仲 裁 判 断
日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2003-002
申立人: X
相手方: 財団法人日本オリンピック委員会
主 文
本件スポーツ仲裁パネルは次の通り判断する。
(1) 申立ての趣旨第1-1項及び第1-2項については棄却する。
(2) 申立ての趣旨第2項、第3項及び第4項についてはいずれも却下する。
理 由
1. 当事者の求めた仲裁判断
- (1) 申立人は、次のとおりの仲裁判断を求めた。
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1 2003テグ・ユニバーシアード、テコンドー競技の派遣人数を、役員2名を1名にし、選手を2名に増員してほしい
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2 このような不自然ともとれる決定となった発端ではないかともとれ、又、JOCは当初より「ユニバーシアード派遣に関して、全日本協会は一切関与させない」としながらも、全日本協会側に、JOC A会長が、B氏、C選手に関しては「JOC預かり」と発言したという、その根拠を明確にしてほしい。
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3 本件についての、日本スポーツ仲裁機構の決定、及びその決定に至るまでに調査された経緯、また、このような事態になった背景(紛争の概要)を、もう一度よく精査していただき、昨年12月より先延ばしにされており、テグ・ユニバーシアード後に結論を下すと、新聞等マスコミに発表している「加盟団体審査委員会」の、テコンドー団体についての決定の判断材料の一つとしてほしい。
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4 日本のテコンドー界の混乱は、過去に何回となく繰り返され、最近では本件の発端の原因となったD氏、E氏の対立である。ここに至る間、JOCはその対応窓口として、F事務局次長(現事務局長)、そしてG専務理事(現副会長)の2人が前面に出てきた。この両氏が、テコンドーをJOCの準加盟団体であるとの認識を持ち、将来も踏まえ、十分な対応をしていれば、本件はここまでに至らず、既に解決済みであったと思われる。両氏の責任も厳しく追及したい。
2003年8月18日の審問の場において、申立人は第1項の申立ての趣旨を次の2つの決定に対する申立てであると申立ての趣旨の変更を行った。
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1-1 相手方が2003年6月19日に2003年テグ夏季ユニバーシアード大会テコンドー競技日本代表選手をC選手1名のみとする決定を取り消す。
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1-2 相手方が2003年7月12日に2003年テグ夏季ユニバーシアード大会テコンドー競技日本代表役員をB及びHの2名とする決定を取り消す。
なお、申立ての趣旨第1-1項は、C選手を代表選手とすること自体を争うものではなく、代表選手を1名のみとする決定を争うとの趣旨である。 -
(2) これに対して、相手方は、申立ての趣旨の変更に異議を述べず、本件申立ての第1-1項,第1-2項及び第4項に対して申立ての棄却を求め、第2項及び第3項に対して申立てに対する答弁はしないと回答した。
なお、相手方は、第2項に対しては、「1の中でもふれているが両人が連合傘下の者であるか否かの確認と当時のテコンドー界の実態を調査し、理事会で一任された四者会談でテコンドー派遣の可否を含めた総合的な結論を出すための暫定的な措置として発言したものである。」、また、第3項については、「今後のことであるが、十分参考としたい。」との答弁をしている。 -
(3) 当事者双方は、2003年8月18日の審問の場において、申立ての趣旨第1-1項及び第1-2項については、申立ての期限に関する規則12条但書に基づき同条本文を適用しないことについて合意をした。
2. 仲裁手続の経緯
- (1) 申立人は日本スポーツ仲裁機構に対して2003年8月13日(以下、2003年については年を省略する場合がある)、1.記載の仲裁判断を求める仲裁申立てを行った。
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(2) 相手方は、6月19日理事会において、「財団法人日本オリンピック委員会の行う競技に関する決定に対する不服申立ては日本スポーツ仲裁機構のスポーツ仲裁規定に従ってなされる仲裁により解決されるものとする」旨を議決しているため、本仲裁申立ての日に申立人と相手方との間には、申立てに係る紛争をスポーツ仲裁パネルに付託する旨の合意がなされたものとみなされた(スポーツ仲裁規則(以下「規則」という)2条3項)。
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(3) 日本スポーツ仲裁機構は、8月13日、本仲裁手続を、規則50条1項に基づき、緊急仲裁手続によることと決定し、規則50条3項の規定に基づき、仲裁人として望月浩一郎を選任し、本スポーツ仲裁パネルが形成された。緊急仲裁手続とした理由は、2003年テグ夏季ユニバーシアード大会は8月21日から開催され、テコンドー競技も8月22日から開催される事情から緊急の仲裁決定が必要であると判断されたものである。
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(4) 相手方は、8月15日、答弁書を提出した。
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(5) 8月18日13時から16時頃まで、申立人並びに相手方I専務理事及びF事務局長出席のもと、審問が行われた。
3. 事案の概要(特に断りがない部分は当事者間に争いがない)
- (1) 当事者及び関係団体
- (ア) 相手方は、財団法人日本オリンピック委員会定款により設立された公益法人である。
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(イ) 申立人は、日本テコンドー連合競技力向上技術委員会委員長の職にあり、規則2条の「競技支援要員」である。
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(ウ) 日本国内においては、相手方の準加盟団体である「日本テコンドー連盟」が存したが、組織内対立から正常な組織運営が行えず、2002年第14回アジア競技大会テコンドー競技に選手派遣を行えなかった経過がある。その後、関係者間で正常化のための努力もあったが、現状でも対立は解消されていない。
本件紛争時点で、自らを日本におけるテコンドー競技団体と主張する団体としては、
- ・ 日本テコンドー連盟(以下「連盟」という)。
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「連盟」と相手方の準加盟団体であった「日本テコンドー連盟」(「連盟」との異動については当事者間で一致した認識がないので、以下「日本テコンドー連盟」という)との同一性については、申立人は争い、相手方は態度を保留すると主張する。連盟は相手方に対して、7月22日、同日付解散届出を提出したが、相手方はこれを相手方の準加盟団体であった「日本テコンドー連盟」の解散届出と扱うかについては取り扱いを保留している。
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・ 日本テコンドー連合(以下「連合」という、2002年12月8日設立)。
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・ 全日本テコンドー協会(以下「協会」という。6月18日に設立)。
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(2) 2003年テグ夏季ユニバーシアード大会
- (ア) 2003年テグ夏季ユニバーシアード大会(以下「本大会」という)は8月21日から31日までの日程において韓国テグおいて開催される予定であり、夏季ユニバーシアード大会で初めてテコンドーが競技種目の一つとして採用された。テコンドー競技日程は、8月22日から26日を予定しており、テコンドー競技選手及び役員は8月20日に韓国へ出発する予定である。本大会組織委員会に対するテコンドー競技選手役員の登録期限は、
・ 各競技種目の選手数及び役員数については5月21日、
・ 各競技種目の選手及び役員の氏名については7月21日、
であり、7月21日以降の登録変更は認められていない。但し、既登録の選手役員を事実上派遣しないという取り扱いは可能である。 -
(イ) 本大会に派遣するテコンドー競技日本代表選手(以下「代表選手」という)及び同競技役員(以下「役員」という)の選任は、相手方が行う権限を有し、選手をCとし、役員をB及びHの2名とする決定をした。選手及び役員決定に至る経過の概要は次のとおりである。
- <1> 上記のとおりテコンドー競技における相手方準加盟団体である「日本テコンドー連盟」が正常に機能していない状態の中で、相手方は、当時、実態として存した「連盟」及び「連合」の両団体に対して、5月9日、本大会テコンドー競技に代表選手を派遣することを前提として、派遣選手候補名簿の提出を求めた。
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<2> 「連合」及び「連盟」は相手方に対し、5月14日、「連合」は10選手の、「連盟」は8選手の各代表選手候補名簿を提出した。
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<3> 「連合」及び「連盟」は相手方に対し、5月16日、「第22回ユニバーシアード競技大会(テグ)テコンドー競技日本代表選手選考方法について」との表題で「標記の件については、先般当方の意見、希望はお伝え致しましたが、最終的には貴会の定めた選考方法に異議はありません」との「誓約書」を提出している。
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<4> 相手方は、5月28日、I専務理事、同J選手強化本部長(以下「J本部長」という)、K常務理事、L常務理事、及び、F事務局長の合議で、テコンドー競技の選手及び役員候補者の選考手続(以下「内定手続」という)について、I専務理事に一任をした。
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<5> I専務理事は、6月2日、代表選手をC1名とする旨の内定をし、同時に派遣する役員を1名とすることを内定した。相手方は「連合」及び「連盟」に対して、同日、その旨を通知し、かつ、「連合」に対しては、役員候補者を至急推薦するように要請をした。
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<6> 「連合」は、当初Bを役員として推薦する意向で、Bに対し受諾を打診した。Cは大阪産業大学テコンドー部に所属し、Bは同大学テコンドー部監督という関係にある。しかしながら、Bから「連合」に対する役員受諾の回答は、6月18日時点でなかった。
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<7> 「連合」は相手方に対して、6月19日、H(大東文化大学テコンドー部コーチ)を監督として相手方へ推薦し、相手方は、同日、Hを役員候補と内定した。
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<8> Hは相手方事務局長に6月19日、電話連絡をした。電話連絡の趣旨は、Hは役員として決定された旨の連絡をうけていないものの、予定されていた本大会派遣手続(パスポートの点検、選手のドーピングテスト、選手団公式服装の採寸などの手続)が6月20日であったことから、6月20日の本大会派遣手続が行えるかの確認であった。F事務局長はHに対して、6月20日に派遣手続会場で手続をとることを指示した。
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<9> 相手方は、6月19日の理事会において次の決定をした。
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第1は、本大会テコンドー競技については、選手としてC1名を代表選手とすること及び役員を1名(氏名については確定をしていない)とすることである。
第2は、本大会の選手団編成をA会長、I専務理事、J本部長、及び、M本大会日本代表選手団長(5月1日の相手方理事会で選出)の4名の合議(以下「四者会議」という)に委任をすることである。
理事会が四者会議に対して、本大会の選手団編成を委任をした事情は、本大会組織委員会への最終登録期限は7月21日であるが、次回理事会は、最終登録期限後の7月24日に予定されていたことにある。 -
<10> 相手方は、6月上旬、Cが所属する大阪府テコンドー協会が「連合」を脱退した旨の情報に接した。相手方は大阪府テコンドー協会に対し、口頭をもって、7月7日上記情報の真偽を確かめるべく照会をしたところ、次のとおり回答があった
【大阪府テコンドー協会の回答】
大阪府テコンドー協会は、7月8日付「当協会と日本テコンドー「連合」との関係について照会依頼についての回答」との書面をもって、大阪府テコンドー協会は「連合」に対して、6月10日付で「連合」を脱会する旨の届出をしたことを回答した。
【Bの回答】
Bは、7月8日付「御回答」との書面をもって、大阪府テコンドー協会の専務理事、選手強化委員長の役職にあり、大阪府テコンドー協会が「連合」に対して、6月10日付で「連合」を脱会する旨の届出をしたことに伴い、「協会」に所属している旨の回答をした。
【Cの回答】
Cは、7月8日付「御回答」との書面をもって、大阪府テコンドー協会に所属しており、大阪府テコンドー協会が「連合」に対して、6月10日付で「連合」を脱会する旨の届出をしたことに伴い、「協会」に所属している旨の回答をした。 -
<11> HはCに対して、6月19日に、翌20日に本大会派遣手続に行う旨を伝えたが、Cは、相手方からの直接の連絡がないので、6月20日に本大会派遣手続には参加しない旨を回答した。
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<12> Hは、6月20日、本大会派遣手続会場に行ったが、Cが来なかったため、本大会派遣手続は行わなかった。
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<13> 相手方は四者会議で、7月12日、すでに理事会で決定をされている、本大会テコンドー競技については、第1に、代表選手をC1名とし、第2に、役員を1名とする、との決定の内、第2の決定について、役員を2名とする旨変更し、2名の役員をB、Hの両名とすることを決定し、その内容は7月14日、C、B及びHに告知された。
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(ウ) 本大会に派遣される日本選手団の選手役員などの構成は次のとおりである。
4.判断の理由
- (1) 申立ての趣旨第1-1項について
- (ア) Cを本大会代表選手とした相手方の理事会決定は、6月19日になされ、同日、効力を生じた。本仲裁申立ては、決定後6週間以上を経過しているが、当事者間で、仲裁申立期間制限に関して規則12条但書の合意がある。
本代表決定の内容は、Cを本大会代表選手とし、かつ、「連合」及び「連盟」が推薦をした代表選手候補18名の内Cを除く17名に対して本大会代表選手としないとする複合的な決定であることについて、当事者間に争いはない。
したがって、申立人が、相手方の本代表選手決定を不服とし、Cのみならず、代表選手候補18名の中からもう1名を選手として派遣すべきであるとの趣旨で、「『連合』及び『連盟』が推薦をした代表選手候補18名の内Cを除く17名に対して本大会代表選手としないとする」との部分に対して取り消しを求める申立ての趣旨第1-1項は仲裁判断の対象となる(申立手続に違法はない)。 -
(イ) 申立人の理由とするところは、代表選手をCと決定したことについては、過去の国際大会などにおける実績を基準として判断するならば相当な選考であることを認めるものの、本大会代表選手を決めるために、選考会を開催したならば、C選手に匹敵する代表選手候補は確定できたのであるから、相手方が選考会を開催しないまま、代表選手をC1名としたことは、代表選手選考についての相手方の裁量権を逸脱しており、違法である、というにある。
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(ウ) 相手方は、代表選手を決定するについて、常に相手方が選考会を開催しなければならない義務を負うものではないと主張する。
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(エ) 本件全証拠に照らすも、本大会代表選手決定について、相手方が選考会を開催しなければならない義務を負うものではなく、テコンドー競技団体が正常化していない事情の下で、相手方が、過去の国際大会などにおける実績を基準として、6月19日に本大会代表選手をC1名とした決定は、代表選手の選任に関する相手方の有する裁量権を逸脱したとは認められない。
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(オ) 以上のことから申立ての趣旨第1-1について主文(1)の通り判断する。
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(2) 申立ての趣旨第1-2項について
(ア) 申立人の主張
申立ての趣旨第2項は、「相手方が2003年7月12日に2003年テグ夏季ユニバーシアード大会テコンドー競技日本代表役員をB及びHの2名とした決定を取り消す」という内容であり、申立人が取消しを求める理由は要旨次の2点である。
- ・ 第1点は、本大会派遣の選手と役員との比率は、少なくとも役員数は選手数以下であるという明文上または慣習上の規定があるところ、役員2名を派遣するとの決定はこの規定に反している、
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・ 第2点は、選手と役員と併せて3名の派遣枠があるのであれば、選手を2名派遣すべきであり、派遣する代表選手数以上の役員を派遣する合理的理由がない、
というにある。
なお、申立人は、B及びHのいずれかあるいは両名が、役員として不適格であるという理由から取消しを求めているものではないと主張する。
(イ) 相手方の主張
相手方の主張は次のとおりである(以下は、答弁書における相手方の主張の引用である)。
「財団法人日本オリンピック委員会(以下「JOC」という)の準加盟団体である日本テコンドー連盟(以下「連盟」という)は、その設立以来何回となく内紛を起こし、最近では昨年の春、会長(D)派、理事長(E)派に分裂し、その対立が激化、双方が相手方を除名処分にしたとし、自派の正当性を主張、連盟と称する団体が2つとなり、互いに独自の活動を行うという異常事態に陥った。
この様な状況からJOCは両団体に対し釜山アジア大会に派遣するための条件を提示、 これをクリアーしない場合は派遣を取り止めると通告した。
しかしながら両団体とも一向に歩み寄りを見せず、その結果釜山アジア大会の派遣は取り止めとなった。
その後テコンドー関係者は、このままの状態では2003年8月のテグ・ユニバーシアード、そして2004年のアテネ五輪の派遣取り止めになるのでは、と憂慮し、両団体から5名ずつの実務者で構成する実務協議会を設置、これらの者により真の「国内統括団体」設立に向け協議に入った。その結果、昨12月8日「日本テコンドー連合」(以下「連合」という)が設立され、会長にD氏が就任、JOCにもその報告書が提出された。しかし、理事長派は、この実務協議会は会長派主導のもと一方的に設けられたものであり、協議会そのものが無効であるとの立場に一転した。
JOCとしては、正規の手続きを経て、国内唯一の統括団体としての連合が設立されたと連合側が主張するものの、現実理事長派の連盟に加盟している都道府県の団体や選手が存在しているとの情報も得ており、新たに設立されたとする連合の実態をも調査し、その上でJOC準加盟問題の結論を出すこととした。
この様な状況の中、テグ・ユニバー(8月21日開会)も間近に迫ってきた。JOCでは連日厳しい練習に耐えオリンピック等国際大会を目指している選手の立場を思うと、釜山アジア大会に続き国際舞台への道を閉ざすことは出来ないと判断、両団体が派閥を超えて希望すればJOC主導で選手をテグ・ユニバーに派遣することを決断した。本来であれば予選会等を開催し、選手を選考するところであるが、エントリー時期も迫っていることからJOCは両団体に候補選手の推薦を依頼、連合から10名、連盟から8名の選手が推薦された。更にJOCは両団体からJOCの定めた選考方法に異議は挟まない、との誓約書も提出させた。
上記の手続を経てJOCでは計18名の選手の過去の戦歴とテグ・ユニバー日本代表選手団編成方針を基に慎重に選考した結果、連合から推薦されたC(大阪産業大学3年)ひとりを候補選手に決定、その旨両団体に通知し、連合には監督又はコーチ1名をも推薦するよう併記した。連合はこの通知を受け監督としてH(大東文化大学テコンドー部コーチ)をJOCへ推薦した。
しかし、その後の調査により候補選手推薦時には連合加盟団体であった、C選手の所属の大阪府テコンドー協会が連合を脱退し、新たに設立されたとする全日本テコンドー協会に加盟したことが判明した。
そこでJOCではすでにテグ・ユニバーの選手団編成についての最終決定を理事会で一任されている会長、専務理事、選手強化本部長そして日本代表選手団長の4者で善後策を協議の結果、大阪産業大学テコンドー部監督B氏(大阪府テコンドー協会専務理事)を前出のH氏に加えて役員として追加することを決定した。
この処置、即ち役員を1名追加したことはテコンドー界の現状を総合的に判断し、C選手がより好条件下のもと戦えるよう配慮したものであり、加えて別紙2の誓約書からも両団体は異議をとなえることはできないことである。
なお、テグ・ユニバーの選手エントリーはすでに終了していることから本件申立てにかかわらず選手、役員を問わずその変更や追加エントリーは不可能である。
よって選手を追加することはできない。」
(ウ) 本スポーツ仲裁パネルの判断
- <1> Cを本大会代表選手とした相手方の四者会議の決定は、7月12日になされ、同日、効力を生じ、7月14日にH及びB両名に対して告知されている。本仲裁申立ては、8月13日に申し立てられたものであり、競技者(本件においてはH及びBの両名となる)が申立ての対象となっている競技団体の決定を知った日から4週間を経過しているが、前記のとおり、本仲裁手続においては、当事者間で、仲裁申立期間制限に関して規則12条但書の合意があり、申立ての趣旨第1-2項は仲裁判断の対象となる(申立手続に違法はない)。
- <2> 相手方において、派遣する選手数と役員数との関係について、明確な規定は存在しない。本大会及び2002年、2001年ユニバーシアード大会の全種目において役員数と選手数との関係は、2003年テコンドー競技を除き、役員数は代表選手数より少ないという原則的な関係は認められ、これは慣行として選手役員選考の基準となっていると解する余地がある。しかしながら、仮に慣行として効果を認めるとしても、いかなる例外も認めることなく、選手数よりも役員数が多いことは許されないという基準とまでは認められない。これは、過去においても、
- ・ 1992年バルセロナオリンピックにおいて近代五種選手1名に対して役員2名を派遣し、
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・ 1998年バンコクアジア大会においては、馬術選手12名に対してエキストラを含む役員19名を派遣し、
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・ 2000年シドニーオリンピックでは、柔道選手選手14名に対して役員15名を派遣した、
例があることからも明らかである。
なお、オリンピックにおいては、選手数と役員数との関係(種目別ではなく国別の総数である)では、役員数は選手数の2分の1以下とするルールはある。
-
<3> そこで、本件における具体的な状況を前提とした上で、相手方において、6月2日に、選手1名、役員1名を派遣する決定をしているにもかかわらず、改めて7月14日に派遣役員を2名とし、その2名としてB及びHを決定したことについて、派遣権限を有する相手方の判断に裁量権の逸脱があるか否かについて判断する。
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<4> 派遣役員は、派遣選手の力量を十二分に発揮できる人材とすることが望まれる。この視点から「連合」自身が当初第1候補とした検討した役員候補はBである。
- <5> ところが、かねてから、「連合」と「連盟」との組織問題、さらにその後は「協会」を含めたテコンドー協議団体の組織問題がある中で、大阪府テコンドー協会は、「連合」を6月10日付をもって脱退し、同日付をもって「協会」に加盟したと回答し、また、C及びBは大阪府テコンドー協会に所属しており、「連合」とは関係が無くなった旨を回答している。このような状況下で、Bは「連合」からの役員推薦について受諾の意思表示をしなかったため、「連合」はHを役員候補として推薦したものである。
-
<6> 以上の通り、
- ・ Cを代表選手として派遣する上で、本大会において選手の実力を十分に発揮する役員候補としてはBであることについて申立人及び相手方の認識が一致している事情、
-
・ 相手方が「連合」に対して役員候補の推薦を求め、かつ、「連合」がHを役員候補として推薦し、テコンドー競技団体の間で組織問題が存する事情、
を踏まえるならば、選手の実力を発揮するための配慮と、テコンドー競技団体間の組織問題を複雑化させることを避ける配慮の結果、7月14日に派遣役員を2名とし、その2名としてB及びHを決定したことについて、派遣権限を有する相手方の決定は役員を選任する裁量権を逸脱したとは認められない。
(エ) 以上のことから申立ての趣旨第1-2について主文(1)の通り判断する。 -
(3) 申立ての趣旨第2項、第3項及び第4項について
- (ア) 日本スポーツ仲裁機構の仲裁判断は、スポーツ競技またはその運営に関して競技団体またはその機関がした決定を対象とするものである(規則2条)。
-
(イ) 申立ての趣旨第2項、第3項及び第4項は、それぞれ「根拠を明確にしてほしい」、「『加盟団体審査委員会』の、テコンドー団体についての決定の判断材料の一つとしてほしい」、「両氏の責任も厳しく追及したい」という内容である。
-
(ウ) 本スポーツ仲裁パネルは申立人に対し、審問において、日本スポーツ仲裁機構規約の趣旨を説明し、申立ての趣旨を適法な内容と変更する意思があるならば変更するように促した。
また、本スポーツ仲裁パネルは、緊急仲裁手続で審理され、審問が行われた日は本大会初日まで3日しかないという状況下にあり、短期間で仲裁決定をしなければならない状況下にあるため、申立ての趣旨の再検討に時間を要するならば、一旦請求の趣旨第2項、第3項及び第4項の部分について取り下げた上で、規則と適合する内容での再構成をした上での再申立てをすることを勧告した。
しかしながら、申立人は、当初の申立ての趣旨を変更する意思も、取り下げる意思もないとして、申立ての趣旨第2項、第3項及び第4項についての判断を求めた。 -
(エ) 以上の審理経過を踏まえて判断する。申立ての趣旨第2項、第3項及び第4項は、相手方の決定に対する紛争でないことは明白であるので不適法であり、仲裁判断の対象とはならない。
よって、申立ての趣旨第2項、第3項及び第4項は却下する。
2003年8月18日
仲裁人: 望月浩一郎
以上は、仲裁判断の謄本である。
日本スポーツ仲裁機構機構長 道垣内正人
※申立人等、個人の氏名はX等に置き換え、各当事者の住所については削除してあります。