仲裁判断

仲 裁 判 断
日本スポーツ仲裁機構
JSAA-DP-2012-001
仲裁判断
申立人:公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構
申立人代理人:弁護士 辻居 幸一
弁護士 水沼 淳
弁護士 松野 仁彦
被申立人:Y
被申立代理人:弁護士 望月 浩一郎
弁護士 大橋 卓生

主 文
1 申立人の請求をいずれも棄却する。
2 申立料金5万円は、申立人の負担とする。

理 由
第1 当事者の求めた仲裁判断
  1 申立人の求めた仲裁判断
    申立人は、以下のとおりの仲裁判断を求めた。
    (1)日本ドーピング防止規律パネル2012-002事件について、日本ドーピング防止規律パネルが2012年6月4日にした決定を全部取り消す。
    (2)日本ドーピング防止規程(以下「JADA規程」という。)10.3.1項に基づき、被申立人を2年間の資格停止とする。
    (3)日本ドーピング防止規程9条に基づき、2012年全日本自転車競技選手権大会ロード・レース(以下「本競技会」という。)における被申立人の成績は失効する。
    (4)仲裁費用は被申立人の負担とする。
  2 被申立人の求めた仲裁判断
    被申立人は、以下のとおりの仲裁判断を求めた。
    (1)申立人の請求をいずれも棄却する。
    (2)仲裁費用は申立人の負担とする。

第2 手続の経過
  別紙1記載のとおり。

第3 事案の概要
 本件は、別紙1、1.記載の原決定に対して、申立人が、JADA規程13.2.2項及び日本スポーツ仲裁機構「ドーピング紛争に関するスポーツ仲裁規則」15条、16条に基づいて、別紙1、2.記載のとおり仲裁申立てをした事案である。
  • 1 原決定の要旨
     原決定は、別紙2に記載のとおりであり、被申立人についてJADA規程が定めるドーピング防止規則違反行為が成立するかにつき、JADA規程2.3項にいう「本規則において認められた通告を受けた後に」の要件を充足するかどうかが問題であるとした。
     その上で、原決定は、競技者への通告は、「抽出された競技者への通告を開始したとき」から「競技者がドーピング・コントロール・ステーションに到着し、又はADOが競技者の不遵守に気づいた時」まで一定時間継続するものであるとの前提に立ち、JADA規程2.3項における有効な「通告」がなされたというためには、世界ドーピング防止規程の「検査に関する国際基準」に定められた「通告」の要件を充たす必要があるが、本件においては、①検体採取のため出頭要請される競技者のリストが記載された「CONTROLE ANTITDOPAGE/ANTI-DOPING EXAMINATION」と題する書面には、検査に関する国際基準5.4.1条に列挙された通知すべき事項のうちほとんどが記載されておらず、「『当該競技者が検体採取を受ける必要があること』が競技者に十分に通知されているとはいえない」こと、②本競技会で参加者に配布されたコミュニケ(以下「本コミュニケ」という。)(甲第3号証)の2頁目には、「本大会のアンチドーピング検査は、JADA規定ならびにUCIアンチ・ドーピング検査規則に従って実施する。」とあるものの、その具体的な内容の引用はなく、本競技会において、「競技における失格者もくじ引きの結果検査対象者となりうることが周知徹底されていたとは言いがたいから、UCIアンチドーピング検査規則や自転車競技連盟競技規則の規定には依拠することはできない」こと、③検査に関する国際基準5.4.1条f)は、「ドーピング・コントロール・ステーションの位置」を通知すべき事項に掲げているが、本コミュニケには、「検査は、主催者が指定する場所で、JADA車両を使用し実施する。」と定めるだけで、JADA車両の位置は記載しておらず、シャペロンが待機している場所の記載もないこと、等を挙げて、本件において、被申立人につきJADA規程2.3項に定めるドーピング防止規則違反があったとは認められないと判断し、別紙1、1.記載のとおりの決定をした。
  • 2 判断の前提となる事実
     両当事者間に争いのない事実、及び証拠により認められる事実は、以下のとおりである。
    1. 被申立人は、2009年に、現在所属するクラブチームであるAに加入し、翌2010年に、財団法人日本自転車競技連盟(以下「JCF」という。)の傘下で ある一般社団法人全日本実業団自転車競技連盟(以下「JBCF」という。)のレースに参加するため、JCFに選手登録した。
       被申立人が、選手登録して以降、現在に至るまで、JCFや申立人より、アンチ・ドーピングに関する研修等を義務付けられたことはない。
    2. 被申立人は、2010年中、JBCF主催の8レース等に参加したが、いずれもドーピング検査は実施されなかった。また、2011年には、JBCF主催の17レース等に参加したが、いずれもドーピング検査は実施されなかった。
       被申立人は、2011年6月に、JCFが主催する「全日本自転車競技ロード・レース2011」に参加し、同大会において、ドーピング検査が実施された。被申立人は、4周目で途中失格となった。
    3. 被申立人は、2012年4月28日から同月29日にかけて岩手県八幡平市八幡平温泉郷岩手山パノラマラインコースを会場として開催されたJCFが主催する本競技会に参加した。
       本競技会の実施要項(甲2号証)の3枚目「テクニカルガイド」には、「UCI/JCFアンチドーピング規則・WADA/JADA規程が適用される。」との記載がある。
    4. 被申立人は、2012年4月12日、本競技会への参加申込をし、同月28日に本競技会参加の受付においてプログラムとゼッケン「66」を受領した。
       続いて、被申立人は、ライダーズ・ミーティングに出席し、ドーピング・コントロール・オフィサー(DCO)であるBからドーピングに関する説明を受けた。
       Bは、参加者に配布されていた本コミュニケに記載された内容に沿って、ドーピング検査に関する説明を行った。本コミュニケの2頁目には、「アンチドーピング検査」と題したうえで、「1.本大会のアンチドーピング検査は、JADA規定ならびにUCIアンチドーピング検査規則に従って実施する.」、「3.検査対象競技者は、検査室ならびフィニッシュライン近くに掲示する.自分が検査対象者になっているかどうかは、競技者自身の責任で確認すること.」「5.検査対象に選ばれた競技者は、可及的速やかに、レース終了後30分以内に出頭しなければならない.」等の記載がある。
    5. 2012年4月29日午前8時に、被申立人が参加した「男子エリート」の競技がスタートしたが、スタート間もなく、被申立人は落車し、失格(DNF)となった。その後、被申立人はレース終了を待たずに、帰宅の途に着いた。
    6. 本競技会の「男子エリート(ME)」カテゴリーのドーピング検査対象者は、優勝者と、くじ引きにより選出する2名の合計3名であったところ、くじ引きの結果、被申立人が検査対象者の一人として選出され、午後2時29分ころ、JADA検査車両、フィニッシュ地点、コミュニティボードの3箇所に、検査対象者のゼッケン番号を記載した掲示(甲第8号証。以下「本掲示」という。)がなされた。
       本掲示には、表題として「CONTROLE ANTIDOPAGE ANTI-DOPING EXAMINATION」と記載され、「EPREUVE/RACE 2012年全日本自転車競技選手権大会ロードレース」「DATE/DATE 4月29日」「男子エリート」「nemeros de dossard des autres coureurs other riders’ race numbers no 134 no 66」等の記載があるが、検査対象者が何をなすべきか等についての記載はない。
    7. DCOは、被申立人の所属チームのチームメイトに対し、被申立人が検査対象者として選出された旨を告知し、被申立人を会場に呼び戻すために、チームメイトを通じ携帯電話等を用いた連絡を試みたが、被申立人は会場に戻らず、その後、午後5時20分頃にドーピング検査は打ち切られた。
  • 3 申立人の主張
    1. 通告の有無について
      (1)JADA規程2.3項の「本規則において認められた通告」の解釈につき、検査に関する国際基準5.3.5条は、「ADO、DCO又はシャペロンは、スポーツ/競技会/トレーニング期間等の特有の事情や問題となる状況を考慮して、抽出された競技者の居場所を確定し、通告の方法及び時期を計画する。」と規定していることから、本件では、国際自転車競技連合が定める競技規則の一部であるUCIアンチ・ドーピング規則及び本競技会の主催者であるJCFの競技規則の一部である第23章「アンチドーピング・コントロール」等の規定(以下「JCFドーピング防止規則」という。)が適用される。そして、UCIアンチ・ドーピング規則やJCFドーピング防止規則には、掲示によって検査対象者の告知を行うこと、競技を棄権した競技者も含めた全競技者に対して出頭要請の有無について確認する義務が課されること、各競技者は、検査対象者リストが掲示してある場所、シャペロンが待機している場所、ドーピング・コントロール施設のいずれかに行く義務があること等が規定されている。
      (2)また、①本競技会の実施要項には、「UCI/JCFアンチドーピング規則・WADA/JADA規程が適用される。」との記載があること、②被申立人は本競技会に先立って行われたライダーズ・ミーティングにおいて、「本大会のアンチドーピング検査は、JADA規定ならびにUCIアンチドーピング検査規則に従って実施する」旨、「検査は、主催者が指定する場所で、JADA車両を使用し実施する」旨、及び、「検査対象に選ばれた競技者は、可及的速やかに、レース終了後30分以内に出頭しなければならない」旨が記載されているコミュニケを受領し、Bからドーピング検査対象者の掲示場所及びドーピング検査室の場所、摂取医薬品リストの提出等について説明を受けたこと、及び③競技者登録証の裏面の誓約書に、「私は、UCIおよび日本自転車競技連盟の規則を順守し、UCI又は日本自転車競技連盟が行う薬物および血液テストに応じることを誓います。」との誓約及び署名欄が設けられており、被申立人もこれに署名し、上記の事項を誓約していること等から、被申立人に対しては、JADA規程、UCIアンチ・ドーピング規則及びJCFドーピング防止規則が適用され、また、そのことは被申立人に事前に通知され、被申立人もこれを理解して誓約の上、本競技会に参加したものである。
    2. 原決定の判断理由①について
        検査に関する国際基準5.4.1条は、「初期接触が実行された際」に競技者に通知すべき事項を規定したものであって、初期接触の前に全ての事項を告知する義務を定めたものではなく、本件においても、UCIアンチ・ドーピング規則及びJCFドーピング防止規則に従い競技者が出頭すれば、DCO及び/又はシャペロンが、競技者に対して、検査に関する国際基準の5.4.1条の内容を通知することが予定されていたのであるから、本掲示自体が、検査に関する国際基準が定める「通告」の要件を全て満たす必要はない。
        JADA規程2.3項が規定する「通告」と、検査に関する国際基準5.4.1条が規定する「通告」は異なる趣旨を有しており、具体的実施方法が異なることを妨げられない。
        したがって、原決定の判断理由①は誤りである。
    3. 原決定の判断理由②について
        本競技会に参加した競技者が、UCIの競技規則及びJCFの競技規則の適用を受けることは当然であるところ、競技者の認識の有無は、その適用に影響を与えるものでないから、原決定の判断理由②は誤りである。
    4. 原決定の判断理由③について
        本競技会の実施要領、本競技会のプログラム、及び、ライダーズ・ミーティングにおけるBによる説明から、被申立人を含む本競技会参加者に対しては、ドーピング・コントロール施設の位置が告知されていたと認められるから、原決定の判断理由③は誤りである。
    4 被申立人の主張
    1. 申立人の重要事実を告知していないこと
      (1) 本件において、申立人は、被申立人に対して、検査対象者にレースの途中失格者も含まれること、及び、競技者は、レース途中で失格した場合でもレース終了後まで会場に留まり、検査対象者に該当するか否かを確認しなければならず、これを怠って競技会場を離れた後、ドーピング検査対象者となった場合には、ドーピング検査を拒否したものとして原則2年間の出場停止処分が下されること、を事前に告知していない。
        UCIアンチ・ドーピング規則やJCFドーピング防止規則が定めるところの競技者の確認義務(出頭要請の有無について確認し、検査対象者リストが掲示してある場所、シャペロンが待機している場所、ドーピング・コントロール施設のいずれかに行く義務)は、競技者が、自らが検査対象者になりうることを知っているとの前提があって成立する。
        また、本競技会のように、参加者のレベルに差がある場合は、失格や棄権の選手であってもドーピング検査の対象者となりうること等を明確に情報提供する必要がある。本競技会で、JADA規程2.3項の「本規則において認められた通告」がなされたと認められるためには、途中失格や棄権選手であってもドーピング検査対象者となりうることのほか、ドーピング検査対象者の掲示の場所・時間に関する情報や、ドーピング検査を受けるための出頭の場所・時間に関する情報も明示される必要があった。
        上記のような明示すべき情報の告知を欠いた状態で、本掲示がなされたとしても、JADA規程2.3項にいう「通告」は成立していない。上記のような明示すべき情報の告知を欠いた状態で、本掲示がなされたとしても、JADA規程2.3項にいう「通告」は成立していない。
      (2) 走行距離が長い(100km以上)自転車のロード・レースにおいて、途中失格した選手がレースの終了を待たずに帰宅してしまうことは、よくあることである。自転車のロード・レースでは、競技時間が長いため、トップから一定時間遅れることにより、失格・棄権(DNF)となるというルールがあるが、途中で失格・棄権となった選手が、レース終了を見届けることなく競技会場から去ることは珍しくない。とりわけ、市民レーサーは、レース開始後、早い時間に失格・棄権(DNF)になることが多いが、これらの者の大半は、失格・棄権(DNF)の者であってもドーピング検査対象者となりうることを知らず、レース終了を待たずに帰路に就いていたのが実情である。
        本競技会は、トップ選手のみならず、市民レーサーが参加する大会であり、被申立人も市民レーサーの一人であった。被申立人は、他の市民レーサー同様、失格・棄権(DNF)の者がドーピング検査対象者となることを知らなかった。
    2. 被申立人自らが、JADA規程2.3項「本規則において認められた通告を受けた」といえる十分な情報を「知るべき義務」はないこと
        申立人による説明が不十分である場合に、参加競技者たる被申立人が説明の対象たる情報を自ら知るべき義務はない。
        申立人は、日本においてアンチ・ドーピング活動を行う専門組織であるが、参加選手に対して、自らが検査対象者となりうるという情報、どこに、いつドーピング検査対象者の掲示がされるかという情報、及びドーピング検査を受けるために何時までに、どこに出頭すべきかという情報を提供した上で、ドーピング検査制度を実施することが、申立人のアンチ・ドーピング活動の理念に資するものであり、UCIアンチ・ドーピング検査規則やJCFドーピング防止規則がホームページ上にアップされているからといって、少なくとも被申立人のような市民レーサーが、申立人が提供すべき上記情報を自ら「知るべき義務」はない。
    3. 被申立人は意図的に検体採取を「回避」したものではないこと
        JADA規程2.3項の「回避」は競技者の意図的行為に基づくとされているところ、被申立人は、検査対象者にレースの途中失格者も含まれること等の重要な事実を申立人が告知しなかったことによって、失格者がドーピング検査の対象となることを認識できなかったものであり、意図的に検体の採取を回避したものではないから、JADA規程2.3項違反は成立しない。

    第4 争点に関する本件スポーツ仲裁パネルの判断
    • 1 本競技会に適用されるべき規則等
      1. 本競技会に適用されるべき規則
          本競技会におけるドーピング検査には、実施要項等に記載があるとおり、世界ドーピング防止規程(以下「WADA規程」という。)及びJADA規程、ならびにUCIアンチ・ドーピング規則及びJCFドーピング防止規則が適用される。
          JADA規程は、「WADA規程に基づくJADAの責務に沿って、(中略)採択され、実施される」(JADA規程序論・序文)ものである。したがって、JADA規程は、WADA規程に反する内容を定めるものではなく、また、JADA規程の解釈にあたっては、WADA規程の解釈が参考となる。
          また、UCIアンチ・ドーピング規則は、概説において、UCI理事会がWADA規程を受け入れ、これを同規則に組み入れることを決定した旨を明示していることからすれば、同規則は、競技の特性に応じて、個別の競技に即した規則を定めるものであるが、WADA規程に矛盾する内容を定めるものではないことは明らかである。また、JCFドーピング防止規則も、99条において、WADA規程、JADA規程に基づいて自転車競技のドーピング検査が実施される場合に、これらの規程を補完する内容を定めたものであることを明らかにしており、UCIアンチ・ドーピング規則同様、WADA規程及びJADA規程に矛盾する内容を定めるものではない。
      2. JADA規程2.3項について
          申立人は、被申立人について、JADA規程2.3項に違反する行為があったと主張する。
          JADA規程2.3項は、「本規則において認められた通告を受けた後に、やむを得ない理由によることなく検体の採取を拒否し若しくは検体の採取を行わず、又はその他の手段で検体の採取を回避すること」がドーピング防止規則に対する違反となる旨定めているところ、まず、同項の解釈が問題となる。
          WADA規程2.3項が、JADA規程2.3項と同内容について、「Refusing or failing without compelling justification to submit to Sample collection after notification as authorized in applicable anti-doping rules, or otherwise evading Sample collection」と規定していることからすれば、JADA規程2.3項は、前段において、通告があったにもかかわらず、検体の採取を拒否し、あるいは、行わない行為(以下「検査拒否」という。)を、後段において、検体の採取を回避する行為(以下「検査回避」という。)を定めているものと解される。
          WADA規程2.3項に付された「解説」によれば、検査拒否は意図的な又は過誤による行為に基づくが、検査回避行為は意図的な行為に基づくとしており、過誤による検査回避はドーピング違反行為とはならない旨が示されている。
    • 2 被申立人のドーピング違反行為の成否
      • 1. 本件における検査拒否の成否に関する争点
          本件において、当事者間に争いがあるのは、被申立人による検査拒否があったと言いうるための前提として、被申立人に対して有効な「通告」がなされたかどうかである。
      • 2. 通告の意義
        (1)検査に関する国際基準
         JADA規程上、「通告」の定義はないが、JADA規程5.3項には「JADA及び国内競技連盟により実施される検査は、その時点で有効な検査に関する国際基準に実質的に適合した形で実施される」と定められている。
          2009年版の「検査に関する国際基準」は、
        • 「5.3.1 例外を除き、事前通告無しが検体採取における通告方法である。」
        • 「5.4.1 初期接触が実行された際、ADO、DCO又はシャペロンは、競技者及び/又は第三者(第5.3.8条に従い必要とされた場合)に対して、以下の事項が通知されるようにする。     
           (中略)
           e) 以下の要請を含む競技者の責務
            ⅰ.DCO/シャペロンによる本人への最初の通告の時点から、検体採取手続が完了するまで常時DCO/シャペロンの直接の監視下に置かれること
            ⅱ.第5.3.4条に従い本人確認を行うこと
            ⅲ.検体採取手続に従うこと
            ⅳ.正当な理由による遅延を除き、第5.4.4条に従って決定されたとおり、可能な限り速やかにドーピング・コントロール・ステーションへ到着すること。」
        • 「5.4.2 本人に接触した際、DCO/シャペロンは:
           a) この時点から、競技者の検体採取セッションが終了し、ドーピングコントロール・ステーションを退出するまで、競技者を常時監視下に置いておくこと。  (以下略)」
        と規定している。
        (2)UCIアンチ・ドーピング規則及びJCFドーピング防止規則
          他方、UCIアンチ・ドーピング規則は、
        • 「177 いずれの競技者(競技を棄権した競技者を含む)も、競技後に検査を受けるよう選定されるかもしれないことを承知していなければならない。そして、以下のパラグラフの中で明記されるように、検体採取のために出頭することを要求されるかいなかにかかわらず、個人的に保証することについて責任がある。競技者が万一、彼がフィニッシュラインを越えた後10分以内にシャペロンにより通知されなかった場合、その競技者は、検体採取のために出頭することを要求された競技者のリストが掲示される場所またはドーピング・コントロール施設の場所を突き止め、そこに行かなければならない。シャペロンによる通知のないことは、競技者が適切な時間にドーピング・コントロール施設に出頭しないことを容赦するものではない。」
        と規定している。
          また、JCFドーピング防止規則は、
          「22.(8)
        •   いずれの競技者(競技を棄権した競技者を含む)も、競技後に自分が検査を受けるよう選定されるかもしれないことを承知していなければならない。そして、以下に明記されるように、検体採取のために出頭することを要求されるかいなかにかかわらず、個人的に保証することについて責任がある。
            競技者が万一、彼がフィニッシュラインを越えた後10 分以内にシャペロンにより通知されなかった場合、その競技者は、検体採取のために出頭することを要求された競技者のリストが掲示される場所またはドーピング・コントロール施設の場所を突き止め、そこに行かなければならない。
            レースを棄権した競技者は直ちにドーピング・コントロール施設に行かなければならない。シャペロンによる通知のないことは、競技者が適切な時間にドーピング・コントロール施設に出頭しないことを容赦するものではない。」
          「22.(11)
        •   集団スタート・ロード・レースの場合、主催者およびドーピング・コントロール・オフィサーは、検体採取に出頭要請される競技者のリストも、フィニッシュ・ラインならびにドーピング・コントロール施設の入口の直近に、優勝者がフィニッシュする前に掲示することを、確実にしなければならない。競技者は、レースのフィニッシュまたは棄権の直後に、競技者に通知するためにシャペロンが待機している場所を確認し、そこに行かなければならない。競技者がフィニッシュライン通過後10 分以内にシャペロンにより通知されなかった場合、競技者は直ちに、リストが掲示してある場所を確認して行くか、あるいはドーピング・コントロール施設に行かなければならない。シャペロンにより通知されないことは、競技者が適切な時間にドーピング・コントロール施設に出頭しないことを容赦するものではない。」
        と規定している。
          これらの規定によれば、自転車競技におけるドーピング検査の「通告」は必ずしもDCO又はシャペロンが競技者に直接接触することを前提としたものではなく、検体採取に出頭要請される競技者のリストの掲示(以下「検査対象者の掲示」という。)を以って、「通告」とする旨の内容が定められているといえる。
        (3)競技団体による「通告」に関する定めとWADA規程・JADA規程との関係
          ドーピング検査の方法については、各競技連盟等の競技団体が競技の特性等を踏まえて、WADA規程あるいはJADA規程の趣旨に反しない範囲で、検査に関する国際基準に記載されていない内容のドーピング検査に関する規定を設けること自体は否定されるべきものではない。
          もっとも、検査に関する国際基準5.1条が、「競技者の居場所を特定するための合理的試みが行われること」等を目的として、競技者への通告について規定していることに鑑みれば、そうした各競技団体が定める「通告」に関する規定の内容及び「通告」に関する規定の実際の運用は、検査対象となる競技者との関係で、合理性を有していなければならないといえる。
          そして、各競技団体が定める「通告」についての規定の内容・運用が合理性を有するというためには、少なくとも、競技者において、そのような通告方法が採用されており、自らが何をしなければならないかを具体的に理解していた、あるいは、理解することが合理的に期待されていたことが認められなければならないというべきである。ある競技者がそのような通告方法を理解し、あるいは、理解することが合理的に期待されていたとはいえないような状況で、検査対象者の掲示がなされた場合には、少なくとも当該競技者との関係では、検査に関する国際基準5.1条がいう「競技者の居場所を特定するための合理的な試み」がなされたとは言いがたい。
      • 3. 通告の有効性の判断
          検査対象者の掲示を以って有効な通告があったといえるかどうかは、当該通告方法の内容、それが規定されている理由や事情、当該通告方法の周知の程度、競技会における競技者に対する具体的な説明内容・方法、当事者が通告内容を知りうる機会の有無等の諸事項を総合的に勘案して、当該競技者との関係において個別具体的に判断すべきである。
        (1)「通告」に係る規定について
        • (a)具体的な規程の内容
            上記のように、自転車競技におけるドーピング検査の「通告」については、UCIアンチ・ドーピング規則177条及びJCFドーピング防止規則22.(8)条等が規定している。これらの規定に基づく「通告」は、DCOやシャペロンが競技者に直接接触するために能動的に行動するのではなく、競技者に対して出頭義務を課す内容となっており、JADA規程やWADA規程が定める「通告」に比すれば、競技者に対して負担の重い内容となっている。しかし、競技が広域にわたって実施されるというロード・レース競技の態様に鑑みれば、このような通告方法自体が許されないというわけではなく、このような通知方法が広く競技者に周知徹底されている場合や、個々の競技者が通知方法や個々の通知内容を理解する機会を有していた場合等、競技者がそうした通告方法を現に理解し、又は、理解することが合理的に期待されるのであれば、有効な通告方法であると認めて差支えない。
            なお、UCIアンチ・ドーピング規則は、374条まである規則であり、JCFドーピング防止規則は独立した規定ではなく、JCFの競技規則の一部として規定されている。これらの規則を読んで、各競技者が、競技者に出頭義務があること、かかる義務は、棄権又は失格となった競技者にも課せられることを競技者が理解するためには、相当入念にこれらの規則を確認する必要がある。
        • (b)周知の程度
            UCIアンチ・ドーピング規則177条及びJCFドーピング防止規則22.(8)条に定める通告方法、より具体的には、棄権・失格した競技者であっても自ら検査対象者を確認するために出頭する義務があること、が競技者にどの程度周知されていたといえるかについては、申立人と被申立人の主張が対立しているが、証拠より次の事実が認められる。      
           ・被申立人は、自身が出場したロードレース等において、自己が棄権又は失格となった後、同じく棄権又は失格となった選手が、レース終了を待たずに帰路に着く光景を幾度となく目にしたこと。(乙11号証及び本人尋問の結果)
           ・本競技会においても、被申立人が帰宅しようとした際に駐車場で、帰宅しようとしていた他の選手を複数見かけ、また、コース脇の補給場所で、周囲の人間に「もう帰りますね。」と告げている選手を見かけたこと。(本人尋問の結果)
           ・もう一人の検査対象者であるCは、レース終了後に、自ら出頭しておらず、選手ピット(選手が休憩・待機する場所)の一つである「焼走り交流村駐車場」において休息しているところをDCOの一人に発見され、15時23分に検査対象者の通告を受けていること。
            これらのことから、競技者に出頭義務があること、かかる義務は、棄権又は失格となった選手にも課せられること等が競技者に周知徹底されていたとは言いがたかったことが指摘できる。
            このように規則の内容が広く競技者に知られていたとはいえない状況において、出頭義務の存在を認識するためには、出頭義務について具体的な説明を受けるか(この点については後述する)、競技者が自らUCIアンチ・ドーピング規則やJCFドーピング防止規則を確認し理解する必要があるが、(a)で述べたように、規則を読んで、各競技者が、競技者に出頭義務があること、かかる義務は、棄権又は失格となった競技者にも課せられることを競技者が理解するためには、相当入念にこれらの規則を確認する必要があるし、その内容自体も決して一般の人にとって分かりやすいものとはいえない。全ての競技者がそうした規則を入念に確認し、その内容を理解する義務を負うとすることは合理的とはいえない(なお、本コミュニケでは、「JADA規定ならびにUCIアンチドーピング検査規則に従って実施する」とされているが、正確には、「JADA規程ならびにUCIアンチ・ドーピング規則」であると思われる)。
            なお、棄権者や失格者のレース終了前の帰宅の実態に関し、仲裁パネルのJCFへの照会に対するJCFの2012年9月11日付け回答書は、ロードレースにおける途中帰宅者の人数・比率について「通常ロードレース会場は公道など屋外であり、選手以外の者との区別も困難で、正確なデータはない」としており、JCFでは途中帰宅者の人数を把握していなかった事実が窺われる。同回答書には「全国レヴェルの大会では・・・大方の選手がレース終了まで残っている」との記載もあるが、もともとのデータがないとしている上に、本競技会がこれに該当すると考えているかどうかも明らかでないため、JCFの回答書を以って、競技者に出頭義務があること、かかる義務は、棄権又は失格となった選手にも課せられることが広く競技者に周知されていたことを示す証拠として採用することはできない。
        (2)本競技会におけるドーピング検査の実施について
        • (a)ライダーズ・ミーティングにおける説明
            2012年4月28日に実施されたライダーズ・ミーティングでなされた説明内容についての認識は、申立人と被申立人との間で若干の相違がある。
            申立人は、本競技会のDCOであったBが、コミュニケ(甲3号証)に記載された内容に沿って、
            ・役員本部の近くの「大会関係車両駐車場」の側にJADA車両があること
            ・本競技会においては、JADA検査車両、フィニッシュ地点の側に加え、表彰エリアのコミュニティボードにも、ドーピング検査対象者の掲示が行われること
            ・最終回に入った鐘の合図のタイミングで掲示すること 
            ・参加者は必ず検査対象者を確認すること
          等を説明したとする(甲27号証)。
            他方、被申立人は、Bより説明がなされたのは、
            ・摂取している医薬品があれば、摂取医薬品リストに記載し、レース前に提出すること
            ・ドーピング検査を実施すること
            ・検査対象者はレース終了後に発表すること
            ・その発表方法は、ドーピング検査の車の横とその他数箇所に掲示する形で行われること
          等の事項であると主張する(乙11号証)。
            被申立人が自己に提供されたと認識している情報のみからは、棄権者や失格者も検査対象者になりえ、これらの者も、棄権後あるいは失格後も、会場に残って、検査対象者の発表を待たなければならないという事項は、明確には知りえない。
            本コミュニケの2頁目には、「自分が検査対象になっているかどうかは、競技者自身の責任で確認すること」との記載がある。このような本コミュニケにおける記載に加え、仮に、申立人が主張するように、Bが「参加者は必ず検査対象者を確認するよう」説明していたとしても、かかる記載や説明から直ちに、棄権者や失格者も検査対象者となりうるということが、競技者に対し明確に伝わるとは言いがたい。
        • (b)本競技会の当日の情報提供
            棄権者や失格者がレース終了を待たずに帰宅しないよう注意する看板が設置されている等、競技者が通告の実施前に帰宅することを避けるための情報提供がなされていたという事情は見当たらない。
            以上からすれば、本競技会においては、競技者に対して、ドーピング検査の通告方法や、競技者がなすべき行為を理解せしめるに足りる情報提供は行われていなかったといえる。
            なお、本競技会の主催者であるJCFは、棄権者・失格者もドーピング検査の対象となること、したがって、棄権、失格した場合でも最後まで残って検査対象者の掲示を確認することについて、本競技会の実施にあたり、その募集要項や前日のライダーズ・ミーティングにおいて明示すること(事実として棄権者や失格者の途中帰宅が多いとすればそのことを強調すること)や、本競技会当日に競技者に対して注意を促すことは容易であったと考えられる。実際、本競技会後である2012年9月13日に開催されたJBCF主催の「経済産業大臣旗ロードチャンピオンシップ」で競技者に配布されたコミュニケには、
            A.検査に関する競技者の責任:本大会に参加する競技者は自らの責任で、自身が検査対象者になっているかどうかの確認を行なってください。具体的には、何らかの事情でシャペロンからの通知がされなかったり、あるいは掲示がされなかった場合にでも、自らの責任で検査室に出向き、自身が検査の対象になっているかどうかの確認をしてください。
            B.検査対象選手:検査対象選手は、出走した選手全員が対象となります。仮に何らかの理由で競技を中止した場合でも、競技終了まぢかに対象選手を掲示しますので、それまでは帰宅しないようご協力ください。
          という記載がある。
        (3)被申立人の認識の程度、競技環境について
        • (a)被申立人の競技歴
            被申立人は、JCFに登録してから未だ2年ほどしか経っておらず、また、2011年に開催された全日本自転車競技ロード・レース2011において、4周目で失格になり、その翌年に実施された本競技会においても、2周目で周回遅れにより失格となっており、競技レベルは決して高いとは言いがたい。
            その上、被申立人がJCFに登録した後、JCFあるいは申立人より、アンチドーピング研修が義務付けられたようなことはなかった。
          (b)被申立人の競技環境
            被申立人は、Aに所属しているが、本競技会には、同チームより4名の選手が出場しているものの、いずれの選手もDNFで失格となっており、入賞はおろか、完走した者もいないことから分かるとおり、チーム全体の競技レベルも高いとは言えない。
            入賞者を出す確率の高いチームや完走することが一般的なメンバーからなるチームであれば、相対的に、ドーピング検査に何らかの形で関与する機会も多いと言え、チームとしてもドーピング検査についての教育に力を入れるものと考えられる。これに対し、失格という結果で終わることが多く、およそ優勝することが不可能なチームにおいては、所属選手がドーピング検査を受ける機会もほとんどないことから、チームとしての教育活動を行う動機づけに欠け、ドーピング検査に関する教育の実施を期待することは難しい。
            さらには、先にも述べたように、被申立人は、自身が出場したロードレース等において、自己が棄権又は失格となった後、同じく棄権又は失格となった選手が、レース終了を待たずに帰路に着く光景を幾度となく目にしたと主張しており、このことに特段の疑問を抱くことはなかったことが窺われる。(本人尋問の結果)
          (c)以上のように、被申立人の競技歴や、被申立人がJCFに選手登録した後の、ドーピング検査に関する知見を得る機会の有無、頻度等を考慮すれば、被申立人が、積極的に知見を得ようとしない限り、被申立人が、ドーピング検査の概要等については理解できたとしても、競技者に出頭義務があること、かかる義務は、棄権又は失格となった競技者にも課せられることを理解することは困難である。
        (4)以上の次第であるから、被申立人が置かれた状況等を鑑みると、被申立人が本競技会における通告の方法を実際に理解していたとはいえず、また、被申立人に対し、かかる事項を理解することが合理的に期待されていたとは認められない。

          以上からすれば、UCIアンチ・ドーピング規則及びJCFドーピング防止規則自体は自転車競技の特性に応じた通告方法を採用しており、一概にJADA規程やWADA規程、検査に関する国際基準に反するとはいえないものの、かかるルールが競技者に対して広く周知されていたとはいえず、かつ、本競技会における競技者に対する説明は不十分であったと言わざるをえないのであり、さらに、被申立人が本競技会において採用された通告方法及び、自己がなすべき行動について、現に知り、あるいは、知ることが合理的に期待されていたと認めるに足りる具体的な事情も存在しないのであるから、本競技会において被申立人に対して行われた通告方法について、検査に関する国際基準5.1条にいう「競技者の居場所を特定するための合理的な試みが行われること」等の目的に適合した合理性を有する通告であったと評価することはできない。したがって、被申立人に対するJADA規程2.3項が定める有効な通告があったとはいえない以上、被申立人による検査拒否があったとはいえない。
      • 4. 検査回避の成否
          本件において、被申立人は、失格・棄権(DNF)の者がドーピング検査対象者となることを知らなかったことから、レース終了後の本掲示を確認することなく、自己が検査対象者であることを知ったときは既に帰路に着いていたがために、検査対象者であったにもかかわらず、検体の採取を応じることができなかったのであるから、意図的に検体の採取を回避したとまでは言えず、検査回避は成立しない(JADA規程2.3項、WADA規程2.3項及び同解説)。
      • 5. 小括
          よって、被申立人にJADA規程2.3項のドーピング違反行為が成立するとは言えず、規律パネルの決定を取り消す理由がない。
第5.結論
以上の次第であるから、申立人の請求をいずれも棄却し、申立料金5万円は、申立人の負担とすることとする。
よって、仲裁パネルは主文のとおり判断する。
仲裁地 東京都
2012年11月2日
スポーツ仲裁パネル
仲裁人 水 戸 重 之
仲裁人 溜 箭 将 之
仲裁人 森 下 哲 朗
以上は、仲裁判断の謄本である。
日本スポーツ仲裁機構
機構長 道垣内正人
別紙1「手続の経過」
※申立人等、個人の氏名はアルファベットに置き換え、各当事者の住所については削除してあります。


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