仲裁判断 

仲 裁 判 断
一般財団法人日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2009-002

 

申立人:X

申立人代理人 :弁護士 辻口信良

  同    :弁護士 小谷英男

  同    :弁護士 仲元紹

  同    :弁護士 結城圭一

  同    :弁護士 堀田裕二

  同    :弁護士 岡村英祐

 

 

被 申 立 人:社団法人日本綱引連盟

被申立人代理人:社団法人日本綱引連盟専務理事 A

  同    :社団法人日本綱引連盟監事 弁護士 菊池至

 

 

主  文

 

本件スポーツ仲裁パネルは、次のとおり判断する。

1)被申立人が2009108日付けで申立人に対して行った、Bに対する2008年度公認審判員AAA資格認定及び登録に関する疑義を綱引競技審査委員会において審査することを拒否する旨の決定を取り消す。

2)被申立人は、速やかに綱引競技審査委員会を開催し、Bに対する2008年度公認審判員AAA資格認定及び登録に関する疑義を審査せよ。

3)申立人の請求(3)を却下する。

4)申立料金5万円は被申立人の負担とする。

 

理  由

 

1 当事者の求めた仲裁判断

 1 申立人は、次のとおり仲裁判断を求めた。

 (1Bに対する2008年度公認審判員AAA資格認定及び登録に関する疑義について、申立人が被申立人に対して申し立てた審査申立てに対し、上記疑義に関して綱引競技審査委員会において審査することを拒否する旨の被申立人による処分を取り消す。

 (2)被申立人は、速やかに綱引競技審査委員会を開催し、Bに対する2008年度公認審判員AAA資格認定及び登録について生じた疑義を審査せよ。

 (3)申立人が、被申立人における正会員たる地位にあることを確認する。

 (4)仲裁費用は被申立人の負担とする。

 2 被申立人は、次のとおり仲裁判断を求めた。

   申立人の本件申立てを却下若しくは棄却する。

 

2 仲裁手続の経緯

 1 2009114日、申立人は、一般財団法人日本スポーツ仲裁機構(以下、「機構」という。)に対し、上記第11記載の仲裁判断を求める趣旨の「仲裁申立書」、甲1号証から17号証の2及び委任状を提出して、本件仲裁を申立てた。

 2 同日、機構は、本件仲裁申立てを受けて、申立人と被申立人との間に申立てに係る紛争をスポーツ仲裁パネルに付託する旨の合意があるか(スポーツ仲裁規則22項)、または競技団体の規則中に競技者等からの不服申立て等についてスポーツ仲裁パネルによる仲裁にその解決を委ねる旨を定めているか(同規則同条3項)について調査したところ、被申立人の社団法人日本綱引連盟競技審査委員会規程51項「…審判員…は、審判員の資格…等に関し、疑義、或いは不服ある場合…、当該事件発生の日から30日以内又は、事件発覚の日から15日以内に、ブロック委員会に申し立て、裁定を得ることができる。」、2項「日本連盟主催又は共催に関わる競技会において発生した疑義又は不服については、ブロック委員会を経ることなく、事件発生の日から30日以内又は、事件発覚の日から15日以内に、直接中央委員会に申し立て、裁定を得ることができる。」及び7条「前2条による中央委員会裁定に、なお不服ある申立て人又は連盟は、裁定の日から4週間以内又は、その裁定が効力を生じた日から6週間以内に、スポーツ仲裁機構に仲裁を申し立てる事ができ、同機構の「スポーツ仲裁規則」に従ってなされる仲裁により解決されるものとする。」と定められているため、スポーツ仲裁規則151項に定める確認を行ったうえで、仲裁合意が一応あるものと判断し、本件仲裁申立てを受理し、仲裁人選任手続を開始する旨を申立人及び被申立人に通知した。

 3 同月17日、申立人は、機構に対し「仲裁人選定通知書」を提出し、井上圭吾を仲裁人として選定し、同人は同月19日仲裁人就任を受諾した。

 4 同月19日、被申立人が仲裁人選定期限までに仲裁人選定をしなかったので、スポーツ仲裁規則222項に基づき、機構が山岸和彦を仲裁人として選定し、同人は同日仲裁人就任を受諾した。

 5 同月24日、仲裁人両名は、第三仲裁人として竹之下義弘を選定し、同人が同日仲裁人就任を受諾したため、本件スポーツ仲裁パネルが構成された。

 6 同月25日、被申立人は、機構に対し、同月24日付け「答弁書」を提出した。

 7 同年127日、スポーツ仲裁パネルは、「スポーツ仲裁パネル決定(1)」として、申立人に対し、被申立人提出「答弁書」に対する反論書を同月14日までに提出することを求めることを決定した。

 8 同月14日、申立人は、機構に対し、同日付け「反論書」及び甲18号証から20号証を提出した。

 9 同月21日、スポーツ仲裁パネルは、「スポーツ仲裁パネル決定(2)」として、申立人及び被申立人に対し、201018日までに、本件仲裁事案に関する主張書面及び証拠の提出を求めることを決定した。

 10 201018日、申立人は、機構に対し、同日付け「主張書面」を提出した。

11 同月12日、被申立人は、機構に対し、同日付け「準備書面1」及び乙1号証を提出した。

12 同年21日、スポーツ仲裁パネルは、「スポーツ仲裁パネル決定(3)」として、申立人及び被申立人に対し、同年36日午前11時から東京都渋谷区内において審問を開催することを決定した。

13 同月18日、スポーツ仲裁パネルは、「スポーツ仲裁パネル決定(4)」として、申立人及び被申立人に対し、同月26日までに、本件仲裁事案に関する書面の提出を求めることを決定した。

14 同月22日、スポーツ仲裁パネルは、「スポーツ仲裁パネル決定(5)」として、両当事者に対し、同月24日までに、証人尋問申請書の提出を求めることを決定した。

15 同月23日、被申立人は、機構に対し、社団法人日本綱引連盟専務理事A及び社団法人日本綱引連盟監事弁護士菊池至を代理人とする委任状を提出した。

16 同月24日、申立人は、機構に対し、同日付け「証人尋問申請書」を提出した。

17 同月25日、被申立人は、機構に対し、同日付け「証拠申出書」を提出した。

18 同月26日、被申立人は、機構に対し、同日付け「準備書面」を提出した。

19 同月26日、申立人は、機構に対し、同日付け「主張書面」、甲10号証の2、甲21号証及び22号証を提出した。

20 同年34日、申立人は、機構に対し、甲23号証の1から30号証を提出した。

21 同月5日、申立人は、機構に対し、甲31号証から32号証を提出した。

22 同月6日、申立人は、機構に対し、同日付け「証拠説明書」を提出した。

23 同日、被申立人は、機構に対し、乙2号証を提出した。

24 同日午前11時から、スポーツ仲裁パネルは審問を開始した。申立人側は申立人本人、申立人代理人弁護士辻口、同小谷、同仲元、同結城、同堀田及び同岡村が出席した。被申立人側は被申立人代理人A及び同菊池が出席した。

25 同日午後330分、スポーツ仲裁パネルは、手続が仲裁判断に熟すると認めて審理の終結を決定した。

 

3 事案の概要

 1 当事者

 (1)申立人

    申立人は、19918月に競技者として被申立人に登録され、選手や監督として活動した後、19945月に公認審判員A資格を、19977月に公認審判員AA資格を、200010月に公認審判員AAA資格をそれぞれ取得し、被申立人においてその登録がなされた。

    申立人は、20084月に被申立人の正会員となった。

 (2)被申立人

    被申立人は、綱引競技を統括し代表する団体として、綱引競技の普及・振興を図る等の目的で、19893月に設立された社団法人である。その登録競技者は約2600名で、19909月に財団法人日本体育協会に加盟している。
 被申立人は、スポーツ仲裁規則31項に定める「競技団体」である。

 2 本件紛争の概要

 (1)請求(1)及び(2)について

       請求(1)及び(2)は、申立人が被申立人に対して、被申立人によるBに対する2008年度公認審判員AAA資格認定及び登録に疑義があるとして、これを被申立人の綱引競技審査委員会において審査することを求めたのに対し、被申立人がこれを拒否する旨決定したとして、この決定の取消しを求めるとともに、同委員会においてBについての上記疑義につき速やかな審査を求めるものである。

 (2)請求(3)について

    請求(3)は、被申立人の正会員であった申立人に対して、被申立人が申立人は被申立人の正会員の地位を喪失した者として取り扱ったことから、申立人が被申立人に対して被申立人の正会員の地位にあることの確認を求めるものである。

 3 本件紛争に至る経緯

 (1)被申立人の公認審判員

 (ⅰ)被申立人が主催、主管、後援及び公認する綱引競技会(以下、「競技会」という。)の審判員を務めるためには被申立人の公認審判員として登録されていなければならない。被申立人の公認審判員にはAAA及びAAA3種類の資格がある。競技会の審判長を務めるためには原則としてAAA資格のある公認審判員でなければならない(公認審判員規程3条)。

 (ⅱ)公認審判員は、①都道府県綱引連盟に所属する被申立人の登録会員であること、②18歳以上であること、③公認審判員としての公平性、公正性、中立性等を備えた者で、公認審判員として被申立人に登録されていること、が必要とされている(公認審判員規程2条)。

 (ⅲ)AAA資格の公認審判員として認定及び登録されるためには、AA資格取得後3年以上の経験と競技会の審判員を20回以上務めること、過去2年以内に中央又は地域研修会に参加したこと、及び全日本大会規模の審判長を務めることのできる経験豊富で卓越した審判技術を持つ者であることが条件とされており、その認定及び登録のためには、被申立人主催のAAA資格認定講習会を受講し規定科目を履修すること、審判員認定委員会が実施する審査に合格すること、被申立人の理事会の承認を得ること、及び主管の連盟を経て被申立人への登録手続をとることが要求されている(公認審判員認定規程3条、5条、7条、8条)。

 (2Bに対する公認審判員AAA資格の認定及び登録

 (ⅰ)被申立人の登録会員であるBは、2001年度に被申立人において公認審判員AA資格の認定及び登録を受けた後、2009321日に開催された被申立人の理事会において、公認審判員AAA資格の認定を受け、その旨の登録をされている。

 (ⅱ)Bは、2008817日に実施されたAAA資格認定講習会受講の際に、AA審判員の登録カード(甲8号証)を提示したが、そこに審判員として参加していない競技会において審判員を務めた旨が記載されているのではないか、したがってBAAA資格の公認審判員として認定及び登録されるための条件に欠けるのではないか、との疑念を被申立人の一部の会員が抱くようになった。

 (3Bに関する資格審査の申立て

 (ⅰ)被申立人の綱引競技審査委員会規程では、その前文で「本規程は、選手及びチーム、又は審判員の登録、活動、試合、等に関して生ずる、疑義又は不服について審査し、公平なる判断を持って、選手審判員の士気向上の促進を目指すものである。」とした上、その第2章「疑義又は不服の審査請求」の下、5条、6条及び7条において以下のとおり規定している。
51項: 選手又はチーム、若しくは審判員、団体は、選手又はチーム若しくは審判員の資格、或いは競技会での審判員並びに選手、監督等の行為等に関し、疑義、或いは不服ある場合(競技中の審判の判定を除く。)、当該事件発生の日から30日以内又は、事件発覚の日から15日以内に、ブロック委員会に申し立て、裁定を得ることができる。
52項: 日本連盟主催又は共催に関わる競技会において発生した疑義又は不服については、ブロック委員会を経ることなく、事件発生の日から30日以内又は、事件発覚の日から15日以内に、直接中央委員会に申し立て、裁定を得ることができる。
6条: ブロック委員会の裁定に、疑義又は不服ある申し立て人は、裁定のあった日から15日以内に、中央委員会に申し立て、その裁定を得ることができる。
7条: 前2条による中央委員会裁定に、なお不服ある申立て人又は連盟は、裁定の日から4週間以内又は、その裁定が効力を生じた日から6週間以内に、スポーツ仲裁機構に仲裁を申し立てる事ができ、同機構の「スポーツ仲裁規則」に従ってなされる仲裁により解決されるものとする。

 (ⅱ)申立人は、Bに公認審判員としての経歴の虚偽申告があるとすれば、公認審判員のAAA資格要件の具備について大きな疑問が生じる等として、2009321日に開催された被申立人の総会の席上、Bの審判員資格に関する疑義について調査するため委員会を開いて、そこで審査を行うよう求める旨の発言をした(以下、「本件審査申立」という。)。

 (ⅲ)申立人は、本件審査申立に対する被申立人からの応答がなかったことから、2009624日に発送した文書で、被申立人に対し、本件審査申立に対する対応状況の説明を求めた。これに対して被申立人は専務理事競技普及本部長A名義で、申立人に対し、2009714日付け文書を送付し、Bが公認審判員AAA資格の認定を受けた経過についての説明を行ったが、本件審査申立に対する明確な見解は示さなかった。

 (ⅳ)そこで申立人は、2009105日付けの文書で、被申立人に対し、本件審査申立に対する明確な回答を求めたところ、被申立人は専務理事A名義で、申立人に対し、同月8日付け文書を送付し、綱引競技審査委員会を開催する予定がない旨を回答した。

 (4)申立人の正会員資格の喪失

 (ⅰ)申立人は、19918月に被申立人の普通会員になり、20084月には正会員となった。

 (ⅱ)申立人は、2009621日に開催された被申立人の総会に出席しようとしたところ、明確な理由を示されることなく、議場への入場を拒否された。

 (ⅲ)そこで申立人は、被申立人に対して、2009105日付けの文書で申立人の正会員地位の有無について確認をした。これに対して、被申立人は専務理事A名義で、申立人に対し、同月8日付け文書を送付し、C県綱引連盟から被申立人に対する200951日付けの文書で、正会員を申立人から他の者に変更する旨の届けがあり、被申立人はこれに応じて申立人の正会員資格を失わせた旨を回答した。

 (5)本件仲裁申立

 (ⅰ)申立人は、被申立人が本件審査申立を拒否したものと見なし、被申立人の拒否処分の取消しを求めるとともに、綱引競技審査委員会を開催してBの公認審判員AAA資格認定及び登録に関する疑義の審査を行うよう求めて、日本スポーツ仲裁機構に仲裁を申し立てた。

 (ⅱ)申立人は、被申立人の正会員としての地位を喪失させる手続的及び実体的要件が存在しないとして、申立人が被申立人の正会員であることの確認を求めて、日本スポーツ仲裁機構に仲裁を申し立てた。

 4 当事者の主張

1)申立人は、申立ての理由として以下のとおり主張する。

(ⅰ)Bの公認審判員AAA資格認定及び登録に関する疑義について

 ① 公認審判員AAA資格を得るための条件の1つとして公認審判員AA資格取得後、競技会の審判員を20回以上務めることとなっている(公認審判員認定規程3条(2))。申立人は、Bがこの要件を充たしていなかったにもかかわらず、実際に審判として参加していない競技大会に参加したものとして経歴カードに虚偽の記載をし、公認審判員AAA資格の認定講習会を受講し、AAA資格を不正に取得した疑いがあり、またかかる行為をする者は公平・公正であるべき審判員としての資質に欠ける者であると主張して、2009321日開催の被申立人の総会において、綱引競技審査委員会の開催及び同審査委員会によるBAAA資格認定及び登録に関する疑義の審査を求めた。

 ② しかし被申立人は、2009108日付けの回答書で、本件審査申立に対する審査拒否処分を行ったので、申立人は当該処分の取消しを求めるとともに、綱引競技審査委員会を開催してBAAA資格認定及び登録に関する疑義の審査をするよう求める。

(ⅱ)申立人の正会員の地位の確認について

   被申立人の正会員の地位の喪失は、退会及び除名されたとき、死亡し若しくは失踪宣告を受けたとき、法人の会員にあっては解散したとき、また2年以上会費を滞納したとき(定款8条、9条)に限られている。しかし申立人はその何れの事由にも該当しないので、正会員の地位を喪失しておらず、現在もその地位を有する者である。そこで申立人は被申立人に対し、申立人が被申立人における正会員の地位にあることを確認するよう求める。

2)被申立人は、申立人の主張に対して以下のとおり主張する。

(ⅰ)当事者適格について

 ① スポーツ仲裁規則による仲裁申立ては、「競技者等」でなければ申し立てられない(スポーツ仲裁規則2条)が、申立人は「競技者等」に該当しない。とりわけ被申立人の正会員としての地位が「競技者等」に該当しないことは明らかである。したがって申立人はスポーツ仲裁の申立人としての当事者適格を欠くので本件申立ては却下されるべきである。

 ② 仮に①の主張が認められないとしても、申立人が2009321日の被申立人総会において行ったBAAA資格認定及び登録に関する発言は、単なる正会員としての質問に過ぎず、綱引競技審査委員会による審査を求めるものではない。

 ③ 仮に②の主張が認められないとしても、綱引競技審査委員会規程5条では、12項とも、具体的な競技会において発生した疑義又は不服を発生後30日又は15日以内に申し立てることになっている。すなわち、綱引競技審査委員会規程5条に規定する疑義又は不服の審査請求は、具体的な競技会を前提とするものであり、申立人は具体的な競技会を特定していないので、綱引競技審査委員会規程による申立ての要件を欠くものである。

(ⅱ)申立人の正会員の地位の確認について

 ① 申立人は、申立人の所属するC県綱引連盟から2名以内という正会員要件の下に被申立人の正会員になったが、200951日付けの文書によりC県綱引連盟から、正会員を申立人から他の者に差し替える旨の通知があったので、申立人はその時点で正会員たる資格を喪失した。

 ② 申立人の正会員の地位の確認について、申立人と被申立人との間には仲裁合意が存在せず、また被申立人の規則中にも仲裁受諾条項は存在しない。したがって本件申立ては却下されるべきである。

3)申立人は被申立人の(2)記載の主張に対して以下のとおり反論する。

(ⅰ)当事者適格について

 ① スポーツ仲裁規則35項にいう「競技者等」には、競技支援要員が含まれ、同条4項において、「競技支援要員」とはコーチ、ドクター、トレーナー等、競技者のためスポーツ競技に関与する者をいうとされている。申立人は、綱引競技の審判員であり、審判員は綱引競技がスポーツとして成立するために不可欠の役割を果たす者であり、「スポーツ競技に関与する者」であるので、競技支援要員に含まれる。したがって、審判員は、同規則35項の「競技者等」に該当する。

   また申立人は被申立人の正会員であるが、正会員はスポーツ競技団体の団体活動の一環として競技スポーツ大会等を運営する上での運営方針に関する決定権を有しており、その組織活動上重要な役割を果たしているから、「スポーツ競技に関与する者」であり、同規則35項の「競技者等」に該当する。

 ② 仮に①の主張が認められないとしても、綱引審査委員会規程5条及び7条において、審判員がスポーツ仲裁機構に仲裁を申し立てることが認められているから、申立人と被申立人との間において、審判員がスポーツ仲裁の当事者適格を有することについて合意が成立している。

(ⅱ)申立人の正会員の地位の確認について

 ① 申立人は、被申立人の正会員資格の喪失事由に該当しないので、正会員資格を喪失していない。

    ② 被申立人の正会員の地位の確認に関する仲裁受諾条項として、綱引競技審査委員会規程5条、7条の仲裁受諾条項を援用する。

 

4 判断の理由

 1 申立人の請求(1)及び(2)について

 (1)スポーツ仲裁規則における申立人の当事者適格

 (ⅰ)スポーツ仲裁規則21項では、「この規則は、スポーツ競技又はその運営に関して競技団体又はその機関が行った決定(競技中になされる審判の判定は除く。)について、競技者等が申立人として、競技団体を被申立人とする仲裁申立てに適用される。」と規定している。

       そして同仲裁規則35項では、「競技者等」とは「競技者、監督、競技支援要員、及びそれらの者の属する団体をいう。」と規定されており、また同条4項では、「競技支援要員」とは、「コーチ、ドクター、トレーナー等、競技者のためにスポーツ競技に関与する者をいう。」と規定されている。

       申立人は、被申立人の審判員であり、またその正会員であることを理由として、「競技支援要員」に該当すると主張し、被申立人は何れもその該当性を否定する。

 (ⅱ)スポーツ仲裁規則21項によれば、同規則の下で仲裁申立てを行うことができるのは「競技者等」とされているから、「競技者等」に含まれるかどうか、とりわけ本件においては「コーチ、ドクター、トレーナー等、競技者のためにスポーツ競技に関与する者をいう。」と定義されている(スポーツ仲裁規則34項)「競技支援要員」に該当するかどうかが仲裁申立てを行うことができる者の範囲を画定することになる。

       スポーツ仲裁規則34項は「コーチ、ドクター、トレーナー」の後に「等」と規定しており、「競技者のためにスポーツ競技に関与する者」が「コーチ、ドクター、トレーナー」に限られず、これらが例示であることは明らかである。また、同規則が「スポーツに関する法及びルールの透明性を高め、健全なスポーツの発展に寄与する」(同規則1条)ことを目的としていることから考えて、当事者適格を画する基準としての「競技者のためにスポーツ競技に関与する者」を特に限定的に解釈すべき理由はないと考えられる。

審判員は競技における規則の遵守の確認、不遵守の場合の罰則の賦課、勝敗の決定等に関与する公正かつ公平な判断者であって、競争者が行う競技スポーツにおいて必要不可欠な存在としてスポーツ競技に関与する者であり、「競技者のためにスポーツ競技に関与する者」として、スポーツ仲裁規則における申立人としての当事者適格を認めることが相当である。

       なお、申立人は、被申立人の正会員であることをもってスポーツ仲裁規則34項にいう「競技支援要員」に該当し、仲裁の申立てを行う資格がある旨を主張するが、上記のとおり、申立人が審判員として仲裁申立てを行うことができる以上、正会員としての資格がスポーツ仲裁規則34項にいう「競技支援要員」に該当するかどうかを判断するまでもない。

 (2)被申立人の綱引競技審査委員会規程の要件具備の有無

 (ⅰ)スポーツ仲裁パネルは、仲裁合意があるか、競技団体の規則中にスポーツ仲裁に解決を委ねる旨の定め、すなわち仲裁受諾条項がある場合でなければ仲裁をすることができない(スポーツ仲裁規則2条)。

       申立人は、本件において、綱引競技審査委員会規程5条及び7条を、仲裁受諾条項として援用するが、同条の要件を満たすためには、申立人は、上記規程5条及び7条の定めるところに従って、中央委員会に審査を申し立て、その裁定に不服がある場合は、一定期間内にスポーツ仲裁機構に仲裁を申し立てることが必要とされている。

 (ⅱ)ところで、被申立人は、上記規程5条による審査の申立は、競技会において発生した疑義又は不服に限られており、本件のように競技会を前提としないで一般的に審判員の資格についての審査申立を認めたものではないと主張する。

上記規程5条は、競技会の主催者・共催者に応じて、審査申立の宛先となる機関をブロック委員会又は中央委員会としており、疑義又は不服の審査請求は競技会を前提としているように解釈する余地がないとはいえない。しかし、上記規程は、その前文において、「本規程は、選手及びチーム、又は審判員の登録、活動、試合、等に関して生ずる、疑義又は不服について審査し、公平なる判断を持って、選手審判員の士気向上の促進を目指すものである。」と規定しており、審判員の競技会における行為だけに止まらず、その資格や登録にかかる疑義や不服についても審査することも目的としていると解釈せざるを得ないものである。

実際、審判員の資格や登録に関する疑義や不服は、その資格の認定や登録によって生じるものであり、具体的な競技会を前提とするものではない。また具体的な競技会を待たなければ審判員の資格及び登録に関する疑義や不服につき審査できないとすれば、審査の対象範囲や時間的な制約から、審判員の資格や登録について審査を認めた意味が大きく減殺されることになりかねない。さらには審判員資格の認定や登録を拒否された審判員にとっては、具体的な競技会を想定することができず、被申立人の主張によれば、当該審判員は審査申立の機会が全くなくなるが、それが不当であることは明らかである。

加えて公認審判員規程11条によれば、資格喪失処分に疑義や不服のある公認審判員は、綱引競技審査委員会規程に基づき、ブロック委員会及び中央委員会に対し、審査の申立てができるとされているが、この場合は、競技会の存在は前提とはされていない。これは、審判員の資格喪失が競技会とは関係なく発生しうるものであることが前提とされていると考えられ、そうであれば、審判員の資格喪失の場合に限らず、審判員の資格認定や登録に関して疑義や不服がある場合も、具体的な競技会を前提とすることなく、その審査を求めることができると解すべきである。

 (ⅲ)なお綱引競技審査委員会規程5条は、競技会の主催者・共催者に応じて、審査申立の宛先となる機関をブロック委員会又は中央委員会としているが、これは公認審判員認定規程1条が定める審判員資格の種別とそれに対応する講習会の所管によって、申立てを中央委員会とブロック委員会に分けたと解することが相当である。そして公認審判員AAA資格については、被申立人がこれを所管しているから、その資格に関する認定や登録に関する疑義や不服についての審査請求は、中央委員会への申立てが認められると解される。

 (ⅳ)申立人は、2008321日開催の被申立人の総会において、Bの公認審判員AAA資格の認定及び登録に関する疑義について調査のための委員会の開催を求める発言を行った。

       これに対し、被申立人は、申立人の総会における発言は、総会の構成員としての発言であり、綱引競技審査委員会規程5条に定める綱引競技審査委員会(中央委員会)への審査の申立てはなく、スポーツ仲裁申立の要件に欠けると主張する。

総会の議事を録音したテープ(甲10号証の1)及びその反訳書(甲10号証の2)並びに審問の結果によれば、次の事実が認められる。

申立人は、被申立人の総会において、その直前に開催された被申立人の理事会においてAAA資格を承認された者につき、経歴偽装との疑惑を持たれている者がいるとして異議を唱えた。申立人は経歴偽装の疑惑がある者の氏名を明示はしなかったが、被申立人のA専務理事がその対象者としてBの氏名をあげており、申立人と被申立人との間では、申立人がBの公認審判員AAA資格の認定及び登録を問題としていることは明らかであった。申立人は、総会において、Bの公認審判員AAA資格についての疑義の調査のための委員会を提案する旨の発言をし、それに対し、被申立人側のA専務理事は、審判員の資格についての委員会について言及しており、被申立人においても申立人が調査のため委員会での審査を求めているとの認識を有していたと考えられる。

さらに被申立人の綱引競技審査委員会規程5条、6条及び7条の疑義又は不服の審査請求について、被申立人は、その申立てに関する具体的な手続を今まで何ら定めておらず、ブロックにおいても被申立人においても綱引競技審査委員会が常置されていないことが認められる。もしも被申立人が審査請求の申立てについて具体的な手続を定めているのであれば、申立人にその手続の遵守を求め、その手続に反してなされた審査請求の申立ては、それがないものとして取り扱うことも不合理ではない。しかし、実際には被申立人は、綱引競技審査委員会規程5条、6条及び7条の疑義又は不服の審査請求にかかる申立ての手続を定めていなかったのであるから、申立人は、口頭によると書面によるとを問わず、適宜の方法で上記の疑義又は不服の審査請求にかかる申立てを行うことができると解すべきである。

そして申立人の総会における発言は、Bの公認審判員AAA資格の認定及び登録を問題とし、その疑義について、被申立人の所管の委員会での審査を求めているものと認めることができる。

以上から、申立人は被申立人に対し、2008321日開催の被申立人の総会において、綱引競技審査委員会規程5条に定める綱引競技審査委員会(中央委員会)への審査の申立てを行ったと解すべきである。

 (ⅴ)以上のとおり、申立人はBに対する公認審判員AAA資格認定及び登録に関する疑義を綱引競技審査委員会において審査することを求める申立てを行ったものであるが、被申立人は、これに対する明確な応答をしてこなかったものの、最終的に2009108日付け書面において、申立人に対して綱引競技審査委員会を開催しないことを通知し、審査を行うことを拒否したことが認められる。

 (3)判断

    スポーツ仲裁における仲裁判断の基準として、日本スポーツ仲裁機構の先例によれば、以下の判断が示されている。

       「日本においてスポーツ競技を統括する国内スポーツ連盟(被申立人もその一つである。)については、その運営に一定の自律性が認められ、その限度において仲裁機関は、国内スポーツ連盟の決定を尊重しなければならない。仲裁機関としては、(1)国内スポーツ連盟の決定がその制定した規則に違反している場合、(2)規則には違反していないが、著しく合理性を欠く場合、(3)決定に至る手続に瑕疵がある場合、または(4)国内スポーツ連盟の制定した規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合において、それを取り消すことができると解すべきである。」

      本件スポーツ仲裁パネルも基本的にこの基準が妥当であると考える。

       この基準に基づいて、本件スポーツ仲裁パネルとしては、国内スポーツ連盟の決定がその制定した規則に違反している場合には、それを取り消すことができると解するが、申立人は綱引競技審査委員会規程52項に基づき綱引競技審査委員会(中央委員会)にBに対する公認審判員AAA資格認定及び登録に関する疑義を審査するよう申立てをしており、被申立人はこれに対する裁定を行わなければならないところ、被申立人は同規程に違反して、審査を拒否し、裁定を行わなかったものである。

  よって、申立人が行ったBに対する公認審判員AAA資格認定及び登録に関する疑義の審査の申立てに対し、審査を拒否し、裁定を行わない旨の被申立人の決定は取り消されなければならず、また被申立人は、速やかに綱引競技審査委員会を開催し、Bに対する公認審判員AAA資格認定及び登録について生じた疑義を審査しなければならない。

   申立人の請求(1)及び(2)は理由がある。

 2 申立人の請求(3)について

   申立人は、被申立人の正会員だった者であるが、正当な理由なく正会員としての扱いをされなくなったとして、正会員としての地位の確認を求め、仲裁受諾条項として、綱引競技審査委員会規程5条、7条を援用する。

そもそも、競技団体である社団法人の正会員資格に関する争いがスポーツ仲裁規則21項にいう「スポーツ競技又はその運営」に関する事項に該当するのかという問題があるが、申立人が仲裁受諾条項として援用する競技団体規則である綱引競技審査委員会規程5条は、「選手又はチーム、若しくは審判員の資格、或いは競技会での審判員並びに選手、監督等の行為に関し、疑義、或いは不服ある場合」と規定し、同規程7条もこれを前提とするが、被申立人の正会員たる資格についての疑義、あるいは不服については何ら言及していない。加えて綱引競技審査委員会規程がその前文で「選手及びチーム、又は審判の登録、活動、試合、等に関して生ずる、疑義又は不服について審査し、公平なる判断を持って、選手審判員の士気向上の促進を目指すものである」と規定していることからすれば、同規程が被申立人の正会員たる資格についての疑義、不服に適用されるものと解することはできない。さらに被申立人の定款や書証として提出された被申立人の各規程にも、被申立人の正会員資格に関する疑義、不服を本件スポーツ仲裁パネルによる仲裁に委ねる旨の定めを見いだすことはできず、結局、被申立人の規則中に仲裁受諾条項があると認めることができない。また、正会員の地位確認についての仲裁合意は存在しない。

       よって、申立人の請求(3)は、仲裁合意も仲裁受諾条項の存在もないままになされたものであって、却下を免れない。

 

5 結論

    よって、申立人の請求(1)ないし(3)について主文のとおり判断するとともに、本件の事案全体の内容を勘案して申立料金5万円は被申立人に負担させることとし、主文のとおり判断する。

 

 

 

2010329

 

 

仲裁人 竹之下義弘

仲裁人 井上 圭吾

仲裁人 山岸 和彦

仲裁地:東京都

 

以上は、仲裁判断の謄本である。
一般財団法人日本スポーツ仲裁機構
代表理事(機構長) 道垣内正人

※申立人等、個人の氏名、地域名はアルファベットに置き換え、各当事者の住所については削除してあります。