仲裁判断

仲 裁 判 断
日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2008-001
仲裁判断
申立人:X
被申立人:社団法人 日本カヌー連盟

主 文
本件スポーツ仲裁パネルは、次のとおり判断する。
(1)本件申立て(1)に係る申立てを棄却する。
(2)本件申立て(2)に係る申立てを却下する。
(3)申立料金5万円は、申立人の負担とする。
理 由
第1.当事者の求めた仲裁判断
1.申立人は、次のとおりの仲裁判断を求めた。
  • (1) 被申立人が2008年5月2日に決定したカヌーフラットウォーターレーシング北京オリンピックアジア地区最終予選会(以下、「本予選会」という。)における、女子カヤック4への出場選手をA・B・C・Dとし、女子カヤック1の出場選手を申立人とする決定を取り消す。
  • (2) 被申立人は、本予選会における女子カヤック4の出場選手として、申立人を選出せよ。
  • (3) 申立料金5万円は、被申立人の負担とする。
2.被申立人は、次のとおりの仲裁判断を求めた。
  • (1) 申立人の請求(1)(2)は、いずれも認められないものであり、却下ないし棄却を求める。
  • (2) 申立料金は、申立人の負担とする。
第2.仲裁手続の経緯
  • 1. 2008年5月8日、申立人は、日本スポーツ仲裁機構(以下、「機構」という。)に対し、本予選会の女子カヤック4及びカヤック1の選手選考に関して本件仲裁を申立てた。
  • 2. 仲裁手続を開始するためには、申立人と被申立人との間で、申立てに係る紛争についてスポーツ仲裁パネルに付託する旨の合意があるか、もしくは、競技団体の規則に競技者等からの不服申立て等についてスポーツ仲裁パネルによる仲裁にその解決を委ねる旨を定めていることが必要であるところ、被申立人である社団法人日本カヌー連盟は、「カヌー競技またはその運営に関して行った決定に対する不服申立ては、日本スポーツ仲裁機構のスポーツ仲裁規則に従って行う仲裁により解決されるものとする。」という定めをしている。そこで、機構は、5月8日、本件事案について仲裁合意が成立したことを認めた。
  • 3. 同日、機構は、スポーツ仲裁規則第15条1項に定める確認を行ったうえで、申立人の仲裁申立てを受理し、本件事案においては事態の緊急性に鑑み極めて迅速に紛争を解決する必要があるとの判断により、スポーツ仲裁規則第50条に定める緊急仲裁手続によることを決定し、同条3項の規定に基づき仲裁人として冨島智雄を選任した(これにより、本件スポーツ仲裁パネルが形成された)。
  • 4. 同日、機構は、同日11時30分に審問を開催することを通知した。
  • 5. 同日、機構は、「仲裁申立書」を被申立人、仲裁人に手交した。
  • 6. 同日10時40分より本件スポーツ仲裁パネルの打ち合わせが開始された。
  • 7. 同日11時30分より審問が開始された。出席者は、申立人側は申立人及びその補佐人E、被申立人側は専務理事F及びフラットウォーターレーシング委員長Gで、両当事者同席のうえ審問が行われた。
  • 8. 申立人は、仲裁申立書を差し替え、また証拠として甲1号証を手交した。
  • 9. 被申立人は、証拠として乙1号証から乙7号証を手交した。
  • 10. 被申立人は、本件仲裁手続における答弁書の提出につき、事案の緊急性に鑑み、答弁を口頭で提出することの許可を本件仲裁パネルに求めた。本件仲裁パネルは申立人の意向をも確認したうえ、答弁の口頭での提出を許可した。
  • 11. 同日13時より、本件スポーツ仲裁パネルは申立人に対し審問を行った。
  • 12. 同日13時15分より、本件スポーツ仲裁パネルは被申立人に対し審問を行った。
  • 13. 同日13時30分、以上の手続を経て、本件スポーツ仲裁パネルは、当該審問期日において、手続が仲裁判断に熟するものと認め、審理を終結し、同日に口頭で仲裁判断を言い渡すことを通知した。
  • 14. 審問終了後、本件スポーツ仲裁パネルは、仲裁判断に係る検討と作業を行った後、同日に両当事者出席のもとで、口頭で仲裁判断を言い渡した。
  • 15. なお、申立ての際の申立人の請求は、申立ての対象となる決定として「被申立人が5月2日に正式エントリーの発表をした本予選会の女子カヤック4への出場選手A・B・C・Dとした決定」であり、請求の趣旨として「カヤック4のメンバーへの復帰」を求めるというものであったところ、本件仲裁人の釈明を通じて前記「第1.当事者の求めた仲裁判断」記載の事項となった。
第3.事案の概要
1.当事者
(1) 申立人
  • (ⅰ) 申立人は、カヌーフラットウォーターレーシングの競技者として活動する者である。
  • (ⅱ) 申立人は、スポーツ仲裁規則第3条2項に定める「競技者」である。
(2) 被申立人
  • (ⅰ) 被申立人は、1938年に設立された日本カヌー協会を前身とし1980年3月に設立された社団法人で、日本におけるカヌースポーツを統括し、代表する団体である。
  • (ⅱ) 被申立人は、スポーツ仲裁規則第3条1項に定める「競技団体」である。
2.本件紛争の概要
  • (1) 2008年5月2日、被申立人は、同月9日から開催される本予選会の出場選手として女子カヤック4はA・B・C・D、カヤック2はA・B、カヤック1は申立人、補欠をHと決定した旨を発表した。
  • (2) 同月8日、申立人は、前記(1)の決定を不服として、その取り消し等の仲裁判断を求めて、機構に仲裁を申立てたものであるが、被申立人の前記(1)の女子カヤック4の選手決定は、その前提となった選考基準等に不公正で不当、不合理なところがあることから、これは取り消されるべきもので、被申立人は、改めて公平で合理的な基準で選手の選考をし、女子カヤック4に申立人をそのメンバーとして選出することを求めた事案である。
3.申立人の主張
申立書、甲1号証に基づく主張及び審問での主張
  • (1) 申立人は、「2007年度の日本選手権の段階において、2008年3月開催予定の第29回オリンピック競技大会アジア大陸予選会(日本代表選手最終選考会。以下、「大陸予選会」という。)において、種目優勝して日本代表候補選手となったクルーをナショナルチームに限らず、本予選会に出場させると被申立人から通達があった」と主張し、仲裁人の釈明に対し、上記は、当時のコーチから説明がなされたとの主張であった。
  • (2) 当時のコーチの方針で、5回のタイムトライアルの上位から順番に、A・B・Cをカヤック4の固定メンバーとし、申立人とDを入れ替えて、メンバーの決定作業が行われた。
  • (3) 決定作業は、同じ練習メニューでのフィーリング調整、A・B2人とのペアのフィーリング、ペアでの2000メートルのタイム比較、カヤック4の500メートルタイムトライアルが行われた。
  • (4) 前(3)の結果、カヤック4の練習は、A・B・C・申立人で行うことになった。
  • (5) 2008年3月26日から30日に開催された大陸予選会において、カヤック4にA・B・C・申立人で出場した。各種目優勝者(クルー)が「本予選会」出場選手候補となった。カヤック4の補欠選手はDであった。そして、A・B・C・申立人・D・Hの6名が日本代表候補選手となった。
  • (6) 同年4月3日から「本予選会」に向けての合宿が始まった。同日コーチ変更(現コーチの前任者が専任コーチに就任)を知らされる。
  • (7) 同月7日、専任コーチより「カヤック4のメンバーを補欠選手と入れ替えて練習する」との申し出があった。そのため、被申立人のコーチの一人に尋ねると「入れ替えをするつもりはないが、補欠のDを試したいだけだ。メンバーの変更はしない」との回答であった。
  • (8) 翌日からのカヤック4の練習において、専任コーチから申立人に対し「VERY BAD」という言葉が再三にわたり投げつけられ、テクニックの悪さを痛感し、これまでの教えをやればと練習に取り組んできた。
  • (9) 同月12日、カヤック1での記録会を行うこととなり、専任コーチからその記録の上位4人でカヤック4を決めるとの説明があった。そこで、その理由を尋ねると、「カヤック4を決め直すのは、カヤック1のレースを見ていないので、決め直しのためレースを行う。決め方が良くない。上位4人で決めるが、もしEが4人の中に入った場合、カヤック4をメインにしない。北京オリンピックで狙う種目をカヤック2に切り替える。」
     ここで、前記(7)でのメンバーの変更はないという確約はないものとなったが、申立人は、カヤック4の最終の決定と判断した。
  • (10)  同日、カヤック1のレースの結果は次のとおりであった。
    A-1分54秒、B-1分55秒、C-1分56秒、申立人-1分59秒、D-2分01秒、H-2分06秒
     このタイムトライアル後、カヤック4の練習は、A・B・C・申立人の現行のメンバーで行われた。
  • (11)  同月17日、カヤック4の練習中、再びDとの交代をいわれた。
  • (12)  同月18日、専任コーチから、カヤック4のタイムトライアルにて同種目のメンバーを決定するといわれる。また、選手Cの状態を調べるため、疲労度をチェックする乳酸値測定を行うともいった。
  • (13)  同月21日カヤック4のタイムトライアル
    Dの参加した場合  1分35秒(静水 ゴール付近右より弱風)
    申立人の参加した場合1分39秒(白波 向かい風)
     申立人の乗った時のタイムは、気象条件により参考にできないため、翌日に再度行うことになる。
  • (14)  同月22日
      申立人の参加した場合 1分32秒(追い風)
    同月24日
       申立人の参加した場合 1分37秒(追い風)
  • (15)  同月26日
       Dの参加した場合  1分38秒(追い風)
  • (16)  その後、選手全員の疲労回復のため4日間の休養期間が設けられ、再度、同年5月1日に記録会が行われたが、Dの参加するクルーのみであった。その記録は、1分33秒(追い風)であった。
  • (17)  以上の経緯後、同月2日、被申立人から本予選会へのエントリーが発表され、カヤック4にA・B・C・Dが、カヤック1に申立人がという決定であった。
  • (18)  この被申立人の決定は、公平ではない選考方法、比較方法によるものである。
     カヤック4のメンバーの選考にあって、専任コーチから、カヤック1のタイムの上位4人である、次にカヤック4のタイムによってとのことであり、タイム的には申立人の方がDが参加した場合より勝っていた。また、選手の乳酸値の測定もすべてで行われず、同日のメンバー発表後の説明ではDの選考について若年であるが期待できる要素があるとのことであった。
     申立人も、メンバーの変更がありうることは理解しているが、カヤック4のメンバーの選考にあって、申立人からDに変更するような合理的な理由はなく、特定の者の意見を基にした恣意的ともいえる決定であり、不公正で不当、不合理なものである。
4.被申立人の主張
審問での主張及び乙1号証から乙7号証に基づく主張
  • (1) 大陸予選会において、各種目(12種目)の第1位の選手及びクルーを、本予選会に出場する日本代表選手候補として選考委員会に推挙する、ことになっていた。
  • (2) 2008年3月の上記大陸予選会において、女子カヤック種目の成績は次のとおりであった。
      カヤック1(参加9名) 1位:A 2位:B 3位:D
      カヤック2(参加チーム7) 1位:A・B 2位:H・I 3位:J・K
      カヤック4(参加チーム1) 1位:A・B・C・申立人
  • (3) 上記の成績から、被申立人(選考委員会)において、本予選会に出場する代表候補選手として、A・B・C・申立人・D・Hの6名を選抜した。
  • (4) 被申立人は、2008年4月3日から本予選会への出場選手を選抜するための合宿を始めた。
     その合宿の中で、専任コーチの具体的な発言内容まで把握できていないが、カヤック4の選手選抜のため、種々のデータ及びコーチ陣の考え、選考委員会メンバーの合宿の視察等々をした結果、選考委員会において最良と考えるメンバーを選抜し、同年5月2日、被申立人は本予選会への出場選手を発表した。
  • (5) 大陸予選会で優勝したクルーを、本予選会にそのまま出場させることを、被申立人として約束したことはない。
  • (6) 本予選会のカヤック4の出場選手を決定するにあたり、種々のタイムトライアルが行われ、そのデータを確認している。
     Dが参加した同年4月21日のタイム1分35秒については、条件からして良い記録と考えられる。
     同月22日申立人が参加したタイムは1分32秒であったが比較的強い追い風という条件と報告されている。また、同月24日の申立人が参加したタイムは1分37秒(追い風)であった。
     Dが参加した同年5月1日のタイムは1分33秒(追い風)であった。
     被申立人は、本予選会の出場選手を最終決定するにあっては、コーチからの報告、タイムの推移、各選手の練習での状況等々を総合的に勘案して定めるという選考基準であり、この基準により決定したものであり、一コーチの意見によったことはなく、まして、恣意的な選抜を行ったことなどなく、申立人の努力は認めるが、北京オリンピックへの出場が懸かる本予選会において、被申立人としては、カヤック4にA・B・C・Dを、カヤック1に申立人を出場選手とした決定は、その決定方法に不公正・不当及び不合理と判断されるべきものはなく、申立人の本件申立てはすべて認められない。
第4.判断の理由
 1.申立人の請求(1)について
  申立人の、申立書による主張、甲1号証に基づく主張、審問での口頭主張及び甲1号証、被申立人の乙1号証から乙7に号証基づく主張、審問での口頭主張及び乙号証1ないし乙7号証並びに審問における各当事者の陳述の全趣旨から、次の事実が認められる。
  • (1) 北京オリンピックへの出場資格は、第1次となる「2007 ICF世界FWR選手権大会(ドイツ)」での上位成績(女子の種目ではK1は8位まで、K2は6位まで、K4は6位まで)を得た国、第2次となる「本予選会」で1位となった国に与えられる。そして、出場資格を与えられるのは、あくまでそれぞれの国であり、選手個人ではないが、被申立人では、上記の二つの選考会において、実際に出場権を得た選手に優先的にその種目の出場権を与えることとする、としていた。この事実は、2007年8月のドイツでの大会前に決定されていたことが推認され、申立人を含めた競技者に了知されていたものと認めることができる。
  • (2) 大陸予選会において選考対象(シニア)となるのは、平成19年度日本カヌーFWA選手権大会において、オリンピック種目のいずれかに出場した者とされ、本選考会における各種目(12種目)の第1位の選手及びクルーを「本予選会」に出場する日本代表選手候補として選考委員会に推挙する、こととされていた。そして、このことは、参加選手に周知されていた。
  • (3) 前記(2)の3月の選考会において、次のような成績の結果、被申立人(選考委員会の答申を基に)は、女子の日本代表選手候補として、2008年3月末に、A・B・C・申立人・D・Eを選考した。
    カヤック1(参加9人) 1位:A 2位:B 3位:D
    カヤック2(参加7チーム) 1位:A・B 2位:H・I 3:位J・K
    カヤック4(参加1チーム) 1位:A・B・C・申立人
  • (4) 同年4月3日から、本予選会の出場選手選抜のための合宿練習が開始され、その時から2007年の夏まで専任コーチであった者が被申立人の専任コーチとして復帰した。
  • (5) 同月3日から5月1日まで、本予選会への出場選手(種目を含め)を選考するための練習において、専任コーチから、カヤック4のメンバーを決めるにあたり、カヤック1のタイムトライアルで決めるとの発言があった、次にカヤック4のタイムトライアルで決めるとの発言があったと申立人は主張する。専任コーチがこれに類する発言をしたのではないかという事実は、審問における各当事者の陳述の全趣旨及びそのようなタイムトライアルが行われていることなどからして、否定することまではできないと判断できる。しかし、また、専任コーチが本予選会への出場選手を最終決定する権限がないこと(但し、その報告が被申立人の判断の優良な資料の一つであることは推認される。)は、申立人を含む代表選手候補らは知っていたと認めることができる。
  • (6) 本予選会への出場選手の選考基準は、申立人が主張するタイムトライアルなどが行われたことは争いがないとしても、被申立人において、申立人が主張するタイムをもってその選出の決定基準とすることを確約していたとまで認めるべき証拠はなく、むしろ、カヤック4は4人で行う競技であることからしても、被申立人の選考基準は、本予選会の出場選手を最終決定するにあっては、コーチからの報告、タイムの推移、各選手の練習での状況等々を総合的に勘案するというものであったというべきと判断でき、この選考基準そのものが不公正で不当、不合理とはいえない。
  • (7) 前記のことから、被申立人の同年5月2日発表した、本予選会の出場選手として女子カヤック4はA・B・C・D、カヤック1は申立人とする選考結果に、不公正で不当であるとか不合理なところがあるとまでは認められず、他に、そのような問題を生じさせるべき事情も認められない。
  • (8) 以上から、申立人の請求(1)は、理由がなく棄却されるべきものである。

 2. 申立人の請求(2)について
  • (1) 申立人の請求(2)は、同請求(1)が認容されることを前提とするものであり、前記のように同請求(1)は棄却されるべきものであることから、本件仲裁パネルにおいて判断することはできないものである。
  • (2) 以上から、申立人の請求(2)は、その申立てを却下する。

 3. まとめ
  以上のとおり、申立人の請求(1)は棄却し、同請求(2)は却下する。
第5.結論
 以上のことから、主文のとおり判断する。
第6. 付言
 本件においては、申立人の請求はいずれも認めることはできないものであるが、本件の紛争が生じた経緯にあっては被申立人側にも反省するべきところがないとはいえないものと考える。
 そこで、本件仲裁パネルとしては、次のことを付言するものである。
 本件紛争が生じた経緯を踏まえ、今後、被申立人の選手選考等にあって、選手への配慮、選考方法等の周知等に努めることを求める。
2008年5月8日
仲裁人:冨島 智雄
仲裁地:東京都
以上は、仲裁判断の謄本である。
日本スポーツ仲裁機構 機構長 道垣内正人
※申立人等、個人の氏名はX等に置き換え、各当事者の住所については削除してあります。

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