仲 裁 判 断
日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2006-001
申立人:X
代表 A
同 X2
申立人代理人: 弁護士 井上 愛朗
同 弁護士 稲生 隆浩
同 弁護士 棚橋 元
被申立人: 財団法人日本セーリング連盟
被申立人代理人:弁護士 高木 伸學
主 文
本件スポーツ仲裁パネルは、次のとおり判断する。
- (1) 被申立人の平成18年5月27日付決定は、申立人X2の本件問題に関し、申立人X2について、セーリング・レース規則(RRS)69.2に基づく懲戒処置をとらないとする決定であることを確認する。
-
(2) 申立人らのその余の請求を棄却する。
理 由
第1. 当事者の求めた仲裁判断
- 1.申立人らは以下のとおりの仲裁判断を求めた。
-
(1) 被申立人の平成18年5月27日付決定は、申立人X2の本件問題に関し、申立人X2を「不問」とし、本件問題を理由としては何ら処分しないとの決定であることを確認する。
-
(2) 被申立人において、日本オプティミストディンギー協会に対し、被申立人の平成18年5月27日付決定に反してされた、日本オプティミストディンギー協会の平成18年6月4日付決定及び同年8月8日付決定を取り消すよう、指導・勧告せよ。
-
2.被申立人は以下のとおりの仲裁判断を求めた。
-
(本案前の申立て)
-
(1)本件各申立てを却下する。
-
(本案の申立て)
-
(1)本件各請求を棄却する。
第2. 仲裁手続の経緯
- 1. 2006年9月13日、申立人らは日本スポーツ仲裁機構に対し、第1.1.記載の仲裁判断を求める同日付の「仲裁申立書」、甲1号証から甲32号証まで、委任状及び仲裁合意の写しとなる「平成16年度通常(第2回)理事会議事録」を提出した。
-
2. 同月14日、日本スポーツ仲裁機構は、スポーツ仲裁規則15条1項に定める確認を行った上で、申立人らの仲裁申立てを受理し、その旨双方の当事者に通知した。
-
3. 被申立人は、2004年7月10日に開催した平成16年度通常第2回理事会において、「財団法人日本セーリング連盟が自ら主催もしくは共同主催する競技会の運営及び、その他連盟のする決定に対する不服の申立ては、日本スポーツ仲裁機構の「スポーツ仲裁規則」に従って行う仲裁により解決されるものとする。なお、この内容は、JSAF運営規則第1章ディンギー系全日本選手権大会附則第11条並びに第2章外洋艇全日本選手権大会及び全日本レベルのレース附則第8条に明記する。」ことを承認している(日本スポーツ仲裁機構に顕著な事実、申立人ら提出の理事会決議の写し(証拠番号無し)及び審問の結果)。そのため、日本スポーツ仲裁機構は、申立人らによる仲裁申立ての時点で仲裁合意が成立したものと判断した(スポーツ仲裁規則2条3項)。
-
4. 同月15日、申立人らは、仲裁人として加藤君人を選任した。
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5. 同月21日、被申立人は、仲裁人として佐藤恭一を選任した。
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6. 同月22日、被申立人は日本スポーツ仲裁機構に対し、委任状を提出した。
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7. 同月25日、申立人らは日本スポーツ仲裁機構に対し、「社団法人B部長会承認書類」を提出した。
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8. 同月28日、仲裁人加藤君人及び佐藤恭一は、第3仲裁人の選定を日本スポーツ仲裁機構に委任した。
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9. 同年10月2日、被申立人は日本スポーツ仲裁機構に対し、第1.2.記載の仲裁判断を求める同日付の「答弁書」、「証拠説明書」、乙1号証から乙6号証まで、及び「補佐人選任許可申立」を提出した。
-
10. 同年10月2日、日本スポーツ仲裁機構は第3仲裁人として山本和彦を選任し本スポーツ仲裁パネルが形成された。
-
11. 同月4日、本スポーツ仲裁パネルは、「スポーツ仲裁パネル決定(1)」として、<1>審問期日を同月22日とすること、<2>審問は原則1回の開催とすること、<3>申立人らの反論書の提出期限を同月10日午後3時までとすること、<4>被申立人の再反論書の提出期限を同月13日午後3時までとすること、などを決定し、各当事者に通知を行った。
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12. 同月10日、申立人らは、反論書たる「準備書面(1)」を提出した。
-
13. 同月13日、被申立人は、再反論書たる「準備書面(1)」を提出した。
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14. 同月16日、被申立人は「証拠説明書2」及び乙7号証から乙8号証の2を提出した。
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15. 同月18日、本スポーツ仲裁パネルは、審問期日準備のための協議を行った。
-
16. 同日、被申立人は「補佐人選任許可申立」を提出した。
-
17. 同月20日、本スポーツ仲裁パネルは、「スポーツ仲裁パネル決定(2)」として、釈明を求める旨の決定をし、双方の当事者に対し、当該決定、委任状及び「社団法人B部長会承認書類」を通知した。
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18. 同月21日、本スポーツ仲裁パネルは、「スポーツ仲裁パネル決定(3)」として、参考人から事情聴取を行うことを決定し、併せて参考人を指定した。
-
19. 同月21日、申立人らは、「求釈明に対する回答書」、「補佐人選任許可申立書」、「上申書」及び「証拠説明書」を提出した。
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20. 同月22日午前9時より、本スポーツ仲裁パネルは、審問期日準備のための協議を行った。
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21. 同日午前10時より、本スポーツ仲裁パネルは、双方当事者出席のもと審問を行った。
-
22. 同日までに、申立人らは甲33号証から甲38号証までを提出した。
-
23. 同日審問終了後、本スポーツ仲裁パネルは、仲裁判断作成のための協議を行った。
-
24. 同月26日、本スポーツ仲裁パネルは、「スポーツ仲裁パネル(4)」として被申立人に対し釈明を求める事項を決定し、各当事者に通知した。
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25. 同月27日、被申立人は、「最終準備書面」を提出した。
-
26. 同日、申立人らは、「準備書面(2)」を提出した。
-
27. 本スポーツ仲裁パネルは、上記のほか、電話、電子メール及びその他通信手段を用い協議を行った。
第3.事案の概要(当事者の主張)
1.当事者及び関係団体
(1)申立人ら
- (i) 申立人X2(以下「申立人本人」という。)は、本件当時より現在に至るまで被申立人の会員であり、ジュニア専用のヨットであるオプティミストディンギーに乗艇し、各種大会に出場している満12歳(中学1年生)の少年である。
申立人本人は、スポーツ仲裁規則8条2項に定める「競技者」にあたる。
-
(ii) 申立人X1(以下「申立人クラブ」という。)は、申立人本人の属する団体である。
申立人クラブは、スポーツ仲裁規則8条5項に定める「競技者等」にあたる。
(2)被申立人
被申立人は、オプティミストディンギーを含む、セーリングスポーツに関する我が国の代表機関であり、すべての形態のセーリングスポーツを統括する機関である。
被申立人は、スポーツ仲裁規則8条1項6号に定める「競技団体」にあたる。
(3) 日本オプティミストディンギー協会
日本オプティミストディンギー協会は、略称を日本OP協会ないしJODAといい、オプティミストディンギーに関する日本代表組織として、特別加盟団体として被申立人に加盟している団体である(以下「OP協会」という。)。
2.本件に至る経緯
- (1)2005年度「全日本選手権大会」
申立人本人は、2005年11月2日から6日まで、OP協会が主催し、被申立人が公認する「2005年度 第37回 日本オプティミストセーリング選手権大会」(以下「全日本選手権」という。)に出場した。同大会はセーリング競技規則(以下「RRS」という。)を適用して実施するものとされていた(甲24号証)。
申立人本人は、同年11月5日に開催された全日本選手権第4レースのレース後、同レースにおいて、他の選手(以下「抗議選手」という。)から、「複数の艇が並走しつつ、マークから2艇身以内に入った場合には、外側の艇は、内側の艇がマークを回ることができるよう、一定のスペース(走路)を確保しなければならない」というルール(RRS18.2・甲7号証。以下「2艇身ルール」という。)に違反して、同選手の走路を妨害したとの抗議を受けた。
ヨットレースにおいては、特定の選手のルール違反を理由として抗議が行われた場合、レース会場の「プロテスト委員会」の審問が実施されなければならず(RRS63・甲7号証)、審問においては、抗議をした選手、抗議を受けた選手以外の第三者の証言を聞かなければならないとされているところ(RRS63.6・甲7号証)、抗議選手は、C選手(以下「証人選手」という。)を証人として、申立人本人が2艇身ルールに違反したとの抗議を行い、審問が実施された。
プロテスト委員会は、同審問の結果、申立人本人に対し、全日本選手権第4レースについて失格処分とするとの判決を下した。
申立人本人の父親でありコーチでもあるD(以下「申立人父」という。)は、11月5日、上記抗議にかかる事実関係の確認のため証人選手の母と面談をし、翌6日、証人選手と面談をした。
申立人父は、審問再開の請求書を作成し、コーチであるE(以下「Eコーチ」という。)の確認を得て、プロテスト委員会に審問再開の請求を行ったが(RRS66・甲7号証)、失格処分は取り消されることなく、そのまま全日本選手権は終了した。 -
(2)OP協会から被申立人に対するセーリング規則69.2に基づく報告書の提出
OP協会は、被申立人に対し、2005年11月24日付にて、RRS69.2(下記に抜粋する。)に基づき、概要下記の報告を行った(以下「本件問題」という。甲10号証)。
記
(RRS69.2)
69.2 各国協会による処置
- (a) 各国協会が、規則69.1(c)もしくは規則69.1(d)に定められている報告、または規則またはグッド・マナーもしくはスポーツマンシップの重大な違反の報告、またはセーリング・スポーツの名誉を傷つけた行為を申し立てる報告を受け取った場合、調査を行うことができ、適切な場合には、審問を実施しなければならない。その後、各国協会は、競技者もしくは艇、または関与したその他の者に対し、権限内で適切と思われる懲戒処置を取ることができる。この処置には、永久または特定の期間、各国協会の管轄下で開催される大会で競技する資格の停止、およびISAF規定19に基づくISAF資格の停止を含む。
-
(b) 競技者の所属する各国協会は、ISAF規定19に定められているとおりに、その競技者のISAF資格も停止しなければならない。
-
(c) 各国協会は、規則69.2(a)に基づく資格停止をISAFに、また、その者または艇のオーナーが資格を停止する各国協会のメンバーでない場合には、その者または艇のオーナーが所属する各国協会に速やかに報告しなければならない。
(報告の概要)
- (i) 大会名: 2005年度第37回日本オプティミストセーリング選手権大会
主催団体: OP協会
開催日: 2005年11月2日~11月6日
本件当該日: 2005年11月5日、6日 -
(ii) 選手及び関係者
セールNO : JPN****
選手名 : 申立人本人 申立人クラブ所属
コーチ名 : 申立人父 申立人クラブコーチ
コーチ名 : Eコーチ 申立人クラブコーチ -
(iii) 確認された事実の報告
- a. 2005年11月5日レース終了後抗議選手より申立人本人に対し抗議が出された。本抗議において証人として証人選手が証言をした。
-
b.申立人父は、証人選手に対し、審問前に証言をしないように、あるいは申立人本人の艇に有利になるように証言の変更を直接要求した。証人選手がそれを聞き入れないため、申立人父は、もし証言をしたら「どうなるかわかっているのか。本当に証言するつもりなのか。」といって、暗に申立人クラブの選手総勢で海外派遣最終選考会レースで証人選手を潰すことになるぞという脅迫を行った。
-
c. 上記抗議に対し審問が行われ判定が下されたが、申立人本人は再審問の要求をし、翌11月6日に再審問が行なわれることとなった。申立人父は、証人選手の父親に電話をし、「(C選手(証人選手)の)優勝もないのになぜ証言させたんですか。証言するメリットは何もないでしょ。C選手(証人選手)が証言を撤回しないなら、X1(申立人クラブ)はクラブ全員でこれからのレースは潰しにかかりますよ、いいですね。X1(申立人クラブ)全体はもう止められないですよ。」という脅迫を行った。さらに、証人選手と話をさせて欲しいと強硬に申し入れた。証人選手の母親がやむなく対応したが、申立人父は、ここでも証言内容の確認と証言の変更を執拗に(約1時間に及ぶ)要求した。
-
d.翌11月6日、レース開始前に申立人本人が証人選手を呼び出し大会駐車場の奥に連れて行き他の関係者から隔離した状態で、申立人父が、証言の内容を確認し、本当に見たのか、事実は違うのではないかと証人選手を説得しようと試みた。また、レース終了後海上から帰ってきた証人選手を申立人本人が「打ち合わせがあるので、Eコーチが呼んでいる」と呼び出した。Eコーチは、そこで、同様に証言の内容を変更するように説得をした。
-
(ⅳ) OP協会の見解
OP協会として、本件の事実が確認されたことは誠に残念であるが、事実を認識し選手の健全育成に責任を負うだけでなく今後日本のセーリング界を担う選手として巣立っていく選手のスポーツマンシップの育成に少しでも役立つことを願う気持ちから本件の報告をするものである。
申立人クラブはOP協会において最大の会員を擁するクラブであり、また多くの優秀な選手を育てているクラブである。そのクラブの選手及び主要コーチ達が、クラブの組織力を背景に、特定の証人に対し脅迫をもって被抗議艇に有利となる証言に変更を求めることは看過すべき問題ではないと判断した。
同クラブは過去数年にわたって同様の行動を繰り返しており、口頭や文書で再三に及び注意をうながして来たが一向に反省の気配がなく、年々エスカレートして今回の行為に及んだ次第である。
審問における証人は真実を述べる重大な責任を負っているわけで、脅迫されても真実を証言した証人選手の行為は立派だと思う。そのような選手が海外派遣選考会という本人にとって大変重要なレースにおいて、スポーツマンシップに違反する行為により公平さを欠くレースを強いられることはクラス協会としてはなんとしても避けなくてはならないという見解から本報告をすることとした。
- (3)最高審判委員会への付議
被申立人は、2005年11月下旬ころ、上記OP協会の報告を受け、本件問題を被申立人の最高審判委員会へ付議した。
-
(4)2006年JODAナショナルチーム最終選考会
OP協会主催による「2006年JODAナショナルチーム最終選考会」(以下「最終選考会」という。)が、2006年3月21日から3月26日までの間、開催された。同選考会は、その上位4名が「2006年IODA世界選手権大会」(以下「世界選手権」という。)のナショナルチームメンバーとして認定されるものであった。
申立人本人は、同最終選考会において総合3位となり、OP協会より申立人本人に対し、2006年3月26日付にて、「あなたは神奈川県江の島ヨットハーバー沖海面で開催された2006年海外派遣選手最終選考会において優秀な成績を修められましたので、本年度の日本代表海外派遣選手として認定し、(財)日本セーリング連盟に推薦いたします。 派遣大会名: OP級世界選手権大会(於ウルグアイ)」との認定証が授与され(甲15号証)、同年4月5日付文書により申立人本人が「第45回IODA世界選手権大会:開催地ウルグアイ」の2006年度ナショナルチームメンバーに選考されたことが発表された(甲16号証)。
-
(5)本件問題についての最高審判委員会の調査・審問及び被申立人に対する報告・提言
本件問題について、2005年11月下旬ころから、<1>申立人父、<2>申立人本人、<3>Eコーチ、<4>証人選手の両親、<5>証人選手、<6>プロテスト委員会のメンバー等に対するヒアリング調査が開始された。
被申立人最高審判委員会は、2006年2月9日及び同年3月22日に審問を行い、同年4月13日付「日本オプティミストディンギー協会より提出された報告書に対するRRS69.2に基づいて行われた審問の結論と提言」と題された書面により、被申立人に対し、概要下記のとおり、事実認定の結果を報告し、裁定による処置の提言を行った(甲4号証)。
記
- (i)審問の日時
第1回: 2006年2月9日15時-19時
第2回: 2006年3月22日13時-19時 -
(ii) 審問の場所
第1回: オフィス東京(東京駅付近)貸会議室
第2回: かながわ女性センター(江ノ島ヨットハーバー前)研修室 -
(iii) 審問を担当した者
被申立人最高審判委員会: F、G、H、I、J
事務局: K -
(iv) 審問の当事者、証人及びオブザーバー
報告者: OP協会 副会長 L、理事長 M
被報告者: 申立人父、Eコーチ、申立人本人
証人/オブザーバー: 証人選手、証人選手の母 -
(v) 認定された事実
- a. 2005年11月2~6日に宮城県名取市にて開催された「2005年度 第37回 日本オプティミストセーリング選手権大会」において11月5日にJPN****(抗議選手)からJPN****(申立人本人)に対して抗議が提出された。
-
b.その抗議において証言を依頼されたJPN****(証人選手)に対して、抗議審問予定が発表されてから審問開始までの間に、申立人父から抗議における証人として「本当に出るのか、出るのか」という脅迫めいた強い確認の言葉があり、証人選手は、“少し怖い”と感じた。
-
c. 審問後の夜、宿舎の部屋に申立人父から証人選手の母に呼び出しの電話がかかってきたのを同フリートの友人セーラーの母から聞き、さらに“不安”を感じた。
-
d.翌日(11月6日)の朝、出艇前に申立人本人は申立人父に指示され、証人選手を呼び出した。証人選手は申立人父から証言内容の変更を暗示され、申立人本人が審問の再開要求するときに証人となることを求められ、それを引き受けた。
-
e. 申立人本人は申立人父に指示され、証人選手と一緒にEコーチ(申立人クラブコーチ/OP協会コーチ)の所に行き、申立人父が作成した審問の再開要求書をもとに申立人本人が状況説明をした。Eコーチは「その内容で良いんじゃない」と回答し、「X2(申立人本人)を助けてあげてね」と証人選手に伝えた。
-
f. RRS69.2に基づいた報告を被申立人に提出することについて証人選手及び両親は否定的であったが、OP協会の強い説得で提出することとなった。
-
g.申立人父は申立人本人の父でOP協会理事、JPN****のオーナー。JPN****の登録名義上のオーナー名は申立人クラブであるが実質的には申立人父である。
-
(vi) 結論と適用規則
申立人父は被申立人メンバーではないが、実質的に艇のオーナーであり、RRSが適用できると判断する。申立人父は、OP協会理事というジュニア選手への指導的立場にありながら、選手に恐怖心や不安感を抱かせ、RRS69.2のグッドマナー及びスポーツマンシップの重大な違反を犯した。
Eコーチは、OP協会及び申立人クラブのコーチの立場でありながら、証言変更という異常な状況に対して違和感を感じることなく対応した。RRS69.2のグッドマナー及びスポーツマンシップの重大な違反は犯してはいないが、通常からのフェアプレー、グッドマナー及びスポーツマンシップの指導が望まれる。
申立人本人は、申立人クラブのコーチ及び父である申立人父の指示に基づき、証人選手に再審要求の証言を依頼したが、自らがRRS69.2の重大な違反を犯したとは断定できない。
-
(vii)裁定
被申立人は、
- a. 申立人父に対し、次の制約を課すことが望ましい。
<1>申立人父に通告後、1年間は被申立人が関与(公認/後援/主催)する大会のレース海面及び会場への立ち入りを原則として認めない。 -
b.Eコーチに対しては、今回の問題に関しては不問とするが、今後ジュニア選手に対するフェアプレー、グッドマナー及びスポーツマンシップなど人格形成面においての充分な指導をすることを要望する。
-
c. 申立人本人についても、今回の問題に関して不問とするが、今後スポーツマンとして正しく成長するよう指導されることを望む。
-
d.特別加盟団体であるOP協会に対し、次の警告を行なうことが望ましい。
<1>本件は大会期間中に処理すべきであった。
<2>フェアーな協会運営やレース運営を平常から行なえる体制を確立すること。
<3>OP協会責任役員である申立人父に対し適切な処置をはかること。
<4>特別加盟団体であっても、その責任役員である理事は、被申立人の会員であることが望ましい。本内容をOP協会規程の中に織り込むことを提案する。 -
e. 特別加盟団体であるBに対し、次の警告を厳しく行なうことが望ましい。
<1>下部組織である申立人クラブの組織運営、グッドマナー及びスポーツマンシップの指導に関する内部調査を行い、今後の改善策を被申立人宛に提出するよう求める。
註: OP協会の報告書にも陳述されているように、申立人クラブは過去数年間、同様の行動をしており、改善されず、今回の問題となったという報告がある。Bは今後再発されることのないよう厳正な対策を講ずることを望む。 -
f. 被申立人においては下記を行なうことが望ましい。
<1>審判及びレース運営に対してのさらなるレベルアップへの取り組み。
<2>被申立人の連盟運営規則に次の項の追加検討。特別加盟団体の責任役員(会長/理事など)は、連盟のメンバーでなければならない。
<3>被申立人の懲罰規程を制定し、次の項の記載を検討。RRS69に関する処置の範囲。
<4>被申立人の機関誌とWEBに本件を掲載する。
- (6)被申立人による措置
被申立人理事会は、上記最高審判委員会の事実認定と提言を受け、2006年5月27日付「日本オプティミスト・ディンギー協会からの報告書及びこれに関する最高審判委員会からの報告書についてJSAFとしての措置」と題された書面により、本件問題につき下記のとおり決定した(以下「本件決定」という。)。
記
- (i) RRS69.2違反の有無について
申立人父の行為がRRS69.2に違反するとの最高審判委員会の裁定を尊重する。 -
(ii)申立人父に対して、以下の勧告を行う。
今年度中(2007年3月末まで)、被申立人及びその加盟団体が主催・公認・後援するジュニアのヨットレースに関与することを自粛するよう勧告する。 -
(iii)OP協会に対して、以下の要請を行う。
<1>上記(i)、(ii)及び最高審判委員会の報告書に則して、かかる事態が再発することのないよう適切な措置を講じること。また、協会の責任役員は被申立人のメンバー資格を取得すること。
<2>特に、下記(v)のレースにおける父兄、コーチの登録と被申立人会員資格の取得は、競技規則の適用範囲と被申立人及びクラス別協会などの指導対象範囲を一層明確にし、公正なレース運営に資すると思われるので、制度化すること。
<3>なお、今後本件について講じた措置については、本年10月末までに当連盟に報告を求める。 -
(iv) Bに対して、以下の要請を行う。
<1>上記(i)、(ii)及び最高審判委員会の報告書に関し、傘下の申立人クラブに対し、状況を調査の上適切な処置を講じること。
<2>なお、その結果について、本年10月末までに当連盟に報告を求める。 -
(v)再発防止のための措置
ジュニアのヨットレースに父兄、コーチが熱心に取り組むことは奨励されて然るべきものではあるが、選手はもとより実質的にレースに関与する度合いの大きい父兄、コーチなどにも、スポーツマンシップ及び競技規則の尊重が徹底されなければならないことはいうまでもない。また、ヨットレースに関することは基本的にはRRSにより対処されるべきである。
このため、以下の措置を講じるよう関係機関に要望するとともに被申立人及びその加盟団体が主催・公認・後援するレースに適用する。
<1>ジュニアのレースにおいては、選手のみならず、実質的にレースに関与する父兄、コーチについても参加申込書にて登録することを義務付けること、及び、かかる者も競技規則、帆走指示書の適用を受けることをレース公示や帆走指示書などにおいて明らかにすること。
<2>また、選手のみならずかかる者も被申立人の会員であることが望ましいので、その旨奨励すること。
- (7)OP協会による辞退勧告(OP協会決定<1>)
OP協会理事会は、2006年6月4日、被申立人最高審判委員会の判決及び被申立人の勧告に従い下記のことを行うことを決定した(甲5号証)。
記
- (i)申立人父についてはRRS69.2に重大な違反のあったことを認めた最高審判委員会ならびに被申立人の要望を受け入れ、2007年3月末までOP協会主催レース、公認レースへの立ち入りの自粛を勧告する。従わない場合は除名の手続きをする。
また、OP協会理事は被申立人会員であることを理事立候補規定に設ける。 -
(ii) OP協会主催レースにおいて父兄、コーチの参加も登録制とし、かかるものもRRS、SI(帆走指示書)の適用を受けることをNOR(レース公示)、SIに公示する。
RRS、SI違反に対する処罰の対象はかかるものだけでなく、それに伴って利益を受ける選手にまで対象を広げる。 -
(iii) 加盟クラブの責任者、コーチはなるべく被申立人会員となることを奨励する。
-
(iv) 今後このような事態が再発することのないようにOP協会は本件の正確な経緯を会員に報告すると共に、ジュニアセーラーの指導について指針を発表する。
-
(v) 申立人本人については、RRS69.2に重大な違反はないとの判定であるが、本人が関与した部分もあり、また、父の行為を認めていたことから、選考会のSIに基づきナショナルチームの辞退を勧告する。(場合によって推薦取り消しもありうる)(以下「OP協会決定<1>」という。)
-
(vi) 申立人クラブの体制、指導方法の改善について、Bと協議を行う。
-
(vii) Eコーチについては推薦があってもナショナルコーチの理事会承認は行わない。(本件に関わること以外にも過去の状況を判断して決定)
-
(8)申立人クラブと被申立人との間の協議
申立人クラブは、被申立人最高審判委員会の裁定において「不問」とされた申立人本人について、OP協会がこれと矛盾するOP協会決定<1>を行ったことは極めて不合理であるとして、OP協会理事との間で数度にわたり面談を行い、同決定を撤回することを求めた。
また、申立人クラブは、OP協会に対し、OP協会決定<1>の撤回を求め、2006年8月3日付で「異議申立書」を提出した(甲18号証)。
-
(9)OP協会による内定取消の決定(OP協会決定<2>)
OP協会は、2006年8月9日、ホームページにおいて、申立人本人について、「当該選手については、当該クラブより、処分に対する異議申し立て書が提出され、理事会において再度処分を検討しましたが、先の理事会決定を変更するには至りませんでした。9名の理事のうち、処分に賛成は7名、反対は2名、の決議となりました。決定事項は『当該選手の本年度のナショナルチームへの内定を取り消す』となりました。本決定は2006年8月8日付けを持って有効とします。」と申立人本人のナショナルチームへの内定を取り消す決定(以下「OP協会決定<2>」という。)をしたことを発表した(甲6号証)。
-
(10)本件仲裁申立て
申立人らは、OP協会の行ったOP協会決定<1>及び<2>に対して不服であったため、本件決定の内容の確認と同決定に基づく被申立人によるOP協会に対する指導・監督を求めて、2006年9月13日、日本スポーツ仲裁機構に仲裁を申し立てた。
3.本案前の答弁について
(1)申立人クラブの当事者能力(争点1)
- (i) 被申立人の主張
スポーツ仲裁規則2条によれば、仲裁申立てができる者は、「競技者等」と規定され、同8条2項5号において、競技者等の属する「団体」にも申立権があるものと規定しているが、申立人クラブは、社団法人Bの内部組織であり、独立性はなく、申立人としての当事者能力を欠くものである。
したがって、申立人クラブの申立ては却下されるべきである。
-
(ii)申立人クラブの主張
スポーツ仲裁規則8条2項5号は、競技者等の属する「団体」に申立権があるとするのみであって、法人格を有する団体に限定するなどの制限はない。
また、申立人クラブは、<1>2006年8月末現在で98人の会員を有し、<2>年2回の総会が開催され、同総会で申立人クラブの重要事項が決定され、<3>昭和40年の設立以降、会員が順次変更しながらも、当然に団体は存続しており、<4>代表者の選考方法、総会の運営方法等も確立しており、民事訴訟法上も当事者能力が認められる権利能力なき社団に該当することは明らかである。
(2)申立人本人に対する決定の不存在(請求の趣旨第1項について)(争点2)
- (i) 被申立人の主張
本件決定は、申立人父、OP協会及びBに対して勧告及び要請を行ったものであって、申立人本人に対する措置決定はなされていない。したがって、申立人本人に対する被申立人によるスポーツ仲裁規則2条に規定する「決定」は存在しない。
よって、申立人らの請求の趣旨第1項に係る申立ては、その前提を欠き、却下されるべきである。
-
(ii)申立人らの主張
OP協会から被申立人に対する2005年11月24日付報告書(甲10号証)の記載及び被申立人最高審判委員会から被申立人に対する2006年4月13日付「日本オプティミストディンギー協会より提出された報告書に対するRRS69.2に基づいて行われた審問の結論と提言」なる書面(乙2号証)の記載から、申立人本人についてRRS69.2違反の有無が問われたことは明らかであり、審問の結果、被申立人が本件に関して申立人本人を「不問とする」として、RRS69.2違反に関する処分、勧告、要請等をしなかった以上、被申立人が、本件問題に関して、申立人本人については処分・勧告・要請等の不利益処分をしないとの決定を行ったということにほかならない。
万が一、被申立人の主張が、申立人本人をRRS69.2違反の審問の当事者としながらも、何ら判断をしていないとの主張であれば、それ自体、被申立人における判断の脱漏ないし放棄であって、被申立人の重大な義務違反として、RRS69条違反、被申立人規程2、ジャッジマニュアル12条に違反する。
(3)確認の利益(請求の趣旨第1項について)(争点3)
- (i) 被申立人の主張
-
仮に、申立人ら主張のごとく、本件問題について申立人本人を「不問」に付することをスポーツ仲裁規則2条の「決定」と解釈したとしても、不問に付することは申立人らに何ら法的不利益を被らせるものではなく、申立人らの請求の趣旨第1項の請求は申立ての法的利益を欠くものである。
したがって、申立人らの請求の趣旨第1項の申立ては却下されるべきである。
-
(ii)申立人の主張
本件において、申立人本人は、世界選手権への推薦を取り消されるという重大な不利益を現に被っており、これが、本件決定に完全に反していることから、本件決定の内容の確認を求めているのであって、申立人らに申立ての利益は存在する。この点に関する被申立人の主張は明らかに失当である。
(4)スポーツ仲裁の対象性(請求の趣旨第2項について)(争点4)
- (i) 被申立人の主張
スポーツ仲裁規則2条1項によれば、仲裁手続は被申立人又は機関がした「決定」に対して申し立てられるべきものであるところ、被申立人は、「OP協会の世界選手権のナショナルチーム選手選考決定及び取消決定手続」については、その当事者ではなく、また同手続に関与する立場にもなく、被申立人は何らの決定もしていない。
したがって、請求の趣旨第2項について、被申立人はその当事者適格を欠くものであるので、同項に係る申立ては却下されるべきである。
-
(ii)申立人の主張
OP協会は、被申立人が慎重な審問の結果判断した内容について、既に被申立人において判断された問題と同一の事項(本件問題)を取り上げて、被申立人の判断に反して著しい不利益処分を科しているのであって、本件問題の最終的判断権者であり、我が国のセーリングスポーツの統括機関である被申立人が、かかるOP協会の決定を是正すべく適切な指導・勧告を行うべきことは当然である。
4.申立人本人が本件決定の対象とされているかについて(請求の趣旨第1項について)(争点5)
(1)申立人の主張
上記3.(2)(ii)と同様。
(2)被申立人の主張
上記3.(2)(i)と同様。
- 5.本件決定は、申立人本人について本件問題を理由としては何ら処分しない旨の決定であると評価できるかについて(請求の趣旨第1項について)(争点6)
-
(1)申立人の主張
本件問題は、第37回全日本選手権における申立人父及び申立人本人の行動について、スポーツマンシップ違反の有無が問題となったものである。本件問題の対象となる行為がなされた時点において、スポーツマンシップ等の違反を理由とする処分等に関する規定は、RRS及びその他の規則上RRS69.2しか存在しない。それゆえ、OP協会も、本件問題に基づく処分の有無・内容の判断を被申立人に委ねているのである。
そして、被申立人において、申立人本人についてRRS69.2に基づく不利益処分はしないとの決定がなされているのであり、その他に本件問題について申立人本人に対する不利益処分を課すことができるとする規定は、RRSその他の規則上存在しない以上、「RRS69.2に基づく不利益処分はしない」との決定は、すなわち「何らの処分をしない」ということと同趣旨であることは明らかである。
-
(2)被申立人の主張
被申立人の最高審判委員会の「不問に付する」との報告は、RRS上の調査結果による提言であり、RRS上の提言を超えて、RRS以外の(本件においてはOP協会の世界選手権代表選手内定取消し)手続に及ぶものではない。
6.被申立人は、特別加盟団体に対し、自己の決定の履行について指導・監督する権限・義務を有するか、またその根拠・範囲について(争点7)
(1)申立人の主張
- (i) 被申立人がある決定を行い、当該決定に反する決定を特別加盟団体が行った場合には、自ら当該決定を行った者として、これを遵守すべき旨、特別加盟団体に指導・勧告すべきことは当然である。
このことは、RRS69.2の違反の有無の判断を被申立人の専権事項としている同項の規定及びその趣旨からしても当然である。また、特別加盟団体であるOP協会が、被申立人の決定に反し、またRRS69.2、RRS71.4に反する決定を行っている以上は、我が国のセーリング競技の統括機関であり、ナショナルオーソリティーである被申立人がその是正を求めるべきことは、被申立人の会員である申立人本人に対する被申立人の当然の義務である。
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(ii)OP協会は、本件問題に関する処分等の判断を被申立人の判断に委ねた以上、被申立人の決定を最終的なものとして受け容れ、これに基づいて案件の処理を図るという義務を被申立人に対して負っていることは明らかであり、その反面、被申立人は、自己の決定の内容・趣旨に基づいてOP協会にその処理を行わせる権利を有していることは明らかである。
-
(iii)本件のように、被申立人がRRSに基づいて行った決定と完全に反する決定(不利益処分)が特別加盟団体であるOP協会でなされた場合には、申立人本人は、被申立人の会員たる地位に基づいて、被申立人に対し、同協会の不当な決定を是正するよう指導・勧告すべきことを請求する権利を当然に有しているというべきである。
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(2)被申立人の主張
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(i) 被申立人は、特別加盟団体に対して、被申立人の設立趣旨に反する行為のないよう一般的に指導し得る程度の指導権を有し、かかる一般的指導の範囲には被申立人の決定したことに反する決定を取り消すように指導・監督することも含まれているが、本件はかかる一般的指導の範囲には含まれない。
けだし、上記一般的指導の範囲はRRSに基づく決定等に関するものに限られるところ、世界選手権の選手選考手続はOP協会の専権に属する。すなわち、OP協会のOP協会決定<1>及び<2>は、RRSの延長上の決定ではなく、OP協会と国際オプティミストディンギー協会との関係での世界選手権出場選手選考手続における同手続基準に基づく決定であり、RRSに基づく被申立人の決定とは別の評価基準に基づく手続である。
最高審判委員会の報告において、申立人本人については「不問に付するが、今後スポーツマンとして正しく成長されるよう指導されることを望む」と提言されているが、そのような報告内容をOP協会が世界選手権代表選手派遣という観点からどのように評価し結論するかについては、被申立人が口出しできる立場にない。
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(ii)OP協会の被申立人に対する2005年11月24日付報告書による報告は、RRS69.2に基づく報告であり、それは何人でも行えるという意味で、被申立人の調査等の端緒に過ぎず、OP協会が報告したことにより、被申立人の決定に服する意思を表明したとの意味まで含むものではない。
7.OP協会決定<1>及び<2>は取り消されるべきものであるかについて(争点8)
(1)申立人の主張
- (i) 本件決定がなされたにもかかわらず、その下部団体であるOP協会においてそれに反する処分がなされることは許されず、OP協会決定<1>及び<2>は取り消されるべきである。
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(ii)OP協会の理事会は、OP協会決定<1>及び<2>の根拠として、最終選考会の帆走指示書23.7を挙げるが、同項自体無効であること、本件決定が存在するにもかかわらず本件問題を理由として下部団体であるOP協会が同項を適用することは許されないこと、帆走指示書は各レースにおいてそれぞれ規定され適用されるものであり過去の全日本選手権での行為に関する本件問題に適用されるものではないこと、同項に基づきOP協会決定<1>及び<2>の決定をなすことは遡及処罰の禁止の法理に反することから、OP協会の主張には理由がない。
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(iii)また、OP協会決定<1>及び<2>にあたり、正当な手続が全く履践されておらず、その意味からも同決定は取り消されるべきである。
(2)被申立人の主張
上記6.(2)(i)と同様。
第4 判断の理由
1.本案前の答弁について
- (1)申立人クラブの当事者能力(争点1)
被申立人は、申立人クラブが独立して仲裁の申立てをする当事者能力を欠くので、同申立人の申立ては却下すべきであると主張する。
確かに、申立人クラブは、申立外社団法人B(以下「B」という)におけるオプティミスト・ディンギー・クラス(OP級)のレースに関わる部門であり、組織的にはBに所属し、その支配下にある一部門を構成するものであるかのように見える面がある。加えて、本件決定においても、その当事者(名宛人)となっているのは、申立人クラブではなくBであることをも考慮すると、申立人クラブの当事者能力については疑問の余地がなくはない。
しかし、申立人クラブは、OP級の選手やその家族をメンバーとする団体として組織され、代表者の定めもあり、年2回の総会において基本事項の決定をするとともに、幹事会や委員会を設けて組織の日常の運営に当たっている。また、実質的にOP級の艇を所有し、OP級のレースについては、Bから独立して独自に参加の決定や運営をし、さらに財産の管理も独自にしているという実情がある。その意味では、申立人クラブは、権利能力なき社団としての実態を有しているものといえる。
また、スポーツ仲裁規則2条1項が広く「競技者等」に仲裁の申立権を付与していることは、対象となる決定について実質的な利害関係を有する者にそれを争う機会を付与して、可及的にスポーツ界における決定の透明性を確保する趣旨に出たものであり、その趣旨に鑑みれば、同8条5項にいう「団体」としては、当該スポーツ界において一定の独立性をもつ社団として認識されていれば足りるものと解される。そして、上記の点や競技会の出場者の所属についてBではなく申立人クラブの名称が使用されている点(甲20号証)なども考え合わせると、申立人クラブは同条項にいう「団体」に該当し、スポーツ仲裁における当事者能力が認められる。
-
(2)申立人本人に対する決定の不存在(請求の趣旨第1項について)(争点2)
被申立人は、申立人本人が、本件決定の名宛人となっていないことから、申立人本人に対する被申立人のスポーツ仲裁規則2条に規定する「決定」は存在せず、申立人らの請求の趣旨第1項は、その申立ての前提を欠き、却下すべきであると主張する。
しかし、スポーツ仲裁規則2条1項は、仲裁の対象を「スポーツ競技又はその運営に関して競技団体又はその機関がした決定」とのみ規定して、申立人である競技者等がその決定の名宛人となっていることを特に求めていない。また同規則8条5項が、「競技者等」とは、競技者、監督、競技支援要員、及びそれらの属する団体をいうものと定義していることからすれば、本規則は、申立人の資格を比較的緩やかにとらえており、競技団体の決定の名宛人とはなっていなくとも、決定の効果を間接的に受ける者や、決定の効果を受けなくても、その決定が当該競技界に悪影響があるとの見地からその決定を争う者などについても、その仲裁申立てを有効とする趣旨であることが看取される。そして、過去のスポーツ仲裁の事例においても、対象とされた決定の名宛人ではない者に当事者適格を認めたと考えられるものがある(JSAA-AP-2003-002:テコンドー事件)。
したがって、仮に申立人本人が本件決定の名宛人となっていないとしても、申立人本人は、本件決定も一因となって世界選手権への推薦を取り消された者であり、少なくとも本件決定による間接的な影響を受けた者とはいえるし、申立人クラブは、申立人本人の所属するヨットクラブであり、申立人本人に対する措置に重大な関心を有する立場にあると考えられるので、申立ての前提を欠くものではない(なお、後記のように(第4.2.(1)参照)、本案の判断として、本件決定は申立人本人を黙示的に名宛人としているものと解され、その点からもこの点の主張には理由がないといえる)。
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(3)確認の利益(請求の趣旨第1項について)(争点3)
被申立人は、申立人本人を不問に付することは申立人らに何ら法的不利益を被らせるものではなく、申立人らの請求の趣旨第1項に係る申立ては法的利益を欠くと主張する。
しかし、ここで申立人らが問題としているのは、本件決定の内容の不明確さであり、そのことが申立人らに現にもたらしている様々な事実上の不利益であると認められる。その意味で、申立人本人を不問に付することが明らかとなれば、確かにそれは申立人らに法的不利益を被らせるものではないとしても、そのことを明確にすべく求めること自体の法的利益はなお申立人らに存するというべきである。したがって、被申立人のこの点の主張は理由がない。
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(4)スポーツ仲裁の対象性(請求の趣旨第2項について)(争点4)
被申立人は、OP協会決定<1>及び<2>については、その当事者ではなく、また同手続に関与する立場にもないので、請求の趣旨第2項について、被申立人はその当事者適格を欠くと主張する。
この点の被申立人の主張はそれ自体としては正当であり、仮に申立人らの請求の趣旨第2項がOP協会決定<1>及び<2>を直接の対象とするものであれば、それらの決定は、スポーツ仲裁規則2条1項にいう「決定」ではなく、仲裁申立てはその対象を欠くものと言わざるを得ない。しかし、請求の趣旨第2項はそのように解すべきものではない。同項は、申立人らの仲裁申立書や準備書面の全趣旨及び審問における陳述等に鑑み合理的に解すれば、その申立ての対象としているのはあくまで本件決定であり、OP協会決定<1>及び<2>の取消しの指導・勧告という形で、本件決定の執行ないし実施を求めているものと解される。
以上のように請求の趣旨第2項を解するとき、それはスポーツ仲裁規則2条1項による仲裁の対象となりうると考えられる。けだし、同項は、「競技団体又はその機関がした決定」「について」の仲裁申立てに適用されるものとしており、決定の取消し等の申立てにその対象を限定するものではないからである。実際、本件がまさにそうであったように、申立人が本来問題とする決定をした主体が「競技団体」(スポーツ仲裁規則8条1項)に該当しない場合、その上部団体等のした決定の実施・執行を求める形で、いわば間接的にその決定を争うほかはない場合も存在する。このような場合であっても、スポーツ仲裁規則の解釈の許す範囲内で、可及的にその紛争を取り上げることがスポーツ界における決定の透明性を確保するスポーツ仲裁の趣旨に合致するものと解される。そして、上記のような趣旨の申立てと理解する限りで、本件申立てはスポーツ仲裁の対象となりうるものと解することは十分に可能である。
よって、本件請求の趣旨第2項は、上記のような趣旨に解され、そのような趣旨のものとしてスポーツ仲裁の対象性が認められる。
2.本案について
- (1)申立人本人が本件決定の対象とされているかについて(請求の趣旨第1項について)(争点5)
OP協会から被申立人に対する2005年11月24日付報告書(甲10号証)の記載及び被申立人最高審判委員会から被申立人に対する2006年4月13日付「日本オプティミストディンギー協会より提出された報告書に対するRRS69.2に基づいて行われた審問の結論と提言」なる書面(乙2号証)の記載からすると、申立人本人についてRRS69.2違反の有無が問われたことは明らかである。そして、最高審判委員会は、RRS69.2に基づき同69.1(b)(2)のペナルティに加え、さらなる処置をしようとする場合には、被申立人から必ず付議される機関であり(日本セーリング連盟規程2の2:甲8号証)、そこにおける審問の結果、同委員会が本件に関して申立人本人を「不問とする」との「裁定」を下したものである。被申立人の規則によれば、RRS69.2による処置は、最高審判委員会の「裁定に基づき」されるものとされている(日本セーリング連盟規程2の2:甲8号証)ところ、本件決定においては、申立人本人に対する言及がないものである。
以上のような本件決定に至る手続の全体的な構造に鑑みれば、申立人本人がこの手続の当事者的な立場にあったことは明らかであり、その結果、何らの処置も明示的にはとられなかったものである。しかるに、今後特段の事情変更等がないにもかかわらず、被申立人が本件に関して申立人本人に対してRRS69.2に基づく処置を仮にするとすれば、それは明らかに一事不再理に反して不当である。確かに、現在のRRS69.2の構成によれば、処置をしない者に対して「処置をしない」旨の既判力ある決定をすることは想定されていないかもしれない。しかし、最高審判委員会に対する付議の対象となった当事者に対して、その者に対する最終的な処置がされない場合には、何ら決定の対象とならなかったものとして扱うとすれば、そのことはその者の地位を著しく不安定なままに止めることになり、相当ではない。その場合には、合理的に解釈すれば、当該当事者に対する処置をしない旨の黙示の決定があったものと解するべきである。実際、被申立人も、本件に関して「全く同一の事実によるRRS69.2の措置は、信義則上、有り得ないし、被申立人としても、する意思はない」としている(被申立人最終準備書面)。そのような処置が許されない根拠は、単に「信義則」のみならず本件手続構造の前提となっている制度的なものにあると考えざるを得ない。
以上のことから、申立人本人は、最高審判委員会への付議の対象となり、また同委員会から「不問」に付するとの裁定がされ、被申立人がそれと異なる処置をとるものとしていないことからすると、申立人本人の本件問題に関し、申立人本人について、RRS69.2に基づく処置をとらないとする黙示の決定がされたものと解される。
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(2)本件決定は、申立人本人について本件問題を理由としては何ら処分しない旨の決定であると評価できるかについて(請求の趣旨第1項について)(争点6)
以上のように、本件決定には申立人本人に対する黙示の決定が含まれているとしても、本件決定は、あくまでRRS69.2に基づく手続によって下されたものであり、RRS69.2に基づく処置に関わるものに過ぎない。それを超えて、本件に関して(他の主体を含めて)いかなる処分もしない旨の決定をするような権限は被申立人にはそもそも存せず、また本件決定がそのような趣旨の決定であると認める根拠はない。被申立人又は他の主体が他の根拠に基づいて他の処分をする際に、本件で問題とされた事実をその処分の理由とすることは、当該根拠においてそのような事実を理由とすることが認められている限り、何ら妨げられるものではない。また、仮に被申立人においてRRS以外に処分を行う根拠となる明文の規定がないとしても、処分の根拠が常に明文で置かれていなければならないことはなく、(明文の根拠が一般に望ましいとしても)団体の裁量による処分も認められると解される以上(スポーツ仲裁の先例においても、JSAA-AP-2003-001:ウエイトリフティング事件の仲裁判断は、処分の直接の根拠規定がない場合にも、「協会運営について与えられている裁量権を行使して」処分をすることを認めている)、なお他の根拠に基づく他の処分の可能性は否定できないものである。
したがって、本件決定が、申立人本人の本件問題に関し、申立人本人について、RRS69.2に基づく処置をとらないとするものであることは認められるとしても、それを超えて、本件に関して申立人本人を「不問」とし、本件問題を理由としては何ら処分しないとの決定であることの確認を求める部分において、請求の趣旨第1項は理由がないと言わざるを得ない(なお、RRS69.2に基づく処置は、本件問題に関するあらゆる処分のうちの一部であることは明らかであり、その部分についてのみ認容の判断をしても申立人の意思に反することはないと認められるので、全部棄却することなくそのような一部認容判断をすることは仲裁規則上許されるものと解される)。 -
(3)被申立人は、特別加盟団体に対し、自己の決定の履行について指導・監督する権限・義務を有するか、またその根拠・範囲について(請求の趣旨第2項について)(争点7)
申立人らは、被申立人が特別加盟団体に対して、自己の決定の履行について指導・監督する権限・義務を有する根拠として、まず、自ら当該決定を行った者として、これを遵守すべき旨を特別加盟団体に指導・勧告すべきことは当然であると主張する。しかし、特別加盟団体は被申立人との間で上命下服の関係に立つものではなく、被申立人とはあくまで独立した法的主体であることを考えれば、被申立人のした決定に当然に服従すべきものとは認められず、被申立人には一般的に特別加盟団体に対するそのような指導・監督の権限・義務があるとはいえない。被申立人と特別加盟団体の加盟に係る契約ともいうべき「財団法人日本セーリング連盟 連盟運営規則」(乙4号証)においても、特別加盟団体の義務としては、諸種の報告義務や負担金の納付義務等が定められているに過ぎず(同規則11条・5条参照)、被申立人の決定を遵守する義務などは定められていない。したがって、特別加盟団体たる地位をこのような指導・監督の根拠とすることはできない。
また、申立人らは、上記のような指導・監督の根拠として、RRS71.4を挙げ、被申立人の決定は最終のものであり、当事者を拘束するとする。しかし、この規定は、レースに関する抗議に対してプロテスト委員会がした決定に対して上告(appeal)がなされた場合に関するものである。そもそも本件に関してはプロテスト委員会の決定がされていないのであるから、この規定が本件における指導・監督の根拠となる余地はなく、申立人らのこの点の主張は理由がない。
さらに、申立人らは、本件においてOP協会は、本件問題に関する処分等の判断を被申立人に委ねた以上、被申立人の決定を最終的なものとして受け容れ、これに基づいて案件の処理を図るという義務を被申立人に対して負っていると主張する。しかし、OP協会の被申立人に対する報告は、RRS69.2に基づく報告であり、それは何人でも行えるという意味で、被申立人の調査等の端緒に過ぎないものである。したがって、そのような報告をOP協会がしたことにより、被申立人の決定に服する意思を表明したとの意味まで含むものではないと解される。
最後に、申立人らは、RRS69.2を上記のような指導・監督の権限・義務の根拠として主張する。確かに、本件決定は、RRS69.2に基づくものであり、RRS69.2の処置の権限は被申立人が独占的に有するものである以上、被申立人も認めるとおり、RRSに関する処置については、一般的指導の範囲のものとして、被申立人は他の者に対して指導・監督の権限を有し義務を負う場合があると解される(事実、本件決定もOP協会を名宛人の一人としているが、この点はそのような理解を前提にするものと解される)。しかし、そのような権限・義務がRRS69.2とは無関係な事項に及ばないこともまた性質上明らかである。本件で問題とされているOP協会の処分、すなわち申立人本人のナショナルチームの辞退を勧告し、その内定を取り消す旨の処分は、RRS69.2の懲戒処置とは無関係に、OP協会がその内部において独自の判断ですることのできる処分である。それは、OP協会と国際オプティミストディンギー協会との関係での世界選手権出場選手選考手続における同手続基準に基づく決定であり、RRSに基づく被申立人の決定とは別の評価基準に基づく手続である。その点で、OP協会が自己の判断で、本件問題に関する事実等をも勘案して、世界選手権出場選手の選考を行うことが相当か否かは、上記評価基準がそれを許しているか否かの問題、すなわちOP協会内部の問題に帰する。また、最高審判委員会の報告においてされた、申立人本人について「今後スポーツマンとして正しく成長されるよう指導されることを望む」との裁定をどのように評価し、それを判断の内容に取り入れるかも、OP協会の自主的な判断に委ねられた事項である。
申立人らは、このようなOP協会の決定について、審問の機会が与えられなかったのは手続上の違法があるなどと論難する。確かに、OP協会において、推薦取消しの場合、取消しにより不利益を被る競技者について、どのような手続をとるべきかについて明確な規定がなく、理事会の決定によりなされうることになっている(甲27号証)とすれば、そこには問題がありえないではない(過去のスポーツ仲裁判断の累積により、競技団体のした決定に至る手続に瑕疵がある場合は、決定を取り消すことができる、との準則が確立しているものと解される)。しかし、それはやはりOP協会と申立人らとの間で解決すべき問題であり、OP協会に対するスポーツ仲裁の申立てができないという制度的な問題点を考慮に入れても、そのことを理由として、被申立人を相手方とし、本件決定を対象決定とする本件仲裁の手続において、その点の解決を図ることはできないものと言わざるを得ない。
以上に述べたところから、申立人らの請求の趣旨第2項については、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
第5 結論
以上のことから、主文のとおり判断する。
2006年11月7日
仲裁人:山本和彦
加藤君人
佐藤恭一
仲裁地:東京
以上は、仲裁判断の謄本である。
日本スポーツ仲裁機構 機構長 道垣内正人
※申立人等、個人の氏名はX等に置き換え、各当事者の住所については削除してあります。