仲 裁 判 断
日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2004-001
申立人:X
申立人代理人:
弁護士 尾崎 純理
弁護士 飯島 康央
弁護士 山本 剛
被申立人:社団法人 日本馬術連盟
被申立人代理人:弁護士 鍋谷 博敏
弁護士 八木 由里
主 文
本件スポーツ仲裁パネルは次のとおり判断する。
(1) 申立人の請求(1)および(2)を棄却する。
(2) 申立料金5万円は被申立人の負担とする。
(3) 申立人が要した仲裁費用のうち50万円は被申立人の負担とする。
理 由
第1.当事者の求めた仲裁判断
1. 申立人は、次のとおりの仲裁判断を求めた。
(1) 被申立人が平成16年6月15日に行ったアテネオリンピック障害馬術出場人馬の決定を取り消す。
(2) 被申立人は、アテネオリンピック障害馬術出場人馬として選手をX(○○所属)馬名△△を選出せよ。
(3)申立料金5万円は被申立人の負担とする。
2. 被申立人は、次のとおりの仲裁判断を求めた。
(1) 申立人の請求(1)を却下する。
(2) 申立人の請求(2)を棄却する。
(3) 仲裁費用は申立人の負担とする。
第2.仲裁手続きの経緯
- 1. 2004年6月22日、申立人は日本スポーツ仲裁機構に対して第1.1.記載の仲裁判断を求める仲裁申立ておよび、暫定措置申立てを行った。
-
2. 被申立人は自らが制定した「日本馬術連盟規約」第24条において「連盟主催協議会等、又はその運営に関して行った決定に対する不服申立ては、日本スポーツ仲裁機構の「スポーツ仲裁規則」に従って行う仲裁により解決されるものとする」と定めており、本件事案について日本スポーツ仲裁機構は申立人による仲裁申立ての時点で仲裁合意が成立したものと判断した。
-
3. 同日、日本スポーツ仲裁機構は、本件事案については事態の緊急性に鑑み極めて迅速に紛争を解決する必要性から、スポーツ仲裁規則第50条に基づき緊急仲裁手続によることを決定することが可能ではあるものの、他方で、事案の重要性に鑑みれば、本件事案については3名の仲裁人によることが妥当であると判断し、申立人・被申立人双方が「JSAA-AP-2004-001号仲裁事案に関する了解事項」を了解する限りにおいて第50条を準用することとし、本件事案について日本スポーツ仲裁機構は緊急仲裁手続とする決定を行わないこととした。
-
4. 同日、申立人は、仲裁人として竹之下義弘を選任した。
-
5. 同年6月23日、被申立人は仲裁人として浦川道太郎を選任した。
-
6. 同日、仲裁人竹之下義弘と仲裁人浦川道太郎は、日本スポーツ仲裁機構に第3の仲裁人の選任を委任し、同日、同機構は仲裁人として小寺彰を選任した。
-
7. 同年6月24日、申立人より暫定措置申立て取下げ書、準備書面(1)が提出された。結果として暫定措置申立ては取り下げられた。
-
8. 同年6月25日、本スポーツ仲裁パネルは、審問期日準備のための協議を行い、同日付でスポーツ仲裁パネル決定(1)にて、審問期日を同年7月8日とすること、答弁書の提出期限を同年6月29日15時までとすること、申立人による反論書の提出期限を同年7月2日15時までとすること、被申立人による再反論書の提出期限を同年7月6日15時までとすること、および被申立人に対し答弁書において釈明を求める事項を決定した。
-
9. 同年6月29日申立人より、第1通目の求釈明申立書が提出された。
-
10. 同日、被申立人より、答弁書、人証申出書および検証申出書が提出された。
-
11. 同年6月30日、申立人より、第2通目、第3通目の求釈明申立書が提出された。
-
12. 同日、本スポーツ仲裁パネルは、事案および申立人が提出した3通の求釈明申立書を考慮のうえ、スポーツ仲裁パネル決定(2)として、被申立人に対し照会を行った。
-
13. 同日、被申立人より第1通目、第2通目の釈明書が提出された。
-
14. 同年7月2日、申立人より反論書たる準備書面(2)が提出された。
-
15. 同年7月3日、申立人より準備書面(3)および準備書面(4)が提出された。
-
16. 同日、本スポーツ仲裁パネルは、審問期日準備のための協議を再び行い、同日付でスポーツ仲裁パネル決定(3)および(4)を行った。
-
17. 同年7月5日、申立人は補佐人申出書および証拠申出書を提出した。
-
18. 同年7月6日、被申立人は準備書面(1)を提出した。
-
19. 同年7月7日、被申立人は釈明書(3)を提出した。
-
20. 同日、申立人は検証申出書を提出した。
-
21. 同年7月8日10時より13時までおよび15時より17時まで東京都内において、当事者双方および各代理人(申立人X、申立人代理人弁護士尾崎純理、同山本剛、同飯島康央、申立人補佐人X1、被申立人理事長Y1、同常務理事Y2、同理事・障害馬術本部長Y3、被申立人代理人弁護士鍋谷博敏および同八木由里。)出席のもと、審問が行われた。
-
22. 同日までに、申立人より甲第1から第46号証が、また被申立人より乙第1から第33号証が提出された。
-
23. 同日、本スポーツ仲裁パネルは仲裁判断のための協議を行った。
-
24. 同年7月9日、当事者双方は最終準備書面を提出した。
-
25. 同年7月13日および14日、本スポーツ仲裁パネルは、仲裁判断のための協議を行った。
-
26. 本スポーツ仲裁パネルは、上記記載の他、電話、電子メールおよびその他通信手段を用い協議を行った。
第3.事案の概要(当事者の主張)
1.当事者
(1) 申立人
- (i) 申立人は、両親が○○という乗馬倶楽部を経営していたことをきっかけとして5歳頃から馬術を始めた。本格的に障害馬術を習い始めたのは、小学校4年生くらいの時であった。その後、申立人は、1991年に、女性最年少で全日本中障害選手権で優勝した。また、この年には、初めて海外遠征を行い、世界で最高の賞金額の出るカナダ・カルガリーのスプールスメドゥスという大会に出場した。1995年からは、活動の拠点をスイスに移転し、2002年11月頃からは、ドイツを拠点として競技会に出場し、現在に至っている。
-
(ii)申立人は、スポーツ仲裁規則第8条第2項に定める「競技者」である。
(2) 被申立人
- (i) 被申立人は、1948年5月に日本馬術界の唯一の中央統括団体として発足した統一組織である。さらに、被申立人のホームページ(http://www.equitation-japan.com/)によれば、被申立人は馬場馬術競技・障害馬術競技・総合馬術競技そしてエンデュランス馬術競技の4種目の全日本馬術大会を頂点とする国内馬術競技会を主催する他、多くの競技会の公認を行うこと、オリンピック競技大会・アジア競技大会・世界馬術選手権大会等の国際馬術競技会へ人馬を派遣すること、主催・公認競技会に出場するために必要な騎乗者資格や審判資格等の競技運営上必要な資格の認定、主催・公認競技会に参加する馬匹の登録、主催・公認競技会成績の集計、発表等馬術に関することを行う組織である。
-
(ii)被申立人は、スポーツ仲裁規則第8条第1項に定める「競技団体」である。
2. 本件に至る経緯
- (1) 2003年7月1日付けで、被申立人は、申立人らに障害飛越競技についてのアテネオリンピック出場人馬選手選考基準を示した。当該選考基準は次のように記載されていた。
「オリンピック競技大会(アテネ/2004)に参加希望する選手は2004年2月末日までに所定の添付書式をもって申請すること。申請のあった人馬は障害馬術本部の指示に従うものとし、本部が指定する2004年4月~6月中旬までのCSI、CSIO、CHIOに数回参加しなければならない。オリンピック競技大会参加人馬の選考は、障害馬術本部長がそれらの結果を参考にして、日本馬術連盟のオリンピック派遣人馬選考委員会に推薦して決定される。」
ただし、オリンピックに出場するための人馬は、国際馬術連盟の定める人馬の最低基準を2004年6月16日までに満たしていることが必要であった。 -
(2) 申立人は、2004年1月20日付けで被申立人に対してアテネオリンピック大会への出場を希望する旨の書面を提出した。アテネオリンピック大会への出場を希望した者は申立人を含めて9名であり、申立人を含む9名の候補選手人馬は被申立人から出場競技会の指定を受けた。申立人は、被申立人から指定された5月13日~16日のリンツ大会および6月3日~6日に開催されたリスボン大会に出場した。
-
(3) 被申立人は、9名が出場した競技会が終わった後、2004年6月15日に開催された、被申立人内に設置されたアテネオリンピック派遣人馬選考委員会(以下、「選考委員会」という。)において、A、B、C、Dの4名がアテネオリンピック代表選手(人馬)に選出され、申立人は選出されなかった。
-
(4) 申立人は、選考委員会の決定に対して不服であったために、選考決定内容の変更等を求めて日本スポーツ仲裁機構に仲裁を申し立てたものである。
3.当事者の主張
(1) 申立人は、申立ての理由として以下を主張する。
- (i) 被申立人が2004年6月15日に行ったアテネオリンピック障害馬術出場人馬の決定(以下、「本件決定」という。)は、被申立人の定めたアテネオリンピック障害馬術代表選手選考基準を満たしていない人馬を代表に決定しているので、取り消されるべきである。
- a. 被申立人は2003年7月1日付でアテネオリンピック出場人馬選考基準を以下のとおり公表した。
- <1> 参加希望選手は2004年2月末日までに所定の書式で申請すること。
-
<2> 申請した人馬は障害馬術本部の指示に従うものとし、本部が指定する2004年4月~6月中旬までのCSI、CSIO、CHIOに数回参加しなければならいこと。
-
<3> 障害馬術本部長は、それらの結果を参考にして、被申立人の選考委員会に推薦し、決定されること。
-
<4> 参加人馬はオリンピック参加資格条件を満たしていること。
-
b. 被申立人は、2004年4月30日、指定競技会として、コペンハーゲン大会(5月6日~9日)、リンツ大会(5月13日~16日)、ローマ大会(5月27日~30日)、リスボン大会(6月3日~6日)、ポズナム大会(6月10日~13日)の5競技会を決定した。
-
c. 選手は、選考基準<2>に従って、指定された複数の競技会に参加しなければならない。しかるに、代表選手に決定されたAは、指定されたCSI、CSIO、CHIOに数回参加しなければならないのに、ローマ大会のみに参加したにすぎないから上記<2>の要件を満たしていない。
したがって、Aを代表選手とした本件決定は取り消されるべきである。 -
(ii) 選手は、被申立人によって指定された競技会に出場しなければならない。
Bは、被申立人によってリンツ大会とリスボン大会に出場するように指定されたにもかかわらず、リスボン大会に出場しなかった。
したがって、Bを代表とした本件決定は取り消されるべきである。 -
(iii) 選考委員会の選考には、選手と利害関係を有する委員は加わらないものとされている。
コーチMは、A、Cに馬を売却し、両人ともMの厩舎に所属、AはMがゼネラルマネジャーである会社のセールスマネジャーであり、雇用関係も推認される。したがって、A、CはMと利害関係がある。
利害関係人が本件選考に関与しているので、決定手続の公正が害されており、本決定は取り消されるべきである。 -
(iv) 選考において適用される基準は事前に選手に公表されなければならない。
選考競技会の結果を評価する選考基準が事前に公表されなかった以上、その基準によって評価された本件決定は取り消されるべきである。
仮に選考基準が利用できるとしても、基準の内容は著しく抽象的であり、基準として著しく合理性を欠くものである。 -
(v) 本件決定は、申立人の選考競技会の結果を参考にしていないので選考基準<3>の要件を満たしていない。したがって本件決定は、取り消されるべきである。
-
(vi) 選考競技会の結果を参考にして評価すれば、申立人が代表に選出されるべきであった。
(2) 被申立人は、却下または棄却申立ての理由として、以下を主張する。
- (i) 第3.3.(1)(i)記載の申立人の主張のうち、a.の選考基準およびb.の指定競技会については認める。Y3障害馬術本部長(以下、「本部長」という。)とコーチMが競技会を観戦し、本部長が下記<a>から<d>の視点で候補各人馬の評価を行い、選考委員会がその評価結果を次の<5>から<8>の基準によって判断した。
<a>踏み切りの位置が的確かどうか。
<b>指定された分速が維持されているかどうか。
<c>バランスのとれた飛越をしているかどうか。
<d> 馬が難度の高い障害を飛越する能力を有しているかどうか。
-
<5> オリンピックの競技レベルに通用する能力を有する馬
-
<6> 健康状態に異常がなく安定した能力を発揮し、優秀な成績を収めている馬、特に成績が向上している馬
-
<7> 国際競技会の経験を有し、日本の代表にふさわしい騎乗技術と強い精神力を兼ね備えた選手
-
<8> 代表としての人格と協調性を備えた選手
その結果、本部長は、馬の能力、脚部不安などの理由で6頭が上記
<d>の要件に該当しないとし、A、C、Dとその騎乗馬を上記<a>から<d>の要件に該当するとして選考委員会に推薦した。残る一つの枠については、申立人とBの騎乗馬について、いずれも<d>の要件を満たすが、申立人は多くの障害で踏切り位置を外してしまうので、オリンピックレベルでは大きな減点や失権につながるおそれがあるとされ、それに対しBは、2回経路違反をしたが踏切りポイントを外さないとして、本部長はBを推薦した。選考委員会では、これについて審議し、A、C、Dを代表選手として決定した。残る一つの枠については、本部長の意見を踏まえて、申立人の踏切り位置を安定させることは短期間で矯正できないが、Bの経路ミスはオリンピック大会までに矯正可能としてBを代表選手に決定した。
(ii) 第3.3.(1)(i)c.については、次のとおり主張する。
「数回」参加しなければならないとの基準は、複数の競技会への参加という意味ではなく、複数の走行を評価して選考したいとの本部長の考えに基づき設定されたもので数回の走行を意味する。
Aはローマ大会で数回の走行をしており、Aを代表として選出したことは選考基準に違反するものではない。 -
(iii) 2004年4月30日に最終的に決定された選手への競技会の割り振りも、出場予定人馬にやむを得ない事情があったときは、障害馬術本部は選手が参加する競技会を変更して指定する権限を有する。本部長はBの申し出を受けて、リスボン大会の欠場を承認し、Bが別枠で招待を受けていたポズナム大会に対象競技会を変更して出場することを承認したのであり、本部長の権限の範囲内でなされたもので違法ではない。
-
(iv) Mは、選考委員会の委員ではない。Mの立場は選考競技会を観戦して各人馬の評価を行い、これを本部長に具申するもので、本部長の行う評価の補助的立場にあるのであり、本件選考について選考委員会に評価を提出する立場にはない。2004年6月15日の選考委員会にMの評価資料は一切提出されていない。
-
(v) アテネオリンピックの選考基準は、指定競技会の結果を参考にして本部長が選考委員会に代表人馬を推薦し決定されるというものであり、これは代表決定の約1年前に申立人に知らされていたものである。
事前に選手に公表されていなかったのは、本部長が推薦するための前記<a>から<d>の視点と、選考委員会における<5>から<8>の基準である。これらの視点および基準は、普遍性、合理性を有し、選手に公表されなかったからといって本件選考を取り消すべきとするまでの選手に対する不利益は認められない。
選考基準決定後オリンピック出場人馬が最終的に決定されるまでの約1年間、申立人を含む誰からも選考基準が不明確であるとの指摘は一度もなされていない。本部長は、各指定競技会ごとに人馬を技術的、能力的な視点から評価し、これらの結果を普遍性、合理性を有する<a>から<d>の4つの視点にあてはめて推薦をしたもので、人馬を一体として評価する障害馬術においては、これらの基準はそれ自体著しく不合理なものとはいえない。 -
(vi) 本件代表決定においては、選考委員会において報告された本部長の評価に基づく推薦を、選考委員会において、障害馬術に見識をもつ委員が、申立人の選考対象競技会の成績と技術を十分に検討したうえで、申立人を選考しなかったものである。
第4.判断の理由
- 1. スポーツ仲裁における仲裁判断基準として、日本スポーツ仲裁機構の仲裁判断の先例によれば、日本においてスポーツ競技を統括する国内スポーツ連盟(被申立人もその一つである)については、その運営に一定の自律性が認められ、その限度において仲裁機関は、国内スポーツ連盟の決定を尊重しなければならない。仲裁機関としては、1)国内スポーツ連盟の決定がその制定した規則に違反している場合、2)規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、3)決定に至る手続に瑕疵がある場合、または4)国内スポーツ連盟の制定した規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合において、それを取り消すことができると解すべきであると判断されており(上記1)から3)につき2003年8月4日日本スポーツ仲裁機構JSAA-AP―2003―001仲裁判断、1)から2)につき同JSAA-AP-2003-003仲裁判断)、本スポーツ仲裁パネルも基本的にこの基準が妥当であると考える。
本件の選考基準は国内スポーツ連盟の制定した規則に含まれると解される。
本件の判断に際しては、そもそも上記4)に該当する場合、すなわち、仮に本選考基準の内容が著しく合理性を欠くと判断される場合には、その余の点を判断するまでもなく本件決定を取り消すことになるので、はじめに、選考基準の内容が著しく合理性を欠く旨の申立人の主張を判断する(下記2.)。次いで、次いで、上記1)から3)に関して、申立人の主張第3.3.(1)に記載されている(i)、(ii)、(iii)、(v)、(vi)の順に検討し(下記3.から7.)、最後に、同(iv)の未公表の選考基準によってなされた本件決定が取り消されるべきであるかどうかについて判断する(下記8.)。
-
2. 本件決定をするために被申立人の定めた選考のための基準の内容が著しく合理性を欠くとの申立人の主張について
- (1) この点を検討するためには、まず本件で用いられた選考基準の具体的内容を確定する必要がある。
被申立人が、2003年7月1日付でアテネオリンピック出場人馬選考基準として第3.3.(1)(i)a.記載の<1>から<4>の基準を公表し、参加希望選手に通知されたことについては争いがない。
被申立人は、前記<3>の基準「障害馬術本部長は、それらの結果を参考にして、被申立人のオリンピック派遣人馬選考委員会に推薦し、決定されること」のための判断基準として、本部長が指定競技会において候補各人馬の評価をするために、第3.3.(2)(i)記載の<a>から<d>の視点を定め、選考委員会は、同第3.3.(2)(i)記載の<5>から<8>の基準によって判断する旨主張するので、この点について判断する。
- (i) まず、選考委員会の判断基準と主張される前記<5>から<8>の基準が存在したことについては、2004年6月15日に開催された選考委員会に提出された「障害馬術代表選手の選考について」と題する書面(乙19の2)に「最強のオリンピックチームを編成するためにオリンピック参加資格条件を有する人馬の中より下記の観点によりオリンピック代表人馬選考を行った。」と記載があり、「下記の観点」として、前記<5>から<8>の基準があげられていることおよび選考委員会の委員長であったY1証人の証言によって認定することができる。
-
(ii) 本部長が競技会を観戦して候補各人馬を評価する際の基準として前記<a>から<d>の視点の定めがなされていたかどうかについて判断する。
この視点が基準として存在することを示す書証は存在しない。本部長の証言によれば、この視点は、オリンピックの障害は、障害の高さ、幅などにおいていわゆるファイブスターの大会よりも難しい障害が設定されるので、主として難しい障害を規定どおり飛越できる人馬を選ぶための基準として本部長自身が4つの視点を考えたものであること、視点の内容は特異なものではなく障害馬術をする者にとっては常識的なものであること、この基準は専任コーチのMには知らせたことが認められる。さらに、本部長が競技会を観戦した際の評価を書き込むために作成した出場人馬情報と題する書面(乙4など)に記載された内容から判断すると、本部長による候補人馬の評価が前記<a>から<d>の視点に基づいてなされたものと認められ、これに反する証拠はない。 -
(iii) 以上の事実から判断すると、アテネオリンピック出場人馬の選考基準は、2003年7月1日付で公表された基準、同基準<3>により本部長が行う推薦のための評価基準として本部長自らが定めた前記<a>から<d>の視点、および選考委員会の判断基準としての<3>に加えて<5>から<8>の基準が存在したことが認められる。
-
(2) 次に、これらの基準の内容が著しく合理性を欠くものであるかどうかについて検討する。
申立人が著しく合理性を欠くとして問題視する基準は、本部長が競技会における候補人馬の評価基準とした前記<a>から<d>の視点および選考委員会の判断基準とされた前記<5>から<8>の基準であるので、この点について検討する。
- (i) まず<a>から<d>の視点について検討する。
視点<a>から<d>は、人馬いずれにも関連するものであるといえるが、<d>は専ら馬の能力に関するものであり、<a>からは、どちらかといえば選手の技術的能力に関するものと考えられる。
申立人が特に問題視するのは、<a>の踏切りの位置の的確性の要件である。踏切りを殊更重要であるとして基準に入れたのであれば、他の重要な技術的事項も加えるべきであり、特に経路違反は失権につながるものであるので、経路に関する基準も加えるべきであったし、また、障害の飛越は、踏切り、バランスのほかリズム、馬の姿勢なども総合的に作用して行われるので、その中の一つだけを強調しても競技結果を予測することはできないと主張する。この申立人の主張はそれなりに説得力のあるものであるが、本部長の証言によれば、オリンピックで通用するかどうかの点から4つの視点を決定したということであり、その観点から、選手の技術的側面のうち踏切りとバランスを評価基準として選んだことが認められる。なお、申立人も踏切りとバランスが重要な技術的な側面であることを否定するものではないと考えられる。指定分速の維持も障害を完走するのに制限時間がある以上、障害馬術の一つの重要な要素と考えられる。そうであれば、本部長が評価の視点として選択した4つの視点自体著しく合理性を欠くものということはできない。 -
(ii) 次に、選考委員会における<5>から<8>の基準が著しく合理性を欠くかどうかについて検討する。
<5>および<6>の基準は馬の能力、状態に関する基準で、それ自体合理的なものである。
<7>の基準は、国際競技会の経験、代表選手にふさわしい騎乗技術および強い精神力の3要素からなる。これらの要素のうち国際競技の経験については客観的な判断が可能であるが、強い精神力という要素は極めて抽象的であり、どのようにしてその有無が判断されるのか必ずしも明確ではない。この要素によって選考が左右されることは考え難いが代表選手に要求される一つの要素であることは否定できない。代表選手にふさわしい騎乗技術という要素も表現自体は抽象的であり、具体的にどのような騎乗技術が評価の対象となるのか明らかではない。しかし、障害馬術において最も重要な騎乗技術と考えられる障害の飛越については申立人も認めるように、踏切り、リズム、バランス等が総合的に作用するものであるので、結局この要素は騎乗技術の善し悪しを総合的に評価することを意味するものと考えられる。したがって、<7>の基準は、やや抽象的に過ぎる嫌いはあるが、基準自体、著しく合理性を欠くとまでは言い切れない。
<8>の基準は代表選手を選出するための基準というよりも、成績や技術的能力の面からみると代表選手の資格を有するけれども、人格的理由などによって代表選手にふさわしくない者を、代表選手から排除する余地を残すための規定であると考えられる。
-
(3) 以上の検討の結果、本件選考に利用された基準が著しく合理性を欠くということはできない。
-
3. 選手は指定された複数の競技会に参加しなければならないのか、それとも一つの競技会において数回の走行を行えば選考基準<2>の要件を満たすのかという点について検討する。
申立人は、Aが1競技会にしか出場せず、被申立人の示す「数回出場」の要件を満たしていないと主張する。たしかに、文字通りに理解すれば、数回の競技会での出走を要件としているように読める。被申立人が示した本選考基準<2>は、作成者である本部長の証言によれば、数回の競技会出場を要件とするということにも、また一つの競技会で複数回走行すればすむということの両義に解することができるように作成されたものである。
本選考基準<2>が採択された2003年7月1日の時点では、日本代表候補選手が何名になるか、またそれらの選手が出場できる競技会がいくつになるかが決まっておらず、数回の競技会出場を代表選手に選考されるための要件とすることが可能かどうか分からない状況であった。本部長の上記証言はこの状況に合致したものである。これらの状況を前提とすると、複数競技会出場が可能になった段階で、数回の競技会出場が必須条件とされるように基準が確定したと断定することはできず、全ての代表候補選手が複数の競技会走行に出場しなければ代表選手資格を欠くとまではいえない。したがって、一つの競技会で複数回の走行をしたにとどまるAについて、複数の競技会に出場していないことをもって本選考基準<2>の要件を欠くものとまではいえない。
-
4. 選手は被申立人の指定した競技会に出場しなければならない義務があったかどうかについて検討する。
本選考基準<2>の文言から、選手は原則として指定された競技会に参加する義務があると考えられる。しかし、本選考基準<2>によって選手が参加すべき競技会は本部が指定することとされているので、本部または本部長の承認があれば、本部が決定した競技会を変更する指定がなされたことになり、本選考基準<2>の要件を満たすと考えられる。
本件において、Bは、2004年4月30日に本部が指定したリスボン大会を欠場して、ポズナム大会に出場したが、いずれも本部長の承認を得て行われているので、本選考基準<2>の要件を欠くということはできない。
なお、申立人はBの競技会の変更が合理的理由によるものではないと主張し、また出場する大会の変更は本部だけができるもので本部長には権限がないと主張する。この点、Bの競技会の変更申立てが虚偽の事由によるなど不公正な手段によってなされたと認められる場合には、本選考基準<8>に接触するものと考えられるところ、確かにBの競技会変更に関する手続には不自然な点がみられるが、虚偽の事由など不公正な手段によってなされたと断定するまでの証拠はない。また、被申立人の今回の代表選考方式が本部長の評価に強く依存していることを考えると、本部長は選手の出場する選考対象競技会を変更する権限を有していたと解される。
-
5. 選手と利害関係のある委員が選考委員会に加わっていたかどうかについて検討する。
選手と直接利害関係を有する委員は、選考委員会の選考には加わらないものとされ、現実に被申立人の「オリンピック等派遣人馬選考委員会規則」(乙18)によれば、派遣人馬選考委員会の委員等が、オリンピック競技大会馬術競技等の大会への出場を目的として活動している選手等と師弟関係になったときは委員を解嘱するとされている。しかしながら、Mはそもそも選考委員会の委員ではなく、また、本件決定のための選考委員会にも出席していないし、Mの作成した選手の評価書も選考委員会に提出されていない。
したがって、Mと選手との間の利害関係の有無に係わりなく、申立人の主張には理由がない。
-
6. 本件決定が、申立人を含む選手の成績(本選考基準<3>の「結果」が成績を意味することについては当事者間に争いはない。)を参考にしていないかどうかについて検討する。
アテネオリンピック派遣選手を決定するために2004年6月15日に開催された選考委員会の議事録(乙3)、選考委員会委員長および本部長の証言によれば、以下の事実が認められる。
- (1) 当日の選考委員会に提出されたものは、対象となった競技会のビデオテープおよびすべての競技会における参加選手の成績一覧表(乙19の1)、「障害馬術代表選手の選考について」および「選手選考について」と題する各書面である。
-
(2) 選考委員会では、対象となった競技会のビデオテープが映写され、本部長から天候、馬場、コースのレベル等各競技会の状況および各選手の状況について報告がなされた。各選手の報告の概要について報告書(乙2)が作成されている。
選考の過程は、まずA、Dの人馬についてレベルの高いローマ大会の内容から代表選手として決定され、次にCについて、若い馬のため能力的に未知数のところがあるが、参加した2回の競技会での好成績を考慮して代表選手に決定された。 -
(3) なお、申立人は、Cの馬がオリンピック参加資格条件である「2004年6月16日までに国際馬術連盟の定める人馬の最低能力基準を満たしていること。」の要件を満たしていない疑いがあると主張するので、この点について判断する。選考委員会議事録に、Cの参加したリスボン大会が国際馬術連盟の能力基準認定競技に指定され、能力基準を満たしたと記載されていること、本部長の作成したリスボン大会の報告書(乙20の3、20の20)に、ネーションズカップとグランプリでオリンピック最低出場基準を取得した旨の記載があることからCの馬は上記最低能力基準を満たしたものと認められ、これに反する証拠はない。
-
(4) 選考委員会では、その後、E、Fの馬は能力不足のため選考対象外とされ、G、Hについても馬の能力または状態について問題があることから選考の対象から外された。
-
(5) 残った申立人とBの馬についてはいずれも高い能力を有するが、いずれの選手にも問題があるとして検討協議がなされた。両選手の問題点としては、Bは2回の経路ミスが指摘され、技術的な欠陥ではないが緊張によって同じミスを繰り返すおそれがあるので、Bを選考する場合にはカウンセリング等による精神的対応を行う必要があるとされた。
申立人については、多くの障害で踏切りミスをしており、フォースターレベルでは通用してもオリンピックでは通用しないとされ、結論として、Bの経路ミスの予防は可能であろうが、申立人の踏切りミスは今から修正することは不可能であるとして、Bが代表選手に選出された。 -
(6) 以上の選考の経緯を検討すると、選考委員会では、本選考基準<5>、<6>に従って、馬の能力・状態を重視して検討がなされたことが推認され、同時に指定競技会での成績も考慮されて、まずA、C、Dの3選手が代表選手に選出されたということが推認される。残りの代表枠一つについて、申立人とBを対比する際には上記のとおり、主として両選手のミスについて検討がなされたが、両選手の競技会における成績が検討されたかどうか、必ずしも明らかでない。しかし、各競技会の成績が記載された書面(申立人は、乙19の1自体は提出されていないはずであると主張するが、少なくとも、申立人とBを含む選手については、その成績が選考委員会に提出されていたことは否定できない。)が選考委員会に提出され、Cについては成績上位者として3番目に代表選手に選出されている。また、本部長は、成績について平均減点を算出した表(乙7)(なお、乙7それ自体は選考委員会には提出されていない。)を作成し、一走行当たりの平均減点等を考慮した意見を述べたとされており、選考委員会において各選手の成績が参考にされたことは十分推認することができる。
よって、本部長は、選考基準<3>を無視して、指定された競技会の成績を参考にしないで、選考委員会に選手を推薦したということはできない。
-
7. 選考競技会の成績を参考にして評価すれば、申立人が代表選手に選考されるべきであったとの主張について検討する。
すでに上記6において述べたとおり、選考委員会の選考においては指定競技会の成績も参考にされたうえで上位3選手が代表選手に選出されている。そこで申立人とBの対比において指定競技会の成績が参考にされれば申立人が代表選手に選出されたかどうかについて検討する。
申立人とBは、いずれもリンツ大会に出場し、その後申立人はリスボン大会に出場し、Bはポズナム大会に出場した。異なる大会の成績を対比することは、大会のレベル、参加選手のレベル、障害設定の違いなどを考慮すれば公正妥当な評価をすることは専門家でも難しい問題と思われる。なお、過去の成績は今回の代表選考に当たっては、考慮されないことになっていたことは申立人も認めているので、過去の成績に関する申立人の主張は考慮しないこととする。
そのうえで、両選手の成績だけを検討してみると、両選手の出場したリンツ大会における成績は、ネーションズカップにおいてはBの方が良く、グランプリにおいては申立人の方が良かったと考えられ、一走行あたりの平均減点はBの方が少し良かったということができる。
また、競技のレベル等を無視してリスボン大会とポズナム大会における両選手の成績を対比すると、やはり、ネーションズカップにおいてはBの成績が良く、グランプリの成績は申立人の方が良かったように思われる。したがって、本選考基準に基づき指定競技会の成績を参考にして評価すれば、申立人が代表選手として選出されるべきであったとまでいうことはできず、選考委員会の自ら定めた基準に違反してまで決定をしているとまではいえない。
-
8. 本件決定は、事前に選手に公表されなかった選考基準によって評価されたものであるので、取り消されるべきであるとの主張について検討する。
本件決定のための選考基準については、本選考基準<1>から<4>は2003年7月1日に公表されたこと並びに本選考基準<5>から<8>および本部長視点<a>から<d>は公表されなかったことについては争いがない。
選考基準の一部だけが公表された場合に、公表されなかった選考基準による評価が取り消されるべきであるかどうかは極めて難しい問題であり、一律に判断されるべきものではないと考える。
この問題について先例となる機構の仲裁判断は存在しない。申立人は、2000年8月にローザンヌに本部を置くスポーツ仲裁裁判所(Court of Arbitration for Sport, CAS)が下したいわゆる甲選手事件(CAS 2000/A/278, 24 Oct. 2000)の仲裁判断において、公開されていないオリンピック選考基準に基づいてなされた国内スポーツ連盟(NF)の代表選手決定は取り消されるべきであるとの基準が示されていると主張するもののようであるが、同仲裁判断は申立てを棄却したものであって、むしろ公表されなかった選考基準による代表選手決定を認めたものである。
本スポーツ仲裁パネルは、公表されなかった選考基準によって評価がなされた場合に、未公表選考基準が選手に公表されていたとすれば異なった代表決定がなされていた蓋然性が高いといえるときは、当該決定を取り消すべきであると考えるものである。
このようなケースに該当するものとしては、未公表の選考基準が、極めて特異な選考基準であって選手がその基準を特に意識しなければ基準に合致することが困難であるような基準であることなどが考えられる。逆に、未公表の基準が一般的・普遍的な基準であって、当該基準が公表されなくても、選手は通常未公表の基準内容について注意することが期待されるときは、当該基準が未公表であることを理由として決定を取り消す必要はないと考えられる。このような場合には選考基準が未公表であっても、選手間に特段の不利益や不公平が生じることは考え難いからである。
本件において、未公表であった本選考基準<5>から<8>は、すでに述べたとおり、かなり抽象的な基準ではあるが、それ自体公表されたからといって選手の競技会における対応や練習方法等が変わるものとは考え難いものである。
視点<a>から<d>については、かなり具体的に技術的ポイントについて指摘がなされているが、これらの技術的ポイントは障害馬術にとって決して特異なものではなく、基本的な技術として認識されているものの中から選び抜かれたポイントということができる。申立人は、視点<a>から<d>以外にも重要なポイントがあることを指摘するが、前述したとおり、視点<a>から<d>について技術的なポイントとして特段の異議があるとは考えられない。
申立人は、踏切りについて本部長と意識的に話すことによって本部長の誤解を解くことができた可能性があり選考結果が変わった可能性があると主張するが、本件決定は、本部長が単独でなしたものではなく、選考委員会がなしたもので、踏切りの点については選考委員会でかなり議論されたことがうかがわれるものである。
以上から、視点<a>から<d>が公表されていても、本件決定が変わったとは考え難く、したがって視点が未公表であることを理由に、本件決定を取り消すべきであるということはできない。
以上の検討の結果、本スポーツ仲裁パネルは、本選考基準<5>から<8>および視点<a>から<d>が未公表であるからといって本件決定を取り消す理由にはならないと判断する。
-
9.
- (1) オリンピック大会への出場は多くのスポーツ選手にとって大きな夢であり、またそのために一流スポーツ選手は練習に明け暮れる毎日を送っている。日本政府はこのようなオリンピック大会の意義を認識して、日本オリンピック委員会に対して、選手・役員の渡航費ならびに滞在費の3分の2を国庫から補助し、また例年の選手強化費用の3分の2を負担している。このようなオリンピック大会の公的意義を踏まえれば、各競技団体が行っている代表選手選考は公平で透明性の高い方法で実施されなければならず、またスポーツ選手は、国民の一人として、合理的な基準を満たせばオリンピック大会に参加する権利をもつと考えなければならない。選手選考を委ねられた各国内スポーツ連盟はオリンピック大会の公的性格を踏まえて、「国の代行機関」として代表選手選考に当たっていることを深く自覚する必要がある。
この観点から本件の代表選手選考をながめると、前述のように当該選手選考基準および選考過程が著しく不合理だとはいえないとしても、いくつかの不適切な面があったことは否めない。 -
(2) まず、本件では、「本部が指定する2004年4月~6月中旬までのCSI、CSIO、CHIOに数回参加しなければならない」という代表選考の形式的要件は、「数回の走行」を要求されるものか、あるいは「数回の競技会への参加」を要求されるものかが代表候補選手にとって一義的に明瞭ではない。しかも、前述の<5>から<8>までの選考基準や、選考基準の適用において大きな役割を果たす<a>から<d>までの視点が公表されていなかった。
オリンピック大会の公的性格を踏まえれば、選考基準が明晰で分かりやすい形で公表されていなければならない。
選考基準の透明性の欠如は、たとえ候補選手からの問い合わせがなかったからといって許されるものではなく、本件紛争の重大な原因となった。この点について、被申立人は、「今後再考すべきものとは思料する」と述べている(被申立人「準備書面(2)」2頁) が、本スポーツ仲裁パネルは、被申立人に対して、今後は候補選手に対して、具体的に選考に影響を与える基準はすべて、明瞭に記述された形で公表するとともに、選考対象選手側から選考基準の運用について質問がある場合には十分な説明をするよう強く勧告する。 -
(3) 本件においては、本部長が選考対象人馬を<3>および<5>から<8>の基準により評価している。たしかに、評価の対象となる競技会における選考対象選手の飛越についてはビデオ記録が作成され、それが選考委員会において閲覧に供されており、一応の客観性は担保されている。しかしながら、選考基準の内容がいずれも評価者の主観的な判断に依存する要素が多いことを考えると、このような評価基準を用いる場合には、互いに独立した複数の評価者を用意することが望ましい。本件で問題になった障害馬術競技は団体競技とは言っても、個々人が別々に行う競技である以上、代表選手選考を実質的には本部長一人が全権をもって判断するという仕組みは、手続的公平性を欠くといわざるを得ない。実際には、ベルギー人コーチMが本部長を補佐したが、特定の候補選手と特別な利害関係をもつ者を公的性格をもつオリンピック代表選手の選考の一部に関与させたことは申立人の主張するごとく不適切だといわざるを得ない。被申立人は馬術界の「狭さ」を強調するが、コーチに迎える人材が数少ないとはいえ、代表候補選手の評価に当たる者が利害関係者以外から見つけられないということは到底考えられない。フェアプレーが要請されるスポーツにおいては、かかる不明朗さが指摘されてはならないことであり、この点について被申立人に対して強く改善を求めたい。
-
(4) 本件選考に当たった本部長の行動については、申立人により不適切な点が指摘されている。本スポーツ仲裁パネルは、これらの諸点についてその真偽を明らかにする立場にはないが、オリンピック大会代表選手を選考する国内スポーツ連盟の役員に対しては、いやしくもこのような非難が代表候補選手より発せられることがないよう求めたい。
-
(5) 総じて、日本馬術連盟および連盟関係者には、オリンピック大会代表選手選考という公的使命を遂行しているという意識に乏しく、シドニーオリンピック大会における代表選手選考方式を改善したと称する今回の代表選手選考方式は公平性、明晰性の点ではむしろ後退するものであった。今後の国際スポーツ大会への代表選手選考方式については、代表候補選手の不満ができる限り生じない新たな選考方式を作成するために、更に十分な研究を重ねることを望みたい。
-
10. 本件は、日本馬術連盟および連盟関係者が、オリンピック大会代表選手選考の公的な意味を弁えない意識で選考手続を遂行したことに起因しており、その点を明らかにしていれば、本件紛争は起こらなかったと考えることができる。本件申立によって、申立人は多額の弁護費用を支弁したことが予想されるが、スポーツ仲裁規則第44条第3項および第51条第4項に基づき、少なくとも申立料金5万円と申立人の弁護士費用の一部に当たる50万円は被申立人が負担するのが適当だと判断し、主文のとおり判断した。
第5.結 論
以上のことから主文のとおり判断する。
2004年7月14日
仲裁人:小寺 彰
竹之下 義弘
浦川 道太郎
仲裁地:東京都
以上は、仲裁判断の謄本である。
日本スポーツ仲裁機構 機構長 道垣内正人
※申立人等、個人の氏名はX等に置き換え、各当事者の住所については削除してあります。