仲 裁 判 断
一般財団法人日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2009-001
仲裁判断
申立人:X
被申立人:P軟式野球連盟
被申立人代理人:A
B
主 文
本件スポーツ仲裁パネルは、次のとおり判断する。
- (1)平成21年3月20日に開催された被申立人の定期評議員会議においてなされた「被申立人の登録チームはマルハンドリームカップ全国草野球トーナメントに出場できない。」との決定を取り消す。
-
(2)平成21年3月20日に開催された被申立人の定期評議員会議においてなされた「被申立人の登録チームは新日本スポーツ連盟全国軟式野球大会に出場できない。」との決定を取り消す。
-
(3)平成21年2月28日に開催された被申立人の理事会(役員会議)においてなされた「申立人を不適格者とする。」との決定を取り消す。
-
(4)申立料金5万円は、被申立人の負担とする。
理 由
第1 当事者の求めた仲裁判断
1 申立人は次のとおりの仲裁判断を求めた。
- (1)平成21年3月20日に開催された被申立人の定期評議員会議においてなされた「被申立人の登録チームはマルハンドリームカップ全国草野球トーナメントに出場できない。」との決定を取り消す。
-
(2)平成21年3月20日に開催された被申立人の定期評議員会議においてなされた「被申立人の登録チームは新日本スポーツ連盟全国軟式野球大会に出場できない。」との決定を取り消す。
-
(3)平成21年2月28日に開催された被申立人の理事会(役員会議)においてなされた「申立人を不適格者とする。」との決定を取り消す。
-
(4)申立料金5万円は、被申立人の負担とする。
2 被申立人は次のとおりの仲裁判断を求めた。
- (1)申立人の請求(1)(2)及び(3)は、いずれも却下ないし棄却する。
-
(2)申立料金5万円は、申立人の負担とする。
第2 仲裁手続の経緯
- 1 2009年5月26日、申立人は、一般財団法人日本スポーツ仲裁機構(以下、「機構」という。)に対し、上記第1.1記載の仲裁判断を求める趣旨の「仲裁申立書」及び資料1ないし12を提出して、本件仲裁を申立てた。
-
2 同日、機構は、本件仲裁申立てを受けて、申立人と被申立人との間に申立てに係る紛争をスポーツ仲裁パネルに付託する旨の合意があるか(スポーツ仲裁規則第2条2項)、または競技団体の規則中に競技者等からの不服申立て等についてスポーツ仲裁パネルによる仲裁にその解決を委ねる旨を定めているか(同規則同条3項)について調査したところ、被申立人の上部団体である財団法人全日本軟式野球連盟規程第14条において「連盟のする決定に対する不服申立は、日本スポーツ仲裁機構の『スポーツ仲裁規則』に従ってなされる仲裁により解決されるものとする。」と定められ、同規程第15条において「支部は、この規程に準拠し、支部規約を定めなければならない。」と定められているため、同連盟の末端支部に該当する被申立人はこの規定に従うものと判断し、スポーツ仲裁規則第15条1項に定める確認を行ったうえで、仲裁合意が成立したものとみなし、本件仲裁申立てを受理し、仲裁人選任手続を開始する旨を申立人及び被申立人に通知した。
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3 同年6月10日、機構は、申立人の請求(2)に関し、事態の緊急性に鑑み、極めて迅速に紛争を解決する必要があると判断し、スポーツ仲裁規則第50条に定める緊急仲裁手続によることを決定するとともに、同規則同条3項但書に定める特段の事情があると認め、仲裁人を3名とすることを決定し、申立人及び被申立人に通知した。
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4 同日、機構は、申立人及び被申立人がそれぞれ仲裁人選定を機構に一任したため、申立人選定仲裁人として竹之下義弘を、被申立人選定仲裁人として大作晃弘を選定し、両名は第三仲裁人として川添丈を選定したため、本件スポーツ仲裁パネルが構成された。
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5 同日、被申立人は、機構に対し、代理人Aに対する委任状を提出した。
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6 同月11日、本件スポーツ仲裁パネルは、第1回協議を行い、「スポーツ仲裁パネル決定(1)」として、申立人及び被申立人に対し、それぞれ追加資料の提出を求める旨を決定し、通知した。
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7 同月12日、申立人は、機構に対し、資料4の不足部分、資料13及び14を提出した。
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8 同日、本件スポーツ仲裁パネルは、「スポーツ仲裁パネル決定(2)」として、同月20日午前10時からP県P市において審問を開催することを決定し、申立人及び被申立人に通知した。
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9 同月16日、被申立人は、機構に対し、答弁書、資料1ないし9、追加資料1及び表1を提出した。
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10 同月18日、本件スポーツ仲裁パネルは、審問期日準備のために第2回協議を行った。
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11 同月19日、本件スポーツ仲裁パネルは、「スポーツ仲裁パネル決定(3)」として、審問期日の午前11時30分からCに対する証人尋問を実施することをスポーツ仲裁規則第32条2項に基づき決定し、申立人及び被申立人に通知した。
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12 同月20日、申立人は、機構に対し、資料15を提出した。
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13 同日、被申立人は、機構に対し、代理人Bに対する委任状及び「その他の答弁等について」と題する書面を提出した。
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14 同日、午前10時、本件スポーツ仲裁パネルは審問を開始した。申立人側は申立人本人、被申立人側は代理人A及び同Bが出席した。
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15 同日、午前11時30分から午後0時20分まで、本件スポーツ仲裁パネルはCに対する証人尋問を実施した。
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16 同日、午後4時10分、本件スポーツ仲裁パネルは、手続が仲裁判断に熟すると認めて審理の終結を決定した。
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17 同日、午後4時50分、本件スポーツ仲裁パネルは、協議を行ったうえで緊急仲裁手続にかかる申立人の請求(2)に関する仲裁判断を口頭で告知した。
第3 事案の概要
1 当事者
- (1)申立人
申立人は、被申立人に正会員として加盟するチームであるP愛球クラブの代表者であった者であり、被申立人の理事であった者である。 -
(2)被申立人
被申立人は、財団法人全日本軟式野球連盟のP県を統括する支部であるP県軟式野球連盟のP支部であり、P市内及びQ内を地域とする財団法人全日本軟式野球連盟の末端支部である。
2 本件紛争の概要
- (1)請求(1)及び(2)について
本件の請求(1)及び(2)は、申立人が、被申立人に対し、被申立人の会員である加盟チームないし所属選手が、被申立人以外の他の団体が主催する軟式野球の大会である「マルハンドリームカップ全国草野球トーナメント」と「新日本スポーツ連盟全国軟式野球大会」へ出場することを認めるよう求めたのに対し、被申立人が平成21年3月20日に開催された定期評議員会議においてこれらを認めない旨を決定したため、その決定の取消を求めた事案である。 -
(2)請求(3)について
本件の請求(3)は、上記請求(1)及び(2)に関する被申立人の役員会議及び定期評議員会議の審議の過程における申立人の言動を理由に、被申立人が申立人をP市軟式野球連盟規約第15条または第41条に基づき「不適格者」と認めて資格を喪失させたため、申立人が代表者を務めていたP愛球クラブは被申立人主催の大会に出場するためにチーム名及び代表者変更の手続をとらざるを得なくなったとして、申立人を「不適格者」と認めて資格を喪失された決定の取消を求めた事案である。
3 本件に至る経緯
- (1)平成20年4月5日、被申立人の平成20年度定期評議員会議が開催され、被申立人加盟チームないし選手が被申立人以外の団体が主催する大会に出場する場合には、被申立人に申請してその承認を求めることが必要であることを確認した。
同月8日、申立人は、被申立人に対し、被申立人以外の団体が主催する大会である「マルハンドリームカップ全国草野球トーナメント」及び「新日本スポーツ連盟全国軟式野球大会」に被申立人加盟のチーム及び選手の出場の承認を求める書面を提出した。
同月15日、被申立人の平成20年度第2回役員会議において、申立人が提出した書面による出場承認申請について審議し、前記定期評議員会議における確認に基づき、申立人が提出した書面及び関係資料では内容が不足しているため判断が困難であるとして、申立人に改めて関係資料の提出を求めたうえ、再度協議することとした。 -
(2)同年5月17日開催の被申立人の平成20年度第3回役員会議、同年5月28日開催の被申立人の平成20年度第4回役員会議、同年7月17日開催の被申立人の平成20年度第5回役員会議においても、申立人からの前記両大会への出場承認申請について継続審議を行ったが、申立人からの事情説明ないし関係資料の提出がないとして、結論を保留して継続審議とされた。
-
(3)平成21年2月28日、被申立人の平成21年度第1回役員会議が開催され、前記両大会への出場承認申請について審議が行われた。同会議においては、前記両大会への出場承認可否について採決することとなり、申立人に対して利害関係人として一時退席することが求められたが、申立人が退席に応じようとしなかったため、議長が申立人に対して退席を命じ、申立人が退席した後に投票により採決が行われた。採決の結果、投票者全員の反対により、前記両大会への出場を承認せずに「当面様子を見る」ことが確認された。
また、被申立人は、同会議において、退席を命じられた申立人が退席したまま帰宅したことをもって、議案提案の当事者でありながら理事の任務を放棄したとして申立人に対する問責を審議し、申立人をP市軟式野球連盟規約第15条または第41条に基づき「不適格者」として資格を喪失させることを決議した。 -
(4)同年3月20日、被申立人の平成21年度定期評議員会議が開催され、P市軟式野球連盟規約の一部改正が審議され、第15条の改正を含む改正案を原案どおり満場一致で可決した。
また、被申立人は、同会議において、同年2月28日開催の役員会議において確認した被申立人加盟チーム及び選手の前記両大会への出場を承認せずに「当面様子を見る」ことについて報告がなされ、その内容を承認した。 -
(5)同日の定期評議員会において、申立人が議長の制止にもかかわらず発言を続けたとして議長から退場を命ぜられたため、申立人が代表者を務めるP愛球クラブのCから、同クラブは今後被申立人の主催する大会に出場できないのかとの質問がなされ、これに対して被申立人A理事長(当時)は同クラブが出場できないこと、及び出場するためにはチーム名称と代表者の変更が必要である旨回答し、その回答内容について承認された。
-
(6)同年4月6日ころ、同クラブCは、前記Aから電話を受け、同人から「P愛球クラブのチーム名を変えること、代表者を替えること、前代表者である申立人は今後一切チームと関わりをもたないことを文書で提出してほしい。」との要請を受けた。
同月12日、Cは、同年3月20日開催の定期評議員会議においてチーム名及び代表者の変更が必要であると確認されたこと、並びに前記Aから電話で要請を受けたことに基づき、チーム名及び代表者名の変更届出の書類を被申立人に提出し、同時に申立人とは一切の関わりなくチーム運営・活動する旨の誓約を含む誓約書を被申立人に提出した。
4 申立人の主張
- ① 「マルハンドリームカップ全国草野球トーナメント」は、財団法人全日本軟式野球連盟が後援し、P県軟式野球連盟が認める大会であるため、被申立人は加盟チーム及び選手の出場を認めるべきである。
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② 「新日本スポーツ連盟全国軟式野球大会」は、P県軟式野球連盟が認める大会であるため、被申立人は加盟チーム及び選手の出場を認めるべきである。
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③ 被申立人が出場承認の根拠とするP市軟式野球連盟規約第38条「正会員たるチーム及びその構成員は、営利的・宣伝的・政治的などの効果を求めるような目的で開かれる大会に出場することができない。但し、本連盟が認めた大会は、この限りでない。」との規定は、財団法人全日本軟式野球連盟規程第3条3項及び第15条に違反する規定である。
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④ 平成21年2月28日開催の平成21年度第1回役員会議は、定期評議員会議に提出する議案を審議する会議であるところ、理事である申立人に発言を許さず、退場させたうえで決議されたものであるから、手続に瑕疵がある。
-
⑤ 平成21年3月20日開催の平成21年度定期評議員会議においては、申立人に発言を許さず、退場させたうえで決議されたものであるから、手続に瑕疵がある。
- ① 平成21年2月28日開催の役員会議において「マルハンドリームカップ全国草野球トーナメント」「新日本スポーツ連盟全国軟式野球大会」出場の是非に関する審議において、提案者である申立人に発言も許さず退場させた点で手続上の瑕疵がある。
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② 前記役員会における申立人に対する不適格者とする決議はいかなる根拠によるものか不明であり、認められない。
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③ 平成21年3月20日開催の平成21年度定期評議員会議における「P愛球クラブは以後、被申立人の主催する大会に出場できないこと、出場するためにはチーム名称の変更、代表者の変更及びそれらを記載した誓約書の提出を必要とする」旨の決議がなされた。しかし、P市軟式野球連盟規約のいかなる条項に違反したのか不明な処分であり、従って前記決議内容は無効である。
5 被申立人の主張
- ① 被申立人は、P市軟式野球連盟規約第38条に基づき、正会員たるチーム及びその構成員の出場の可否を審議する必要がある。
-
② 「マルハンドリームカップ全国草野球トーナメント」及び「新日本スポーツ連盟全国軟式野球大会」は、P市軟式野球連盟規約第38条に抵触しているという疑いがある。
-
③ 前記両大会への正会員たるチーム及びその構成員の出場の可否を審議するため、申立人に対して両大会に関する資料の提出を求めたが提出されないため審議することができず、出場を承認することができない状態である。
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④ 前記両大会に関して、被申立人の上部団体である財団法人全日本軟式野球連盟、P県軟式野球連盟のいずれからも正式文書による指示がないため、出場を承認することができない状態である。
- ① 申立人は平成21年度第1回役員会議においてマルハンドリームカップ全国草野球トーナメント及び新日本スポーツ連盟全国軟式野球大会に被申立人加盟チームが出場できるか否かについての審議中、議長の発言停止を無視し、度々節度と品位のない発言と暴言を吐いて議事を混乱させて議長の職権で退場を命じられた。
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② 前記の申立人の退場後、申立人から申請されたマルハンドリームカップ全国草野球トーナメント及び新日本スポーツ連盟全国軟式野球大会はいずれも当面様子を見ることが承認された。その後、その決議結果を申立人に通告するため、D理事が待機場所に申立人を迎えに行ったところ、申立人は無断で帰宅していた。申立人のかかる行為は議案提案の当事者でありながら理事の任務を放棄したものである。
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③ 申立人による前記①②の行為はP市軟式野球連盟規約第15条(2)項の不適格者として、同役員会議で満場一致で承認された。
-
④ この結果、申立人は爾後、被申立人主催の各種大会に出場できず、同時に申立人が代表者であるP愛球クラブも同様に出場できなくなった。
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⑤ 平成21年3月20日開催の平成21年度定期評議員会議で前記クラブCから、「是非、P市軟式野球連盟主催の各種大会に出たいのでどうすればよいか、いい智恵はないものか。」という緊急質疑があった。
そこで、被申立人としては「代表者名を変更し、チーム名を変更して、役員会、評議員会の同意が得られれば従前同様に出場できる」旨Cに助言した。また被申立人は前記2つの要請の外、今後一切申立人とP愛球クラブが関わりをもたない旨を記載した誓約書の提出も要請した。Cに対する前記各要請につき、同評議会で満場一致で可決された。 -
⑥ Cは平成21年4月12日付で被申立人からの前記3つの要請に従った誓約書を被申立人に提出した。
-
⑦ 以上から被申立人による申立人を不適格者とする役員会の決議及び同決議によるP愛球クラブの被申立人主催の大会への出場停止、出場するための条件としての前記3つの内容の誓約書提出要求をした評議員会決議は正当である。
第4 判断の理由
- 1 判断の基準について
スポーツ仲裁における仲裁判断基準として、日本スポーツ仲裁機構の仲裁判断の先例によれば、
- 「日本においてスポーツ競技を統括する国内スポーツ連盟(被申立人もその一つである)については、その運営に一定の自律性が認められ、その限度において仲裁機関は、国内スポーツ連盟の決定を尊重しなければならない。仲裁機関としては、1)国内スポーツ連盟の決定がその制定した規則に違反している場合、2)規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、3)決定に至る手続に瑕疵がある場合、または4)国内スポーツ連盟の制定した規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合において、それを取り消すことができると解すべきである。」
- と判断されており、本件スポーツ仲裁パネルも基本的にこの基準が妥当であると考える。
よって、本件においても、上記基準に基づき判断する。 -
2 請求(1)及び(2)について
- (1)規程・規約の解釈
被申立人及びその上部団体である財団法人全日本軟式野球連盟、P県軟式野球連盟においては、加盟チーム及び選手の大会出場に関して以下のような定めが存在する。
- 財団法人全日本軟式野球連盟規程
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第3条3項
「会員は、他の軟式野球団体に加盟しても、スポーツ憲章及び連盟競技者規程を遵守する者は、加盟を認めることができる。」 -
第15条
「支部は、この規程に準拠し、支部規約を定めなければならない。」
- P県軟式野球連盟野球規約
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第42条
「正会員たるチーム及びその構成員は、営利的・宣伝的・政治的等の効果を求めるような、目的で開かれる大会に出場することができない。但し、本連盟又は支部が認めた大会はこの限りでない。」
- P市軟式野球連盟規約
-
第38条
「正会員たるチーム及びその構成員は、営利的・宣伝的・政治的などの効果を求めるような目的で開かれる大会に出場することができない。但し、本連盟が認めた大会は、この限りでない。」
- 上記の財団法人全日本軟式野球連盟規程の内容、及び同規程中に会員が他団体の主催する大会へ出場することを制限するような規定がとくに存在しないことに鑑みれば、財団法人全日本軟式野球連盟は、スポーツ憲章及び連盟競技者規程を遵守する限り、他団体への加盟及びその主催する大会への出場を広く容認しているものと解され、それを支部等の下部組織にも要求しているものと解される。
他方、財団法人全日本軟式野球連盟の支部であるP県軟式野球連盟、及び末端支部である被申立人においては、加盟チーム及びその構成員が他の大会に出場することを一部制限するかのような規定(P県軟式野球連盟野球規約第42条、P市軟式野球連盟第38条)を置いているものの、いずれの規定においても出場を制限される大会は「営利的・宣伝的・政治的などの効果を求めるような目的で開かれる大会」に限定されており、それ以外の大会への出場を制限する旨の規定は存在しない。
これらの点を考慮すると、被申立人の加盟チーム及びその構成員は、他団体の主催する大会に出場することは原則的に自由であると解され、例外的に「営利的・宣伝的・政治的などの効果を求めるような目的で開かれる大会」と認められる場合には出場が制限され、被申立人がとくに出場を認めない限り出場できないものと解される。
そして、例外的に出場が制限される「営利的・宣伝的・政治的などの効果を求めるような目的で開かれる大会」という文言は、それ自体自明なものというにはあまりにも抽象的な表現であるので、当該大会がこれに該当する大会であるかどうかを判断するには、少なくとも被申立人がその理事会または評議員会の決議によって決定する必要があるというべきである。また、当該大会が「営利的・宣伝的・政治的などの効果を求めるような目的で開かれる大会」に該当するか否かの立証責任も、出場を制限する被申立人側にあると解されるべきである。 -
(2)本件における適用
上記の解釈を前提に、本件において被申立人が「マルハンドリームカップ全国草野球トーナメント」及び「新日本スポーツ連盟全国軟式野球大会」への加盟チーム及びその構成員の出場を制限した決定の当否について検討する。
上記の解釈のとおり、加盟チーム及びその構成員は他団体の主催する大会に出場することは原則的に自由であるが、被申立人がP市軟式野球連盟第38条に定める「営利的・宣伝的・政治的などの効果を求めるような目的で開かれる大会」に該当すると理事会または評議員会の決議をもって決定した場合に例外的に出場を制限できるものと解される。
しかし、被申立人からは、「マルハンドリームカップ全国草野球トーナメント」及び「新日本スポーツ連盟全国軟式野球大会」を同条の「営利的・宣伝的・政治的などの効果を求めるような目的で開かれる大会」に該当すると決定したとの主張はなく、そのような証拠も存在しない。被申立人は、平成21年2月28日開催の平成21年度第1回役員会議において「マルハンドリームカップ全国草野球トーナメント」及び「新日本スポーツ連盟全国軟式野球大会」への出場を認めない旨を決議しているが、この決議は両大会を「営利的・宣伝的・政治的などの効果を求めるような目的で開かれる大会」に該当すると決定した決議ではなく、むしろこれに該当するか否か不明の状態であることを前提とした決議であることは被申立人も自認しているところである。
従って、「マルハンドリームカップ全国草野球トーナメント」及び「新日本スポーツ連盟全国軟式野球大会」が、P市軟式野球連盟第38条の定める例外に該当するか否かが不明の状態である以上、原則に立ち返って加盟チーム及びその構成員が両大会に出場することは自由であると解されるべきであり、加盟チーム及びその構成員の同大会への出場を承認しないとした被申立人の平成21年2月28日開催の平成21年度第1回役員会議の決議、及びその決議を承認した同年3月20日開催の平成21年度定期評議員会議の決定は、いずれも上記各規定の解釈適用を誤ったものと言わざるを得ない。
なお、被申立人は、同条但書の「但し、本連盟が認めた大会は、この限りでない。」との文言を根拠として、被申立人に加盟チーム及びその構成員の他の大会への出場を承認するか否かを決定する権限があるかのように主張する。
しかし、同条但書の規定は、「営利的・宣伝的・政治的などの効果を求めるような目的で開かれる大会」であると認められ例外的に出場が制限される場合であっても、被申立人がとくに出場を認めた場合には制限が解除されることを定めたものにすぎず、そもそも例外に該当しない場合も含めて一般的包括的に出場を認めるか否かの決定権限を付与した規定ではないと解すべきものである。従って、この点に関する被申立人の主張も、これを認めることはできない。 -
(3)まとめ
以上のとおりであるから、その余の点を判断するまでもなく、「マルハンドリームカップ全国草野球トーナメント」及び「新日本スポーツ連盟全国軟式野球大会」への出場を承認しないとした被申立人の平成21年3月20日開催の定期評議員会議の決定は、P市軟式野球連盟規約に反するものであるから、上記1記載の判断基準の「1)国内スポーツ連盟の決定がその制定した規則に違反している場合」に該当し、取り消されるべきものである。
- (1)対象となる決定
本件において申立人はその申立書において、「被申立人による申立人及びP愛球クラブに対するチーム名変更、代表者変更要求及びそれらを記載した誓約書提出の各要求は無効である」旨の申立てをしているが、これら各要求は申立人及びP愛球クラブが被申立人主催の大会に出場できないことを前提としており、申立人及びP愛球クラブが前記大会に出場できない根拠は申立人がP市軟式野球連盟規約第15条(2)の「不適格者」に該当する旨の平成21年2月28日開催の被申立人第1回役員会議における決議にあるため、本件においては同決議による被申立人の決定を判断の対象とする。
なお、本件審問の際、申立人は当該決定を仲裁判断の対象とすることについて同意しており、また、当該決定が申立人及びP愛球クラブに対する処分の根拠であることを被申立人も是認している。 -
(2)P市軟式野球連盟規約第15条に基づき「不適格者」とする決定の当否
まず、被申立人は、P市軟式野球連盟規約第15条(2)を根拠として申立人を「不適格者」とした旨主張する。
しかし、前記条項は平成21年3月20日開催の平成21年度定期評議員会議に おいて改正された内容であり、申立人を「不適格者」とした決定は同年2月28日開催の平成21年度第1回役員会議で決議されたものであるゆえ、改正された前記条項を遡って適用することはできない。本件で申立人を「不適格者」とする根拠となりうるのは、以下の改正前の同規約第15条(1)である。
- 第15条
「会員は、前条に定めるほか、次の事項の一つに該当するときはその資格を喪失する。
1)第6条に定める条件を具備しなくなり、連盟が不適格と認めたとき。」
- 改正前の同規約第15条(1)記載の「不適格者」の対象は同条本文の「会員」に限定されるものであるところ、同条本文における「会員」とは同規約第5条記載の「正会員及び名誉会員」を指し、「正会員」とは「社会人チーム及び少年チーム」を、「名誉会員」とは「P市軟式野球連盟の目的並びに事業に賛助するもののなかから理事会で推薦し、会長が委嘱した者」を指すことは同規約第6条、同第8条より明らかである。
従って、改正前の同規約第15条(1)記載の「不適格者」の対象には、被申立人加盟の社会人チーム及び少年チームの構成員にすぎない個人は、名誉会員以外は含まれないことになる。このことは同規約第38条、第41条等で「正会員たるチーム及びその構成員」と規定し、「チーム」と「構成員」の両者を区別して規定しているところからもうかがえるところである。
そもそも申立人は、名誉会員でないことも明らかであり、チームの構成員にすぎない個人であるから、改正前の同規約第15条が対象とする「会員」には該当せず、同規約第15条を適用して申立人を「不適格者」とした前記役員会議における決定は適用条項を誤ったものというべきである。
さらに、改正前の同規約第15条(1)には「第6条に定める条件を具備しなくなり」と規定されているところ、同規約第6条は正会員たる社会人チーム及び少年チームにおける編成条件を規定するものであるから、本件においてはこれに該当しないことは明らかである。改正前の同規約第15条(1)には「連盟が不適格と認めたとき」との文言が定められているが、この文言はその規定の体裁から直前に定める「第6条に定める条件を具備しなくな」ることを前提とするものであると解すべきものであり、上記のとおり「第6条に定める条件を具備しなくなり」に該当しない本件においては、この文言の適用もないというべきである。
よって、いずれにしても申立人を同規約第15条の「不適格者」とした平成21年2月28日開催の平成21年度第1回役員会議の決定はその適用条項を誤ったものである。 -
(3)P市軟式野球連盟規約第41条に基づく処分の当否
被申立人は審問において申立人を「不適格者」とした決定はP市軟式野球連盟規約第15条に基づくものであると認めているが、同規約においては以下のとおり第41条に「チーム及びその構成員」を理事会において処分できる旨の規定があるため、念のため、同条に基づく処分の可否についても検討する。
- 第41条
「正会員たるチーム及びその構成員が、第6条及び各条に違反したときは、理事会において除名或いは大会への出場停止、その他の処分をする。」
(なお、同条中の「第6条」の文言は、改正前は「第9条」と規定されていたが、本件判断には影響を与えるものではない。)
- 同条は正会員たるチーム及びその構成員がP市軟式野球連盟規約の各条項に違反した場合、除名或いは加盟チームの大会への出場停止等の処分を理事会で決議しうる旨規定する。そこで申立人が同規約のいずれかの条項に違反しているか検討する。
本件においては、平成21年2月28日開催の平成21年度第1回役員会議において、①申立人による質問、意見が出されたこと、②「マルハンドリームカップ全国草野球トーナメント」「新日本スポーツ連盟全国軟式野球大会」に加盟チームが出場できるか否かの決議に先立ち、申立人は利害関係人として退席し、その後そのまま同役員会議に戻らず帰宅したことが、同役員会議議事録に記載されている。
しかし、役員会議で被申立人がかかる申立人の一連の行為(不規則発言、議事途中での帰宅)を問題視したことは認められるものの、これらが同規約のいかなる条項に違反しているか明確に特定しておらず、しかも同規約中にはこれらの行為を明示的に禁ずる条項も存在しないため、申立人の一連の行為が事実であったとしても、これをもって同規約に違反すると認めることはできない。
よって、仮にP市軟式野球連盟規約第41条を根拠としても、申立人が同規約に違反したと認めることはできず、またいかなる条項に違反したかも明示せずになされた決定であるため、平成21年2月28日開催の平成21年度第1回役員会議における申立人を「不適格者」とした決定は、規約の解釈適用を誤ったものである。
- (4)まとめ
以上のとおりであるから、その余の点を判断するまでもなく、被申立人の申立人を「不適格者」とした平成21年2月28日開催の役員会議の決定は、P市軟式野球連盟規約に反するものであるから、上記1記載の判断基準の「1)国内スポーツ連盟の決定がその制定した規則に違反している場合」に該当し、取り消されるべきものである。
- 4 申立費用の負担について
上記のとおり、申立人の請求(1)(2)及び(3)はいずれも認められるべきものであるから、申立料金5万円は被申立人に負担させることが相当である。
第5.結論
以上のことから、主文のとおり判断する。
仲裁地 東京都
2009年7月8日
スポーツ仲裁パネル
仲裁人 川 添 丈
仲裁人 竹之下義弘
仲裁人 大作 晃弘
以上は、仲裁判断の謄本である。
一般財団法人日本スポーツ仲裁機構
代表理事(機構長) 道垣内正人
※申立人等、個人の氏名、地域名はアルファベットに置き換え、各当事者の住所については削除してあります。