仲裁判断

仲裁判断(2012年3月16日公開)
仲裁判断の骨子(2012年2月27日公開)

仲裁判断

仲 裁 判 断
一般財団法人日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2011-003
申 立 人 :X
申立人代理人 :弁護士 白井久明
   同  :弁護士 大橋卓生
被 申 立 人:社団法人日本ボート協会
被申立人代理人:弁護士 竹之下義弘
   同 :弁護士 鈴木仁

主 文
1.被申立人が行った2012年ロンドン五輪大会アジア大陸予選会の男子軽量級ダブルスカル(LM2X)日本代表クルーの内定(2011年11月24日内定、2011年11月29日発表)を取り消す。
2.申立人のその余の請求を棄却する。
3.申立料金5万円は、被申立人の負担とする。

理 由
第1 当事者の求めた仲裁判断
1 申立人は以下のとおりの仲裁判断を求めた。
  • (1)被申立人が行った、2012年ロンドンオリンピック・アジア大陸予選の男子軽量級ダブルスカル(LM2X)日本代表クルーの内定(決定)を取り消す。
  • (2)(主位的請求として)
    被申立人は、2011(平成23)年11月21日から同月25日に開催された男子軽量級ダブルスカル日本代表の最終選考合宿における参加選手全員のタイムを公開したうえで、平均タイム上位2名を2012年ロンドンオリンピック・アジア大陸予選の男子軽量級ダブルスカル(LM2X)日本代表クルーとして内定(決定)せよ。
    (予備的請求として)
    • ① 被申立人は、速やかに、男子軽量級ダブルスカル(LM2X)日本代表クルーとして内定したAとBの組と最終選考合宿招待選手の上位者である申立人とCの組のマッチレースを行い、勝者となった組を2012年ロンドンオリンピック・アジア大陸予選の男子軽量級ダブルスカル(LM2X)日本代表クルーとして内定(決定)せよ。
    • もしくは
    • ② 被申立人は、速やかに、最終選考合宿招待選手6名による男子軽量級ダブルスカル日本代表の最終選考をやり直し、参加選手の成績を削除することなく、上位2名を2012年ロンドンオリンピック・アジア大陸予選の男子軽量級ダブルスカル(LM2X)日本代表クルーとして内定(決定)せよ。
  • (3)仲裁費用(申立料金を含む。)は、被申立人の負担とする。
2 被申立人は以下のとおりの仲裁判断を求めた。
  • (1)申立人の請求をいずれも棄却する。
  • (2)申立費用は申立人の負担とする。


第2 事実の概要
 本件は、被申立人が、2012年ロンドンオリンピック・アジア大陸予選の男子軽量級ダブルスカル(LM2X)日本代表クルーを決定するに当たり、2011年11月21日から同月25日にかけて行った最終選考合宿において、同合宿に招集された申立人を含む6名の選手で最終選考を行い、そのうち2名の選手を代表として決定したが、申立人はこの代表に選ばれず補漕(補欠)とされたところ、申立人が、被申立人に対し、この選考の方法は著しく不公正な方法によるものであるとして、同内定を取り消し、新たに代表2名の内定(決定)を求めたものである。

第3 判断の前提となる事実
 両当事者間に争いのない事実、及び証拠により容易に認められる事実は、以下のとおりである。
1 申立人について
 申立人は、ボート競技の選手であり、国内では、全日本選手権男子シングルスカルで11回優勝し、国際大会では、アトランタ、シドニー、アテネ及び北京の各オリンピックに出場し、シドニー及びアテネオリンピックでは軽量級ダブルスカルで6位入賞を果たすなど、日本におけるボート競技の第一人者であり、軽量級ダブルスカルで、ロンドンオリンピック出場を目指す者である。
2 被申立人について
 被申立人は、ボート競技の国内競技団体である。
3 被申立人の軽量級ダブルスカル代表クルー選考に至る経過
  • (1)被申立人は、2011年10月、ドイツ人ヘッドコーチとの契約を合意解約し、Dをヘッドコーチに任命した。
  • (2)2011年10月17日、被申立人は、「Crew JAPAN 2012年に向けた取組み方針」(以下「取組方針」という。)を発表し、ロンドンオリンピックで行われるボート競技への出場に向けて、取組種目とそのアジア大陸予選に出場するクルーの選考方法を明らかにし、男女軽量級ダブルスカル(LM2X)については、2011年度「Crew JAPAN」メンバー(シニア及びU23)及び2011年度活躍した選手の中からヘッドコーチが選出した選手を選考合宿に招集し、クルーの選考を行うことを明らかにした。また、同日、被申立人は、強化委員会名で「軽量級ダブルスカルクルー選考要領」(以下「選考要領」という。)を発表し、取組方針と選考要領は、いずれも被申立人のホームページ上で公表された。
    「取組方針」によれば、2012 年度の最大取組目標はロンドン五輪出場とされ、男女軽量級ダブルスカルの五輪本戦での達成目標は8位以内(入賞)、活動予定として2011 年10月24日から28日に第一次選考合宿、2011年11月21日から25日に最終選考合宿を行うとされていた。
    また、「選考要領」では、第一次選考合宿招集候補者の選考条件が示され、この選考条件に基づき、男子軽量級ダブルスカルクルー候補者として申立人を含む14名が選定され、その後2名が追加された。
  • (3)2011年10月24日から28日に第一次選考合宿が実施され、申立人を含む男子選手14名が同合宿に参加した。
    2011年10月24日、最初に行われた全体ミーティングにおいて選考の手順が発表され、10月25日の午前中にエルゴテストを行い、10月26日の午前中に2000m乗艇タイムトライアルを、10月27日の午前中に6000m乗艇タイムトライアルを行うこととされた。
    これに従って第一次選考が実施され、その結果、2011年10月28日、被申立人は、最終選考合宿進出者を、申立人、C、B、A、E、Fの6名の各選手と発表した。
  • (4)2011年11月4日、被申立人の強化委員会は、「軽量級ダブルスカルクルー最終選考要領」(以下「最終選考要領」という。)を発表し、これを被申立人のホームページに掲載した。
    最終選考合宿招集選手は、申立人、C、B、A、E、Fの6名の各選手であった。
    最終選考要領によれば、最終選考合宿スケジュールは、11月21日から同月25日までとなっており、ダブルスカル3艇の1500mシートレースを11月22日午前に4回、11月23日午前に4回、11月24日午前に2回の合計10回行うことになっていた。このシートレースは、6人総当たりで整調とバウを入れ替えた10通りの組み合わせで行うもので、3艇のシートの組み合わせはくじ引きで決定することとされ、あらかじめ定められたシート組み合わせ表に従ってレースを行い、選手ごとのシートレース結果を集計するとされていた。
    また、このシートレースにおいては、1日4本の1500mレースで安定した出力をキープするため、ストロークレートが以下のとおりと指定された。
    「静止スタートから最初の5本まで レート制限なし
    6本目以降ゴールまで 指定レート=SR30」
    そして、最終選考要領には、選考の詳細条件が、以下のとおり記載されていた。
    • 「① 体重制限:男子74.0kg以下、女子60.5kg以下 (シートレース実施日の朝7時00分に、NTC食堂にて体重計測。体重オーバーの者は、シートレース除外とする)。
    • ② 良く体調を管理し、心身ともに健全な状態で、全てのシートレースに参加すること。
    • ③ ストロークレート、オール仕様及びリギング値等は、別紙―3記載要件に従うこと。
    • ④ オアズマンシップに則り、全てのシートレースで全力を尽くすこと。
    • ⑤ 上記①~④のルールに抵触した選手は、選考除外とする。
    • ⑥ 上記⑤項により、選考除外者が発生した場合、 除外者の相方選手は1X艇に乗艇してシートレースに継続参加する。
    • ⑦ 女子クルーは5名によるシートレースとなるため、端数の1名は1X艇に乗艇してシートレースに参加する。
    • ⑧ 1X艇でシートレースに参加した場合、1X艇計測記録に1X→2XのBoat time係数比:0.92465を乗じて、2X艇記録に換算して集計する。
    • ⑨ 上記の通り、シートレース中に1X艇を使用する事に備えるため、全ての選手は1X自艇を合宿に持参する。 艇は14kg以上とする(艇重量計測実施予定)。
    • ⑩ シートレースに於けるレート指定、リギング条件等については、別紙―3(レート及びリギング条件)記載の通り。
    • ⑪ シートレース中のリギング作業に際し、選手1名に対してリギング補助者1名の同伴を認める。
    • ⑫ シートレース組合せ及び記録集計要領は別紙−4(シートレース組合せ及び記録集計表)に記載の通り。選手名による組合せは、11月21日の全体ミーティング時にくじ引きで決定する。」
  • (5)最終選考合宿の初日である2011年11月21日の午前、被申立人の強化委員会は、全体ミーティングを行い、最終選考要領を説明して、組み合わせのくじ引きを行うとともに、10レースを実施して個人の平均タイムを算出し、その上位2名を代表クルーとし、次点1名を補漕とすると説明した。
  • (6)2011年11月22日午前、最終選考のシートレースとして第1レースから第4レースまでが実施された。
  • (7)2011年11月23日午前、最終選考のシートレースとして第5レースから第8レースまでが実施された。
    なお、同日行われた第7レースにおいて、E選手とA選手のペアが他の2艇から大きく引き離されて最下位となった。
  • (8)被申立人強化委員会は、2011年11月23日夕方に行われたミーティングにおいて、「シートレースペナルティーと代表クルー2名の決定について」と題する書面を参加選手に配布し、この書面のとおり説明した。
     同書面には、指定レートオーバーに対するペナルティーに関する事項、シートレース結果から代表クルー2名を決定する方法に関する事項、プレーオフシートレースの実施要領に関する事項が記載されていた。
    すなわち、指定レートオーバーに対するペナルティーについては、「レートオーバーに対しては、レートコントロール担当のコーチより以下の手順でレートコントロール指示を発し、レートオーバーを継続するクルーに対して「警告」を発する。」とされ、その手順として「レート30.5以上のレートについてレーン番号をコール」「下がらない場合は、再度コール」「2回のコールでも下げず、且つレート31以上のレートで漕ぎ続けるクルーに対して「警告」を発する。」とし、これに対するペナルティーとして「警告を受けたクルーに対し、警告1回につき、当該レースのタイムについて1秒のペナルティーを付加する。」と記載されていた。
    また、シートレース結果から代表クルー2名を決定する方法については、「シートレースは、予定した1500m10本全ての結果を集計し、平均タイムにより上位2名を代表クルーとして指名する。平均タイムの評価はヘッドコーチが行う。但し、2位と3位が「僅差」の場合は、11月24日の第10レースの後に、プレーオフシートレースを行い、勝者を2位とする。」と記載されていた。そして、僅差については「平均タイムにして、0.4秒以内の差を僅差として判定する。」と記載されていた。
    プレーオフシートレースの実施要領については、「11月24日の第10レース終了後、10本のレース結果を直ちに集計し、2位と3位が僅差の場合に実施する。」「プレーオフシートレースは、シートレース上位4名にて2X艇2艇を用いて以実施する。レースは1500mレースで行う。1本目漕いだ後、クルーを変更し2本目を実施する。レース結果は両者の2本の平均タイムで比較し、平均タイムの速いほうを勝者とする。尚、このタイム差が前述規定の僅差以内であっても速い方を勝者とする。」と記載されていた。
  • (9)2011年11月24日午前、最終選考シートレースの第9レース及び第10レースが実施された。
  • (10)第10レース終了後、C、申立人、B、Aの4名の各選手による追加レース2レースが実施された。
  • (11)2011年11月24日夕方、被申立人強化委員会は、全体ミーティングにて、代表クルーをA、Bの2名の選手とし、申立人は補漕(補欠)とする旨発表したが、この際、シートレースの記録は公開せず、選考経過を説明しなかった。
  • (12)申立人は、上記全体ミーティングの後、強化委員会との間で行われた個別面談において、強化委員会に対し選考結果の経緯、理由を問いただしたが、強化委員会は、「イレギュラーが起こった。その理由についてはプライバシーにかかわるからいえない。」と説明した。
  • (13)2011年11月26日、申立人の要望により、再度、強化委員会との間で面談が行われ、Dヘッドコーチ、G強化委員長、H強化委員の3名が申立人と面会し、申立人に対し、シートレース全記録及び集計・評価結果の資料を示して、選考の経過が説明された。
     ここで示された資料によれば、シートレース全10レースの平均タイムは、C、A、申立人、B、F、Eの各選手の順であり、2位A選手と3位申立人との差は0.08秒であった。また、追加2レースの平均タイムは、申立人、B、C、Aの各選手の順であった。
     選考経過については、おおむね以下のとおりの説明がなされた。
    「追加レースを含めた選考レースが全て終了した後に協議し、第7レースにおいてE選手とA選手のペアのタイムが異常に遅く、その理由について、E選手が「第6レースゴール後のC選手等の発言により委縮し、本来の力を出せなかった」と申告したので、イレギュラーがあったものと判断し、第7レースだけでなく、すべてのレースからE選手の関わる全レースを削除して選考することした結果、1位A、2位B、3位申立人、4位C、5位Fの順となり、さらに念のため、5位F選手を外して上位4人での結果を確認したところ、1位B、2位A、3位申立人、4位Cの順となったが、いずれも2位と3位との差は僅差にあたらないため、代表はA及びB、補漕は申立人と決定した。」
  • (14)2011年12月13日、申立人の要望により、申立人及びC選手に対する説明が行われ、被申立人から、Dヘッドコーチ、G強化委員長、H強化委員、I副会長、J理事長、K監事の6名が出席して、改めて上記と同様の説明がなされた。


第4 仲裁手続の経過
 別紙仲裁手続の経過のとおりである。

第5 争点
1 最終選考として行われたシートレースの第7レースにおいて、選考要領に記載されていないイレギュラーな事態が発生したか。
2 第7レースでイレギュラーな事態が発生した場合、それに対処するために被申立人が特定選手の漕いだクルーの全記録を除外して選考したことが許されるか。また、そのような方法による選考は、著しく合理性を欠くものといえるか。
3 その他

第6 争点に関する本件スポーツ仲裁パネルの判断
1 判断の基準について
 競技団体の決定の効力が争われたスポーツ仲裁における仲裁判断基準として、一般財団法人日本スポーツ仲裁機構の仲裁判断の先例によれば、
 「競技団体(被申立人もその一つである)については、その運営に一定の自律性が認められ、その限度において仲裁機関は、競技団体の決定を尊重しなければならない。仲裁機関としては、1)競技団体の決定がその制定した規則に違反している場合、2)規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、3)決定に至る手続に瑕疵がある場合、または4)競技団体の制定した規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合において、それを取り消すことができると解すべきである。」
 と判断されており、本件スポーツ仲裁パネルも基本的にこの基準が妥当であると考える。
 よって、本件においても、上記基準に基づき判断する。

2 争点1について
  • (1)本件決定がなされた経緯について
    被申立人は、本件決定がなされた経緯について、以下のとおりと主張している。
    • ア 2011年11月23日に行われた第7レースにおいて、E選手とA選手のペアが他の2艇から大きく引き離されたが、同日のレース終了後Dヘッドコーチが選手全員と個別面談をした際、E選手から、第6レース終了後の申立人とC選手による大声でのやりとりによって精神的ストレスが高まりレート違反への警戒心が過剰になってしまい第7レースでは指定レートを守れなかったことが申し立てられた。
    • イ そこで、2日目終了後、Dヘッドコーチと他のコーチ2名が協議したが、同日には結論には至らず、このイレギュラーな結果の処理については第3日目のレース終了後に決定することにした。
    • ウ しかし、2日目の中間集計の結果、接戦が続いていたため、イレギュラーな第7レースの処理次第で2位と3位の選手のタイム差が僅差となることも予想され、この場合、3日目に予定された2レース終了後に、イレギュラーの処理について検討していると、その間、長時間選手を待機させることになるため、とりあえず万一の場合も考慮して上位4人による追加レースを行うことにした。
    • エ 追加レースを実施する時点ではプレーオフをする条件に当てはまるかどうか判明していなかったので、正式にプレーオフとすることはできなかったが、その事実については選手に知らせなかった。
    • オ 第3日目の全てのレース終了後、Dヘッドコーチを含む3名のコーチと選考委員が追加レースを除いた6名によるレース結果を精査し、第7レースが明らかにイレギュラーであったことを確認し、第7レースを集計に含むべきでないと決定した。
    • カ 協議の結果、第7レースだけを除外すると、他のペアが第7レースで良いタイムを出している可能性もあるので、公平な評価はできないと判断し、どの選手にとっても公平で不平等とならないとして、最下位であるE選手の関わる全レースを除外して集計することにし、その結果、1位はA選手、2位はB選手、3位は申立人となったが、2位と3位の差は0.4秒以上あり僅差ではなく、プレーオフを実施する必要がないことが判明した。
    • キ 念のため5位のF選手も除いた4名でのタイム集計を行ったところ、1位はB選手、2位はA選手、3位は申立人となったが、2位と3位のタイム差は同様に0.4秒以上あったので、プレーオフを必要としない結果になった。
    • ク さらに念のため、上位4人で行った追加レースのタイムを加えて平均してみたところ、これによっても同様の結果となった。
    • ケ 以上の結果、Dヘッドコーチを含む3名のコーチとH強化委員で協議し、その結果を強化委員会に報告し、承認を得たうえでA選手とB選手を代表と内定した。
    このように、本件決定は、最終選考として行われたシートレース10レースの結果から代表クルー2名を選考するに当たり、第7レースにおいて集計に含まれるべきでないイレギュラーな事態が発生したと判断したことを前提に、事後的にE選手の関わる全レースを除外して集計するという方法を採用した結果、A選手とB選手を代表と決定したものである。
  • (2)本件決定が従うべきルールについて
    本件決定は、被申立人が2012年ロンドン五輪アジア大陸予選会の男子軽量級ダブルスカル(LM2X)日本代表クルーを決定するものであり、この決定に当たっては、被申立人が最終選考要領を事前に公表し、これに従って選考を行うことを明らかにしていた。このように競技団体が事前に選考要領を明示することは、より透明性の高い選考が行われることにつながるものであって、妥当なものということができる。そして、このように競技団体が事前に選考要領を明示して選考基準を明確にした場合には、選考要領そのものが著しく不合理なものでない限り、この選考要領に従って選考がなされるべきである。しかるに、被申立人が定めて公表した最終選考要領には、特段不合理な点は認められないから、被申立人は、最終選考要領に従って最終選考を行わなければならない。
    もっとも、シートレースの過程において、最終選考要領に明記されていないイレギュラーな事態が生じることもあり得ないことではなく、そのような場合には、別途の基準を適用しなければ、選考そのものができないことがあり得る。従って、最終選考要領に明記されていないイレギュラーな事態が生じた場合には、被申立人において、別途合理的な選考方法を設定し、それに基づいて最終的な選考判断をすることもあながち不当とはいえない。
  • (3)第7レースにおけるイレギュラーな事態の発生について
    被申立人は、本件決定をなすに当たり、第7レースにおいて集計に含まれるべきでないイレギュラーな事態が発生したと判断したと主張している。
    そこで、まず、第7レースで集計に含むべきでないイレギュラーな事態が発生したとする被申立人の判断の適否が問題となる。
    この点、証拠によれば、確かに、第7レースにおいては、E選手とA選手のペアは1位と10秒弱(距離にして約50m)、2位とも8秒余りの差があったことが認められ、他の9レースではこのような大差を生じたことがなかったこと、また、第6レースのゴール直後に、指定レートオーバーに関して申立人とC選手との間で大きな声でのやりとり(発言の経緯については明らかではないが、指定レート遵守の警告に対して、申立人が「守っている。」との趣旨の発言をしたところ、C選手が「それ(あるいはそこ)だけじゃないだろ。」と発言したもの。)があったこと、第7レース前には、C選手が他の選手に聞こえる声で指定レートを守ろうとの趣旨の発言をしたことが認められ、このため、第7レース前あるいは第7レースの最中には、選手間には緊張した雰囲気があったものと推認される。
    しかしながら、第7レースの前後を通じてE選手の様子から外見上異状を察知した者がいなかったこと、2011年11月23日に行われた個別面談において、E選手が第6レース終了後の申立人とC選手による大声でのやりとりによって精神的ストレスが高まりレート違反への警戒心が過剰になってしまい第7レースでは指定レートを守れなかった旨を申し立てたとの点に関しては、これを認めるに足りる客観的証拠が不足している反面、最終選考合宿終了直後である2011年11月25日夜に、E選手が申立人に対しシートレースでは全力を出し切ったとする内容のメールを送信していること、E選手は日本代表を争うレベルの選手であって海外でのレース経験もあり、代表選考のためのレースの最中に指定レートを巡って選手間で多少エキサイトしたやりとりが発生し、このため緊張した雰囲気でレースを行うことになったとしても、そのことが原因で容易に精神的動揺をきたし第7レースに限って全く実力が発揮できなかったと判断するにはなお疑問が残ること、E選手とA選手のペアが他の2艇に大差をつけられた原因には、両選手のマッチングや技術上の問題の可能性も否定し得ないことに照らすと、果たして、第7レースにおいて集計から除外されなければならないほどのイレギュラーが生じたかという点に関し、被申立人の判断が妥当なものであったかどうかは、なお争いの残るところである。


3 争点2について
  • (1)被申立人がE選手の漕いだクルーの全記録を除外して選考したことの適否について
    そこで、第7レースで集計に含むべきでないイレギュラーな事態が発生したとする被申立人の判断の適否についてはひとまず置くとして、仮に、被申立人の主張するイレギュラーな事態があったとした場合に、それに対処するために被申立人がE選手の漕いだクルーの全記録を除外した選考方法の適否を検討する。
  • (2)この点、被申立人は、このような選考方法を採用した理由として、第7レースの結果だけを除外すると、他のペアが第7レースで良いタイムを出している可能性もあり、不公平を生じるのでこの方法は採用しえないこと、E選手が関わったクルーのすべての記録を除外することは、最下位の選手を除外した上位5人によるタイムを集計するものであり、どの選手にとっても同一条件で公平であり、特定の選手に有利にも不利にもならないから、公平公正な選考方法であることを主張している。
  • (3)しかしながら、被申立人が採用したようにE選手の漕いだクルーの全記録を除外して選考すると、この記録の除外によって、E選手と漕いだ際に良いタイムを出した選手には集計した平均タイムにおいて不利、同じく悪いタイムを出した選手には集計した平均タイムにおいて有利となる結果が生じることは明らかである。もとより、被申立人は、本件の最終選考要領においては、平均タイム上位2名を代表に選考するとの基準を明確にしていたのであるから、選考のためのタイムの集計方法としては、当然、良いタイムを出した選手が上位となる方法をとるべきである。しかるに、被申立人は、E選手の漕いだクルーの全記録を除外することによって、被申立人が明らかにしていた選考基準と全く相反する結果を生じる選考方法を採用したことになっており、このような選考方法は到底合理的ということはできない。
     さらに、E選手がこのシートレースでは記録が振るわず6名中最下位の成績であったとしても、他の選手にしてみれば、本件のようなシートレースによる選考においては、そのような選手と組んだときにいかに良いタイムを出すかがまさに課題となるわけであり、そのことによって各選手の技術や経験が試されるということも十分に考えられる。しかし、最下位のE選手と組んだ際の記録を除外するという選考方法によると、これらの点は全く評価されなくなってしまうのであって、そのような選考方法が公正公平ということはできない。
     また、イレギュラーな事態に対処するための選考方法は他にも多数考えられるが、被申立人において他の選考方法を十分に検討した跡が認められない。しかも、第7レースのみにイレギュラーがあったとすれば、最終選考合宿の日程には11月25日の朝も含まれていたのであるから、これを利用して再レースを行うことも検討されてしかるべきであったところ、被申立人がそのような検討を行ったことも認められない。
     以上のとおり、仮に被申立人の主張するイレギュラーな事態があったとしても、それに対処するためにE選手の漕いだクルーの全記録を除外する選考方法を設定し、これに基づいて被申立人が選考判断したことは、著しく合理性を欠く結果を生じているといわざるを得ない。


4 その他の争点(選考過程に不透明な部分が認められること)について
  • (1)事前に提示されていない基準に基づく記録の変更が加えられたこと
     本件の最終選考において、選手ごとのシートレース結果を集計した際、B選手と申立人の平均タイムに0.1秒のペナルティーが付加されていたが、このペナルティーは、第4レースにおける指定レート違反に対して付加されたものと認められる。
    しかしながら、このペナルティーについては、事前に選手に配布された最終選考要領には記載されておらず(最終選考要領では、ストロークレート指定は「選考の詳細条件」の③に記載されているが、違反があった場合については同⑤で「選考除外とする。」とされているだけである。)、11月23日の夕方に行われた全体ミーティングで配布された「シートレースにおけるペナルティーと代表クルー2名の決定について」と題する書面において、初めて選手に提示されたものである。
    このミーティングの時点で、シートレースは、すでに第8レースまでを終了していたのであるから、第4レースにこのペナルティーを適用することは、事前に提示されていない基準に基づいて、記録を変更したということにほかならない。このような不利益処分の遡及適用は本来認められないものであって、選考過程において不透明な部分があったといわざるを得ない。
  • (2)10本のシートレース終了後に追加レースを行うにあたりその趣旨を選手に説明していなかったこと
     また、2011年11月24日に10本のシートレースが終了した後、4名の選手による追加レース2本が実施されているが、この追加レースは、プレーオフシートレースとして行われたものではなく、被申立人においては、11月23日の第7レースにおいて発生した事態をイレギュラーなものと評価し、第7レースの処理が決まっていなかったため、とりあえず上位4名による追加レースを行ったというものと認められる。しかしながら、被申立人は、そのような事情を選手には知らせることなく、追加レースを実施した。この点、選手にしてみれば、23日夕方の全体ミーティングでプレーオフシートレースの説明を聞かされ、その翌日のシートレース終了後に、何の事情も知らされることなく上位4名による追加レース2本を実施するということになれば、これをプレーオフシートレースと受け取るのが当然である。しかも、被申立人の第7レースの処理次第では、この追加レースの結果が選考過程では採用されないこともありうるから、選手にとって無意味な負担となる可能性があったにもかかわらず、その説明もせずに追加レースを実施したことになる。被申立人が何ら事情を説明しないままこのような追加レースを実施したことは、極めて不適切であり、不透明な処理であるといわざるを得ない。
  • (3)以上のとおり、被申立人の最終選考の過程には、不透明な部分が認められる。


5 したがって、本最終選考における男子軽量級ダブルスカル(LM2X)日本代表クルーの内定は、イレギュラーな事態に対処すべき選考方法及び選考過程の点で著しく合理性を欠くものであったといわざるを得ない。

6 本件決定が取り消された場合の代表選手の選考について
 申立人は、本件決定が取り消された場合の、被申立人における2012年ロンドン五輪アジア大陸予選会の男子軽量級ダブルスカル(LM2X)日本代表クルーの決定について、主位的請求として、2011年11月21日から同月25日に開催された最終選考合宿における参加選手全員のタイムを公開したうえでその平均タイム上位2名とすることを、予備的請求として、A選手とB選手の組と申立人とC選手の組でマッチレースを行い勝者となった組を代表クルーと決定すること、または、最終選考合宿参加選手6名による最終選考をやり直し上位2名を代表クルーと決定することを、本件仲裁において求めている。
 しかしながら、代表選手の選考は、規則に従い公平かつ合理的な方法によって行われるべきではあるが、本件においては、具体的な選考方法の選択に関しては、本件仲裁判断を踏まえて、競技団体である被申立人がその専門的知見に基づいて判断すべきと考える。
 なお、選考対象となった選手の中に自らが監督またはコーチとして関与しているチームの所属選手がいる場合には、利益相反に関する無用の疑義を生じさせないよう、客観性、透明性の高い選考基準、選手への事前の説明、選考側の体制について特に配慮が必要であると考える。この点、本仲裁パネルは、本件における再選考にあたり、被申立人において良識ある配慮がなされることを希望するものである。

第7 結論
 以上の次第であるから、本最終選考における男子軽量級ダブルスカル(LM2X)日本代表クルーの内定はこれを取り消すこととし、申立人のその余の請求は棄却し、申立料金5万円は、被申立人の負担とすることとする。
 よって、仲裁パネルは主文のとおり判断する。

以上

2012年2月27日

スポーツ仲裁パネル
仲裁人 浦川 道太郎
仲裁人 伊東 卓
仲裁人 水戸 重之

仲裁地 東京都


(別紙)

仲裁手続の経過
  • 1. 2012年2月2日、申立人は、一般財団法人日本スポーツ仲裁機構(以下「機構」という。)に対し、第1 当事者の求めた仲裁判断 1(1)及び(2)の通りの仲裁判断を求める「仲裁申立書」、「証拠説明書」、「甲第1号証」から「甲第16号証」まで及び2名を申立人代理人とする「委任状」を提出し、本件仲裁を申し立てた。
  • 2. 2月6日、申立人は「仲裁申立変更書」を機構に提出し、第1 当事者の求めた仲裁判断 1(3)の請求の趣旨を追加した。同時に、申立人は「証拠説明書」、「甲17号証1、2」及び「甲18号証」を機構に提出した。
  • 3. 2月8日、申立人は「主張書面(1)」を機構に提出した。
  • 4. 2月9日、被申立人は書面により、申立てに係る紛争をスポーツ仲裁パネルに付託する旨を合意した。仲裁合意が得られたことを受け、機構は同日スポーツ仲裁規則(以下、「規則」という。)第15条1項に定める確認を行ったうえで、同項に基づき申立人の仲裁申立てを受理した。また、機構は同日、規則第50条1項に基づき、本件を緊急仲裁事案として3名の仲裁人によりスポーツ仲裁パネルを構成することを決定した。
  • 5. 2月10日、被申立人は2名を代理人として選任した。
    同日、申立人選定仲裁人である伊東卓は仲裁人就任を受諾した。
  • 6. 2月15日、被申立人選定仲裁人である水戸重之は仲裁人就任を受諾した。
  • 7. 2月16日、伊東仲裁人と水戸仲裁人の第三仲裁人の選定は機構に一任する旨の連絡に従い、規則第22条2項に基づき、浦川道太郎を第三仲裁人として選定し、同人が翌2月17日に仲裁人就任を受諾したため、浦川仲裁人を仲裁人長とする本件スポーツ仲裁パネルが構成された。
  • 8. 2月20日、被申立人は「答弁書」、「証拠説明書」及び「乙第1号証」を機構に提出した。
  • 9. 2月22日、被申立人は「証拠説明書」及び「乙第2号証・乙第3号証」を機構に提出した。
  • 10. 2月22日、スポーツ仲裁パネルは規則第30条に基づき、両当事者に代表選考過程に関するデータ等の提出を求めた。
    同日、申立人は「証人尋問申請書」を機構に提出した。
  • 11. 2月23日、審問期日等を決定した「スポーツ仲裁パネル決定(1)」が行われ、両当事者に通知した。
    同日、追加書面の提出期限等を決定する「スポーツ仲裁パネル決定(2)」が行われ、両当事者に通知した。
    同日、仲裁パネルから要請があった代表選考過程における記録が、両当事者より提出された。
  • 12. 2月24日、申立人は「証拠説明書」、「甲19号証・甲20号証」及び「主張書面(2)」を機構に提出した。
    同日、被申立人は「証拠説明書」、「乙第4号証」から「乙第6号証の4」まで、「主張書面」、「証拠申出書」を機構に提出した。
    同日、証拠の提出を要請する「スポーツ仲裁パネル決定(3)」が行われ、両当事者に通知した。
  • 13. 2月25日、審問期日が開催され、本人尋問、申立人証人1名、被申立人証人2名の証人尋問が行われ、本件スポーツ仲裁パネルは審理の終結を決定した。
  • 14. 2月27日、スポーツ仲裁パネルは、規則50条5項に従い、仲裁判断を両当事者に通知した。

以上




仲裁判断の骨子

仲 裁 判 断 の 骨 子
一般財団法人日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2011-003
仲裁判断
申立人:X
申立人代理人:弁護士 白井久明
  同 :弁護士 大橋卓生
被申立人:社団法人日本ボート協会
被申立人代理人:弁護士 竹之下義弘
  同 :弁護士 鈴木仁

主 文
1 社団法人日本ボート協会が行った2012年ロンドン五輪大会アジア大陸予選会の男子軽量級ダブルスカル(LM2X)日本代表クルーの内定(2011年11月24日内定、2011年11月29日発表)を取り消す。
2 申立人のその余の請求を棄却する。
3 申立料金5万円は、被申立人の負担とする。

 本件は緊急仲裁手続であるので、スポーツ仲裁規則(以下「規則」という。)第50条第5項に基づき、以下に理由の骨子を示し、規則第44条に基づく仲裁判断は、後日作成し、申立人および被申立人に送付する。

理由の骨子
  • (1)社団法人日本ボート協会(以下「協会」という。)が2012年ロンドン五輪大会アジア大陸予選会(以下「本予選会」という。)に派遣する男子軽量級ダブルスカルクルーの最終選考(以下「本件選考」という。)にあたり、最終選考要領(以下「選考要領」という。)を示して本件選考を実施したことは妥当であり、選考要領が明確に示されている以上、本件選考は、この選考要領に従って行われるべきものである。しかし、軽量級ダブルスカルクルー選考シートレース(以下「選考シートレース」という。)の過程において、選考要領に明記されていないイレギュラーな事態が生じた場合には、協会において別途合理的な基準に基づいて本件選考をすることもあながち不当とはいえない。
  • (2)協会は、本件選考にあたり、選考シートレースの第7レース(2011年11月23日実施)においてイレギュラーな事態があったと主張しており、この協会の判断が妥当なものかについてはなお争いの残るところであるが、仮に協会の主張するイレギュラーな事態があったとしても、それに対処するために協会が特定選手の漕いだクルーの全記録を除外して選考したことは、この記録除外によって当該特定選手と漕いだ際に良いタイムを出した選手には不利、同じく悪いタイムを出した選手には有利となっていること、他にも、イレギュラーに対処するための集計方法は多数考えられることに鑑みると、著しく合理性を欠く結果を生じているといわざるを得ない。さらに、選考過程では、選考対象選手の一部に対して事前に提示されていない基準に基づく記録の変更(指定レート違反に基づくペナルティの付加)が加えられたこと、10本のシートレース終了後に追加レースを行うにあたりその趣旨を選手に説明していなかったことなどの不透明な部分が認められる。
  • (3)したがって、本予選会における男子軽量級ダブルスカル(LM2X)日本代表クルーの内定は、イレギュラーな事態に対処すべき選考方法および選考過程の点で著しく合理性を欠くものであったといわざるをえない。
  • (4)申立人は、本件仲裁において、これに加えて、複数の方法を示して、この方法によって、2012年ロンドン五輪大会アジア大陸予選会の男子軽量級ダブルスカル(LM2X)日本代表クルーを協会が内定(決定)するよう命じることを求めている。しかしながら、代表選手の選考は、規則に従い公平かつ合理的な方法によって行われるべきではあるが、本件においては、具体的な選考方法の選択に関しては、本件仲裁判断を踏まえて、協会がその専門的知見に基づいて判断すべきと考える。
  • (5)よって、本仲裁パネルは主文のとおり判断する。

2012年2月27日

スポーツ仲裁パネル
仲裁人 浦川道太郎
仲裁人 伊東  卓
仲裁人 水戸 重之

仲裁地 東京都




以上は、仲裁判断の謄本である。
一般財団法人日本スポーツ仲裁機構
代表理事(機構長) 道垣内正人
※申立人等、個人の氏名、地域名はアルファベットに置き換え、各当事者の住所については削除してあります。