仲裁判断

 

仲裁判断(2013年8月17日公開)
仲裁判断の骨子(2013年8月5日公開)


  

仲裁判断

仲 裁 判 断
公益財団法人日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2013-005

申   立   人 :X

申立人代理人 :弁護士 小野 毅

        弁護士 白石 美奈子

        弁護士 小林 理英

被  申  立  人:日本ボッチャ協会

被申立人代理人:弁護士 松尾 友寛

        弁護士 小野 俊介

        弁護士 森 瑛史

 

主  文

 

本件スポーツ仲裁パネルは次のとおり判断する。

(1)被申立人が2013年5月12日ころに決定し,同月14日に申立人に通知した2013年アジア・オセアニアボッチャ選手権大会(以下「本件競技会」という。)における出場選手に申立人を選出しないとの決定(以下「本件決定」という。)を取り消す。

(2)被申立人は,申立人を,本件競技会における出場選手に決定せよ。

(3)申立人の請求(3)を却下する。

(4)申立料金5万円は,被申立人の負担とする。

 

理  由

 

第1 当事者の求めた仲裁判断

 

1 申立人は,以下のとおりの仲裁判断を求めた。

(1)被申立人が2013年5月14日ころ決定し,同日に申立人に対し通知した,2013年10月17日から同月26日までオーストラリア・シドニーで開催される,2013 Asia and Oceania Boccia Championshipsにおける代表選手に申立人を選出しないとの決定を取り消す。

(2)被申立人は,申立人を,本件競技会におけるクラスBC3の代表選手に決定せよ。

(3)被申立人は,本件競技会における代表選手決定における選考理由及び選考過程を開示せよ。

(4)仲裁費用は,被申立人の負担とする。

2 被申立人は,以下のとおりの仲裁判断を求めた。

(1)申立人の請求(1)(2)を棄却する。

(2)申立人の請求(3)を却下する。

(3)仲裁費用は申立人の負担とする。

 

第2 仲裁手続の経過

 

別紙に記載のとおり。

 

第3 事案の概要

 

 本件は,被申立人が2013年5月12日ころに行った,同年10月17日から同月26日まで,オーストラリアのシドニーで開催される本件競技会の出場選手として,A,B及びCの3名を選出し,申立人を選出しなかった決定(以下「原決定」という。)のうち,申立人が,本件競技会の出場選手に申立人を選出しないとの本件決定の取消しを求めるとともに,申立人を本件競技会の出場選手に選出するよう決定することなどを求めた事案である。申立人は,原決定のうち,主に申立人ではなくCが本件競技会の出場選手に選出された基準・経緯の不合理性を主張している。

 

第4 判断の前提となる事実

 

1 当事者

 

 申立人は,神奈川県内のDボッチャクラブに所属するボッチャ競技BC3クラスの選手であり,スポーツ仲裁規則第3条2項に定める「競技者」である。

 被申立人は,日本国内の脳性麻痺者を中心とした四肢重度機能障害者の競技向上を目指すとともに,すべての障害のある方及び関係者に対して,ボッチャの振興と普及を図り,ボッチャを通じて障害のある方の心身の健全な発達及び生活力の向上に寄与することを目的とし,「国内のボッチャ大会等の開催に関すること」及び「ボッチャ競技選手の強化,育成及び,国際大会派遣等に関すること」などの事業を行う団体である(乙2)。被申立人は,公益財団法人日本障害者スポーツ協会の加盟団体であり,スポーツ仲裁規則第3条1項に定める「競技団体」である。

 被申立人の規約(乙2)第6条3項には,「本協会の行った決定に対する不服申し立ては,日本スポーツ仲裁機構の「スポーツ仲裁規則」に従って行う仲裁により解決されるものとする。」と規定されているので,スポーツ仲裁規則第2条3項によって申立人と被申立人との間に仲裁合意がなされたものとみなされる。

 

2 会報「JBA News Letter」の発行

 

 被申立人は,その会員に対し,定期的に,会報「JBA News Letter」を発行しているが,2012年4月16日付で発行した会報「JBA News Letter 2012年春号」(以下「本件会報」という。)には,第14回日本ボッチャ選手権大会(本戦)に関する記載に続けて,「※日本選手権上位成績者を,25年度強化指定選手(国際大会派遣対象者)とします。」との記載がある(甲2の1)。

また,被申立人が,2012年8月13日付で発行した会報「JBA News Letter 2012年夏号」には,第14回日本ボッチャ選手権大会(本戦)に関する説明として「本大会の上位成績者は,2013年度強化指定選手とします。」との記載がある(甲2の2)。

 

3 第14回日本ボッチャ選手権大会での申立人らの成績

 

 日本ボッチャ選手権大会は,被申立人が主催し,1年に1回開催される大会である。

 第14回日本ボッチャ選手権大会(以下「本件大会」という。)は,2012年10月26日から同月28日まで予選会が行われ,2013年1月25日から同月27日まで本戦が行われた。

本件大会での実施種目は個人戦のみであり,BC3クラスに関しては,前年度の第13回日本ボッチャ選手権大会のベスト8の選手及び予選会を勝ち抜いた8名の選手の合計16名が出場している。申立人もCもいずれも予選会から勝ち上がって本戦に出場した。

 本戦では,16名の出場選手を4名ごと,4グループに分けて,総当たりの予選リーグを行い,各予選リーグの上位2名,合計8名により決勝トーナメントを行い,その優劣を競う。予選リーグを勝ち上がってベスト8に入ることが決勝トーナメント出場の条件となっている。

 本件大会において,申立人は,BC3クラスで優勝を果たした。

 Cは,本戦には出場したものの,予選リーグで3戦して3敗し,同リーグで敗退となり,ベスト8で行われる決勝トーナメントには進出できず,ベスト16にとどまった。

 なお,決勝トーナメントにおいてAは準優勝(2位),Bは3位であった(甲3,5)。

 

4 申立人らの過去の戦績

 

 申立人は,本件大会以前,2度,日本選手権大会で優勝し,フェスピック釜山大会などの国際大会で3位になったことがあり,一時ボッチャをやめていた時期もあるが,2009年に競技を再開し,国内の大会で数回準優勝していた(甲11)。

 Cは,2008年に開催された第10回日本ボッチャ選手権大会に初出場し,予選トーナメントを勝ち上がるも,本戦の予選リーグで敗退している。第11回及び第12回日本ボッチャ選手権大会でも,予選トーナメントを勝ち上がるも,本戦の予選リーグで敗退しており(いずれもベスト16),日本選手権においてベスト8に進出した経験はない(乙8の2)。なお,第13回日本ボッチャ選手権大会は,受験により欠場している。

 

5 「平成25年度強化指定選手」の決定

 

 被申立人は,BC3クラスの「平成25年度強化指定選手」として,申立人,A,B,E,F,G,C,H,I及びJの合計10名を決定し(甲5),申立人に通知した(甲4)。

 ただし,平成25年度強化指定選手の10名が,それぞれ本件競技会に関する強化指定選手なのか,KL2013アジアユースパラゲームズに関する強化指定選手なのかは明確に区別されてはいないが,10名のうちB,G,C,H,I及びJの6名は,いずれもユース対象年齢であった(乙24)。

 平成25年度強化指定選手10名のうち申立人,A,B,E,F,G及びIの7名は本件大会のベスト8の選手であり,上記ユース対象年齢の選手のうちC,H,及びJの3名は,いずれも本件大会ベスト8には入っていない(甲3,乙12の1)。

 

6 2013年5月5日・6日開催の選手選考合宿

 

(1) 本件選考合宿の目的

 

 被申立人は,2013年5月5日及び同月6日,上記平成25年度強化指定選手を対象に,新宿区戸山サンライズにおいて,「アジア・オセアニア地区ボッチャ選手権大会,KL2013アジアユースパラゲームズ選手選考合宿」(以下「本件選考合宿」という。)を実施した(甲5)。

本件選考合宿は,参加した強化指定選手の中から,本件競技会(及びKL2013アジアユースパラゲームズ)に出場する選手を選考することを目的に実施されたもので,その旨は,申立人らに事前に通知されていた(乙5,甲5)。

 

(2) 被申立人による評価・選考基準の策定

 

 被申立人は,本件選考合宿に先立つ2013年4月8日,本件選考合宿での評価・選考基準として,技術,知識,体力及びコミュニケーションの4項目について,それぞれA,B,Cの三段階で評価(以下「本件4項目基準」という。)する旨を決めていた(乙13)。

 しかし,被申立人は,本件4項目基準を,本件選考合宿前に,申立人を含む本件選考合宿参加選手に開示していなかった。

 むしろ,被申立人が,申立人ら本件選考合宿参加選手に送付した2013年3月23日作成の「2013アジア・オセアニア大会,KL2013アジアユースパラゲームズ選手選考合宿要項」では,選考方法として,「ア.合宿中の練習課題,練習試合の結果及びその内容」,「イ.合宿中の生活状況」及び「ウ.国際大会に順応できる健康面,体力面,メンタル面」について総合的に判定し,選考する旨を通知していた(乙5)。

 

(3) 本件選考合宿の内容

 

 本件選考合宿での練習試合は,すべてペア戦で行われたものの,参加選手によるすべてのペアの組合せが実現されたわけではない。

 エンド単位での勝敗を見ると,申立人が加わったペアは10勝2敗,Cが加わったペアは5勝6敗であった。申立人が加わったペアの総得点は16点,総失点は5点であり,Cが加わったペアの総得点は6点,総失点は8点であった。本件選考合宿2日目の13時30分からの試合は申立人が加わったペアが10対0で勝っているが,Cが加わったペアは2対4で敗れている(乙27)。

 

(4) 申立人らの評価

 

 本件選考合宿の結果として,被申立人が行った,申立人を含む具体的に選考対象となった選手に対する本件4項目基準に従った評価は,以下のとおりであった(乙17)。

 

技術

知識

体力

コミュニケーション

申立人

 

7 被申立人による選手選考

 

 被申立人は,同年5月6日午後3時30分ころから,本件選考合宿の会場である戸山サンライズにおいて,本件競技会出場選手選考会議を開催した。当該選考会議に先立ち,被申立人の審判部部長であるKらBC3担当コーチは,検討の上,A,B及びCを本件競技会出場選手に推薦する旨を決定し,その旨を,当該選考会議で報告した(乙16)。

 当該選考会議では,被申立人の理事で事務局長のLなどから申立人を本件競技会出場選手として選考しなかった理由などを問いただす質問がなされたが,最終的に,本件選考合宿を踏まえた選考意見という形で,同月8日,2013国際大会選考資料が電子メールにて,M理事長ら全理事に通知された(乙25)。当該選考意見について,同月12日までに理事から反対等の意見が出ることはなかった(乙26)。

 

8 申立人への通知等

 

 被申立人は,同月14日,申立人に対し,電話にて本件競技会の出場選手に選出されなかった旨を通知した上で,同月24日付「2013アジア・オセアニア大会選手選考結果について」と題する書面でその旨を通知した(甲7の1)。

 加えて,被申立人は,同日付「2013アジア・オセアニア選手権大会選考評価について」と題する書面にて,「評価内容 技術B 知識B 体力C コミュニケーションC」,「総評 個人戦を想定した場合における技術は高いものを持っていますが,今回の選考においてはペア戦での能力というものを重点項目として評価しました。合宿期間中,ペアを組むパートナーとの協調性やその姿勢が乏しくゲームにおいても持っている技術が活かしきれていませんでした。本大会はペア戦での好成績獲得を目標に臨むため,ペア戦での能力を重視し,選考対象の水準を満たしていないと判断致しました。」と,申立人の本件4項目基準における評価及び具体的な評価内容を通知している(甲7の2)。

 また,被申立人は,申立人からの質問を受け,同月31日付「2013アジア・オセアニア大会選手選考評価について(回答)」と題する書面にて,本件4項目基準の詳細を通知している(甲8)。

 

第5 本件スポーツ仲裁パネルの判断

 

1 被申立人の決定は理事会決議を経ているか

 

(1) 申立人の主張

 

 まず,申立人は,被申立人が日本ボッチャ協会規約(乙2)に定める手続により本件競技会出場選手を決定しておらず,いまだ被申立人による「決定」が存在していない旨を主張するため,まず当該主張の当否について判断する。

 

(2) 理事会の決議事項

 

 被申立人が定める日本ボッチャ協会規約(乙2)第20条4項3号では,「国際大会の派遣・選考に関すること」は,理事会の審議解決事項とされていることからすると,国際大会である本件競技会に出場する選手を決定することは,被申立人の理事会の決議事項というべきである。

 ただし,被申立人の理事会は,会長,副会長及び理事で構成される最高の決議機関であり,原則として年2回開催されることとなっているが,国内の7ブロックそれぞれから理事が選出されており,理事会の招集には費用や時間がかかることを考慮すると,理事会のすべての決議事項について会議体としての現実の理事会の開催を常に要するとすることまで当該規約が要求しているとは考えられず,時間的な制約がある等やむを得ない場合には,理事会の個別の決議に基づいて,特定した決議事項に限って,各理事の意向を確認できる他の合理的な決定方法に委ねることも,当該規約の趣旨に反しないというべきである。

 

(3) 理事間での協議による決定

 

 被申立人は,本件競技会の出場選手を選出するにあたって,理事会を開催していない。

しかし,2013年2月17日に開催された被申立人の定例理事会(以下「本件定例理事会」という。)では,「選手の選考については,時間的に理事会にて決議するのが難しい選考合宿終了時にある程度,2つの大会の代表候補選手を挙げていただき,メール等で選考について理事間でやり取りして決定する。」との決議を行っている(乙22)。

 これは,被申立人が,当該理事会決議という個別の決議をもって,「本件競技会に出場する選手の決定」という特定した決議事項について,選考合宿終了時という理事会を開催して決議を行うことが困難な時期において,理事会での決議に代え,事前に代表候補選手を挙げて電子メール等による理事間での協議により決定するという,理事の意向を確認できる合理的な方法に委ねたものということができるのであり,上記に照らすと,かかる決定方法は上記規約の趣旨に反しないものというべきである。

 

(4) 結論

 

 被申立人のN強化指導部長は,前記の選考会議を経て,同年5月8日,A,B及びCの3名を代表候補として考えている旨を電子メールにて全理事に送付し,意見を求めたが(乙25),同月12日までに理事から異論等の意見はなかった(乙26)。

 以上の経緯からすると,積極的な賛成があったとは認めがたいものの,異論を述べないという形で全理事が上記選考内容を了承したと認めることが可能であり,よって本件においては,2013年5月12日ころ,理事会の決議をもって,A,B及びCを選出し,他方で申立人を選出しないとの原決定が行われたと評価することができる。したがって,この点に関する申立人の主張には理由がない。

 なお付言するに,被申立人のN強化指導部長が行ったように,上記の状況の下で全理事に対して電子メールでその意向を確認することは認められるにしても,具体的な返信がない場合にそれをいかなる意思表示ととらえるかは,申立人が指摘するように疑義をさしはさむ余地がないではない。かかる場合には,返信期限を明示するとともに,その期限までに返信がない場合にいかなる意思が表示されたものと扱うか,その取扱い方法をあらかじめ示すなど,一義的な処理が可能となるようにしておくことが望まれる。

 

2 申立人の請求(1)について

 

(1) 本件スポーツ仲裁パネルが採用する判断基準

 

 本件は,ボッチャの国内競技団体である被申立人が行った,本件競技会の出場選手として申立人を選出しなかった決定の取消しが求められている事案である。

このように国内競技団体が行った決定の取消しが求められた事案について,当機構における過去の仲裁判断では,「代表選考は客観的な数値にしたがい自動的に決まる旨の基準があらかじめ定められているような場合であれば格別,このような基準がない場合は,競技団体としては,当該競技に関する専門的見地及び大会で好成績を上げるための戦略的見地から,記録以外のさまざまな事情,たとえば技術以外の能力,調子,実績,団体競技であれば競技者間の相性等を総合考慮して判断することも,選手選考の性質上必要であると考えられる。ただ,選考過程において,試合結果等の数値を考慮せず恣意的な判断を行う等,競技団体としての専門性を放棄するような裁量を逸脱する判断が行われた場合にのみ,当該代表選考が無効ないし取消しうるべきものとなる」との判断基準が示されている(JSAA-AP-2010-004(ボウリング),JSAA-AP-2010-005(障害者バドミントン))。

 本件スポーツ仲裁パネルも基本的にこの基準が妥当であると考えるので,本件においても,上記基準に基づいて判断する。

 

(2) 本件会報により示された選考基準

 

 前記のとおり,本件会報には,「※日本選手権上位成績者を,25年度強化指定選手(国際大会派遣対象者)とします。」との記載がある(甲2の1)。

 本件競技会は上記「国際大会」に含まれるものであるから,事前に一般に公開されていた本件競技会出場選手の選考基準としては,上記が唯一のものと認められる。

 この「※日本選手権上位成績者を,25年度強化指定選手(国際大会派遣対象者)とします。」との記載が意味するところは必ずしも明確とはいえない。

 しかしながら,その記載内容を素直に解釈すると,まず本件大会での上位成績者が,強化指定選手となり,その者を,またその者の中から,国際大会派遣対象者が選出されるとの意味に理解するのが自然と思われる。また,これら強化指定選手から,国際大会(本件競技会)派遣対象者(出場選手)を決定するために開催されたのが,本件選考合宿と解される。

 そして,本件大会の参加者が16人である以上,16人全員が「上位」成績者ということは文言上も考えられず,少なくとも,上位成績者というためには,本件大会においてベスト8以上となることが必要であるというべきである(以下「上位成績者」という。)。

 そうであれば,被申立人は,基本的には,本件大会における上位成績者,つまり少なくともベスト8の中から,国際大会派遣対象者,つまり本件競技会の出場選手を選出すること(以下「上位成績者基準」という。)を義務づけられるというべきである。もっとも「上位成績者」のうち,誰が本件競技会の出場選手として選出されるべきかは,自動的に決まるわけではなく,さらには本件会報の記載内容が必ずしも明確とはいえないことから,上位成績者基準が適用されない例外的な場合があることも否定できないと考えられる。

 なお,被申立人は,本件定例理事会において,「ユース対象選手であっても,選考合宿で有望であれば,アジア・オセアニア大会にエントリーさせる事も検討する。」との決議をしているが(乙22),その内容等については,本件会報と同程度の方法により一般に公開されているとはいえない。また,本件選考合宿のオリエンテーションにおいても,N強化指導部長は「今回ユース選考,アジア・オセアニア選考という形ではなくて,ユース選手にも実力があればアジア・オセアニア大会の方で出場できるようにしたいと思っています。」と話しているが(甲10),申立人を含め本件選考合宿に参加した選手が,このような被申立人の意向を聞いたのは初めてであり,これをもって上位成績者基準が変更・修正されたものとは認められない。

 

(3) 被申立人の裁量判断

 

 もっとも,本件スポーツ仲裁パネルは,「客観的な数値にしたがい自動的に決まる旨の基準があらかじめ定められているような場合であれば格別,このような基準がない場合は,競技団体としては,当該競技に関する専門的見地及び大会で好成績を上げるための戦略的見地から,記録以外のさまざまな事情,たとえば技術以外の能力,調子,実績,団体競技であれば競技者間の相性等を総合考慮して判断することも,選手選考の性質上必要である」との判断基準を採用しているところ,本件会報により示された上位成績者基準が必ずしも「客観的な数値にしたがい自動的に決まる旨の基準」といえないことも前記のとおりであり,それゆえ,上位成績者基準を原則としつつも,競技団体としての被申立人には,例外的に専門的見地や戦略的見地などから,合理的な範囲での裁量判断が認められる余地があるものと考える。

 このような見地からすると,例えば上位成績者の成績を凌駕することが明白な場合など,上位成績者以外の者を選出する合理的な理由が認められる場合には,例外的に上位成績者以外から国際大会派遣対象者を選出することも許されるというべきである。ただし,その場合であっても,本件会報から読み取れる選考基準(上位成績者基準)が存在し,それに基づく選考が原則である以上,上位成績者以外の者を選出するときには,合理的な理由が明らかでなければならない。

 なお,被申立人は,原決定をするにあたって,「ペア重視の選考」を行ったとしている。確かに,本件競技会でのペア戦での成績が,その後の世界選手権,パラリンピックへの出場資格獲得のために重要であるとの事情は伺えるが,仮にこれを本件競技会の選考基準とするのであれば,本件会報にはその旨の記載がない以上,別途の方法で事前に一般に公開しておかなければならないところである。事前に配布した本件選考合宿のスケジュール(乙20)や,本件選考合宿のオリエンテーションにおいても,ペア戦への言及はあるものの(甲10),これをもってペア戦で必要なコミュニケーション能力等を他の項目よりも重視するとの趣旨には理解できず,「ペア戦重視」という事情は,上記合理性判断の一要素としてとらえるにとどまるべきである。

 

(4) 結論

 

 申立人は,本件大会においてベスト8にとどまらず,優勝という最高の成績をおさめている。申立人が参加した予選リーグにおいて欠場者が存在したという事実があるとしても,申立人が本件大会に優勝したという評価を下げるものとはならない。他方で,Cは,本件大会でベスト8に入っておらず,上位成績者には当たらない。

したがって,上位成績者基準に照らすと,本来,被申立人は,申立人を国際大会派遣対象者として本件競技会の出場選手に選出し,Cは選出すべきではないこととなり,もし申立人ではなくCを選出するのであれば,上記で示したとおり合理的な理由が存在しなければならない。

 申立人とCとの本件4項目基準による評価は,前記のとおりである。被申立人は,Cを本件競技会出場選手として選んだ理由として,申立人と比較して体力・コミュニケーション能力が優れていることを挙げる。

 しかし,もともと本件4項目基準が事前に申立人に開示されていなかったこと,したがって上位成績者基準以上に本件4項目基準を重視するのは適当ではないこと,ボッチャ競技は,ペア戦に登録された選手が個人戦にも出場する以上,やはり個人戦を戦う能力は相当の比重をもって判断されるべきであること,ペア戦においても個人としての技術や知識がその基礎として備わっていることが不可欠であること,本件競技会出場選手を決定した後に当該選手間でコミュニケーション能力を高めるような訓練を行うことが可能と思われることからすると,殊更にコミュニケーション能力を強調するのは適当ではなく,また,本件選考合宿での試合結果を見る限り,申立人の体力が国際大会に順応できないほどに格段に劣っているということもできない。加えて,過去の戦績においては申立人がCよりも優秀な成績をおさめており,申立人の技術と知識については被申立人自身がCより高い評価をしている。そうだとすると,仮に,本件4項目基準に従って,Cの体力やコミュニケーション能力を高く評価したとしても,それだけでは,過去に優秀な戦績があり,本件大会で優勝という結果も出し,本件選考合宿におけるペア戦の試合結果も優れている申立人の高い技術や知識を考慮すれば,本件競技会において,Cが申立人の成績を凌駕することが明白であるということはできず,被申立人が,申立人を選出せずにCを選出したことに,合理的な理由があるとは認められない。

 以上検討したように,本件決定は,本件会報が示していた上位成績者基準に従えば申立人を本件競技会の出場選手に選出することを原則とすべきところ,合理的な理由なくCを選出し,申立人を選出しないとするものであり,取り消されるべきである。

 

3 申立人の請求(2)について

 

 Cと比較した場合に申立人を本件競技会の出場選手に選出すべきことは前記のとおりであり,また,被申立人においてA及びBの次に選考対象として議論されていたのは申立人とCであったこと(乙16),その他に被申立人が選考対象として本件4項目基準に従って評価したFと比較しても,技術及び知識に関しては,申立人の方が高く評価されていること(乙17)を考えると,申立人を,本件競技会出場選手に選出することが妥当と考えられる。

 本件決定が取り消された場合,あらたな本件競技会への出場選手の選考については,本来,本件スポーツ仲裁パネルによる判断を尊重した被申立人の判断に委ねるべきであるが,本件競技会の最終エントリー期限が2013年8月16日に迫っていること(甲12),本件競技会出場選手の決定など「国際大会の派遣・選考に関すること」については理事会の決議事項であるところ,その速やかな開催が難しい場合もあり得ることは前記のとおりであること,被申立人の本件決定を取り消すだけでは申立人が代表選手として本件競技会に出場できることにはならず,そのままでは申立人が本件競技会出場の機会を逸する危険性が高いこと,その機会喪失によって申立人が重大な損害を被ることから,事態の緊急性に鑑みて緊急仲裁手続(スポーツ仲裁規則第50条)の下で判断を求められている本件の解決のためには,本件スポーツ仲裁パネルが,仲裁判断をもって,被申立人に対して申立人を本件競技会出場選手と決定することを命じることが相当であると考える。

 

4 申立人の請求(3)について

 

 申立人は,被申立人に対して,代表選手決定における選考理由及び選考過程の開示を求めている。

しかし,スポーツ仲裁規則第2条1項は,「スポーツ競技又はその運営に関して競技団体又はその機関が行った決定(競技中になされる審判の判定は除く。)について,競技者等が申立人として,競技団体を被申立人としてする仲裁申立てに適用される。」と規定しており,仲裁判断の対象は「スポーツ競技又はその運営に関して競技団体又はその機関が行った決定」の当否であるところ,当該請求は,競技団体等の行った決定を対象にしたものではないので,仲裁判断の対象とはなりえず,却下するのが相当である。

 

5 申立人の請求(4)について

 

 被申立人が適正な選考を行っていれば,申立人が本件申立てに及ぶことはなかったのであるから,申立料金5万円は,被申立人の負担とするのが相当である。

 

第6 結論

 以上に述べたことから,本件スポーツ仲裁パネルは主文のとおり判断する。

以上

2013年8月3日

スポーツ仲裁パネル

仲裁人 山岸 和彦

仲裁人 小泉 英郷

仲裁人 佐川 明生

仲裁地:東京

(別紙)

仲裁手続の経過

1. 2013年7月5日,申立人は,公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(以下「機構」という。)に対し,申立書,委任状,書証(甲第1号証~第13号証の2)及び日本ボッチャ協会規約写しを提出し,本件仲裁を申し立てた。

2. 同月8日,機構は,スポーツ仲裁規則(以下「規則」という。)第15条1項に定める確認を行った上,同条項に基づき申立人の仲裁申立てを受理した。また,機構は,事態の緊急性に鑑み極めて迅速に紛争を解決する必要があると判断し,規則第50条1項及び3項に基づき,本件を緊急仲裁手続によること,及び仲裁パネルを3名とすることも併せて決定した。

3. 同月16日,機構は,山岸和彦を仲裁人長に選定し,「仲裁人就任のお願い」を送付した。同日,山岸和彦は,仲裁人就任を承諾し,仲裁人長となった。

4. 同月17日,機構は,小泉英郷及び佐川明生を仲裁人に選定し,「仲裁人就任のお願い」を送付した。同日,小泉英郷は仲裁人就任を承諾した。

5. 翌18日,佐川明生は,仲裁人就任を承諾し,本件スポーツ仲裁パネルが構成された。

6. 翌19日,本件スポーツ仲裁パネルは,審問開催日,開催場所について,「スポーツ仲裁パネル決定(1)」を行った。

7. 同月22日,被申立人は,機構に対し,答弁書,証拠説明書,委任状,書証(乙第1号証~第21号証の2)及びスポーツ仲裁パネル決定(1)に対する回答を提出した。

 同日,申立人は,機構に対し,スポーツ仲裁パネル決定(1)返信を提出した。

8. 同月24日,本件スポーツ仲裁パネルは,審問開催日時,場所,出席者,証人尋問申請について,「スポーツ仲裁パネル決定(2)」を行った。

 同日,本件スポーツ仲裁パネルは,被申立人提出答弁書に対する申立人の反論及び,それに対する被申立人の反論の提出について「スポーツ仲裁パネル決定(3)」を行った。

9. 同月28日,申立人は,機構に対し,準備書面(1),証拠説明書(1),証拠説明書(2)及び書証(甲第14号証,第15号証)を提出した。

10.    同月30日,申立人,被申立人は,機構に対し,証人尋問申請書及び当日の出席者についての上申書をそれぞれ提出した。

11.    8月1日,本件スポーツ仲裁パネルは,両当事者に対する釈明に関し,「スポーツ仲裁パネル決定(4)」を行った。

 同日,被申立人は,機構に対し,準備書面(1),証拠説明書2及び書証(乙第22号証~乙第27号証)を提出した。

12.    同月2日,申立人は,機構に対し,報告書(スポーツ仲裁パネル決定(4)に対する回答),証拠説明書(3)及び書証(甲16号証~甲第18号証)を提出した。

 同日,被申立人は,機構に対し,回答書,書証(乙第28号証~第33号証)及び意見書を提出した。

 同日,申立人は被申立人提出意見書に対する意見書,証拠説明書(4)及び書証(甲第19号証)を提出した。

 同日,本件スポーツ仲裁パネルは,両当事者から提出された意見書に対する「スポーツ仲裁パネル決定(5)」を行った。

13.    同月3日,東京において審問が開催された。冒頭,申立人によって「事前に公表されていた選考過程」及び「被申立人主張の選考過程」が,被申立人によって冒頭陳述,被申立人最終弁論及び証拠説明書3が提出され,その後証人尋問が行われた。

 本件スポーツ仲裁パネルは,審問終了後,審理の終結を決定した。

 同日,本件スポーツ仲裁パネルは,規則第50条5項に従い,仲裁判断を両当事者に通知した。

以上は,仲裁判断の謄本である。

公益財団法人日本スポーツ仲裁機構

代表理事(機構長) 道垣内 正人






仲裁判断の骨子

仲 裁 判 断 の 骨 子
公益財団法人日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2013-005

申立人         X

申立人代理人  弁護士 小野 毅

         同  白石 美奈子

         同  小林 理英

被申立人        日本ボッチャ協会

被申立人代理人 弁護士 松尾 友寛

         同  小野 俊介

         同  森  瑛史

主   文

本件スポーツ仲裁パネルは次のとおり判断する。

(1)被申立人が2013年5月12日ころに決定し、同月14日に申立人に通知した2013年アジア・オセアニアボッチャ選手権大会(以下「本件競技会」という。)における出場選手に申立人を選出しないとの決定(以下「本件決定」という。)を取り消す。

(2)被申立人は、申立人を、本件競技会における出場選手に決定せよ。

(3)申立人の請求(3)を却下する。

(4)申立料金5万円は、被申立人の負担とする。

 本件は、緊急仲裁手続であるので、スポーツ仲裁規則(以下「規則」という。)第50条第5項に基づき、以下に理由の骨子を示し、規則第44条に基づく仲裁判断は、後日作成し、申立人及び被申立人に送付する。

理由の骨子

(1) 申立人は、被申立人が行った申立人を本件競技会における出場選手に選出しないとの決定の取消を求めている。
 被申立人が2012年4月16日に発行したニュースレターでは2013年1月に開催される第14回日本ボッチャ選手権大会(以下「本件大会」という。)における上位成績者を25年度強化指定選手(国際大会派遣対象者)として示しているが、2013年における強化指定選手(国際大会派遣対象者)として被申立人から一般に公開されていた選考基準はこれが唯一のものと認められる。
 この「第14回日本ボッチャ選手権大会における上位成績者を強化指定選手(国際大会派遣対象者)とする」が意味するところは必ずしも明確ではないが、少なくとも上記上位成績者(本件大会の参加者が16人である以上、上位成績者というためにはベスト8以上となることが必要である。以下「上位成績者」という。)を強化指定選手とし、その者を国際大会派遣者とするか、またその者の中から国際大会派遣者を決定するとの意味を有するものと理解するのが自然と思われる。
 そうであれば、被申立人は、基本的には本件大会における上位成績者の中から、国際大会派遣対象者を選出することが義務づけられると言うべきである。
 もっとも、上位成績者の成績を凌駕することが明白な場合など、上位成績者以外の者を選出する合理的な理由が認められる場合には、例外的に、上位成績者以外から強化選手や国際大会派遣対象者を選出することも許されると考えるものであるが、その場合であっても、上位成績者以外の者を選出するときには、合理的な理由が明らかでなければならない。

(2) 申立人が本件大会で優勝したことは、当事者間に争いのない事実である。そうすると、申立人は本件競技会出場選手の有力な候補であるが、被申立人は申立人を本件競技会出場選手にせず、A選手を本件競技会出場選手とした。A選手は、本件大会でベスト8に入っておらず、上位成績者には当たらない。申立人とA選手とを比較すると、上記の基準に従えば、申立人が選出され、A選手が選出されないのが原則である。申立人ではなくA選手を選出するのであれば、合理的な理由がなければならない。被申立人は、A選手を本件競技会出場選手として選んだ理由として、体力・コミュニケーション能力が優れていることを挙げるが、これらは申立人の過去の実績や被申立人も認める申立人の技術と知識を凌駕するほどの重要な要素とは認められない。そうすると、被申立人が、申立人を選出せずにA選手を選出したことに、合理的な理由は認められない。したがって、本件決定は取り消されるべきである。

(3) 申立人が本件大会で優勝していること、選考合宿における試合でも他の選手に劣るとは認められないこと、及び、被申立人が申立人の技術・知識の高さを評価していることを考えると、申立人を、本件競技会出場選手に選出することが妥当と考えられる。そして、判断の緊急性を要する本件事案の解決のためには、被申立人に対して、申立人を本件競技会出場選手と決定することを命じることが相当である。

(4) 申立人は、被申立人に対して、代表選手決定における選考理由及び選考過程の開示を求めている。しかし、この請求は、競技団体等の行った決定を対象にしたものではないので、却下されるべきである。

(5) 被申立人が適正な選考を行っていれば、申立人が本件申立てに及ぶことはなかったのであるから、申立料金は被申立人の負担とする。

(6) 以上に述べたことから、本件スポーツ仲裁パネルは主文の通り判断する。

2013年8月3日

スポーツ仲裁パネル

仲裁人 山岸 和彦

仲裁人 小泉 英郷

仲裁人 佐川 明生

仲裁地:東京都


以上は、仲裁判断の謄本である。
公益財団法人日本スポーツ仲裁機構
代表理事(機構長) 道垣内正人
※申立人等、個人の氏名、地域名はアルファベットに置き換え、各当事者の住所については削除してあります。