仲裁判断

 

仲裁判断(2012年6月29日)
中間判断(2012年3月14日)

 

仲 裁 判 断
一般財団法人日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2011-002
仲裁判断
申立人:X
被申立人:公益社団法人全日本アーチェリー連盟
被申立人代理人:弁護士 小川昌宏

主 文
本件スポーツ仲裁パネルは次のとおり判断する。
(1) 被申立人は、兵庫県アーチェリー連盟の2009(平成21)年11月23日付理事会決議及び同月27日付処分の通知に基づいて、淡路島アーチェリークラブが2010(平成22)年2月17日付の全体会議決議によって申立人を事実上除名処分にしたことに関し、処分理由及び処分内容について更に調査し、兵庫県アーチェリー連盟に対し、適切な指導監督権を行使せよ。
(2) 申立人の請求のうち、(1)及び(2)の請求を却下し、(3)の請求のうち上記認容部分を除いた申立部分及び(4)、(5)の請求を棄却する。
(3) 申立料金5万円は、申立人及び被申立人が各々2万5千円ずつ負担する。


理由
第1 当事者の求めた仲裁判断
 1 申立人は、以下のとおりの仲裁判断を求めた。
  • (1)被申立人には、加盟団体及びその傘下の団体を指導監督する義務があることを確認する。
  • (2)競技登録をすることによって、被申立人と登録をした者との間に契約関係が生じ、それに対し配慮すべき義務があることを確認する。
  • (3)被申立人が兵庫県アーチェリー連盟(以下「兵ア連」という)・淡路島アーチェリークラブ(以下「淡路AC」という)に対し、(事実上の)除名処分をしないように指導しなかったことは、被申立人の一般指導義務違反であることを確認する。
  • (4)(ア)被申立人は、兵ア連・淡路ACが申立人に対してなした処分を取り消すよう指導せよ。(イ)被申立人は、申立人が兵ア連・淡路ACの会員であることを確認する。
  • (5)兵ア連と淡路ACの申立人に対する各決議が違法であることを確認し取消す。
  • (6)仲裁費用は被申立人の負担とする。
 2 被申立人は以下のとおりの仲裁判断を求めた。
  • (1)申立人の請求をいずれも却下または棄却する。
  • (2)申立費用は申立人の負担とする。


第2 仲裁手続の経緯
(別紙)

第3 事案の概要
 1 当事者
  • (1)申立人
    申立人は、1999(平成11)年5月から淡路ACに所属し、兵ア連及び被申立人の会員として登録されていた者で、スポーツ仲裁規則第3条2項の「競技者」であった。
  • (2)被申立人
    被申立人は、日本において「アーチェリー競技会を統括し、これを代表する団体として、アーチェリーに関する事業を行」うこと等の目的で設立された公益社団法人であり、公益財団法人日本体育協会の加盟団体であって、スポーツ仲裁規則第3条1項に定める「競技団体」である。
    なお、淡路ACは、兵ア連の加盟団体であり、兵ア連は、被申立人の加盟団体である。
 2 本件紛争の概要及びその経緯
 (被申立人は申立人主張の事実に対して認否をしないので、審問期日において被申立人代表理事が述べた部分を除き、主として申立人主張による)
  • (1)2009年7月10日開催の兵ア連理事会において、正式議題ではないが事務局長より(明確に名指しはないが)申立人が兵庫県教育委員会に対して兵ア連に関し苦情を申し立てていることの報告がなされ、何らかの策を講じるべきかどうかについて議決がなされ、申立人所属の淡路ACに対し通知することとなった。
  • (2)淡路ACは、これを受けて、クラブ員に対し、同年8月29日付警告書を送付し、淡路ACのクラブ員が兵ア連に対し苦情・異議申立て・意見・要望等がある場合、淡路ACにおいてその旨議決をした後兵ア連に申請したい旨記載され、違反すれば兵ア連規約第9条による除名もあり得る旨付記されていた。
  • (3)淡路ACは、申立人に対し、同年10月4日付通告と題する書面を送付し、同書面には「申立人は、9月19日に開催された部会においてメンバーで決めたルールを無視した行動を行ったことを10月1日に確認したので、淡路ACを退会して頂きたいと思う。今後は兵ア連に委任する」という趣旨の記載がある。
  • (4)同年11月23日開催の兵ア連理事会において、申立人の処遇が議題となった。議事録には、「淡路ACは申立人に対し注意・警告を与えたが改善がみられないので淡路ACは兵ア連に対し申立人の処遇を委任する要望書を提出した」とあるが、申立人は淡路ACより注意・警告を受けた事実はないと主張している。同議事録には、また、兵ア連は淡路ACに警告文を送付しクラブ内で解決するよう議決したとある。
  • (5)兵ア連は、淡路ACに対し、「処分の通知」と題する2009年11月27日付書面を送付したが、そこには、「貴クラブ構成員の言動および行動に対し警告処分とする」を処分内容とし、「2009年11月23日に開催した臨時(兵ア連)理事会において、貴クラブの構成員である申立人が再三の注意にも関わらず、全日本アーチェリー連盟(被申立人)および兵庫県体育協会に対して行った言動および行動は、従来のルールを無視するだけでなく、当連盟(兵ア連)および連盟会員全体に不利益を被る内容であったことが明らかになった。貴クラブの構成員のそのような行為は、当連盟(兵ア連)の目的に反し、兵庫県アーチェリー連盟規約第9条に準ずる行為であることは明白であ」ることを処分理由とする旨の記載がある。
  • (6)2010年2月16日に淡路ACクラブ会議が開催(申立人欠席)され、規約の原案について審議し一部訂正のうえ可決し、2010年2月16日制定施行するとした。次に申立人の提案について審議し、(兵ア連)理事会に要望する提案は否決された。また、申立人の処遇について審議し、出席者5名中4名が退会処分、1名白票、委任状2名で3分2を超えているので退会処分と決議された。このクラブ会議について申立人に議題を記載した開催通知がなされたかどうかは不明である。
  • (7)同年3月17日兵ア連理事会が開催された。議題は、申立人からの要望・苦情であり、申立人は「淡路ACから2010年度の登録が拒否され、このままでは兵ア連に登録できず競技者登録もできないので、兵ア連から淡路ACに対し登録拒否しないように申し入れてほしい」と要望した。淡路AC選出理事から経過説明があり、申立人は退会勧告が昨年10月になされたがこの勧告は一方的で認められるものではないので、兵ア連による淡路ACに対する上記内容の指導要請をした。その後申立人と参加理事との間において質疑応答等がなされ、理事会は、「淡路ACと申立人との間の問題であるので申立人の申入れに対し理事会として特に行動を起こさない」との決議を行った。
  • (8)申立人は、被申立人に対し、2011(平成23)年7月15日付要望書と題する書面を送付した。要望の内容は、「①平成21年7月10日付兵ア連決議並びに同年10月4日付淡路AC通告及び平成22年2月16日淡路AC全体会議決議中2月17日付処遇通知決議を取消すように上記各団体を指導監督すること、②上記各団体が応じないとき、被申立人名義で①記載の決議を取り消し、平成22年3月末日時点で申立人が淡路AC及び兵ア連の会員であることを確認し、確認した旨の文書を申立人に交付すること、③①、②の原因となった兵ア連の不当な行為の処分を含む適切な指導監督を行うこと」であり、その理由として、「被申立人は、アーチェリーのため、特に選手登録と競技規則運用について、上位団体として下位の加盟団体を指導監督することができると解すべきであるとする。更に、①について、申立人が兵庫県体育協会に接触したことを申立人の処分の理由としているように思われるが、申立人のどのような行為がどのような理由で処分の対象となるのか説明がなされず、また反論の機会も与えられなかった。1ケ月以内に①②が行われないときは仲裁申立てを行う。」と記載されていた。
  • (9)被申立人は、申立人に対し、上記要望書に対し、同年8月3日付回答書において、「1.検討の結果、要望は兵ア連と淡路ACとの問題と考える。2.申立人の兵ア連への入会希望は、申立人が兵ア連傘下クラブを通じ入会申込をされれば、通常の手続きにより入会を受ける旨兵ア連から回答を得ている。」と回答した。
  • (10)申立人は被申立人に対し、被申立人一般会員規程第12条「アーチェリー競技またはその運営に関して行った決定に対する不服申し立ては、日本スポーツ仲裁機構の「スポーツ仲裁規則」に従って行う仲裁により解決されるものとする。」に基づいて、申立人の2011年7月15日付要望書に対する被申立人の回答書の内容がアーチェリーの運営に関する決定であるとして、スポーツ仲裁の申立てをし、2011年11月9日、同申立ては受理された。


第4 判断の理由
 1 判断の基準について
スポーツ仲裁における仲裁判断基準として、日本スポーツ仲裁機構の仲裁判断の先例によれば、
「日本においてスポーツ競技を統括する国内スポーツ連盟(被申立人もその一つである)については、その運営に一定の自立性が認められ、その限度において仲裁機関は国内スポーツ連盟の決定を尊重しなければならない。仲裁機関としては、1)国内スポーツ連盟の決定がその制定した規則に違反している場合、2)規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、3)決定に至る手続に瑕疵がある場合、または4)国内スポーツ連盟の制定した規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合において、それを取り消すことができると解すべきである。」
と判断されており、本件スポーツ仲裁パネルも基本的にこの基準が妥当であると考える。
よって、本件においても、上記基準に基づいて判断する。

 2 関連する諸規則
被申立人並びにその加盟団体である兵ア連及びその傘下の淡路ACにおいては、それぞれの会員、除名、及びその他本件スポーツ仲裁の申立てに関連する規定として以下のものが存在する。
  • (1)被申立人
    • (ア) 定款
    • 第4条(目的)
    •  この法人は、わが国におけるアーチェリー競技会を統括し、これを代表する団体として、アーチェリーに関する事業を行い、もって国民の心身の健全なる育成に寄与することを目的とする。
    • 第6条(法人の構成員)
      •  (1)正会員 ①都道府県におけるアーチェリーを統括する競技団体を代表する者(以下略)
      第10条(除名)
    •  会員が次のいずれかに該当するに至ったときは、総会の決議によって当該会員を除名することができる。
      • (1) この定款その他の規則に違反したとき。
      • (2) この法人の名誉を傷つけ、又は目的に反する行為をしたとき。
      • (3) その他除名すべき正当な事由があるとき。
      2 前項の規定により会員を除名したときは、当該会員に対し、除名した旨を通知しなければならない。
    • 第11条(会員資格の喪失)
    • 前2条の場合のほか、会員は(中略)その資格を喪失する。
    • 第13条(権限)
    •  総会は次の事項について決議する。
      • (1) 会員の除名(以下略)
      第45条(委任)
    •  この定款に定めるもののほか、この法人の運営に関する必要な事項は、理事会の決議を経て、代表理事が別に定める。
    • (イ) 定款細則
    • 第1条(目的)
    •  定款第45条に基づき、公益社団法人全日本アーチェリー連盟(以下「本連盟」という。)の組織運営に関する細部を規定する。
    • 第2条(加盟団体)
    • 定款第6条に定める正会員を選出できる団体(以下「加盟団体」という)とは、各都道府県を統括し、これを代表するアーチェリー競技団体(中略)をいう。
    • 第13条(提出書類)
    •  (略)
    •  2 加盟団体は、規約の変更、(中略)があったときは、速やかに報告しなければならない。
    • 第14条(遵守義務)
    • 加盟団体の役員及び本連盟に登録している一般会員は、本連盟定款その他諸規則を遵守しなければならない。
    • 第15条(一般会員登録)
    • 加盟団体は、本連盟に一般会員登録を希望する者を審査し、(中略)登録する事ができる。(以下略)
    • 第21条(加盟団体)
    • 加盟団体が本連盟の定款、規則等に違反したときは、理事会において調査し、理事会および総会の決議により、警告または脱退させることができる。
    • 2前項の決議にあたっては、定款第10条の規定を準用する。この場合、定款第10条にある「会員」を「加盟団体およびその会員」と読み替えるものとする。(以下略)
    • 第22条(加盟団体の会員)
    •  本連盟または加盟団体から除名された加盟団体の会員は、公認競技会並びに本連盟主宰の競技会(中略)に参加する資格を失う。
    • (ウ) 一般会員規程
    • 第3条
    •  本連盟の会員とは、所定の手続きを経て加盟団体に登録した競技者、指導者及び役員をいう。
    • 第4条
    •  本競技者規程(本一般会員規程の誤りと思われる)は本連盟に所属する全ての会員に適用される。
    • 第5条
    •  本連盟の加盟団体は、次に掲げる者を会員とすることは出来ない。なお、既に会員である場合は、第6章第10条(罰則規程)に従うものとする。
    • (中略)
    • (5)その他、本規程に違反し、品位を損ない、本連盟の名誉を傷つけた者。
    • 第10条
    •  会員が本規程に違反し、品位を損ない、本連盟の名誉を傷つけたときは、倫理委員会で審議し、理事会で決定のうえ罰則を与えることができる。
    • 第12条
    •  アーチェリー競技またはその運営に関して行った決定に対する不服申し立ては、日本スポーツ仲裁機構の「スポーツ仲裁規則」に従って行う仲裁により解決されるものとする。
    (2)兵ア連
    • (ア) 規約
    • 第6条(入会)
    •  本連盟に入会しようとする者は、所定の様式による入会申請書を会長に提出し、理事会の承認を受けなければならない。
    • 第8条(会員資格の喪失)
    •  会員は次の事由によって、その資格を失う。
    •     (中略)
    •  6)除名されたとき
    • 第9条(除名)
    • 会員が連盟の名誉を毀損し、または目的に反する行為をしたとき、もしくは規約及び会員としての義務に違反したときは、理事会の議決を経て会長はこれを除名することができる。
    • (イ) 規約細則
    • 第3章第5条正会員(中略)の定義に関して、以下を定める。
    •  1)正会員は、本連盟に正式加盟している団体に所属し、本連盟を通じて全日本アーチェリー連盟に登録した者とする。(以下略)
    • 第3章第6条本連盟への入会について、以下を定める。
    • (略)
    •  8)正式加盟の団体は、本連盟への登録人数を最低6名と(する)。(以下略)
    (3)淡路AC
    • (ア) 規約
    • 第8条(退会)
    • (略)又、以下の者はクラブの運営に支障となる為、クラブ会議において、決議を行い、本規約第5条の方法に基づき、会議参加者3分の2以上の賛成で退会処分とする。
    • (略)
    • 5)クラブを経由せずして、個人で連盟に提案、要望、議案、異議申し立てを行った者。
    • (以下略)
    • 第9条(提案・要望)
    •  (略)
    • 兵庫県アーチェリー連盟への提案・要望は、役員に文書、メールでの送付を有効とし、FAXは無効とする。(中略)
    • 尚、兵庫県アーチェリー連盟への提案は、クラブからの発信として、個人での発言は禁止とする。尚、違反した者は、本規約第8条の処分を適用する。
    • 第11条(規約施行)
    • 本規約は、クラブ会議にて本規約第5条の規約の方法に基づき決議された時点で施行される。
    • 規約制定 平成22年2月16日
    • 規約施行 平成22年2月16日
 3 請求(1)乃至(5)について
  • (1)被申立人に対する申立人の2011(平成23)年7月15日付要望書の趣旨は、要するに、兵ア連及び淡路ACの行った申立人に対する事実上の除名処分が処分理由の告知もなく反論の機会も与えられずになされたもので不当であるので、上位団体である被申立人が加盟団体及びその傘下の団体に対する指導監督権を行使し必要で適切な措置を求めるものと理解することができる。
     被申立人は、加盟団体の役員及び登録した一般会員に対し、被申立人の定款その他諸規則を遵守させる(定款細則14条)ために指導監督する権利を有するものと理解すべきであり、このことは、被申立人も認めるところである。ところで、加盟団体の定款その他規則違反に対しては、被申立人の理事会が調査することになっており、加盟団体の登録競技者による被申立人の一般会員規程違反等に対しては、被申立人の倫理委員会で審議することになっている。違反が認められたときは、前者の場合は、理事会及び総会の決議で警告または脱退させることが可能であり(定款細則21条1項)、後者では、倫理委員会で審議し理事会決議により罰則が与えられることになっている(一般会員規程3条、5条、10条)。また、被申立人は、加盟団体に対し、規約の変更について速やかな報告義務を課している(定款細則13条2項)。この結果、被申立人は、加盟団体及びその傘下の団体の定款その他の規則の内容は当然知っているものと考えられる。また、この報告義務を課すことによって、被申立人は、加盟団体が違法な規定はもとより不合理な規定や不当な規定が制定されないよう監視することができるとともに加盟団体における規定の統一化を図ることができると考えられる。
     スポーツ競技における最上位の統括団体は、下位の加盟団体に対して、一般的、抽象的に指導権、監督権があるということができるが、この指導権、監督権がどのような内容のものであるかについては、ケース・バイ・ケースで判断されることになる。アーチェリー競技においても、その統括団体である被申立人に加盟団体に対する抽象的な指導権、監督権を肯定することができる。
     この点について、被申立人は、加盟団体、傘下の団体といえども1個の独立した団体であり、自治権を有し、除名処分をすることも自治権の行使であるので、最上位の統括団体である被申立人であっても関与すべきではないと主張する。確かに、加盟団体等も一つの団体としてその運営等について自治権を有することは否定できず、また、被申立人が常に加盟団体の行為を監視して指導監督しなければならないものでもない。しかしながら、上記諸規定に照らし、被申立人は、加盟団体等の行為が明らかに加盟団体自身の規則や被申立人の規則に違反した場合あるいは、規則等に照らして明らかに不当なことが行われた場合には、統括団体として、加盟団体を指導監督し、違法状態、不当状態を是正すべき義務があると解すべきである。

  • (2)申立人が被申立人に提出した要望書によれば、申立人に対し、処分理由の告知もなく反論の機会も与えられずに除名処分がなされた可能性がある。一般的に、行政処分において本人に重大な不利益処分を課す場合には、事前に本人に弁明の機会を与えなければならないとされており、この原則は、スポーツ競技団体の会員資格をはく奪する除名処分の場合にも適用されるべきである。
     2009(平成21)年7月10日付兵ア連理事会議事録、同年8月29日付淡路ACの警告書、同年11月23日付兵ア連理事会議事録、同年11月27日付兵ア連から淡路AC宛の処分の通知書、2010(平成22)年2月16日付淡路AC会議議事録によれば、申立人は、2010(平成22)年2月16日に開催された淡路ACの会議において退会処分の決議がなされたことが認められるとともに、この処分が兵ア連理事会の意向に沿って行われたことがうかがわれる。しかし、この議事録の記載からは、申立人のどのような行為が処分の対象となったのかは明確ではない。不利益処分を受ける者に弁明の機会を与えるためには、事前に処分の対象となる行為や事実及び処分理由の告知がされなければならないのに、これらの点が提出書類からは極めて不明確である。
     更に、提出書類によれば淡路ACによる申立人に対する退会処分の根拠となる規定は、処分の決議がなされた2010(平成22)年2月16日に制定されたものと考えられる。
     一般的に、刑罰や懲戒処分に対しては、新たに制定された法律が、その施行より前の行為等には適用されないという法律不遡及の原則が適用され、この原則に反する処分は無効と考えられている。この原則は、競技団体における除名処分に対しても適用されるべきである。
     そうであるとすると、提出された証拠からは、申立人の被申立人の会員資格の前提要件である淡路ACの会員資格を失わせることになる淡路ACの退会処分は無効の可能性があると言わざるを得ない。ところで、被申立人、兵ア連、淡路ACはいずれも除名処分(淡路ACでは退会処分)の規定を有しているが、兵ア連及び淡路ACには、不服申立ての規定が存在しない。もし、不当な処分によって、申立人がアーチェリーを継続できなくなったとすれば、統括団体である被申立人としてこれを放置することは許されないと考えられる。しかしながら、被申立人は、申立人の要望書に対する回答書において、被申立人が関与する問題でないと回答するだけで、本仲裁手続きにおいても、同様の主張を繰り返し、退会処分の有効性に対する疑義に関し、十分な調査を未だに行っていない。
     被申立人としては、このような要望書が提出され、そこで問題となっている加盟団体またはその傘下の団体の処分が、アーチェリー競技者である申立人にとって極めて重大な退会処分であり、申立人の述べたとおりの事実であれば、何らかの是正措置をとらなければならないと考えられる。したがって、被申立人は、要望の内容について調査しその結果に基づいて適切な対応をすべきであったということができる。

  • (3)回答書(甲3)の第2項には、兵ア連傘下のクラブを通じて申立人が入会申込みをすれば兵ア連は入会を認めるとの回答を得ている旨の記載があり、被申立人は、申立人から要望書を受領してから何もしなかった訳ではなく、申立人に回答するために兵ア連に連絡し何らかの指導をしたと思われるが、申立人の主張する事実の有無等の調査はしていないとのことである。しかし、申立人の主張及び提出した書類によれば、申立人に対する退会処分は無効とされる可能性があり、兵ア連、淡路ACはいずれも除名処分に対する不服申立ての規定がない以上、退会処分の重大性に鑑みれば、被申立人は、申立人の主張について十分な調査を行い、その結果に基づいて、アーチェリーの統括団体として、加盟団体、傘下の団体に対し適切な指導監督をすべき義務があったと言わざるを得ない。
     被申立人は、過去において、団体の参加資格問題や加盟団体での不祥事件等について、加盟団体を指導したことがあるというのであるから、本件の重大性を考えると詳細な調査を行い、それに基づいて適切な指導監督権を行使すべき義務があったのに行わなかったことにおいて、いわゆる作為義務違反があったということができる。
     しかしながら、調査の結果、仮に処分が無効であるとの結論がでたとしても、被申立人が加盟団体もしくは傘下の団体の行った処分を取り消せるかどうかは被申立人の定款その他の規則、兵ア連、淡路ACの規約及び兵ア連、淡路ACの有する自治権等を考慮して判断しなければならない。また、調査を行っていない段階で、兵ア連及び淡路ACに対する処分をしないように指導すること(請求(3)の一部)、(ア)被申立人は、兵ア連・淡路ACが申立人に対してなした処分を取り消すよう指導せよ(イ)被申立人は、申立人が兵ア連・淡路ACの会員であることを確認する(請求(4))、及び兵ア連・淡路ACの申立人の各決議の違法確認及び取消(請求(5))の請求はいずれも認められないので棄却することとする。しかし、請求(3)は被申立人に対し、申立人の受けた処分について調査し、調査結果に基づいて兵ア連・淡路ACに対し指導することの申立を含んでいるものといえるので、この限りにおいて申立人の請求(3)を認めることとする。請求(1)及び(2)については、このような一般的な義務の確認をしても具体的な紛争の解決に資するものではなく、スポーツ仲裁になじむものとは考えられない。したがってこれらの請求は却下する。

4 申立費用の負担について
 上記のとおり、申立人の請求(3)の一部だけが認められるべきものであるから、申立料金5万円は、双方で折半して負担するのが相当である。

5 結論
よって、仲裁パネルは主文のとおり判断する

2012年6月29日

スポーツ仲裁パネル
仲裁人 竹之下義弘
仲裁人 伊東  卓
仲裁人 高木 伸學

仲裁地:東京都



(別紙)

仲裁手続の経過
  • 1. 2011年10月31日、申立人は、一般財団法人日本スポーツ仲裁機構(以下「機構」という。)に対し、同日付「申立書」、「証拠目録」、及び「証甲第1号」から「証甲第208号」までを提出し、本件仲裁を申し立てた。
  • 2. 同年11月9日、機構は、本件申立てに関し、公益社団法人全日本アーチェリー連盟発行競技規則一般会員規程第七章補則第12条により仲裁合意があるものと判断し、「スポーツ仲裁規則」第15条1項に定める確認を行ったうえで、同項に基づき申立人の仲裁申立てを受理した。また、機構は同日、「スポーツ仲裁規則」21条1項に基づき、本件を通常の仲裁事案として3名の仲裁人によりスポーツ仲裁パネルを構成することを決定した。
  • 3. 同月16日、申立人は、「証拠目録」及び「証甲第209号」から「証甲第211号」までを機構に提出した。
  • 4. 同年12月5日、申立人は、「証拠目録」及び「証甲第212号」から「証甲第219号」までを機構に提出した。
  • 5. 同月19日、被申立人は、機構に対し「答弁書」を提出した。
    同日、髙木伸學は仲裁人就任を受諾した。
  • 6. 同月21日、伊東卓は仲裁人就任を受諾した。
  • 7. 同月26日、「スポーツ仲裁規則」22条2項に基づき、伊東仲裁人と髙木仲裁人の協議の下、第三仲裁人として竹之下義弘を選定し、同人が翌日仲裁人就任を受諾したため、竹之下仲裁人を仲裁人長とする本件スポーツ仲裁パネルが構成された。
  • 8. 2012年1月10日、申立人は、機構に対し「主張書面」、「上申書」、修正した「申立書」、「証拠目録」及び「証甲第220号」から「証甲第223号」までを提出した。
  • 9. 同月16日、本件スポーツ仲裁パネルは、申立人に文書の提出を求める「スポーツ仲裁パネル決定(1)」を行い、両当事者にこれを通知した。
  • 10. 同月24日、被申立人は、「理事会議事録(2009年11月)」、「処分の通知」、「淡路島AC規約」、「理事会議事録(2010年第一回理事会)」、「公益社団法人全日本アーチェリー連盟定款」、「公益社団法人全日本アーチェリー連盟一般会員規程」、及び「文書提出明細」を機構に対し提出した。
  • 11. 同月25日、申立人は、機構に対し「全日本アーチェリー連盟競技規則」を提出した。
  • 12. 同月31日、申立人は、機構に対し「主張書面」を提出した。
  • 13. 同年2月29日、申立人は、機構に対し、「主張書面」を提出した。
  • 14. 同年3月21日、本件スポーツ仲裁パネルは、「スポーツ仲裁規則」47条に従い、中間判断を両当事者に通知した。
  • 15. 同月26日、本件スポーツ仲裁パネルは、申立人に請求の趣旨を明確にするよう求める「スポーツ仲裁パネル決定(2)」を行い、両当事者にこれを通知した。
  • 16. 同月27日、申立人は、機構に対し、「回答書」を提出した。
  • 17. 同年4月3日、本件スポーツ仲裁パネルは、被申立人に、請求の趣旨に対する認否及び主張をするよう求める「スポーツ仲裁パネル決定(3)」を行い、両当事者に通知した。
  • 18. 同月10日、被申立人は、機構に対し、「準備書面1」を提出した。
  • 19. 同月20日、本件スポーツ仲裁パネルは、両当事者に証人尋問申請書の提出を、被申立人に請求の趣旨に対する認否及び文書の提出を求める「スポーツ仲裁パネル決定(4)」を行い、両当事者に通知した。
  • 20. 同月20日、被申立人は、機構に対し、「公益社団法人全日本アーチェリー連盟定款細則」を提出した。
  • 21. 同年5月6日、申立人は、機構に対し、「主張書面書証1~6」を提出した。
  • 22. 同月31日、本件スポーツ仲裁パネルは、審問期日等を決定した「スポーツ仲裁パネル決定(5)」を行い、両当事者に通知した。
  • 23. 同年6月11日、被申立人は、機構に対し、「委任状」を提出した。
  • 24. 同月14日、審問期日が開催され、本人尋問が行われ、本件スポーツ仲裁パネルは審理の終結を決定した。

以上


中間判断

中 間 判 断
一般財団法人日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2011-002
申 立 人 :X
被 申 立 人:公益社団法人全日本アーチェリー連盟

主 文
本件スポーツ仲裁パネルは、次のとおり中間判断する。

平成23年7月15日付申立人の要望書に対する平成23年8月3日付被申立人の回答書は、被申立人「一般会員規程」第12条にいう「アーチェリー競技の運営に関して行った決定」に該当する。

理 由
第1 手続の経過
  • 1.2011年10月31日、申立人は、一般財団法人日本スポーツ仲裁機構(以下、「機構」という。)に対し、同日付「申立書」、「証拠目録」、及び「証甲第1号」から「証甲第208号」までを提出し、本件仲裁を申立てた。
  • 2.同年11月9日、機構は、本件申立てに関し、公益社団法人全日本アーチェリー連盟発行競技規則一般会員規程第七章補則第12条により仲裁合意があるものと判断し、「スポーツ仲裁規則」第15条1項に定める確認を行ったうえで、同項に基づき申立人の仲裁申立てを受理した。また、機構は同日、「スポーツ仲裁規則」21条1項に基づき、本件を通常の仲裁事案として3名の仲裁人によりスポーツ仲裁パネルを構成することを決定した。
  • 3.同月16日、申立人は、「証拠目録」及び「証甲第209号」から「証甲第211号」までを機構に提出した。
  • 4.同年12月5日、申立人は、「証拠目録」及び「証甲第212号」から「証甲第219号」までを機構に提出した。
  • 5.同月19日、被申立人は、機構に対し「答弁書」を提出した。同日、髙木伸學は仲裁人就任を受諾した。
  • 6.同月21日、伊東卓は仲裁人就任を受諾した。
  • 7.同月26日、「スポーツ仲裁規則」22条2項に基づき、伊東仲裁人と髙木仲裁人の協議の下、第三仲裁人として竹之下義弘を選定し、同人が翌日仲裁人就任を受諾したため、竹之下仲裁人を仲裁人長とする本件スポーツ仲裁パネルが構成された。
  • 8.2012年1月10日、申立人は、機構に対し「主張書面」、「上申書」、修正した「申立書」、「証拠目録」及び「証甲第220号」から「証甲第223号」までを提出した。
  • 9.同月16日、本件スポーツ仲裁パネルは、申立人に文書の提出を求める「スポーツ仲裁パネル決定(1)」を行い、両当事者にこれを通知した。
  • 10.同月24日、被申立人は、「理事会議事録(2009年11月)」、「処分の通知」、「淡路島AC規約」、「理事会議事録(2010年第一回理事会)」、「公益社団法人全日本アーチェリー連盟定款」、「公益社団法人全日本アーチェリー連盟一般会員規程」、及び「文書提出明細」を機構に対し提出した。
  • 11.同月25日、申立人は、機構に対し「全日本アーチェリー連盟競技規則」を提出した。
  • 12.同月31日、申立人は、機構に対し「主張書面」を提出した。
  • 13.同年2月29日、申立人は、機構に対し、「主張書面」を提出した。


第2 判断の理由
被申立人は、申立人に関し、被申立人競技者規則12条にいう「アーチェリー競技またはその運営に関して」「決定」を行った事実はないので、同条が適用される余地はなく、したがって本件申立ては不適法として却下されるべきであると主張する。

ところで、スポーツ仲裁規則によれば、仲裁申立書には「申立ての対象となる決定の特定」と「援用する仲裁合意又は競技団体規則の有無」を記載しなければならないとされている(第14条1項5号、6号)。また、「スポーツ仲裁パネルは、付託された事案について仲裁判断をする権限を有するか否かを決定することができる。」と規定している(第26条)。

そこで、本件仲裁申立てが適法であるためには、まず、申立人の申立ての対象が「アーチェリー競技の運営に関して行った決定」といえるかどうかを判断しなければならない(なお、申立ての対象がアーチェリー競技に関して行った決定でないことは明らかである。)。

申立人は、平成23年7月15日付申立人作成の要望書(甲7)に対する平成23年8月3日付被申立人作成の回答書(甲3)が、「アーチェリー競技の運営に関して行った決定」に該当する旨主張する。被申立人が日本におけるアーチェリー競技会を統括し代表する団体としてアーチェリーに関する事業を行っていること(被申立人定款第4条)及び加盟団体に登録した競技者等に対し被申立人が努力義務や禁止事項、罰則等を詳細に定めていること(競技者規程2条、3条、5~7条、9条、10条)を理由とする。

被申立人には、「一般会員規程」が存在するが、その内容は被申立人の「競技者規程」(甲220)とほとんど同じ内容であるので、「競技者規程」を廃止し「一般会員規程」と名称を改めて平成22年11月1日に施行した規程と考えられる。この規程にいう加盟団体は、定款第6条の競技団体と同じものと考えられる。

一般会員規程6条は、会員に対し一定の行為の届出義務を規定し被申立人が適当でないと認めた場合当該行為を禁止できるとしている。また、一般会員規程5条は、一定の事由がある場合に、罰則として除名することができる趣旨と解することができる。以上を前提にすると、被申立人は、加盟団体及び加盟団体に属する会員に対し、一般的に指導監督する立場にあるということができる。加盟団体に対し一般的に指導監督することができる場合に、指導監督しなかった不作為が、「アーチェリー競技の運営に関して行った決定」といえるかが問題となる。

申立人が被申立人に請求した内容は、要望書(甲7)によれば、申立人の加盟団体である兵庫県アーチェリー連盟の理事会決議によってその傘下の淡路島ACが行った申立人を事実上除名する決議が違法であるので被申立人はこれらの決議を取消すように指導監督すべき義務があるのでその旨指導監督せよというものである。
これに対して、被申立人は、回答書において申立人の要求は兵庫県アーチェリー協会とその傘下の淡路島ACの問題である、従って被申立人の関与すべき問題ではないと回答したものと解することができる。
即ち、被申立人の要望書に基づく請求に関し全く何もしなかったものではなく、回答書において、これらの請求は被申立人の関与すべき問題ではないから指導監督をしないという対応(意思表示)を明確にしたものということができ、この回答をもって決定があったものと解することができる。
要望書はアーチェリー競技の運営に関するものであるので、被申立人の行った回答が「アーチェリー競技の運営に関して行った決定」であると解することができる。
そうであるとすると、申立ての対象となる決定として特定されたものは、被申立人「一般会員規程」第12条にいう「アーチェリー競技の運営に関して行った決定」に該当すると解するのが相当である。
したがって、仲裁パネルは、本件申立てについて仲裁判断をする権限を有するものと決定するものである。

以上

2012年3月14日

仲裁人 竹之下義弘
仲裁人 伊東  卓
仲裁人 髙木 伸學

仲裁地 東京


以上



以上は、仲裁判断の謄本である。
一般財団法人日本スポーツ仲裁機構
代表理事(機構長) 道垣内正人
※申立人等、個人の氏名等はアルファベットに置き換え、各当事者の住所については削除してあります。