仲裁判断 

仲 裁 判 断
日本スポーツ仲裁機構
JSAA-DP-2008-002
仲裁判断
申立人:財団法人日本アンチ・ドーピング機構
申立人代理人:弁護士 辻居 幸一
弁護士 水沼 淳
弁護士 奥村 直樹
A
B
C
被申立人:Y

主 文
本件スポーツ仲裁パネルは、次のとおり判断する。
1 本件申立てを却下する。
2 申立料金5万円は申立人の負担とする。
理 由
第1 当事者の求めた仲裁判断
申立人は、次のとおりの仲裁判断を求める申立てをした(申立人の請求)。
  • 1 日本ドーピング防止規律パネルが2008‐004号事件について2008年10月29日にした決定のうち、「本規程10.3条及び本規程10.8.1条に従い、本決定の日から1年間の資格停止とする。」との部分を取り消す。
  • 2 日本ドーピング防止規程10.2条に従い、申立人を平成20年10月29日から2年間の資格停止とする。
  • 3 仲裁費用は被申立人の負担とする。
第2 手続の経過
  • 1 日本ドーピング防止規律パネル(以下「規律パネル」ともいう。)は、2008-004事件について、2008年10月29日、日本ドーピング防止規律パネル決定(以下「原決定」という。)をした。原決定の内容は、別紙「日本ドーピング防止規律パネル決定」のとおりであり、そのうち、競技者氏名、競技種目、決定(主文)は次のとおりである。
  • 競技者氏名 Y(本件仲裁被申立人)
    競技種目 自転車競技
    決定
  • ・日本ドーピング防止規程(以下「本規程」という。)2.1条の違反が認められる。
  • ・本規程10.1.1条に従い、競技大会(第64回全日本大学対抗選手権自転車競技大会)の各競技結果はいずれも失効する。
  • ・本規程10.3条及び本規程10.8.1条に従い、本決定の日から1年間の資格停止とする。
  • 2 被申立人は、2008年11月12日、日本スポーツ仲裁機構(以下「仲裁機構」という。)に、申立人を相手方として、本規程13.2.2条に基づいて、原決定の取消しを求めて仲裁申立てをし、仲裁機構は、同日これを受理した。これが、JSAA-DP-2008-001号ドーピング仲裁事案(以下「001号事案」という。)である。
    なお、仲裁機構「ドーピング紛争に関するスポーツ仲裁規則」(以下「本規則」という。)4条により、本規程に基づく不服申立てについては、本規則に基づく仲裁に必要な仲裁合意が存在しているものとみなされる。
  • 3 その後、001号事案について、被申立人(001号事案の申立人)は仲裁人として山本隆司を、申立人(001号事案の被申立人)は仲裁人として濵本正太郎をそれぞれ選定し、その両仲裁人は就任を承諾した上、第三の仲裁人として笠井正俊を選定し、同仲裁人は就任を承諾した。これによって、2008年12月3日、001号事案についてスポーツ仲裁パネルが構成された。
  • 4 ところで、申立人は、001号事案について、平成20年11月25日付け答弁書を提出し、仲裁機構は、同日、この答弁書を受領した。この答弁書の「第1 請求の趣旨に対する答弁」の項には、次の記載がされていた(001号事案についてのものであるので、本件(JSAA-DP-2008-002号事案)の被申立人が「申立人」と表示されている)。
    「(主位的答弁)
    1 日本ドーピング防止規律パネルが2008-004号事件について平成20年10月29日になした決定のうち、「本規程10.3条及び本規程10.8.1条に従い、本決定の日から1年間の資格停止とする。」との部分を取り消す。
    2 日本ドーピング防止規程10.2条に従い、申立人を平成20年10月29日から2年間の資格停止とする。
    3 仲裁費用は申立人の負担とする。
    との仲裁を求める。
    (予備的答弁)
    1 申立人の請求を棄却する
    2 仲裁費用は申立人の負担とする
    との仲裁を求める。」
  • 5 001号事案のスポーツ仲裁パネルは、この答弁書に記載された「主位的答弁」について、原決定に対する申立人の不服申立てであるから、申立人による被申立人を相手方とする本規程13.2.2条に基づく仲裁機構への仲裁申立てに当たると認識し、申立人は申立料金5万円を支払わなければならないこと、2008年12月17日までにその支払をしない場合には、申立人の「主位的答弁」に係る仲裁申立てはされなかったものとみなすこと、「主位的答弁」の記載された答弁書は原決定から14日を経過した後に仲裁機構に到達したから、本規則15条ただし書に定める特別の事情がある場合を除いて仲裁事案の対象とはならないこと、申立人が特別の事情に関する主張をしようとする場合には書面により2008年12月17日までに提出するよう求めることを内容とする決定を2008年12月10日にした。
  • 6 申立人は、同月11日、上記5の決定に従い、申立料金5万円を仲裁機構に納付した。
  • 7 仲裁機構は、申立人がこの答弁書に記載した「主位的答弁」をもって同月11日に仲裁申立てをしたものと取り扱い、これを同月12日に受理し、この申立てに係る事案を、以後「JSAA-DP-2008-002号仲裁事案」と称することとした(以下「002号事案」ともいう。この002号事案についての仲裁判断が本仲裁判断である)。そして、仲裁機構は、同日、本規則42条1項に基づき001号事案と002号事案とを一つの手続に併合することを決定し、その結果、本規則42条2項、41条3項により、001号事案についてのスポーツ仲裁パネルが002号事案についてもスポーツ仲裁パネルとして事件を担当することとなった。
  • 8 申立人は、002号事案の申立ての要件適合性に関し、平成20年12月11日付け準備書面(1)を提出するとともに、乙第17号、18号、19号各証を提出した。
  • 9 本スポーツ仲裁パネルは、002号事案について、手続が仲裁判断に熟すると認め、2009年1月16日、本規則46条1項後段の定めに従い、「本スポーツ仲裁パネルは、同月23日に、審問期日外に、002号事案の手続を001号事案の手続と分離した上、本規則46条1項に基づき、002号事案の審理の終結を決定する予定である。」旨予告した。その予告においては、手続が仲裁判断に熟すると認める理由について、「本スポーツ仲裁パネルは、002号事案の仲裁申立てが、本規程13.5.1条及び本規則15条本文の定める不服申立期間の満了後にされたものであり、本規程及び本規則所定の申立要件を満たすとは認められないので、現時点では、これを却下すべきものと判断している。」旨を示した。
  • 10 申立人は、同月21日、002号事案の申立ての要件適合性に関し、平成21年1月21日付け準備書面(3)を提出した。
  • 11 本スポーツ仲裁パネルは、002号事案について、手続が仲裁判断に熟すると認められることから、前記9のように予告したとおり、2009年1月23日、審問期日外に、002号事案の手続を001号事案の手続と分離した上、本規則46条1項に基づき、002号事案の審理の終結を決定した。
    本スポーツ仲裁パネルは、この審理終結にあたり、本規則48条2項に基づき、仲裁判断をする期日を2009年1月26日とする旨当事者に告知した。
    なお、前記5、9のとおり、本件で申立人は002号事案の申立ての要件適合性に関する主張及び立証の機会を与えられている。そして、本件事案の内容並びに申立人の主張及び立証の結果によると、以下説示するように、本件申立ての要件適合性について仲裁判断をするためには、本規程及び本規則を解釈した上で、当事者が書面で提出した主張と書証を資料として認定及び判断をすることで足りる。そこで、本スポーツ仲裁パネルは、審問期日を開く必要がないと判断したものである。
第3 事案の概要
  • 1 本件仲裁申立ての概要
     本件は、第2・1掲記の原決定に対して、被申立人が第2・2のように仲裁申立てをしたこと(001号事案)を受けて、申立人が、第2・4から7までのとおり、被申立人につき、原決定の1年間よりも長い2年間の資格停止とするよう求めて、本規程13.2.2条及び本規則15条、16条に基づいて仲裁申立てをしたものである。
     原決定は、2008年8月31日に長野県大町市で開催された第64回全日本大学対抗選手権自転車競技会大会当日のドーピング検査において競技者(被申立人)から検出された物質「サルブタモール」が、世界ドーピング機構(WADA)の世界ドーピング防止規程2008年禁止表国際基準(以下「禁止表」という。)における「S3. ベータ2作用薬」であり、本規程2.1条に定める「禁止物質」に該当し、略式の治療目的使用に係る除外措置(TUE)の取得はされていないので、競技者(被申立人)について本規程2.1条の違反が認められるとしつつ、その検出量は1000ng/ml未満であり、吸入使用による1000ng/ml未満のサルブタモールの検出であれば禁止表における「IV. 特定物質」に当たるとした上で、サルブタモール吸入薬に起因する旨の被申立人の主張を挙げるなどして、本規程10.3条(競技力の向上を目的としない特定物質の使用の場合の資格停止期間)を適用して、1回目の違反として、被申立人につき、決定の日から1年間の資格停止としたものである。
     これに対して、申立人は、本件仲裁申立てにおいて、競技者(被申立人)から競技会検査で検出された「サルブタモール」は、「ベネトリン」の服用によるものであるから、禁止表の「IV. 特定物質」には当たらず、被申立人については、本規程10.2条に基づき、2年間の資格停止とすべきであると主張する。
  • 2 本件仲裁申立ての申立要件(期間遵守)に関する問題点
     本件仲裁申立ては、前記第2・4のように、001号事案における答弁書に「主位的答弁」として記載し提出してされたものであるところ、当該答弁書は、原決定(2008年10月29日)から14日を経過した後である2008年11月25日に仲裁機構に到達したのであるから、本規程13.5.1条及び本規則15条本文の定める不服申立期間(決定の日から14日以内)の満了後にされたものである。
     そこで、本件仲裁申立てが本規程及び本規則所定の申立要件を満たしているかどうかが問題となる。
     この問題について、申立人は、大要次のような理由を挙げて、本件仲裁申立ては申立要件を満たしていると主張する(平成20年12月11日付け準備書面(1)、平成21年1月21日付け準備書面(3))。
    ① 申立人は、本規則41条2項により、「審理の終結に至るまではいつでも、当事者…として仲裁手続に参加する権利を有する。」と規定されており、申立人は、いつでも申立てをする権限を有する。
    ② スポーツ仲裁裁判所(CAS)の仲裁規則R39条は、答弁書はあらゆる反訴請求を含まなければならないと規定しており、仲裁機構におけるドーピング仲裁についても、CASの仲裁規則と同様に、答弁書において反訴請求を行うことができるとされているものと理解すべきである。
    ③ 申立人は、2008年11月7日、仲裁機構の事務局を担当しているDに対し、被申立人について2年間の資格停止を求める申立てをする方法について電子メールで照会し、Dから、同日、「競技者からの仲裁申立てに対し、答弁書における『求める救済』において、資格停止期間を本件決定に記載されている1年間ではなく別の長さの資格停止期間へと変更する旨を請求する方法」を採ることができる旨、電子メールで回答を受けた。このように、本件のような申立てが認められることは、事前に仲裁機構により確認されている。また、これにより、仲裁機構は、スポーツ仲裁パネルの成立前に、不服申立期間を事実上延長したものと解される(本規則7条1項)。
    また、CASの先例(例えばAEK Athens & SK Slavia Prague v. UEFA, CAS 98/200や IAAF v. USATF, CAS 2003)にも表れているように、当事者の行為が第二当事者の正当な期待を導いた場合には最初の当事者は行為の方針を第二当事者の不利益に変更することが禁反言によって禁止される。このような法の一般原則としての禁反言によっても、申立人の本件不服申立ては申立要件を満たすものとして扱われるべきである。
    ④ 仮に、本件仲裁申立てについて、本規則15条本文が適用されるとしても、本件では、同条ただし書にいう「申立人の責めに帰すべき事情によらないでこの期間内に申立てができない特別の事情」が存在する。
第4 判断の理由
  • 1 本規程及び本規則の定めるドーピング・コントロールの手続の概要
     本件は、上記第3・1のとおり、第64回全日本大学対抗選手権自転車競技会大会当日のドーピング検査に関するものである。本件各証拠及び当事者の主張の趣旨によれば、同大会は日本学生自転車競技連盟が主催しており(乙第13号証)、日本学生自転車競技連盟は日本自転車競技連盟の加盟団体であるため、同大会には日本自転車競技連盟競技規則(乙第12号証)が適用され(同規則2条)、同規則99条は、同規則のアンチ・ドーピング関連規則が本規程に基づくことを明示していることが認められる。したがって、本規程1.1.1条により、本規程は、日本自転車競技連盟の会員及び参加者(競技大会に参加することによって国内競技連盟の活動に参加する者(本規程序論「適用範囲」)の権利及び義務の一部となる。以上により、本規程は本件に適用される。
     本件仲裁申立てが申立要件を満たすかどうかを判断するためには、規律パネルの決定に対する不服申立てに際して申立人がどのような規律に服するかを検討する必要があるので、その前提として、申立人の定める本規程及び仲裁機構の定める本規則が本件のような場合に適用されるドーピング・コントロールの手続をどのようなものとして定めているかを以下に概観する。
     本規程の「定義」によると、「ドーピング・コントロール」とは、検査配分計画の立案、検体の採取及び取扱い、試験所における分析、分析結果の管理、聴聞、並びに不服申立てを含む過程をいう。
     本規程の「序論」及び「定義」によると、申立人は、我が国における独立したドーピング防止機関(ドーピング・コントロールの過程に関する規則を採択し、ドーピング・コントロールの過程の開始、実施、又は執行に責任を負う署名当事者(なお、署名当事者とは、WADA規程に署名し、WADA規程を遵守することに同意した団体である。))であり、ドーピング・コントロールにおける計画、調整、実施、監視及び改善指示に対する権限と責任を有する。また、申立人は、規律措置を取り扱う機関である規律パネル(本規程に対する違反の主張に対して判断を下す、申立人に任命された組織)及び不服申立てを取り扱う仲裁機構とは別個の機関であるとされている。
     申立人は、本規程に従って採取されたドーピング・コントロールの検体について、違反が疑われる分析結果を受け取った場合、本規程7条所定の検討、調査、分析等を経て、本規程に対する違反があったと主張するときには(本規程7.7.1条)、規律パネルにその主張を通知し、本規程8条の規定等に従って聴聞会が開催されるようにするとともに、当該主張に関係するすべての関連書類を規律パネルに提供する(本規程7.7.3条)。規律パネルは、本規程に従って、委ねられた事件に起因するすべての問題について聴聞を行い、判断を下す権限を有し、特に、本規程に従って課されるべきドーピング防止規則に対する違反の結果を決定する権限を有する(本規程8.2.1条)。申立人は、本規程7条に定められている結果の管理の手続を経た上で本規程に対する違反が発生した可能性があるとされた場合には、当該事件を規律パネルに委ね、規律パネルは、本規則に対する違反が発生したか否かを判断し、もし違反が発生したとすればいかなるドーピング防止規則に対する違反の結果が課されるべきかを判断する(本規程8.3.1条)。規律パネルの手続においては、申立人は、当事者である人に対する事件について主張を行うものとし、申立人が要請した場合には、当該人の国内競技連盟は申立人を支援するものとされている(本規程8.4.3条)。
     本規程に基づいて規律パネルがした、ドーピング防止規則に違反したという決定、及び、ドーピング防止規則に違反していなかったという決定に対しては、本規程13.2条の規定に基づいてのみ不服申立てをすることができ(本規程8.5.5条、13.2条)、申立人により定められる国内水準の競技者であって、本規程13.2.1条に基づいてCASに不服申立てをする権利を有さない者が関与した事件の場合には、仲裁機構に不服申立てをすることができる(本規程13.2.2条)。次に、本規程13.2.3条は、「第13.2.2項に定められている事件の場合、日本スポーツ仲裁機構に不服申立てをする権利を有する当事者は、最低限、次の者を含むものとする。(1)不服申立てを行う決定の対象となった、競技者又はその他の人 (2)JADA (3)関係する国際競技連盟 (4)JOC (5)競技者の国内ドーピング防止機関 (6)WADA」と定めている(引用に当たり、改行を省略した。(2)のJADAとは、本規程序論に定義されているように、申立人のことである)。そして、本規程13.5.1条は、「日本ドーピング防止規律パネルの決定に対して不服申立てをする権利を有し、実際に不服申立てを望む人は、日本ドーピング防止規律パネルによる決定の日付から14日以内に、日本スポーツ仲裁機構に対して不服申立ての通知を出さなければならない。」と定めている。
     一方、仲裁機構の本規則は、ドーピングに関する紛争を迅速に解決することを目的とし(本規則1条)、日本ドーピング防止規程(本規程)に基づいて、日本アンチ・ドーピング機構(申立人)、日本ドーピング防止規律パネル(規律パネル)、財団法人日本オリンピック委員会、財団法人日本体育協会、財団法人日本障害者スポーツ協会、都道府県体育協会及び国内競技連盟がした決定に対する不服申立てを対象とする(本規則2条1項)。そして、本規則2条2項は、本規則による仲裁申立人には、少なくとも次の者を含むとして、申立権者を一号から九号までに列挙し、一号には仲裁申立ての対象となっている決定において対象とされている競技者その他の者、七号には日本アンチ・ドーピング機構(申立人)がそれぞれ定められている。また、本規則2条3項は、この規則による仲裁においては、日本ドーピング防止規律パネルは被申立人とはならないと定めている。
     そして、本規則の15条は、「仲裁の申立ては、申立ての対象となっている決定がされた日から14日以内に、日本スポーツ仲裁機構に到達しなければならない。ただし、申立人の責めに帰すべき事情によらないでこの期間内に申立てができない特別の事情がある場合にはこの限りではない。」と定めている。
     また、申立人が主張するように(上記第3・2の①)、仲裁機構の本規則41条2項は、「日本アンチ・ドーピング機構は、審理の終結に至るまではいつでも、当事者又はオブザーバーとして仲裁手続に参加する権利を有する。」と定めている。
  • 2 不服申立期間の制限について
     申立人は、前記第3・2の①及び②のように主張しており、その主張の趣旨は、競技者によって規律パネルの決定に対する不服申立てとしての仲裁申立てがされた場合には、JADA(申立人)は、審理の終結に至るまではいつでも、規律パネルの決定に対する不服申立てとして、より重い制裁措置を課すことを求めて仲裁申立てができるとするものである。
     しかしながら、申立人のこのような主張は本規程及び本規則の解釈上採用できず、本スポーツ仲裁パネルは、申立人が、本規程及び本規則の定める規律パネルの決定の日から14日以内という仲裁申立期間の制限に服し、その期間満了後は、本規則15条ただし書に該当する場合を除いては、仲裁申立てをすることができなくなると解する。その理由は、次に述べるとおりである。
     本規程13.2条は、本規程に基づいて規律パネルがした、競技者がドーピング防止規則に違反したという決定、及び、ドーピング防止規則に違反していなかったという決定に対しては、本規程13.2条の規定に基づいてのみ不服申立てをすることができると定めており、本規程13.2条に基づく不服申立ては、本規程13.5.1条及び本規則15条による申立期間の制限に服する。この申立期間の制限は、不服申立権者がこの期間内に不服申立てをしなければ、誰も規律パネルの決定を争えなくなる(規律パネルの決定が確定する)という重要な効果を有するものであり、競技者にとっては、その期間内にJADA(申立人)、競技連盟等から不服申立てがなければ、規律パネルのした決定よりも重い制裁措置は課されないという、ドーピング・コントロールの過程において保護に値する地位が生ずるものである。
     本規則41条2項は、JADA(申立人)は審理の終結に至るまではいつでも当事者として仲裁手続に参加する権利を有すると定めているが(前記第3・2の①の申立人の主張)、これについて、例えば不服申立権を有する競技連盟が所定の申立期間内に不服申立てをしたことにより開始した手続にJADAが参加することによって当事者と同様の主張、立証等をすることができるようになると解釈する余地は認められるものの、本規程13.2条が同項の規定に基づいてのみ不服申立てをすることができると定め、本規程13.5.1条及び本規則15条が申立期間を定めていることと併せて解釈するならば、不服申立権者のうちJADA(申立人)のみが不服申立期間の制限を受けることなく新たな手続を開始できるという趣旨と解することはできないというべきである。このことは、本規則41条2項が「参加」という語を用いていることからも看取できる。そして、本件のように、競技者側から規律パネルの決定について申立期間内の不服申立てがあったのに対して、JADA(申立人)が、規律パネルの決定よりも重い制裁措置を課すことを求めて不服申立てをすることは、競技者側の不服申立てとは反対の方向での不服を申し立てるものであって、競技者の申立てによるものとは別個の新たな不服申立手続を開始することにほかならない。これを規則41条2項に基づく参加の名の下に許容することは、競技者は所定の期間内しか不服申立てができないにもかかわらず、JADAはそのような制限を受けないという結果を肯定することにつながり、これは、上記のように重要な効果を有する不服申立期間の制限を、極めて不公平な形で無意味にするものであって、不当である。
     また、申立人は、CASの仲裁規則R39条の規定を参照して、仲裁機構におけるドーピング仲裁についても答弁書において反訴請求を行うことができると主張する(前記第3・2の②)。乙第17号証によると、CASの仲裁規則R39条には被申立人の答弁書にはあらゆる反訴(demande reconventionnelle / counterclaim)を含まなければならないとの定めがあり、また、同規則中には、本件により近い場面を取り扱うとみられる不服申立手続に関するR55条にも同様の規定があることが認められる。しかしながら、仲裁機構の本規則を解釈するに当たって、当然にCASの仲裁規則を参酌しなければならないかどうかはともかく(参酌するとしても、類推解釈をすべきか反対解釈をすべきかを一概にはいえない)、本規則15条が不服申立期間に関する固有の厳格な定めを置く一方、答弁について定めた本規則18条には反訴に類した申立てに関する定めは置かれておらず、その他、本規程及び本規則には、規律パネルの決定に対して、不服申立権者が、相手方からの不服申立てがありさえすれば、その固有の不服申立期間満了後も不服申立てができることをうかがわせる規定はない(我が国の民事訴訟のような附帯上訴の制度は定められていない)のであるから、本規程及び本規則について、相手方が仲裁申立てをすれば、不服申立期間経過後も仲裁申立てができるとの解釈を採ることはできない。
     そもそも、前記1でみたように、JADA(申立人)は、ドーピング・コントロールの過程の開始、実施又は執行に権限と責任を有するドーピング防止機関であり、ドーピング防止規則の違反があると判断すれば、そのことを主張し、事件を規律パネルに委ねる権限と責任を有し、かつ、規律パネルの決定に対する不服申立権を有するのであるから、規律パネルの決定に不服があるのであれば、所定の期間内に自己のイニシアティブで不服申立てをすべき責任を負うというのが、JADA(申立人)自身が定める本規程の趣旨である。そうすると、JADA(申立人)が、競技者側から不服申立てがされて初めて、これに乗ずる形で、より重い制裁措置を求めるという姿勢を示すこと自体、ドーピング・コントロールの在り方として望ましいものとはいえず、そのようなJADA(申立人)の対応を許容するような本規程や本規則の解釈を採るべきではない。また、このようなJADAの対応を許容ないし助長するならば、本件のような場合に、制裁措置を受けた競技者の不服申立てを委縮させることにつながりかねず、ドーピング・コントロールやスポーツ仲裁の在り方として妥当でない。
  • 3 仲裁機構事務職員の対応について
    申立人は、前記第3・2の③のように仲裁機構事務職員の対応について主張し、同④の主張もこれに関係する趣旨と解されるので、これらの主張について判断する。
    (1)認定事実
     乙第18号、第19号各証及び当事者の主張の趣旨によると、次の事実が認められる。
     申立人事務局長Aは、2008年11月7日、仲裁機構の事務局職員であるDに対し電子メールを送信し、Dは同日これを受信した。そこには、競技者(被申立人)から制裁の内容や不服申立方法についての問合せを受けたので一定の説明を行ったことの報告、原決定の日である10月29日から14日間の不服申立期間の満了日は単純計算で11月12日、14営業日と数えれば11月18日となるが、そのどちらであるかの照会、及び、被申立人からの仲裁申立てにより仲裁手続が開始され、いずれにしても作業が生じるのであればJADA(申立人)としても2年間の資格停止とすることの可能性についての上訴の可能性を検討してもよいかとも考えていることが記載されていた。
     これに対する返信として、Dは、2008年11月7日、Aに対し、次の内容(挨拶を除く本文の全文を示す)の電子メール(以下「本件メール」という。)を送信し、Aは同日ころこれを受信した。
     「返信が遅くなりましたが、下記の申立ての期限につきましては、営業日で計算するのではなく、決定を行った日を算入せずに14日以内ということになります。
     今回のケースであれば10月29日が規律パネルの決定日ですので、ご指摘の通り、11月12日までが仲裁申立て期限となります。

     また、JADAがJSAAに本件を上訴する場合、以下の二通りの方法があります。
     すなわち、①競技者からの申立てを待たずに、10月29日の決定に対してJSAAにJADAのイニシアチブで仲裁申立をする方法、②競技者からの仲裁申立てに対し、答弁書における「求める救済」において、資格停止期間を本件決定に記載されている1年間ではなく別の長さの資格停止期間へと変更する旨を請求する方法です。」

    (2)不服申立期間の満了後の申立ての許容について
     申立人は、本件メールが、本件のような申立てが許容されること(競技者から仲裁申立てがされれば、これに対する答弁書でJADAが仲裁申立てをすれば、JADAの当該申立てが不服申立期間満了後であっても申立ての要件を満たすこと)を示しており、そのことが2008年11月7日に仲裁機構によって確認されていると主張する。
     しかしながら、本件メールは、2008年11月12日が仲裁申立期限であることを記載した部分に続いて、JADA(申立人)が不服申立てをする場合に、JADAのイニシアティブで仲裁申立てをする方法と、競技者からの仲裁申立てに対して答弁書に「求める救済」として別の長さへの資格停止期間へと変更する旨を請求する方法との二通りがあることを記載する部分とがあり、後の部分においても、いずれの方法に関しても、11月12日までに請求をする必要がないという趣旨の記載はされておらず、そこから、競技者からの仲裁申立てに対してJADAが答弁書に記載して不服申立てをする場合には期間制限に服さないという趣旨を読み取ることはできない(競技者が11月12日までに仲裁申立てをしたのに対し、JADAが同日までに答弁書で別の申立てをすることは可能である)。
     したがって、仲裁機構が不服申立期間の満了後の申立てを許容する趣旨の確認をしたと認めることはできない。また、これにより、本規則7条1項による期間の延長がされたものと認めることもできない。
     なお、申立人は、CASの先例(AEK Athens & SK Slavia Prague v. UEFA, CAS 98/200,20 August 1999, paras. 60-61; IAAF v. USATF, CAS 2002/O/401, 10 January 2003, para. 68)を援用して、法の一般原則としての禁反言を本件に適用すべきこと、また、それに基づいて申立人の本件不服申立てが申立要件を満たすものとして扱われるべきことを主張する。しかし、前記のとおり、本件で、そのような原則を適用するための前提事実は認められない。

    (3)本規則15条ただし書の該当性について
    本規則15条は、本文で「仲裁の申立ては、申立ての対象となっている決定がされた日から14日以内に、日本スポーツ仲裁機構に到達しなければならない。」と定め、これに続いて、「ただし、申立人の責めに帰すべき事情によらないでこの期間内に申立てができない特別の事情がある場合にはこの限りではない。」と定めるところ、申立人は、本件では、このような事情が存在すると主張する。本件メールのような説明を2008年11月7日に受けていたことをその事情として主張する趣旨と解される。
    しかしながら、前記(2)で述べたように、本件メールについて、申立人が11月12日までに請求する必要がないとする趣旨とみることはできない。申立人が、仲裁機構の事務職員から送信を受けた電子メールに基づき、競技者側からの仲裁申立てに対する答弁書に記載すれば不服申立期間経過後でもJADAの不服申立てが可能であるという意味に解釈して、そのような解釈の下で競技者側の出方を待って対応すればよいと判断したのであったとしても、前記(2)で述べたように、申立人のそのような判断を正当化すべき理由はなく、申立人が11月12日までに自己のイニシアティブで仲裁申立てをすることは十分可能であったのであるから(本件でそれができなかった事情を示す事実は伺えない)、申立人が不服申立期間の遵守に関する注意義務を尽くしたとはいえない。
    したがって、申立人が、11月12日までに仲裁申立てをしなかったことを本条ただし書に該当する事情によるものとみることはできない。

  • 4 以上によると、本件申立ては、本規程及び本規則の定める申立期間の満了後にされたものであって、本規程及び本規則の定める申立ての要件を満たさないので、これを却下すべきである。
第5.結論
以上のことから、主文のとおり判断する。
仲裁地 東京都
2009年1月26日
スポーツ仲裁パネル
仲裁人 笠 井 正 俊
仲裁人 山 本 隆 司
仲裁人 濵本 正太郎
以上は、仲裁判断の謄本である。
日本スポーツ仲裁機構
機構長 道垣内正人
別紙「日本ドーピング防止規律パネル決定」
※申立人等、個人の氏名はアルファベットに置き換え、各当事者の住所については削除してあります。

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