仲 裁 判 断
日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2005-001
申立人:X
申立人代理人:
弁護士 和田 誠一郎
被申立人:日本ローラースケート連盟
被申立人代理人 弁護士 室井 優
主 文
申立てを却下する。
理 由
第1.当事者の求めた仲裁判断
1. 申立人は、次のとおりの仲裁判断を求めた。
- (1) 被申立人が2005年4月19日に行った、第11回アジアローラースケート選手権のフィギュア競技(以下、「第11回アジア大会」と呼ぶ)における総合種目への出場選手をAとしフリー競技への出場選手を申立人とする決定を取り消し、明確な選考基準に従って選考をやり直せ。
- (2) 不公平かつ不透明な選考基準を明確化せよ。
- (3) 仲裁にかかる費用は被申立人の負担とする。
2. 被申立人は、次のとおりの仲裁判断を求めた。
(1) 申立人の申立てを却下する。
(2) 仲裁にかかる費用は申立人の負担とする。
第2.仲裁手続きの経緯
- 1. 2005年4月26日、申立人は、日本スポーツ仲裁機構に対し、第1.1.記載の仲裁判断を求める同日付の「仲裁申立書」を提出し、あわせて、「第11回アジア選手権大会フィギュア競技(総合種目)選手選考の経緯」(甲第1号証)を提出した。
- 2. 同日、日本スポーツ仲裁機構は、スポーツ仲裁規則第15条1項に定める確認を行った上で、申立人の仲裁申立てを受理した。
また、本件事案においては事態の緊急性に鑑み極めて迅速に紛争を解決する必要があるとの判断により、同規則第50条に定める緊急仲裁手続によることを決定し、同条3項の規定に基づき仲裁人として早川吉尚を選任した(これにより、本事案のスポーツ仲裁パネルが形成された)。
その上で、上記につき、当事者双方への通知がなされた。
- 3. 同年4月28日、申立人より、「平成16年度第1回全国専門委員会議事要録」、「在京フィギュア専門委員会議事要録」、「第52回全日本ローラースケートフィギュア選手権大会成績表」、「第31回全国フリースケーティング競技会成績表」、「アジア選手権大会代表選手特別選考会開催について」なる書面が提出された。
また、申立人代理人より、同日付の「仲裁申立書」と題する書面が提出された。
- 4. 同日、被申立人より、対応につき会議を開き話し合った結果、弁護士と相談の上で回答する旨の書面が提出された。
- 5. 同年4月29日、被申立人より、「当連盟は貴仲裁機構の仲裁を受けないことに決定致しました」との文書が提出された。
- 6. 同日、スポーツ仲裁パネルは、申立人に対して、4月26日付の「仲裁申立書」と4月28日付の「仲裁申立書」の関係につき説明を求めるとともに、仲裁申立てが4月26日になされたとみなされていることへの確認を求め、さらに、これまでに証拠として提出された書面を整理し、それらの証拠としての位置づけに関して説明を求める旨の決定を下した(「スポーツ仲裁パネル決定(1)」)。
他方、被申立人に対して、スポーツ仲裁規則第15条1項に従って申立ての受理がなされている以上、同規則第26条に従い、有効な仲裁合意の不存在という問題についてもスポーツ仲裁パネルにより判断がなされる必要がある旨を説明した上で、「当連盟は貴仲裁機構の仲裁を受けないことに決定致しました」との文書の趣旨につき説明を求めるとともに、迅速な代理人の連絡先の通知や委任状の提出を求める決定を下した(「スポーツ仲裁パネル決定(2)」)。
また、当事者双方に対し、同年5月10日~15日という第11回アジア大会の開催日程、5月7日という日本選手団の出発日程等を勘案すると、審問期日を5月2日午後とすること、答弁書の提出期限を4月30日15時までとすること、申立人による反論書の提出期限を5月1日朝9時までとすること、被申立人による再反論書の提出期限を5月1日夜20時までとすることを提案し、異論がある場合にはその旨の意見の提出を求める決定を下した(上記「決定(1)」「決定(2)」)。
- 7. 同年4月30日、申立人より、上記「決定(1)」に対する説明・確認を行う書面が提出された(なお、手続スケジュールの提案に対しては異論が提出されなかった)。
これに応じて、同日、スポーツ仲裁パネルは、仲裁申立てが4月26日になされていることを確認した上で、4月28日付の「仲裁申立書」は4月26日付の「仲裁申立書」を補完する趣旨のものであるとみなし、これまでに申立人から証拠として提出された書面を整理するための決定を下した(「スポーツ仲裁パネル決定(3)」)。その結果、「第11回アジア選手権大会フィギュア競技(総合種目)選手選考の経緯」は甲第1号証、「平成16年度第1回全国専門委員会議事要録」は甲第2号証、「在京フィギュア専門委員会議事要録」は甲第3号証、「第52回全日本ローラースケートフィギュア選手権大会成績表」は甲第4号証、「第31回全国フリースケーティング競技会成績表」は甲第5号証、「アジア選手権大会代表選手特別選考会開催について」は甲第6号証とされることとなった。
なお、上記の書面において、申立人は、甲第1号証は「アジア大会選手選考の経緯」を証するものであり、甲第2号証、甲第3号証については「選手選考基準」を証するものであり、甲第4号証、甲第5号証は「上記で選考会と位置づけられた試合結果」を証するものであり、甲第6号証は「特別選考会開催決定通知」である旨の証拠説明を記している。
- 8. 他方、上記「決定(2)」に対して被申立人から何ら反応がなく、また、提案した手続スケジュールに対する異論の提出がないまま、かかる手続スケジュールにおいて設定された答弁書提出期限に答弁書の提出がなされなかったことを受け、同日、スポーツ仲裁パネルは、上記「決定(3)」において、「決定(2)」で求められている事項への迅速な対応、及び、答弁書の迅速な提出を求める決定を下した。
なお、同決定の被申立人への通知と前後する時間に、被申立人から、弁護士と面接ができないため次回の連絡は5月2日以降になる旨の文書が提出された。
- 9. 同日、スポーツ仲裁パネルは、かかる状況を勘案して、提案した手続スケジュール、とりわけ、同年5月2日の午後に審問を行うことにつき、被申立人は異論を有していると解釈し、かかる日時に審問は行わない旨を決定した(「スポーツ仲裁パネル決定(4)」)。
しかし、被申立人は上記スケジュールに異論は示したものの、5月2日以外のいかなる時に審問の日時を設定すればよいか、機会があったにもかかわらず何ら提示していないこと、このまま審問の日時が確定しなければ大会前に審問を開催することができないという事態を招来しかねないことを勘案し、スポーツ仲裁パネルは、上記「決定(4)」において、5月5日の13時に審問の日時を設定することを決定した(その際、各当事者の主張書面の提出期限等、審問期日までのスケジュールに関しては、被申立人から答弁書が提出された段階で追って決定する旨も決定された)。
- 10. 同年5月1日、被申立人代理人より「委任状」とともに「答弁書」が提出された。
これを受けて、同日、スポーツ仲裁パネルは、5月3日9時を申立人の反論書の提出・送付の期限とし、5月4日19時を被申立人の再反論書の提出・送付の期限と設定する決定を下した(「スポーツ仲裁パネル決定(5)」)。
- 11. 同日、スポーツ仲裁パネルは、被申立人の「答弁書」における主張、すなわち、申立人が仲裁合意に代わる競技団体規則として援用する「日本ローラースケート連盟倫理規程第8条」は、被申立人内部の倫理委員会の決定に対する不服申立についてのみ日本スポーツ仲裁機構の仲裁に従うことを定めたにすぎず、本件選考問題に関して同連盟の倫理委員会は何ら決定をしていない以上、本件においては仲裁合意が成立していないとの主張を勘案すると、本事案の争点の一つは、被申立人の倫理規程における仲裁条項の理解にあると説明した上で、しかし、そのために必要な倫理規程や倫理委員会に関する情報が十分に提出されていないため、これに関する情報の提出及び説明を、同年5月2日18時までに被申立人に求める決定を下した(「スポーツ仲裁パネル決定(6)」)。
また、スポーツ仲裁パネルは、上記「決定(6)」において、申立人の主張の中心は「第52回全日本選手権大会と第31回全国フリー競技会を基準として、選手選考会を平成17年3月27日に開催し選考する」という選考基準が定まっていたにもかかわらず、その基準に従って選考がなされなかったという点にあるが、これへの反論が「答弁書」において十分になされていないため、その説明を早急に求める旨の決定も下した。
- 12. 同年5月2日、被申立人より、(同年4月29日に日本スポーツ仲裁機構に通知された代理人と現在の代理人が異なることから)「弁護士変更届け」なる文書が提出された。
しかし、同日18時に設定された被申立人の自らの倫理規程や倫理委員会に関する情報の提出及び説明はなされなかった。
- 13. 同日、申立人より、「平成17年度第1回在京専門委員会議事要録」なる文書が甲第7号証として提出された。
- 14. 同年5月3日、申立人より、「反論書」が提出された。
- 15. 同日、スポーツ仲裁パネルは、被申立人から自らの倫理規程や倫理委員会に関する情報の提出及び説明がなされていないこと、しかし、それらが被申立人の倫理規程における仲裁条項をどのように理解するかという本事案の争点に必須な情報であることを説明した上で、スポーツ仲裁規則第32条4項に基づき、日本スポーツ仲裁機構に、同機構が保管している日本ローラースケート連盟の倫理規程及びこれに関する同連盟の内部規則につき照会し、回答を求める決定を行った。また、その結果、「日本ローラースケート連盟倫理規程」、「日本ローラースケート連盟役・職員倫理規程」なる文書の現物をもって回答を得たことを両当事者に開示した(「スポーツ仲裁パネル決定(7)」)。
また、上記「決定(7)」において、上記「決定(6)」において求めた被申立人の倫理規程や倫理委員会に関する情報の説明を重ねて求める決定も下した。
- 16. 同年5月4日、同日19時に期限が設定された被申立人の再反論書の提出はなされなかった。また、上記「決定(7)」において重ねて求めた被申立人の倫理規程や倫理委員会に関する情報の説明に対しても、被申立人からの対応はなかった。
- 17. 同年5月5日の0時、FAXにて、被申立人代理人より、「準備書面」なる書面とともに、被申立人の「競技者登録規程」(乙第1号証)、「専門委員会規程」(乙第2号証)、「倫理規程」(乙第3号証)、「役・職員倫理規程」(乙第4号証)「フィギュア専門委員会内規」(乙第5号証)、「世界選手権・派遣内規」(乙第6号証)、「平成15年度日本ローラースケート連盟第2回総会議事要録」(乙第7号証)、「平成16年度日本ローラースケート連盟第2回総会議事要録」(乙第8号証)、「兵庫県ローラースケート連盟」からの手紙(乙第9号証)が、日本スポーツ仲裁機構事務局に送付された。
もっとも、送付が深夜であったため、これらの文書に日本スポーツ仲裁機構事務局が気づいたのは、同日の10時30分であった。既に、X県から東京に向かっている申立人への送付は間に合わないため、これらの書面は審問開始前に申立人に直接に手渡された。
- 18. 同年5月5日、12時55分、被申立人から日本スポーツ仲裁機構に電話があり、本日の審問には欠席する旨が伝えられた。
同日13時より審問が開始された。申立人は出席したが、被申立人は最終的に出席しなかった。しかし、その欠席には正当な理由がないものとみなされ、スポーツ仲裁規則第33条に基づき、審問が続行された。
最初に「仲裁申立書」における書き損じであると思われる点につき、申立人に対して確認がなされた(全日本選手権大会の「第53回」、「第52回」、「第51回」が1回ずつずれている点、「5月10日」を「5月1日」としていた点など)。
その上で、証拠の採否のための手続に入り、申立人から申し出があった甲第1号証~甲第7号証につき、甲第1号証~甲第6号証に関しては既に証拠説明書が提出されているのでその内容の明確化を、甲第7号証に関しては証拠説明書が提出されていないためその説明を、それぞれ申立人に求めた。その結果、申立人から、甲第2号証、甲第3号証は、第11回アジア大会の選手選考に際して依拠すべき選考基準が定まっていたことを明らかにするものであり、甲第4号証、甲第5号証は、その選考基準の下で考慮の対象とされるとされていた競技会の結果が記されたものであること。さらに、そうであるにもかかわらず、それとは異なる選考が実際にはなされたという経緯を、甲第1号証は明らかにするものであり、甲第6号証は、そうした経緯の下で特別に開催が決定されることになった「特別選考会」に関する状況を明らかにするものである旨の説明がなされた。また、甲第7号証については、2005年4月19日の在京専門委員会において「特別選考会」の末の選考結果が報告され、その選考結果に対する各委員の意見提出の期限が5月2日とされたが、その後、その期限の間際に各委員へ「議事要録」が送付されたため、意見提出の機会が実質的に奪われていることを明らかにするためのものであるとの説明がなされた。
以上につき、証拠として採用することに関して被申立人からこれまで格別の異論は提出されていないことから、スポーツ仲裁パネルは、日本スポーツ仲裁機構に照会の上で回答を得た「日本ローラースケート連盟倫理規程」、「日本ローラースケート連盟役・職員倫理規程」とあわせて、証拠として採用する旨を決定した。
他方、スポーツ仲裁パネルは、被申立人の「準備書面」と乙第1号証~乙第9号証については、時機に遅れたものとしてこれを認めないことも可能ではあるが、より充実した審理のためには被申立人の主張書面等を証拠として採用することが望ましいので、申立人の同意があればこれを認めたい旨を述べた。これに対し、申立人は、証拠としての採用に同意した。そこで、スポーツ仲裁パネルは、かかる「準備書面」を、これまでに被申立人に提出を求めていた「再反論書」として認め、また、乙第1号証~乙第9号証を証拠として採用する旨を決定した。
その上で、申立人に対し、既に申立人により提出されている同年4月26日付と4月28日付の二つの「仲裁申立書」と「反論書」に記載されている内容以外に主張すべきことがあるのであれば、それに関して主張することを求めた。しかし、申立人からは、これらに記載されている内容を超える新たな主張はなされなかった。
他方、被申立人の「答弁書」、「準備書面」に対して反論することがあれば、それを述べるように求めた。しかし、申立人からは、二つの「仲裁申立書」と「反論書」に記載されている内容を超える新たな主張はなされなかった。
さらに、スポーツ仲裁パネルは、被申立人の答弁書において主張されている「平成16年11月の世界フィギュア大会」に関する順位、及び、「第50回(平成14年)、第51回(平成15年)の各全日本選手権大会」に関するAと申立人の成績に関し、申立人に事実の確認を求め、申立人もこれらの事実を争わないとした。
- 19. 以上の手続の後、スポーツ仲裁パネルは、スポーツ仲裁規則第40条1項、第33条2項に従い、審理の終結を決定した。また、仲裁判断は24時間以内に下されることを通知した。
第3.事案の概要
1.当事者
(1)申立人
- (i) 申立人は、1989年に被申立人に選手登録し、以降、現在に至るまでローラースケートフィギュアの競技者として活動する者である。
- (ii) 申立人は、スポーツ仲裁規則第8条2項に定める「競技者」である。
(2)被申立人
- (i) 被申立人は、1953年9月に設立された任意団体で、日本におけるローラースケート競技を統括する唯一の団体であり、国際大会に選手等を派遣している。また、財団法人日本体育協会の準加盟競技団体である。
- (ii) 被申立人は、スポーツ仲裁規則第8条1項に定める「競技団体」である。
2.本件に至るまでの経緯
- (1)2005年5月10日から15日にかけて韓国で開催される第11回アジア大会のフィギュア部門においては、規定競技のみに出場する選手が1名、フリー競技のみに出場する選手が1名、その両方に出場する総合種目に出場する選手が1名、計3名が、被申立人により日本代表選手として選考されることとなっていた。
- (2)2004年7月25日に開催された被申立人の「平成16年度第1回全国専門委員会」における「議事要録」においては、「第52回全日本選手権大会と第31回全国フリー競技会を基準として、選手選考会を平成17年3月27日に開催し選考する」との記述が残されている(甲第2号証)。
- (3)同年7月24日から25日にかけて開催された「第52回全日本選手権大会」において、申立人は、規定競技で2位、フリー競技で1位、総合種目で1位となっている(甲第2号証、甲第4号証)。
なお、Aは同大会に欠場している。もっとも、これに関しては、被申立人のフィギュア専門委員会の委員長であるBが作成した「第11回アジア選手権大会フィギュア競技(総合種目)選手選考の経緯」なる文書において(甲第1号証)、「連盟公認でアメリカ留学しており不参加は、事前に認められていた」との記述が残されている。また、2002年と2003年の同大会において、Aの方が申立人より順位において優っている。
- (4)同年11月の世界フィギュア大会において、申立人は、総合種目で出場したが、最下位に終わっている。
- (5)2005年1月15日に開催された被申立人の「在京フィギュア専門委員会」における「議事要録」においては、「全国フリー大会終了後専門委員会で決定する。規定については第52回全日本選手権大会の成績を考慮する」と残されている(甲第3号証)。
- (6)同年3月26日から27日にかけて開催された「第31回全国フリースケーティング競技会」におけるフリー競技において、Aが1位、申立人が2位となっている。
- (7)その後に開催された「全国専門委員会(兵庫県連委任)・選手選考委員会」において、第11回アジア大会の総合種目の代表選考が行われた。申立人とAが候補者となったが、決定に至らなかった。そして、「両選手にもう一度滑る機会を与え、期日を近日中に設定し『特別選考会』を行い上位の選手を、総合種目に下位の選手をフリー種目にエントリーする」旨が決定された(甲第1号証)。
- (8)その後、被申立人フィギュア専門委員会委員長Bから申立人とAに対して、同年3月31日付の「アジア選手権大会代表選手特別選考会開催について」なる文書(甲第6号証)が送付された。そこには、同年4月10日の午後に長野市で申立人とAとの間において規定競技を競う「特別選考会」を開催し、「その結果で総合種目と、フリー競技に代表選手として選考」すること、審判として「B・他1名」が務めることが記載されていた。
これに対し、申立人は、同年4月5日に参加できない旨の返事を出し、また、最終的に、かかる特別選考会に参加しなかった。
- (9)同年4月19日に「平成17年度第1回在京専門委員会」が開催された。その「議事要録」には、「特別選考会報告」として「10日練馬区に於いて、A選手の規定滑走をB委員長、C審判員とでテストした。A選手の滑りは表記大会の総合種目参加にふさわしいので選考した。各委員の意見を5月2日までにB委員長まで連絡下さい。連絡がない場合は異議なしと解釈致します。」との記載がある(甲第7号証)。
- (10)その後、被申立人フィギュア専門委員会委員長Bは、申立人の父であり、申立人が所属する兵庫県ローラースケート連盟フィギュア専門委員Dに対して、「第11回アジア選手権大会フィギュア競技(総合種目)選手選考の経緯」なる文書を送付した(甲第1号証)。
- (11)被申立人の競技団体規則である「日本ローラースケート連盟倫理規程」には、第8条において、「本連盟の倫理委員会の行った決定に対する不服申立ては、日本スポーツ仲裁機構の『スポーツ仲裁規則』に従って行う仲裁により解決することができる」との定めがある。また、その「日本ローラースケート連盟役・職員倫理規程」には、第5条5項において、「役・職員の遵守事項」として「本連盟及び加盟団体は、各種大会の代表選手の選考にあたっては、選考基準を明確に定め、選考結果に疑惑を抱かせることのないよう公平かつ透明性のある選考を行うこと」との定めがある。
3.申立人の主張
- (1)第11回アジア大会の選考基準、及び、実際の選考方法について
申立人は、第11回アジア大会の選考基準としては、「第52回全日本選手権大会と第31回全国フリー競技会を基準として、選手選考会を平成17年3月27日に開催し選考する」ことになっていたはずであると主張する。
その上で、実際の選考過程で、選考基準となっていないはずである事項が考慮されたのは不当であると主張する。すなわち、選考対象大会ではない世界フィギュア大会や第51回と第52回の全日本選手権大会の成績をもちだせるとすれば「いたずらに混乱が生じ恣意的判断になる」し、仮に過去の全日本選手権大会の成績をもちだすのであれば規定競技の代表選手として選考された者の選考結果について矛盾が生じる。また、「ライバルであるチャイニーズ台北・中国に勝てる選手」という観点については、その点の判断のために上記二つの大会があったはずであり、その一つの優勝者を選考対象大会以外の成績で「勝てない」と決めつけるのは矛盾であるし、そもそも申立人が勝てないとする根拠がないと主張している(さらに、第31回「フリー大会でのA選手(1位)との差が大きすぎる」ことについても、「差」とは主観的判断であり明確な根拠足りえず、しかも、もう一つの選考対象大会である申立人の優勝という事実を看過していると主張している)。
また、そのような選考基準があるにもかかわらず、「申立人とA選手の両者でどちらを総合出場選手、フリー選手にするか決定できず、両者で特別選考会を開催すると言う決定がなされた」こと、すなわち、「この選考会の開催も不当と考えられる」と主張する。
そして、当該「特別選考会」の具体的な開催に関しても、1週間前に開催を知らされても準備ができない上に、「急な選考会開催は仕事の関係で休みがとれず参加できないという旨、『第31回フリー大会』終了後、フィギュア専門委員長であるB氏に伝えた」にもかかわらず、「4月4日にフィギュア委員会より、一方的に特別選考会の日程を指定された文書が届き、それに参加できないのであれば、一方のみの参加だけの選考会を実施し、A選手を総合出場選手と決定するということが伝えられた」とし、仕事の関係で欠席せざるを得ない状況下で開催された選考会であったとして、その不当性を主張する。
また、加えて、日程の設定にあたり、A選手が自己の都合により第52回全日本大会への不参加が「公認」されているとされていることに比べ、申立人の都合が全く考慮されないのは不公平であるとの主張もしている。
- (2)日本ローラースケート連盟倫理規程について
申立人は、日本ローラースケート連盟倫理規程第8条を、スポーツ仲裁規則第2条、第14条、第15条が定める仲裁合意に代わる競技団体「規則」であると主張する。
また、仮に、同条が、被申立人の倫理委員会の決定に対する不服申立についてのみ日本スポーツ仲裁機構の仲裁に応ずる旨の規定であったとしても、「被申立人のもつ倫理委員会の存在を全く知らされておらず、選手選考その他不服に関する不服申し立てをする窓口さえ公表していない」。また、「申立人は再三、フィギュア委員会に対して選考基準に対して明確な説明の申し入れをしたが、全く返答がなかった。仮に被申立人がいう倫理委員会が存在しているとすれば、この申し入れに対する返答として、不服申し立てに関しては倫理委員会にその判断をゆだねるように申立人に説明されていなければならないはずであるがそれを行っていない」と主張している。
- (3)申立人の被申立人への登録について
2005年5月1日の時点における競技者登録申請が無い以上、申立人は自己の所属選手ではない旨の被申立人に主張に対し、申立人は、「10数年被申立人に選手登録しており、16年度ももちろん選手登録をした上で各競技会に出場している。その結果として、被申立人は17年度も選手登録がなされると見越して、アジア大会の出場選手として選考しているにもかかわらず、『所属選手でない』となれば所属選手以外の選手を選考しており」、その点に矛盾があると反論する。
また、これまでの慣行では、選手登録は4月1日に行われなければならないという決まりではなく、各出場試合の前までに登録を完了すれば足りていたとも主張する。
さらに、「選手登録は各個人から被申立人に対して行われるものでなく、各都道府県連盟を通してなされるものである。申立人は4月10日付で兵庫県連盟に選手登録の申し込みを行っている。兵庫県連盟に確認したところ、事務手続きの遅れにより5月2日付で登録用紙の送付、送金手続きを完了した」と聞いている旨も主張している。
4.被申立人の主張
- (1)第11回アジア大会の選考基準、及び、実際の選考方法について
被申立人は、第11回アジア大会の選考基準としては、「第11回アジア大会への代表選手選考の資料となるのは主として第52回全日本大会と第31回フリー大会(平成17年3月)といえるが、それらに限られるのではなくて、平成16年11月の世界フィギュア大会の結果も総合考慮の対象とするのは正当なことである」と主張する。
そして、その上で、「平成16年11月の世界フィギュア大会における申立人のパフォーマンス内容が悪すぎる(最下位であり、第11回アジア大会出場予定のチャイニーズ台北の2選手に完敗した」こと、「第31回フリー大会(平成17年3月)でA選手(1位)と申立人との差が大きすぎる(5人審判で5対0でA選手の勝利)」こと、「第50回(平成14年)、第51回(平成15年)の各全日本選手権大会ではいずれもA選手が申立人に勝利している」こと、「第11回アジア大会はスピード・フィギュア・ホッケーの3部門得点制で国別対抗で総合優勝を争う大会なので、ライバルであるチャイニーズ台北・中国に勝てる選手を選ぶ必要がある」ことを理由とし、申立人とA選手にもう一度走る機会を与えるための「特別選考会」の開催が決定されたと主張する。
その上で、2005年4月10日、「特別選考会を開催したが、申立人は不参加で、A選手に選手権の課題を滑らせB委員長、C委員が立ち会った。(他委員からは委員長に一任された)この特別選考会におけるA選手の滑りは第11回アジア大会フィギュア総合種目代表にふさわしく、又もし申立人が特別選考会に参加していてフィギュア規定が互角であっても先の第31回フリー大会(平成17年3月)での申立人との差が大きくA選手が申立人をしのぐものと判断された」と主張している。
- (2)日本ローラースケート連盟倫理規程について
被申立人は、日本ローラースケート連盟倫理規程第8条は、「本連盟の倫理委員会の行った決定に対する不服申立ては、日本スポーツ仲裁機構の『スポーツ仲裁規則』に従って行う仲裁により解決することができる」と定めている一方、かかる倫理委員会は本件選考に関して何らの判断も行っていない以上、本件選考に関して日本スポーツ仲裁機構の仲裁に応じる義務はないと主張する。また、その他に仲裁合意に代わる競技団体規則も存在しない以上、やはり、本件選考に関して日本スポーツ仲裁機構の仲裁に応じる義務はないと主張する。
その上で、「よって万が一被申立人の意向に反する仲裁判断がなされても、被申立人はそれに従うつもりは」ないと主張する。
また、倫理規程や倫理委員会の存在や不服申立窓口について競技者に知らされていないという申立人の主張に対しては、申立人の父であるDが、倫理規程に第8条を挿入した際の被申立人の平成15年度第2回総会、「役・職員倫理規程」を定めた際の平成16年度第2回総会に出席しているため、倫理規程や不服申立の手続について、申立人は「十分理解していたはずである」と主張している。
- (3)申立人の被申立人への登録について
被申立人は、2005年5月1日時点で、被申立人に、競技者登録申請を行っておらず、被申立人所属選手ではない以上、申立の前提を欠くと主張している。
また、申立人による兵庫県連盟が2005年5月2日付で登録用紙の送付、送金手続きを完了している旨の主張に対しては、その旨の「兵庫県ローラースケート連盟」からの手紙(乙第9号証)を同年5月4日時点において受け取っているが、「どのように処理するかは、保留状態である」と主張している。
第4.判断の理由
- 1.本件仲裁申立ての一部において、申立人は、被申立人の「不公平かつ不透明な選考基準を明確化」することを求めている。
しかし、スポーツ仲裁規則第2条に定めるように、日本スポーツ仲裁機構のスポーツ仲裁は、「スポーツ競技またはその運営に関して競技団体またはその機関がした決定」を対象とするものである。もちろん、そのような選手選考に関する決定が、選考基準の不公平さや不透明さによって取り消されることによって、間接的に、選考基準が明確化することは十分にあり得ることである。だが、選考基準の明確化それ自体は、仲裁申立ての直接の対象として予定されておらず、仲裁申立てのこの部分に関しては、却下を免れない。
- 2.また、本件においては、申立人の現時点における被申立人への登録の有無が、申立ての前提を欠くか否かという形で争われている。
しかし、スポーツ仲裁規則第8条2項は、「この規則において『競技者』とは、スポーツ競技における選手およびそのチームをいう」と定めているにすぎず、同規則第2条により申立人となり得る「競技者」が、被申立人とする「競技団体」の登録者であることは、必ずしも必要とされていない。このことは、例えば、競技団体から登録の抹消の決定をされた競技者が、当該登録抹消の手続を争って申立てるような場合(その時点においてはその者は同団体の登録者ではない)、あるいは、競技大会の運営を行う団体が、当該競技大会に参加する競技者との間における当該競技大会に関する紛争を仲裁に付した場合(その競技者が当該団体の登録者とは限らない)を想定すれば明らかである。
また、仮に、被申立人の競技団体規則が、当該競技団体とその団体の(現時点の)登録者の間の紛争に限って仲裁に付託するような趣旨のものであったとしても、本事案の申立人は、長年に渡って被申立人に登録して競技活動を続けてきた者であり、厳密な時期については別段、継続的に登録申請が行われ、それを受けて被申立人の登録が繰り返されてきたという関係にある。そのような者について、被申立人との間での紛争が顕在化し仲裁申立てがなされたという時点において、登録申請手続が遅れていることを奇貨として、いきなり、所属選手ではないと断ずることに、合理性を認めることは難しい。
したがって、本件仲裁申立てにおける「被申立人が2005年4月19日に行った、第11回アジア大会における総合種目への出場選手をAとしフリー競技への出場選手を申立人とする決定を取り消し、明確な選考基準に従って選考をやり直すること」を求める部分については、仮に現時点において申立人の登録に関する処理が保留状態であったとしても、それだけで申立てを却下する理由にはならない。
- 3.しかし、被申立人が主張するように、申立人が援用する被申立人の「倫理規程」の第8条が、本件との関係で、スポーツ仲裁規則第2条、第14条、第15条が定める仲裁合意に代わる競技団体「規則」として働かないというのであれば、この部分に関しても却下を免れ得ないこととなる。
- (1)この点、まず、日本スポーツ仲裁機構が、2005年4月26日に申立人から「仲裁申立書」を受け取った後、申立人が援用した被申立人の「倫理規程」第8条の存在を確認した上で、これをスポーツ仲裁規則第15条1項にいう仲裁合意「に代わる競技団体規則」と判断して、申立てを受理したことには、十分な理由があるといえる。なぜなら、本事案において問題とされている代表選考に関する決定を行ったのが同条項にいう「本連盟の倫理委員会」であるのか否か、仮に異なる機関であるとして両者はどのような関係にあるのか、異なる機関であるとして本事案において同条項にいう「倫理委員会」が別に開催されたのかという点については、外部からは容易に判別し難い事項であるからである。
また、本件においては、同年4月19日になされたと主張されている決定につき、同年4月26日に申立てられた仲裁手続において、問題となっている国際大会が5月10日から15日まで開催され、しかも、同年5月7日に日本選手団が出発するというスケジュールの中で判断を下さなければならない可能性があった。そのような緊急の対応が必要とされる状況下においては(実際、本件は、スポーツ仲裁規則第50条に定める緊急仲裁手続となっている)、そのような外部からは容易に判別し難い事項につき、そうした事項の判断に十分な権限が与えられていない事務局による審査に時間を費やすことを避け、有効な仲裁合意の存在それ自体につき判断を下す権能(スポーツ仲裁規則第26条)も有しているスポーツ仲裁パネルに判断を任せようとしたことには、十分に合理性がある。
加えて、これまでの日本スポーツ仲裁機構における仲裁判断の積み重ねにより、<1>競技団体の決定がその制定した規則に違反している場合、<2>規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、<3>決定に至る手続に瑕疵がある場合、または、<4>競技団体の制定した規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合には、その決定を取り消すことができるといった基準が確立しつつあるといえる。その観点から、本件の仲裁申立書をみると、そこにおいては、選考基準があらかじめ決まっていたにもかかわらず、それに従った選考が行われなかったことが申立人から主張されており、もしも、それが事実であれば<2>の基準の下で決定の取り消しを検討せざるを得ないといえる。また、仲裁申立書においては、選考過程において突然に設置された「特別選考会」が申立人の参加可能なる日程に設定されず、その結果、当該「特別選考会」への不参加を理由に申立人に不利な決定がなされたという申立人の主張が事実であるとすれば、今度は、<3>の基準の下で決定の取り消しを検討せざるを得ないといえる。したがって、そのような主張に立脚した本件仲裁申立てにつき、仲裁合意に代わる競技団体規則に関する情報が外部からは判別し難く、また、その判断に時間をかけるわけにはいかない緊急の対応が求められているという上記の状況において、「受理」という判断を下したことには十分な理由があるといえる。
そもそも条文という存在については解釈が分かれることがあり、また、その適用結果も事実関係によって左右されることに鑑みれば、日本スポーツ仲裁機構における仲裁を限定的な形で導入した段階において、将来、(そのような限定の趣旨は必ずしも外部者から明らかなものばかりではないため)自らが仲裁合意に代わる競技団体規則の範囲外と信ずる紛争であったとしても、そのことを仲裁手続において主張・立証せざるを得ない事態が発生することは、予見されるべきことであったといえる。
もっとも、そのような事態に至った場合であっても、例えば、倫理規程第8条が、本件との関係では仲裁合意に代わる競技団体規則としては働かないと言うのであれば、その旨を仲裁手続において主張すれば足りるのであり、その前提としての事実関係を主張・立証すれば足りる。しかし、そうであるにもかかわらず、被申立人は、一貫して、仲裁手続が行われること自体を非難し、仲裁手続に非協力的な態度を続け、審問手続にも欠席している。
日本スポーツ仲裁機構におけるスポーツ仲裁は、競技団体の決定が取り消される場合に関する上記の先例基準に顕れているように、代表選考等における競技団体の選考基準の透明性・公平性を高め、選考手続の公正さを担保するために設けられたものである。そして、その背景には、国際競技等に日本を代表して出場する選手の選考にあたって、現代においては、各競技団体は大きな責任を負っており、また、その選考基準や選考過程に外部からみて不明な点があれば、これにつき十分な説明を行う責任を負わなくてはならないという倫理意識がある。しかし、大型連休中に行われた緊急仲裁であったという点を割り引いたとしても、被申立人の一連の行動が、そのような倫理意識に合致するものであると言うことはできない。
- (2)それでは、倫理規程第8条は、本件との関係で仲裁合意に代わる競技団体規則として働くものであるか。
この点、本事案において選考決定を行ったのは「専門委員会」なる機関であり(甲第7号証)、この機関は、被申立人の倫理規程の第6条に「委員は、理事の中から会長が委嘱する」と定められている第5条以下の「倫理委員会」とは異なる存在であると認められる。また、本件において、かかる倫理委員会が設置された様子はなく、したがって、倫理規程第8条が働く前提となる「倫理委員会の行った決定」も無かったものと認められる。
もっとも、これに対して申立人は、競技者は被申立人の倫理委員会の存在を全く知らされておらず、選手選考その他に関する不服申立をする窓口さえ公表されていないと主張しており、そうであるとすれば、不服申立の規定は存在するものの、実際に機能することはほとんどないといえる。また、本件において、申立人は、再三、被申立人に対して選考基準に対する明確な説明の申し入れをしたが全く返答がなく、倫理委員会が存在しているとすれば、この申し入れに対する返答として、不服申立に関しては倫理委員会にその判断をゆだねるように申立人に説明されていなければならないはずであるがそれを行っていないと主張している。
この主張に対して、被申立人は、申立人の父であるDが、倫理規程に第8条を挿入した際の被申立人の総会や、「役・職員倫理規程」を定めた総会に出席しているから、倫理規程や不服申立の手続について、申立人は十分理解していたはずであると主張する。しかし、選手選考にあたっての競技団体の責任という観点からは、そうした不服申立手続に関する詳細な規定が明文で定められ、かつ、競技者が自由にアクセス可能な形で公開されていることが要請され、さらに、そこに定められた機関が現実に機能している必要がある。また、被申立人は、スポーツ仲裁パネルが求めた、倫理委員会の活動状況や倫理委員会への不服申立手続、その手続の競技者への周知方法に関する説明につき、最後まで何ら情報を提出しなかった。これらのことを勘案すると、被申立人においては、内部に倫理規程や倫理委員会を有しているとしても、実質的には不服申立の途が閉ざされていた、そのために、日本スポーツ仲裁機構に直接に申立てたという申立人の主張には説得力があるといえよう。
このように競技団体の責任という観点から、被申立人の選手選考に関する不服申立手続に問題があり、実質的には倫理規程第8条を通じて日本スポーツ仲裁機構の仲裁に付託されることがおよそ考えられないという問題も孕んでいるとしても、およそ仲裁というものが両当事者の仲裁合意をその権限の基礎に置くものであり、かつ、本件においては、倫理規程第8条が働く前提となる「倫理委員会の行った決定」も無かった以上、申立人の本案に関する主張、すなわち、選考基準があらかじめ決まっていたにもかかわらず、それに従った選考が行われなかったという主張、さらには、選考過程において突然に設置された「特別選考会」が申立人の参加可能な日程に設定されず、その結果、当該「特別選考会」への不参加を理由に申立人に不利な決定がなされたという主張に対して、遺憾ながら、本件のスポーツ仲裁パネルは、判断を下すことはできない。すなわち、仲裁条項に代わる競技団体規則が存在しなかったことを根拠に、本件仲裁申立てを却下するという結論に至らざるを得ない。
- 4.なお、スポーツ仲裁規則第44条3項により、スポーツ仲裁パネルには、「事案の状況および仲裁判断の結果を考慮して、申立人が負担した費用の全部または一部を被申立人が支払うべきことを命ずる」権限が与えられている。
しかし、仲裁条項に代わる競技団体規則の不存在という本件の特殊性に鑑み、スポーツ仲裁パネルは、本件においてこの権限を行使しない。
第5.結 論
以上のことから主文のとおり判断する。
なお、申立て却下の結果として、「第11回アジア大会における総合種目への出場選手をAとしフリー競技への出場選手を申立人とする」という被申立人の決定は維持されていることになる。とすれば、申立人は、少なくとも同大会におけるフリー競技の出場選手としての地位は有しているはずである。上記のように、現在、申立人の登録申請手続が遅れたことを理由として、被申立人は、申立人の登録を「保留状態」にしているようであるが、選考基準に関する説明責任を問うたばかりに同大会におけるフリー競技の出場選手としての地位が奪われるようなことがないように、申立人の第11回アジア大会への出場の手続が円滑に行われることを、スポーツ仲裁パネルは、切に願う。
2005年5月6日
仲裁人: 早川 吉尚
仲裁地:東京都
以上は、仲裁判断の正本である。
日本スポーツ仲裁機構 機構長 道垣内正人
※申立人等、個人の氏名はX等に置き換え、各当事者の住所については削除してあります。