立人が権利者そのものではないとしても、オリンピック・シンボルを無断使用してはならないことは自明であり、被申立人が、被申立人に所属する者がオリンピック・シンボルを無断使用することを禁止し、これに違反したことについて処罰することは、明確な規則がないとしても、一応の合理性があるものである。したがって、本件規範(3)は当該規範自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠くとは言えないものである。
(イ)本件除名処分の適否
上述のように、本件除名処分の根拠となった規範自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠くとは言えないとしても、本件除名処分が当該規範に違反している場合、又は規範には違反していないが著しく合理性を欠く場合には、当該処分は取り消されるべきものである。
確かに、申立人は、上述のように、申立人自身の昇段申請を1回直接國技院に対して行い、申立人が開催するAテコンドーという大会において、Japanの名称及びオリンピック・シンボルを利用したことによって、申立人は、本件規範(1)乃至(3)に違反したものと言える。しかし、申立人が直接國技院に対して昇段申請を行ったのは、自身の昇段申請の1回のみであり、多額の手数料を取得することで不当に利益を得ること、実際に段位申請をしても段位証がこないことなどの弊害を防止するという被申立人が本件規範(1)を設けた趣旨に反するものではない。
また、申立人が、Japanの名称やオリンピック・シンボルを使用した点については、かかる違反行為により、直ちに被申立人に重大な不利益が生じるようなものでもない。しかも、申立人は、Aテコンドーという大会の垂れ幕、大会要項にはJapanの名称やオリンピック・シンボルを記載していたが、被申立人の忠告を受けて、同大会の開催要項中の大会名称の記載からJapanの名称を削除した。
以上に鑑みれば、申立人に被申立人の規則を含む規範の違反はあるものの、除名処分を必要とするまでの重大な違反に該当するとは認められず、これらのことをもって被申立人が申立人を除名するとした本件除名処分は、本件除名決定に至る経緯を考慮しても著しく合理性を欠くものと言わざるをえないものである。
したがって、本件除名処分は、決定に至る手続に瑕疵があるか否かについて判断するまでもなく、著しく合理性を欠くものであり、取り消されるべきものである。
なお、申立人も、被申立人から弁明の機会を与えられておきながら、十分な弁明をしなかったことについては、疑問の残るところであることを申し添えておく。
(3)請求の趣旨(2)及び(3)について
申立人は、請求の趣旨(2)及び(3)において、申立人が、世界テコンドー連盟、アジアテコンドー連盟、被申立人、各都道府県協会並びに同支部が主催する諸行事及び大会に参加及び出席する権利があること並びに世界テコンドー連盟関係者、アジアテコンドー連盟関係者、國技院関係者、国内テコンドー関係者及び公益財団法人日本オリンピック委員会関係者と接触する権利があることを確認する旨の決定を求めている。しかし、スポーツ仲裁規則が「この規則は、スポーツ競技又はその運営に関して競技団体又はその機関が競技者等に対して行った決定(競技中になされる審判の判定は除く。)について、その決定に不服がある競技者等(その決定の間接的な影響を受けるだけの者は除く。)が申立人として、競技団体を被申立人としてする仲裁申立てに適用される。」(スポーツ仲裁規則第2条第1項)と規定しており、本件スポーツ仲裁パネルには、競技団体の行った決定の当否を超えるような申立人の主張する権利を有することの確認まで認める権限はないと考えられることから、請求の趣旨(2)及び(3)については却下する。
第5 結論
以上に述べたことから、本件スポーツ仲裁パネルは主文のとおり判断する。
以上
2014年4月25日
スポーツ仲裁パネル
仲裁人 須網 隆夫
仲裁人 横山 経通
仲裁人 森崎 秀昭
仲裁地:東京
(別紙)
仲裁手続の経過
1. 2014年4月2日、申立人は、公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(以下「機構」という。)に対し、「仲裁申立書」、「委任状」、「社団法人全日本テコンドー協会運営規則」の写し及び書証(甲第1~9号証)を提出し、本件仲裁を申し立てた。
同日、機構は、スポーツ仲裁規則(以下「規則」という。)第15条第1項に定める確認を行った上、同条項に基づき申立人の仲裁申立てを受理した。機構は、事態の緊急性に鑑み極めて迅速に紛争を解決する必要があると判断し、規則第50条第1項及び第3項に基づき、本件を緊急仲裁手続によること、及び仲裁パネルを3名とすることを併せて決定した。
2. 同月8日、機構は、須網隆夫を仲裁人長に選任し、「仲裁人就任のお願い」を送付した。
3. 同月9日、機構は、横山経通及び森崎秀昭を仲裁人に選任し、「仲裁人就任のお願い」を送付した。
4. 同月10日、須網隆夫及び横山経通は、仲裁人就任を承諾した。
同日、被申立人は機構に対し、「委任状」及び「上申書」を提出した。
5. 同月11日、森崎秀昭は、仲裁人就任を承諾し、本件スポーツ仲裁パネルが構成された。
同日、本件スポーツ仲裁パネルは、審問期日、審問期日出席者、証人尋問の申し出及び答弁書提出期限について、「スポーツ仲裁パネル決定(1)」を行った。
6. 同月18日、本件スポーツ仲裁パネルは、審問期日及び場所について、「スポーツ仲裁パネル決定(2)」を行った。
同日、被申立人は機構に対し、「答弁書」を提出した。
同日、本件スポーツ仲裁パネルは、書証、主張書面及び「仲裁申立書」記載の仲裁合意以外の点の主張に対する答弁書の提出について、「スポーツ仲裁パネル決定(3)」を行った。
7. 同月21日、申立人は機構に対し、「申立人主張書面(1)」を提出した。
同日、被申立人は機構に対し、「答弁書2」、「答弁書3」及び書証(乙第1~5号証)を提出した。
8. 同月23日、本件スポーツ仲裁パネルは、書証の提出及び釈明事項について、「スポーツ仲裁パネル決定(4)」を行った。
同日、申立人は機構に対し、「申立人主張書面(2)」を提出した。
9. 同月24日、被申立人は機構に対し、書証(乙第6~9号証)を提出した。
同日、東京において審問期日が開催された。審問期日の冒頭、本件スポーツ仲裁パネルが、両当事者に主張の要旨の陳述を促した後、当事者尋問及び最終弁論がなされた。審問期日において被申立人から書証(乙第10号証)が提出された。本件スポーツ仲裁パネルは、審問終了後、審理の終結を決定した。
10. 同月25日、申立人から書証(甲第10号証)が、被申立人から証拠説明書及び書証(乙第11号証~13号証)が提出された。
同日、本件スポーツ仲裁パネルは、規則第50条第5項に従い、仲裁判断を両当事者に通知した。
以上
以上は,仲裁判断の謄本である。
公益財団法人日本スポーツ仲裁機構
代表理事(機構長) 道垣内 正人
申立人 X
申立人代理人 弁護士 辻口 信良
弁護士 木村 重夫
弁護士 岡本 大典
弁護士 冨田 英司
被申立人 公益社団法人全日本テコンドー協会
被申立人代理人 弁護士 前田 博之
被申立人代理人 弁護士 市川 頼明
被申立人代理人 弁護士 荒金 真行
主 文
本件スポーツ仲裁パネルは次のとおり判断する。
(1) 2013年12月1日開催の総会において被申立人が行った申立人を除名するとの決定を取り消す。
(2) 請求の趣旨(2)及び(3)は却下する。
(3) 申立料金54,000円は、被申立人の負担とする。
本件は、緊急仲裁手続であるので、スポーツ仲裁規則(以下「規則」という。)第50条第5項に基づき、以下に理由の骨子を示し、規則第44条に基づく仲裁判断は、後日作成し、申立人及び被申立人に送付する。
理由の骨子
1 本件は、テコンドーの国内競技団体である被申立人が2013年12月1日の総会において行った、申立人を除名するとの決定(以下「本件決定」という。)の取消し等が求められている事案である。
2 本件において、被申立人は、申立人が仲裁自動応諾条項として援用する被申立人運営規則第6条(乙5号証)が廃止されたとして、仲裁合意がない、と主張している。
被申立人は、被申立人運営規則が廃止された理由として、新定款(乙4号証)を新たに制定したことを挙げる。しかし、新定款は、新たに作成された定款ではなく、定款変更の決議により旧定款が改正されたものである。また、被申立人運営規則第6条の規定を廃止した総会決議、理事会決議その他被申立人の決定もないという。
そうだとすれば、申立人が仲裁自動応諾条項として援用する被申立人運営規則第6条は、現在でも、被申立人において、有効な仲裁自動応諾条項であると解するのが相当である。
したがって、規則第2条3項により、申立人と被申立人の間に仲裁合意があるものと認めることができる。
3 請求の趣旨(1)について
本件のような、国内競技団体が行った決定の取消しが求められた事案について、当機構における過去の仲裁判断では、「日本においてスポーツ競技を統括する国内スポーツ連盟については、その運営に一定の自律性が認められ、その限度において仲裁機関は、国内スポーツ連盟の決定を尊重しなければならない。仲裁機関としては、①国内スポーツ連盟の決定がその制定した規則に違反している場合、②規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、③決定に至る手続に瑕疵がある場合、または④国内スポーツ連盟の制定した規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合において、それを取り消すことができると解すべきである」との判断基準が示されている。本件スポーツ仲裁パネルも基本的にこの基準が妥当であると考える。
本件においては、申立人の個人登録を受けた地位の除名について、被申立人倫理委員会規程(乙10号証)を適用して、申立人を除名できるか否かがまず争点となる。
被申立人は、被申立人において2012年4月1日から個人登録制度を開始したこと(乙9号証)、被申立人が2013年3月24日に制定した被申立人倫理委員会規程(乙10号証)において、個人登録を受けた者は、同規程中に定める「本協会の会員」として、処罰の対象となることから、本件決定は、被申立人倫理委員会規程に基づく処分であると主張している。
これについては、個人登録を受けた者が同規程中の「本協会の会員」に該当するかを明示した規定がなく、疑義が残るところである。しかしながら、団体の定めた規則に違反をした者を処分することは、各団体において一般的に許されることであり、個人登録を受けた者の除名処分に関して、少なくとも同規程を準用できると解される。
このことを前提に、本件決定を取り消しうべきか判断する。
申立人は、本件決定について、著しく合理性を欠くものと主張する。
そこでまず、本件決定の根拠となる、被申立人の制定した規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠くかを検討する。
被申立人の昇段申請に関する手続き及びJapanの名称の利用を禁止することについては、十分な合理性があると判断するに足る理由は示されていないものの、著しく合理性を欠くとまでは判断できない。また、被申立人がオリンピック・シンボルの使用を禁止することについては、被申立人の規則では明確になっていないものの、オリンピック・シンボルを無断使用してはならないことは明らかであり、一応の合理性があるものと判断する。
したがって、本件決定の根拠となる、被申立人の制定した規則自体または規範が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠くとはいえないと判断する。
次に、本件決定が、規則には違反していないとしても、著しく合理性を欠くか検討する。
被申立人があげた処分理由のうち、国技院への昇段申請は、申立人自らの昇段申請を1回行っただけであり(甲2号証)、申立人によるJapanの名称の利用、オリンピック・シンボルの使用を併せ考えたとしても、申立人に規則違反または規範の違反はあるものの、除名処分を必要とするまでの重大な違反に該当するとは認められず、これらのことをもって、申立人を除名処分としたことは、除名処分に至る経緯を考慮しても著しく合理性を欠くものと言わざるを得ない。
したがって、本件決定は、著しく合理性を欠くものであり、取り消されるべきものである。
なお、申立人も、被申立人から弁明の機会を与えられておきながら、十分な弁明をしなかったことについては、疑問の残るところであることを申し添えておく。
4 請求の趣旨(2)及び(3)について
申立人は、請求の趣旨(2)及び(3)において、申立人が、世界テコンドー連盟、アジアテコンドー連盟、被申立人、各都道府県協会並びに同支部が主催する諸行事及び大会に参加及び出席する権利があることを確認する旨の決定等を求めている。しかし、仲裁規則が「この規則は、スポーツ競技またはその運営に関して競技団体またはその機関が競技者等に対して行った決定(競技中になされる審判の判定は除く。)について、その決定に不服がある競技者等(その決定の間接的な影響を受けるだけの者は除く。)が申立人として、競技団体を被申立人としてする仲裁申立てに適用される。」(規則第2条1項)と規定しており、競技団体の行った決定の当否を超えるような申立人の主張する権利を有することの確認まで認める権限はないと考えられることから、請求の趣旨(2)及び(3)については、却下とする。
5 結論
以上に述べたことから、本件スポーツ仲裁パネルは、主文のとおり判断する。
2014年4月25日
スポーツ仲裁パネル
仲裁人 須網 隆夫
仲裁人 横山 経通
仲裁人 森崎 秀昭
仲裁地:東京都
以上は、仲裁判断の謄本である。
公益財団法人日本スポーツ仲裁機構
代表理事(機構長) 道垣内正人
※申立人等、個人の氏名、地域名はアルファベットに置き換え、各当事者の住所については削除してあります。