仲裁判断

 

仲裁判断(2011年12月26日) 

 

仲 裁 判 断
一般財団法人日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2011-001
仲裁判断
申立人:X
申立人代理人:X 監督 A
  同 :X 助監督 B
  同 :弁護士 沖山延史
     弁護士 鈴木勝利
     弁護士 丸山恵一郎
     弁護士 佐野知子
     弁護士 池田千絵
     弁護士 渡邉迅
     弁護士 國吉宏明
     弁護士 藤田剛紀
     弁護士 鈴木修平
被申立人:関東学生馬術協会
被申立人代理人:弁護士 上條弘次

主 文
1 申立人の請求を棄却する。
2 申立料金5万円は申立人の負担とする。

理  由
第1 当事者の求めた仲裁判断
1 申立人は、以下のとおりの仲裁判断を求めた。
  • (1) 被申立人が平成23年8月17日に行った平成23年度関東学生馬術競技大会・関東学生賞典総合馬術競技大会においての申立人のC及びD号の成績(個人成績*位)の取消の決定を取り消す。
  • (2) 申立料金5万円は被申立人の負担とする。
2 被申立人は、以下のとおりの仲裁判断を求めた。
  • (1) 申立人の請求を棄却する。
  • (2) 申立費用は申立人の負担とする。
第2 事実の概要
 本件は、申立人のC及びD号(以下「本件馬匹」という。)が、2011年6月25日及び26日に行われた平成23年度関東学生馬術競技大会・関東学生賞典総合馬術競技大会(以下「本件競技大会」という。)において個人成績*位の成績を収めたところ、被申立人が、2011年8月17日に行った臨時理事会においてその成績を取り消す決定(以下「本件決定」という。)を行ったことから、申立人が、被申立人に対し、本件決定の取消を求めたものである。
第3 判断の前提となる事実
 両当事者間に争いのない事実、及び証拠により容易に認められる事実は、以下のとおりである。

1 当事者
 申立人は、学校法人E大学により設立されたE大学に置かれたE大学体育会を構成する部の一つである(E大学体育会規約)。申立人は、一般財団法人日本スポーツ仲裁機構(以下「機構」という。)が定めるスポーツ仲裁規則(以下「スポーツ仲裁規則」という。)第3条第2項の「競技者」に該当する。
 被申立人は、学生馬術の発展、馬事思想の普及並びにOB及び学生を含めた相互の親睦を図ることを目的として設立された任意団体であり、関東地区内に本部を置く大学馬術部を会員とするものである(関東学生馬術協会会則)。被申立人は、スポーツ仲裁規則第3条第1項の「競技団体」に該当する。
 申立人は、被申立人の会員の一つであり、申立人の監督であるA(以下「申立人監督A」という。)は、被申立人の理事の一人である。
 申立人の本件仲裁申立に対し、被申立人は、2011年10月13日付け回答書を機構に対し提出し、本仲裁事案をスポーツ仲裁規則に基づく仲裁により解決することに同意したことから、両当事者間には仲裁合意があると認められる。
 なお、機構は、2011年12月5日、申立人及び被申立人の要請に基づき、両当事者に対し、それぞれ15万円を上限額とする手続費用支援を行うことを決定している(手続費用の支援に関する規則)。

2 競技会に関する諸規程
  • (1) 被申立人が定める「関東学生馬術協会競技会規程」(平成23年度版。申立人資料5。以下「関東規程」という。)には、以下の規定が存在する。


    (目的)
    第1条 この競技会規程(以下「関東規程」という。)は、関東学生馬術協会の主催する競技会(以下「主催競技会」という。)の運営に関して必要な事項を明示し、関係者の周知徹底を図ること(ママ)目的とする。
    (競技会)
    第3条 主催競技会は、次の各号の通りとする。
    • (1) 関東学生馬術競技大会
    •  〔①及び②は略〕
    •  ③関東学生賞典総合馬術競技大会
    • 〔(2)以下は略〕
    (参加資格)
    第4条 主催競技会の参加資格は、〔中略〕
    • (1)本会の登録選手〔a.ないしc.は略〕
    • (2)当該年度の4月30日現在、全日本学生馬術連盟の登録馬
    • (3)選手と馬の帰属は同一
    • (4)選手は何等かの傷害保険に加入
    • の条件を満たさなければならない。
    • 〔2.以下は略〕
    (競技会規程)
    第5条 主催競技会においては、最新版の国際馬術連盟の該当する競技会規程、日本馬術連盟競技会規程、全日本学生馬術連盟競技会規程、関東規程及び事前打ち合わせ会などで決定される規則(以下「ローカルルール」という。)を準用する。
    2.ローカルルール及び各競技会規程で矛盾が生じたときは、ローカルルール、関東規程、全日本学生馬術連盟競技会規程、日本馬術連盟競技会規程、国際馬術連盟の該当する競技会規程の順序に従い準用する。
    (異議申し立て)
    第10条 異議申し立ての資格のある者は、本会理事、各校監督、各校部長又は主将に限定され、書面にて審判長又は上訴委員に宛て提出しなければならない。
    2.異議申し立ての期限は、次の通りとする。
    • (1)選手又は馬匹の資格に関するものは、前日の打合会
    • 〔(2)以下は略〕
    (関東学生馬術競技大会実施要項)
    第12条
    4.関東学生賞典総合馬術競技大会の実施要項は、次の通りとする。
    • (1)参加資格
    • a.人馬の参加資格は関東規程第4条第1項各号の条件を満たさなければならない。〔以下略〕

  • (2) 全日本学生馬術連盟(以下「学馬連」という。)が定める「全日本学生馬術競技会規程」(乙1。以下「学馬連規程」という。)には、以下の規定が存在する。


    第1条 緒言
     本規程は、全日本学生馬術連盟〔中略〕が主催する競技会の規程を詳細に明示したものである。
    第3条 登録及び競技参加資格
    3.馬匹の登録
    • (1)会員は繋養馬匹を本連盟(注:学馬連のこと)に登録すること。
    • (2)〔略〕
    • (3)繋養馬匹とは学生が直接飼育管理している部所有の馬匹に限る。部員が通える唯一の活動場所か、あるいは活動場所、飼育管理場所を借用地『乗馬クラブ等』を使用している大学は登録馬匹全頭を同一場所にて飼育していること。違反した場合は登録を抹消することができる。ただし合宿や休養馬等は除く、合宿・休養期間は原則1ヶ月以内とし、その期間を過ぎる場合は当連盟に理由及び繋養先を明記の上届け、審査、承認を得ること。審査により登録抹消を勧告することがある。
    • (4)繋養馬匹の所属団体名は登録大学名とする。全日本学生3大大会終了後に、当年の12月まで所属団体を変更して競技に出場した場合は優秀乗馬等の表彰から除外する。(ただし、国体・県対抗試合を除く)
    4.馬匹の競技参加資格
    • (1)該当年度の4月30日までに本連盟(注:学馬連のこと)に登録されている馬匹。
    • (2)人馬の帰属が一致していること。
    • (3)〔略〕


  • (3) 以上の諸規程によれば、本件競技大会に出場するためには、馬匹の参加資格として、以下の条件を充足する必要がある。


    • (ア) 2011年4月30日現在において、学馬連の登録馬であること(ただし、後述のとおり、馬匹の登録締切日の延長措置の存否等について両当事者間に争いがある。)
    • (イ) 人馬の帰属が一致していること。
    • (ウ) 大学の「繋養馬匹」(全日学生規程第3条3項(3))であること。


3 事実経緯(すべて2011年)
  • (1) 4月19日ころ
     申立人が、本件馬匹以外の18頭の馬匹について、学馬連に登録手続を行った(両当事者間に争いなし。)。
  • (2) 4月中ないし5月初旬
     申立人OBのF(以下「F」という。)が、申立人に対し、本件馬匹を購入しないかとの打診を行ったが、申立人は、すでに登録期限が過ぎていることを理由にこれを断った(時期については争いがある。)。
  • (3) 5月7日及び8日
     8日に、平成23年度第1回学馬連総会が行われた。7日に行われた学馬連競技専門委員会において、震災の影響を考慮し、登録期限を1ヶ月延長することが検討された(検討の結果及びその後の経緯については争いがある。)。
  • (4) 6月1日ころ
     申立人より学馬連に対し、平成23年度馬匹登録申請書(乙7)が提出された。同申請書の日付けは2011年5月30日であり、本件馬匹を含む19頭の馬名、よみがな、日本馬術連盟登録番号等が記載されていた(提出の経緯については争いがある。)。
  • (5) 6月2日
     本件馬匹が申立人の厩舎に入厩した。
  • (6) 6月25日及び26日
     本件競技大会が開催され、C、本件馬匹が個人成績*位に入賞した。
  • (7) 6月27日
     本件馬匹が申立人の厩舎から退厩した。
  • (8) 8月1日
     被申立人による申立人監督A、本件競技大会当時に主将であったG、及び副将であったH(以下「申立人副将H」という。)への事情聴取が行われた。
  • (9) 8月17日
     被申立人の平成23年度第3回臨時理事会が開催され、本件決定がなされた。申立人監督Aも理事として出席した。この決定について、議事録には、「全員総意により、D(注:本件馬匹のこと)の成績抹消の処分を決定し、」と記載されている。
  • (10) 8月24日
     申立人が被申立人に対し、文書による処分通知の発行を求めた(申立人資料4)が、現在に至るまで処分理由を通知する文書は発行されていない。
  • (11) 9月15日
     申立人関係者と被申立人関係者の面談が行われた。


第4 仲裁手続の経過
 別紙仲裁手続の経過記載のとおりである。

第5 争点
 本件の争点は、以下のとおりである。
1 本件競技大会への参加資格として、本件馬匹の学馬連への登録は、有効になされていたか否か。
2 本件決定に至る手続に瑕疵はなかったか。
3 その他。

第6 争点に関する本件スポーツ仲裁パネルの判断
1 判断の基準について
 競技団体の決定の効力が争われたスポーツ仲裁における仲裁判断基準として、機構の仲裁判断の先例によれば、

「競技団体(被申立人もその一つである)については、その運営に一定の自律性が認められ、その限度において仲裁機関は、競技団体の決定を尊重しなければならない。仲裁機関としては、1)競技団体の決定がその制定した規則に違反している場合、2)規則には違反していないが著しく合理性を欠く場合、3)決定に至る手続に瑕疵がある場合、または4)競技団体の制定した規則自体が法秩序に違反しもしくは著しく合理性を欠く場合において、それを取り消すことができると解すべきである。」

と判断されており、本件スポーツ仲裁パネルも基本的にこの基準が妥当であると考える。
 よって、本件においても、上記基準に基づき判断する。

2 争点1について
  • (1) 関東規程4条(2)によれば、本件競技大会に参加するためには、2011年4月30日までに学馬連に馬匹の登録を行わなければならない。このことは、両当事者間に争いはなく、2011年4月当時から、申立人も認識していた。
     ところで、学馬連規程3条4項は、学馬連が主催する競技会への参加資格として「該当年度の4月30日までに本連盟(注:学馬連のこと)に登録されている馬匹。」と定めているところ、2011年5月7日に行われた学馬連競技専門委員会において、震災の影響を考慮し、上記登録期限を1ヶ月延長することが検討されたことについては、両当事者間に争いはない。しかし、その検討結果及びその後の経緯について、申立人は不知と主張しており、被申立人は上記登録期限の延長は否決されたと主張している。
     この点について、学馬連理事長であり被申立人副会長であるIの陳述書(乙15)及び証言、並びに被申立人会長J(以下「被申立人会長J」という。)の証言によれば、学馬連競技専門委員会において上記登録期限の延長が否決され、翌日の理事会及び総会でその旨報告されたこと、及びその旨の議事録が申立人に送付されていることが認められる。他方、申立人監督Aは、その証言において、学馬連の理事会及び総会に出席していないためその事実を知らなかったと述べているものの、上記登録期限の延長が否決されたことを積極的に否定しておらず、またその趣旨の証拠も提出していない。したがって、学馬連競技専門委員会において、学馬連が主催する競技会への参加資格としての上記登録期限を1ヶ月延長することは否決された(したがって、被申立人が主催する競技会への参加資格としての登録期限の延長措置も存在しなかった。)と認められる。
     さらに、本件馬匹について、2011年4月30日の時点では、学馬連に申立人の馬匹としての登録は行われていなかったことも、両当事者間に争いがない。
  • (2) ところで、申立人は、本件馬匹についても、本件競技大会への参加資格が認められるべきであると主張し、その理由として、申立人副将Hが、2011年5月20日ころ、他大学の馬術部員との会話から、4月30日の締切期限が東日本大震災の関係で5月30日まで延長されたのではないかと考え、学馬連事務担当者K(職員。以下「学馬連事務担当者K」という。)、被申立人幹事長L(学生幹事。以下「被申立人幹事長L」という。)、同登録担当者M(記録幹事。以下「被申立人登録担当者M」という。)に対し、5月30日までに提出すれば、4月30日までの登録として受け付けられるものであることを確認し、申立人監督Aが、申立人副将Hからの報告に基づき、本件馬匹を5月30日までに登録すれば本件競技大会に出場できると考え、Fに本件馬匹を購入したいと申し入れ、そして、申立人副将Hが、Fの了承のもと、本件馬匹を含む19頭について学馬連への馬匹登録を行ったとの事実経緯があったと主張している。
     この点につき、申立人副将Hと学馬連事務担当者Kとの間で行われたやりとり、確認の内容、馬匹登録申請書提出の経緯等については、両当事者間で争いがある。なお、学馬連事務担当者Kは、その陳述書及び証言において、申立人副将Hの問い合わせは、同人が4月17日に行った登録に誤りがあり、本来登録しなければならない馬がいるので追加登録はどうしたらよいかという趣旨のものと理解したと述べている。
     しかし、そもそも、学馬連への馬匹登録と被申立人への馬匹登録は別のものであること、学馬連への馬匹登録は、年間を通じいつでも行うことができるが、本件競技会に参加するためには、2011年4月30日までに学馬連に登録しなければならないという時期的関係にあることが、正確に理解されなければならなかったところである。そして、上記のとおり、申立人副将Hと学馬連事務担当者Kとの間で行われたやりとりについては争いがあるものの、仮に申立人に最大限有利な仮定、すなわち、学馬連事務担当者Kが申立人副将Hに対し、今年は5月30日までの登録が許されると回答し、それを信じた申立人が本件馬匹を購入して学馬連に対し登録を行ったという仮定を措いたとしても、そもそも、今年度の競技大会への参加資格としての馬匹登録の期限を4月30日から5月30日まで延長する措置は、学馬連においても被申立人においても、客観的には行われていなかったことは、上記認定のとおりである。さらに、学馬連事務担当者Kは、被申立人の職員ではなく学馬連の職員であって、しかも事務担当者にすぎないから、被申立人における登録期限の延長措置について、何らの決定権限も回答権限もない。したがって、その回答如何によって、被申立人が主催する本件競技大会への参加資格が左右される理由はないものといわざるを得ない。
     また、申立人は、学馬連事務担当者K等の説明を信じたことから、表見代理により、申立人が行った本件馬匹の学馬連への登録は、本件競技大会への参加資格として有効と認められるべきと主張する。しかし、一般に、競技大会への参加資格は、すべての競技参加者に一律に適用される競技会規程等により、厳格に定められるべきである。ここに表見代理の適用の余地を認めると、一部の競技参加者に対する主催者の対応により参加資格が異なる結果となるが、それは不当であるから、競技大会への参加資格の存否に関し表見代理を認める余地はないものといわざるを得ない。その点を措いても、学馬連事務担当者Kは学馬連の職員であって被申立人の職員ではないから、被申立人との間で表見代理が成立する余地はない。また、被申立人の事務を担当していた学生である被申立人幹事長Lや被申立人登録担当者Mの言動については、全証拠をもってしても、被申立人との関係において表見代理の基礎となる外観が作出されたとは認められない。そもそも、検討された登録期限の延長措置は本年度だけの特例なのだから、申立人において特に慎重に事実を確認すべきであり、例えば、学生である申立人副将Hだけではなく申立人監督Aにおいて、事務担当者ではなく被申立人会長等の幹部に問い合わせることができたはずであり、それを行わなかった点に、申立人の過失が認められる。よって、申立人の表見代理の主張は認められない。
  • (3) したがって、申立人が本件馬匹について学馬連に対し行った登録は、登録それ自体は有効であるものの、今年度の競技大会への参加資格としての馬匹登録の期限である4月30日を徒過しており、上記登録によって、本競技大会への参加資格は得られなかったものと認められる。


3 争点2について
 申立人は、本件決定について、被申立人の規程に根拠がなく、また、理由も示されていないことから、手続的な瑕疵があると主張する。
 確かに、被申立人の諸規程に、被申立人が主催する競技会における成績の取消の手続を定める規定は見当たらない。しかし、被申立人の主催する競技会への参加資格が定められている以上、その参加資格を充たさない参加者の成績を主催者が取り消すことができることは当然のことであって、具体的な根拠規定は必要がない(なお、申立人は、関東規程10条2項が、選手又は馬匹の資格に関する異議は前日の打合会までに申し立てることを定めていることから、馬匹の資格に関する事後的な処分は不当と主張するが、同規定は、参加資格を充たさないことを理由に競技会の後に成績を取り消すことを排除する趣旨とは解されない。)。実際に過去においても、被申立人において、馬匹登録が関東規程または学馬連規程に違反していることを理由として成績が取り消されたことがあった(乙4)。
 また、成績の取消処分を行う主体として、成績取消を審査・決定する委員会等が設置されているのであれば格別、そうでない以上、被申立人の意思決定機関である理事会の決議をもって本件決定を行った点にも、瑕疵は認められない。
 さらに、本件決定に至る過程において、被申立人は、事実調査を行ったうえで、申立人に対し8月1日に面談を行い、反駁の機会も与えている。もっとも、8月1日の時点で主な問題点として指摘されていたのは、本件馬匹が本件競技大会の翌日に申立人の厩舎を離れたことであり、本件馬匹の学馬連への登録が4月30日より前に行われていなかったという点については、8月1日の時点では申立人・被申立人の間で十分に意識されていなかった嫌いがある。しかし、8月17日に行われた被申立人の臨時理事会に、申立人監督Aが理事として出席し、本件馬匹の学馬連への登録が4月30日より前に行われていなかった点も指摘されたうえで、本件決定がなされているから、反駁の機会は与えられていたと認められる。さらにいえば、申立人が、本件馬匹の学馬連への登録が4月30日より前に行われていなかったという点が本件決定の最大の理由であることを本件決定前に明確に認識していたのであれば、申立人は、本件仲裁手続において主張している内容と同一内容の反駁をしたであろうと認められるところ、かかる主張が認められないことは上述のとおりであるから、結局のところ、本件決定を取り消すべき手続的瑕疵とは認められない。
 もっとも、被申立人は、申立人に対し、処分の理由を明記した処分通知書の類を一切発行せず、申立人が8月24日付けの書面をもって処分通知書の発行を求めたにもかかわらず、被申立人会長Jは、理事会の議事録を見て判断して欲しいと述べただけで、現在に至るまで処分理由書は発行されていない。そして、理事会の議事録には、本件馬匹の学馬連への登録が4月30日より前に行われていなかったという点が記載されているものの、その他に、本件競技大会が終了した後すぐに申立人の厩舎を出ていることや、同一馬と思われる馬が別途社団法人日本馬術連盟に同時期に登録され別の競技会に出場していたことが疑われていること等の記載もある。すなわち、当該議事録には、本件決定の理由として複数のものが参加者から主張されたことが記載されているものの、いずれの理由をもって被申立人が本件決定を行ったのかという点は明記されていないから、結局のところ、申立人に対し、本件決定の理由は十分に示されていないものといわざるを得ない。しかし、そうであるとしても、本件決定そのものを取り消すに至るまでの瑕疵が存在するとまでいえる状況には至っていない。
 上述のとおり、本件決定の理由としては、本件馬匹の学馬連への登録が4月30日より前に行われておらず、本件競技大会への参加資格を客観的に欠いていたという1点をもって十分である。したがって、被申立人において、その点を理由として記載した理由書を作成し申立人に対し交付することが望ましかったとはいえるが、交付しなかったことを理由として本件決定そのものを取り消す必要はないものと認める。

4 その他の争点について
 その他、両当事者間では、①4月30日ないし本件競技大会の時点において、申立人と本件馬匹との間において「人馬の帰属が一致していること」との要件が充足されていたか否か、②申立人による本件馬匹取得の経緯、及び本件馬匹が申立人の厩舎に6月2日に入厩し本件競技大会の翌日である6月27日に退厩したことに鑑み、「大学が所有する「繋養馬匹」(全日学生規程第3条3項(3))であること。」との要件が充足されていたか否か等の点が争われた。両当事者は、これらの点について、事実レベルについてもこれらの規程の解釈についてもそれぞれの主張を行ったが、本件を解決するために判断を示す必要はないので、本件スポーツ仲裁パネルはこれらについて判断を示さない。

第7 結論
 以上のことから、本件スポーツ仲裁パネルは、本件決定は取り消す理由がなく、申立人の請求は棄却すべきものと認め、また、申立費用については申立人が負担すべきものと認めて、主文のとおり判断する。
 なお、上述のように本件では、処分の決定を行った理事会の議事録にいずれの理由をもって本件決定を行ったのかという点が明確に記載されておらず、しかも、その点を明確にするために申立人が書面をもって処分通知書の発行を求めたにもかかわらず、現在に至るまで処分理由書は発行されていない。すなわち、不利益処分を受ける者に対し、いずれの理由・根拠により当該処分を受けるに至ったか十分な情報が提供されているとはいえず、そのことが本件仲裁申立ての原因となったとさえいえる状況にあった。スポーツ団体である被申立人は、スポーツの振興のための事業を適正に行うため、その運営の透明性の確保を図るよう努める必要があり(スポーツ基本法第5条第3項参照)、競技団体としての責任上、今後は手続の透明性の確保には十分配慮されたい。
 また、競技者と競技団体に意見の不一致がある場合に仲裁を申し立てることは、競技者側が取るべき合理的な行動であり、これを受けた被申立人は、スポーツに関する紛争について、迅速かつ適正な解決に努める必要がある(スポーツ基本法第5条第3項参照)。本件スポーツ仲裁パネルは、今後、被申立人において、仲裁申立の事実のみを理由に、申立人に対し不利益処分がなされるような事態に至らないことを望む。
 両当事者においては、本仲裁判断を踏まえ、両者とも改めるべきところは改めるとともに、スポーツマンシップに則り、学生馬術の発展という共通の目標のため互いに協力されることを切に希望する。


以上

2011年12月26日

スポーツ仲裁パネル
仲裁人 山内貴博
仲裁人 竹之下義弘
仲裁人 早川吉尚

仲裁地 東京都


(別紙)

仲裁手続の経過
  • 1 2011年9月20日、申立人は、一般財団法人日本スポーツ仲裁機構(以下「機構」という。)に対し、下記のとおりの仲裁判断を求める趣旨の同日付け「仲裁申立書」、「資料1~7」を提出して、本件仲裁を申し立てた。
    • (1) 被申立人が平成23年8月17日に行った平成23年度関東学生馬術競技大会、関東学生賞典総合馬術競技大会においての申立人のC、D号の成績(個人成績*位)の取消の決定を取り消す。
    • (2) 被申立人が平成23年8月17日に行った申立人の平成23年度全日本学生馬術大会、全日本学生賞典総合馬術競技大会への出場枠5頭のうち2頭の出場辞退の受理を取り消す。もしくは、申立人の出場辞退の撤回を認める。
    • (3) 申立料金5万円は被申立人の負担とする。
  • 2 9月22日、申立人は、「証拠資料①~③」を提出し、3名を申立人代理人として選任した。
  • 3 10月13日、被申立人は書面により、1記載の申立人の請求の趣旨のうち(1)及び(3)に限り、申立てに係る紛争をスポーツ仲裁パネルに付託する旨を合意した。仲裁合意が得られたことを受け、機構は同月14日「スポーツ仲裁規則」第15条1項に定める確認を行ったうえで、同項に基づき申立人の仲裁申立てを受理した。
    また、機構は同日、「スポーツ仲裁規則」21条1項に基づき、本件を通常の仲裁事案として3名の仲裁人によりスポーツ仲裁パネルを構成することを決定した。
  • 4 10月31日、早川吉尚は仲裁人就任を受諾した。
  • 5 11月1日、竹之下義弘は仲裁人就任を受諾した。
    同日、「スポーツ仲裁規則」22条2項に基づき、早川仲裁人と竹之下仲裁人の協議の下、第三仲裁人として山内貴博を選定し、同人が翌11月2日仲裁人就任を受諾したため、山内仲裁人を仲裁人長とする本件スポーツ仲裁パネルが構成された。
  • 6 11月4日、被申立人は、本件スポーツ仲裁パネルに対し、「答弁書」及び「乙1号証」から「乙12号証」までを提出した。
  • 7 11月7日、本件スポーツ仲裁パネルは、審問期日の候補日及び開催場所を伝える「スポーツ仲裁パネル決定(1)」を行い、両当事者にこれを通知した。
  • 8 11月9日、本件スポーツ仲裁パネルは、審問期日に対する両当事者の便宜を確認したのち、審問を2011年12月8日(木)8時から13時、弁護士法人曾我・瓜生・糸賀法律事務所会議室で開催する旨の「スポーツ仲裁パネル決定(2)」を行い、両当事者にこれを通知した。その中で、申立人に11月15日午後4時までに「答弁書」に対する反論等を記載した「申立人主張書面(1)」及び「証人申請書」の提出を命じ、当該「申立人主張書面(1)」に対する反論等を記載した「被申立人主張書面(1)」及び「証人申請書」を11月22日午後4時までに提出することを被申立人に命じた。
  • 9 11月15日、申立人及び被申立人は、機構に対し、「手続費用の支援に関する規則」4条に基づき手続費用支援の申請を行った。
     同日、申立人は、書面の提出期限の延長を求める「上申書」を提出したが、本件スポーツ仲裁パネルはこの申請を却下した。
     同日、被申立人代理人は、社団法人日本馬術連盟に対し、本件に関係する2頭の馬匹の平成23年4月1日から平成23年6月末日までの所有者及び繁養先を尋ねる「照会申請書」を本件スポーツ仲裁パネルに提出した。
  • 10 11月15日、申立人は、「申立人主張書面(1)」、「証拠申出書」及び「委任状」を提出した。
  • 11 11月18日、被申立人の照会申請に対する意見の提出を申立人に求める「スポーツ仲裁パネル決定(3)」が行われ、両当事者にこれを通知した。
     同日、申立人は、申立人と相手方の間で行われた会議を録取したテープを検証対象とする「検証申立書」、「証拠説明書1」及び「甲第1号証」から「甲第6号証」を提出した。
  • 12 11月21日、申立人は、「照会申請書に対する意見及び照会申請」を本件スポーツ仲裁パネルに対し提出した。
  • 13 11月22日、両当事者からの照会申請を受け、本件スポーツ仲裁パネルは、本件に関係する2頭の馬匹の所有者及び繁養地等を尋ねる照会を社団法人日本馬術連盟に対して行った。
     同日、被申立人は、「被申立人準備書面1」、「証拠申出書」、「証拠説明書」、「乙第13号証」から「乙第15号証」まで、及び不完全であった「乙第6号証」を修正したものを機構に提出した。
  • 14 11月25日、本件スポーツ仲裁パネルは、時機に後れた書類を受理する決定、録取テープを記録した「CD-R」の提出命令、証人尋問の採用の決定を伝える「スポーツ仲裁パネル決定(4)」を行い、両当事者にこれを通知した。
     同日、被申立人は、申立人申請の検証が不要との「意見書」を提出した。
  • 15 11月28日、本件スポーツ仲裁パネルは、被申立人からの意見書を受けて、改めて録取テープを記録した「CD-R」の提出命令を記載した「スポーツ仲裁パネル決定(5)」を行い、両当事者にこれを通知した。
  • 16 11月29日、社団法人日本馬術連盟は、本件スポーツ仲裁パネルに対し、照会に対する回答を提出し、本件で争われている馬匹の所有者、繁養地及び現在の所有者、繁養地等について情報の開示が行われた。本件スポーツ仲裁パネルは、両当事者にこれを開示した。
  • 17 11月30日、被申立人は、「CD-R」及び「議事録」を提出した。
     同日、機構は、「手続費用支援審査委員会設置の通知」を両当事者及び本件スポーツ仲裁パネルに通知した。
  • 18 12月1日、本件スポーツ仲裁パネルは、被申立人が提出した「CD-R」について、申立人に必要があれば意見書の提出を促す「スポーツ仲裁パネル決定(6)」を行い、両当事者にこれを通知した。
     同日、申立人は録取テープの反訳につき、内容の適性に疑問があるため業者に反訳を依頼した旨の意見書を提出した。
  • 19 12月5日、機構は申立人及び被申立人に対する手続費用支援を可とし、それぞれ15万円を上限額とする決定の通知を両当事者及び本件スポーツ仲裁パネルに通知した。
  • 20 12月6日、申立人は業者が作成した録音テープの反訳と、反訳内容に関する報告書を提出した。
  • 21 12月7日、本件スポーツ仲裁パネルは、審問期日の進行予定等を伝える「スポーツ仲裁パネル決定(7)」を行い、両当事者にこれを通知した。
  • 22 12月8日、審問期日が開催され、申立人証人3名、被申立人証人2名の証人尋問が行われ、本件スポーツ仲裁パネルは審理の終結を決定した。

以上



以上は、仲裁判断の謄本である。
一般財団法人日本スポーツ仲裁機構
代表理事(機構長) 道垣内正人
※申立人等、個人の氏名、地域名はアルファベットに置き換え、各当事者の住所については削除してあります。