仲裁判断

仲 裁 判 断
日本スポーツ仲裁機構
JSAA-AP-2004-002
申立人:X
申立人代理人:
弁護士 竹下 義樹
弁護士 吉田 雄大
弁護士 桑原 奈緒
被申立人:日本身体障害者陸上競技連盟
被申立人代理人:
弁護士 辻口 信良
弁護士 冨島 智雄
弁護士 宮島 繁成
弁護士 木村 重夫
弁護士 山﨑 智義
弁護士 仲元 紹
弁護士 野城 大介
弁護士 原 正和
弁護士 山本 和哉
弁護士 富田 陽子
主 文
本件スポーツ仲裁パネルは次のとおり判断する。
(1) 本件申立てのうち(1)の主位的請求に係る申立てを却下する。
(2) 申立人の請求のうち(1)の予備的請求及び(2)の請求をいずれも棄却する。
(3) 申立料金5万円は申立人の負担とする。
理 由
第1.当事者の求めた仲裁判断
1. 申立人は、次のとおりの仲裁判断を求める申立てをした(申立人の請求)。
  • (1) (主位的請求)2004年4月15日に発表された2004年アテネパラリンピック競技大会(以下、「アテネパラリンピック」という。)陸上競技の部における日本代表選手の決定のうち、視覚障害三段跳びの選手を派遣しないこととした被申立人の決定を取り消す。
  • (予備的請求)2004年4月15日に発表されたアテネパラリンピック陸上競技の部における日本代表選手の決定の前提となった、視覚障害三段跳びの選手を推薦しないこととした被申立人の同年3月14日の推薦決定及び同月31日の推薦行為を取り消す。
  • (2) 被申立人は、アテネパラリンピック陸上競技の部における視覚障害三段跳びの選手選考を、正当な競技規則(ルール)に基づいて実施せよ。
  • (3) 仲裁費用は被申立人の負担とする。
2. 被申立人は、主文と同旨の仲裁判断を求めた。

第2.仲裁手続きの経緯
  • 1. 申立人は、2004年7月27日、日本スポーツ仲裁機構(以下「機構」という。)に、アテネパラリンピック陸上競技の部における視覚障害三段跳びの選手選考に関する本件仲裁申立てをした。
  • 2. 仲裁手続を開始するためには、申立人と被申立人との間で、申立てに係る紛争についてスポーツ仲裁パネルに付託する旨の合意があるか、もしくは、競技団体の規則に競技者等からの不服申立て等についてスポーツ仲裁パネルによる仲裁にその解決を委ねる旨を定めていることが必要であるところ(日本スポーツ仲裁機構・スポーツ仲裁規則(以下「スポーツ仲裁規則」という。)2条2項、3項。)、被申立人の日本身体障害者陸上競技連盟規約11条3項は、「本連盟の競技またはその運営に関して行った決定に対する不服申立ては、日本スポーツ仲裁機構の「スポーツ仲裁規則」に従って行う仲裁により解決されるものとする」と定めている。そこで、機構は、同月29日、本件事案についての仲裁合意が成立したことを認めた。
  • 3. 同日、機構と当事者双方は、「JSAA-AP-2004-002号事案に関する了解事項」について合意し、これに従って手続を進めることとなった。その骨子は、次のとおりである。
  • (1) アテネパラリンピックの開催が迫っているため、同年8月末までには仲裁判断をすることを目標とする。
  • (2) 仲裁人を3名とするため、スポーツ仲裁規則50条(緊急仲裁手続)を直接適用はしないものの、それを準用して迅速な処理をすることとする。
  • (3) スポーツ仲裁規則16条(答弁)及び22条2項(仲裁人の選定手続)の期限に関する定めは、これを適用しない。
  • (4) 当事者が仲裁人を選定する場合の期限は同年7月30日午後3時までとし、仲裁人は同年8月2日までに確定されることとする。
  • (5) 当事者による各書面の提出・送付の期限を、被申立人の答弁書については同年8月4日午後3時、申立人の反論書については同月11日午後3時、被申立人の再反論書については同月18日午後3時とする。
  • (6) 審問期日を同月25日から29日までの間の1日、できれば関西地方で開く。
  • (7) スポーツ仲裁パネルは、同月31日午後3時までに仲裁判断を言い渡し、その後できるだけ早く仲裁判断書を作成し、交付する。
  • 4. 同年7月29日から30日にかけて、申立人は仲裁人として桂充弘を、被申立人は仲裁人として野村美明をそれぞれ選定し、その両仲裁人は就任を承諾した上、第三の仲裁人として笠井正俊を選定し、同仲裁人は就任を承諾した。これによって、本件スポーツ仲裁パネルが構成された。
  • 5. 被申立人は、同年8月4日、答弁書を提出した。
  • 6. 本件スポーツ仲裁パネルは、同月5日、審問期日を、同月26日午前10時から午後7時まで、大阪市舞洲障害者スポーツセンター(大阪市此花区北港白津2丁目1番46号)3階研修室で開くことを決定し、機構は、その旨両当事者に通知した。
  • 7. 本件スポーツ仲裁パネルは、同月9日及び24日に審問期日準備のための協議を行い、その間、両当事者に対し、同月10日に「仲裁の手続に関する照会」として、審問手続についての希望があるか、申立人及び申立人代理人が視覚障害者であることから特に手続上配慮すべき事情がないか等について照会し、同月13日に「当事者の主張についての求説明」として争点整理のための説明を求め、同月15日に証人の出頭確保と費用負担については原則として申請当事者側で配慮する必要があることの連絡とそれを踏まえた証拠申請についての照会を、同月25日に審問の進行についての連絡を、それぞれ送付した。
  • 8.  申立人は、同月11日に反論書を、同月13日に証拠申出書と証拠説明書を、同月19日に「釈明に対する回答(請求の趣旨の変更を含む)」、同月20日に証拠説明書をそれぞれ提出した。
  • 9. 被申立人は、同月18日に準備書面(2通)、証拠申出書及び証拠説明書を、同月23日に証拠説明書(2)をそれぞれ提出した。
  • 10. 本件スポーツ仲裁パネルは、同月23日、当事者本人及び証人尋問の申出のうち、申立人本人の尋問及び証人Aの各尋問を採用し、その余の証人の尋問及びビデオテープ(甲第14号証)の検証については必要性がないとして採用しないことを決定し、機構は、同日、その決定を両当事者に通知した。
  • 11. 同月26日、前記6.記載の場所において、申立人本人、申立人代理人竹下義樹、被申立人代表者B並びに被申立人代理人辻口信良、同冨島智雄、同宮島繁成、同木村重夫、同野城大介及び同富田陽子出席の下で、審問が行われた。審問においては、当事者双方がその主張を陳述し、前記10.のとおり採用された尋問が行われた。また、それまでに当事者から提出されていた書証等(前記10.で採用されなかったものを除く。)が取り調べられた。
  • 12. 以上の手続を経て、本件スポーツ仲裁パネルは、当該審問期日において、手続が仲裁判断に熟するものと認め、審理を終結した。
  • 13. 本件スポーツ仲裁パネルは、前記3.(7)のとおり口頭での判断言渡しが予定されていたので、当事者に異議のないことを確認した上、審問終結後、審問当日である8月26日のうちに、本仲裁判断の主文と理由の要旨を述べ、もって、口頭で仲裁判断を言い渡した。
  • 14. なお、申立ての際の申立人の請求には、前記第1.1.のうち(1)の主位的請求の部分及び(2)の請求のほかに、「アテネ・パラリンピック大会陸上競技の部における選手選考の基準となった大会名、大会年月日及び選手の成績(記録)並びに同選考の対象となる競技に適用された視覚障害三段跳びの競技規則(ルール)を明らかにすること」を被申立人に求める請求が含まれていた。しかし、この請求に係る申立てについては、被申立人が答弁書(前記5.)でそれらの事項を明らかにしたため、申立人が「釈明に対する回答(請求の趣旨の変更を含む)」(前記8.)でこれを取り下げ、被申立人は審問期日(前記11.)においてこの取下げに同意した。また、申立ての際の申立人の請求には、さらに、コーラーの派遣に関する申立てが含まれており、この申立ては、「釈明に対する回答(請求の趣旨の変更を含む)」(前記8.)で、「被申立人は、国際大会において視覚障害B1クラス(全盲)の選手のフィールド競技に必要なコーラーを選定する場合には、当該競技者が選定し推薦した者を最優先に選定せよ。」との請求に整理されたが、この申立てについても、審問期日(前記11.)において、被申立人が、後記第5記載のように、今後の対応を表明したことから、申立人がこれを取り下げ、被申立人はこの取下げに同意した。
第3.事案の概要
本件は、2004年9月に開催されるアテネパラリンピック陸上競技の部における視覚障害三段跳びの日本代表選手として決定されなかった申立人が、当該代表選手決定に係る被申立人の決定又は推薦行為は、その前提となった、選考対象大会の事前周知、選考対象大会における競技規則(ルール)の適用等の運営、推薦選手の選考基準等に不当・不合理なところがあるので、取り消されるべきであり、被申立人は改めて正当な競技規則に基づいて選手選考を行うべきであると主張して、前記第1.1.のとおりの仲裁判断を求めたものである。
1.当事者間に争いのない事実等
(1) 当事者
  • 申立人は、1967年7月11日生まれ(現在37歳)の男子であり、両眼網膜色素変性症により、視力が光覚(光を感じられる程度)の視覚障害者である。申立人は、視覚障害三段跳びの競技者であり、2000年に開催されたシドニーパラリンピックに日本代表選手として参加し、6位となった経験を有する。
  • 申立人は、スポーツ仲裁規則8条2項に定める「競技者」に該当する。被申立人は、わが国における身体障害者の陸上競技の統括団体として、陸上競技の普及・振興を図り、もって身体障害者の心身の健全な発達に寄与することを目的とする団体である。被申立人は、法人格を有しないが、会員から独立した団体として存在しており、事業、組織、運営方法等を定めた規約や代表者の定めを有し、独立の財産を保有するなど、法人格のない社団に当たる。
  • 被申立人は、スポーツ仲裁規則8条1項に定める「競技団体」に該当する。
(2) アテネパラリンピック陸上競技の部における日本代表選手の決定
  • 2004年9月に開催されるアテネパラリンピック陸上競技の部における日本代表選手は、同年4月15日に発表されたところ、申立人は、その代表選手に選ばれなかった。この代表選手の決定は、財団法人日本障害者スポーツ協会の一つの組織である日本パラリンピック委員会日本パラリンピック委員会によって行われたが、被申立人は、それに先立ち、財団法人日本障害者スポーツ協会・日本パラリンピック委員会に代表選手推薦リストを提出しており、その推薦リストに申立人は含まれていなかった。
  • なお、当該代表選手の決定が財団法人日本障害者スポーツ協会・日本パラリンピック委員会によって行われたことについては当事者間に争いがないが、後記2.のように、申立人は、当該機関の最終決定は形式的なものであり、当該機関が最終決定をするためには被申立人の推薦行為が不可欠なものであると主張し、主位的に、代表選手決定のうち視覚障害三段跳びの選手を派遣しないこととした被申立人の決定の取消しを求め、予備的に、代表選手決定の前提となった、視覚障害三段跳びの選手を推薦しないこととした被申立人の推薦決定及び推薦行為の取消しを求めている。

(3) 代表選手選考の対象となった大会
  • アテネパラリンピック陸上競技の部における日本代表選手の選考の対象となった大会(以下、「対象大会」という。)と開催日は、次のとおりである(以下、各番号により「大会①」等として引用することがある。)。

(日本国内の大会)
  • ①第6回九州パラリンピック陸上競技選手権大会(2003年3月16日)
  • ②第14回日本身体障害者陸上競技選手権大会(同年6月22日)
  • ③第8回関東身体障害者陸上競技選手権大会(同年7月6日)
  • ④2003ジャパンパラリンピック陸上競技大会(同年9月20日・21日)
  • ⑤第7回九州パラリンピック陸上競技選手権大会(2004年3月14日)

(国外の大会)
  • ⑥フェスピック釜山大会(2002年10月27日~11月1日)
  • ⑦2003 Summer Down Under Series(2003年1月26日~31日)
  • ⑧第2回IBSA(国際視覚障害者スポーツ協会)世界選手権大会(同年8月2日~12日)
  • ⑨ISMWSF(国際ストーク・マンデビル車椅子スポーツ連盟)兼ISOD(国際身体障害者スポーツ機構)世界スポーツ大会(同年10月25日~11月1日)
  • ⑩2004 Summer Down Under Series(2004年1月24日~29日)

(4)視覚障害三段跳びの競技規則(ルール)
  • 前記(3)の各大会において競技に適用されるべき競技規則(ルール)は、国際パラリンピック委員会(International Paralympic Committee、以下「IPC」という。)陸上競技規則である。
  • そのうち、走幅跳び及び三段跳びに適用されるRule 185 Para3【Class F11-12】には、「すべての跳躍は、胴体や四肢のどの部分で着地しようとも、着地跡の最も近い地点から、踏切足が離れたと思われる地点まで計測されなければならない。競技者が踏切区域から踏み切らず、踏切区域よりも手前で踏み切りをした場合は、計測は砂場から最も遠い踏切区域の端から行う。」と定められている。
  • 踏切区域は、長さ(助走・踏切りの方向)が1.00メートル、横幅が1.22メートルの長方形である。したがって、競技者が踏切区域よりも手前で踏み切りをした場合、仮に計測が踏切区域の砂場に最も近い端から行われたときには、当該ルールに従って計測した場合に比べて1.00メートル短い距離が記録されることとなる。

(5)申立人の記録
  • 前記(3)の各大会における申立人の三段跳びの記録は、大会②で11メートル58センチ、大会⑧で11メートル65センチ、大会④で11メートル14センチ、大会⑤で11メートル22センチであった。

(6)アテネパラリンピックの参加標準記録
  • アテネパラリンピックの陸上競技男女標準記録は、IPC陸上競技部門が決定したものである。三段跳び男子については、A標準記録が11メートル80センチ、B標準記録は11メートル00センチである。したがって、申立人の前記(5)の記録は、B標準記録を上回っているが、A標準記録には達していない。
  • A標準記録とB標準記録とでは、個人種目において、A標準記録に到達した選手は各国3名まで参加できるが、B標準記録に到達したにとどまる選手は各国1名のみ参加できるというように、参加資格に差異が設けられている。

2. 請求(1)のうち主位的請求に係る申立てについての争点(当事者の主張)
(1)被申立人の主張
  • アテネパラリンピックの代表選手の決定は、財団法人日本障害者スポーツ協会の日本パラリンピック委員会によって行われたものであり、被申立人によって行われたものではない。したがって、申立人の請求(1)のうち主位的請求に係る申立ては、本件仲裁の対象とならないものであるから、却下されるべきである。

(2)申立人の主張
  • アテネパラリンピックの代表選手の決定が財団法人日本障害者スポーツ協会・日本パラリンピック委員会によって行われたことを否定するものではないが、当該機関の最終決定は形式的なものであり、当該機関が最終決定をするためには被申立人の推薦行為が不可欠なものであるので、代表選手決定のうち視覚障害三段跳びの選手を派遣しないこととした被申立人の決定の取消しを求めるものである。

3.請求(1)のうち予備的請求及び請求(2)についての争点(当事者の主張)
(1) アテネパラリンピックの代表選手選考対象大会の事前周知
  • (i) 申立人の主張

  • (ア)被申立人は、2002年12月の理事会で、対象大会を同年9月1日に行われた第7回関東身体障害者陸上競技選手権大会から2003年9月に開催の2003ジャパンパラリンピック陸上競技大会(大会④)までの6大会であるとし、2004年3月に開催される第7回九州パラリンピック陸上競技大会については今後検討すると決定した。この決定は、2003年6月、被申立人の評議員会で承認され、同年9月19日、被申立人の理事会でも確認された。
  • この決定の内容は、2003年10月13日、関東身体障害者陸上競技協会(以下、「関東身障陸協」という。)のホームページに掲載されたが、それまで、その決定が公表されることはなかった。このホームページ掲載時点は、ほとんどの対象大会が終了した後であった。
  • ちなみに、申立人は、2004年3月20日、被申立人事務局長のAに直接質問した際に、初めて前記決定の内容を知った。
  • また、どの大会が対象大会であるかという質問に対する被申立人のスタッフの回答は、回答者によって内容が異なっていた。
  • 以上のように、被申立人は、対象大会が開催される前に、対象大会の決定を被申立人の会員に周知していなかったのであり、対象大会が終了した後に会員ないし参加競技者が前記決定を知ることになるという、極めて不合理な選手選考を行ったのである。
  • なお、被申立人は、理事会及び評議員会の構成員を公表していない。
  • (イ) 対象大会についての被申立人の前記決定は、前記決定前に終了していた2002年9月1日開催の第7回関東身体障害者陸上競技選手権大会及び同月8日開催の2002ジャパンパラリンピック陸上競技大会も、対象大会に含めているが、これらの2大会が対象大会であることは、事前には被申立人のスタッフから一部の選手に口頭で伝えられていただけであり、第7回関東身体障害者陸上競技選手権大会の開催要綱には対象大会であるとの記載は全くなかったし、2002ジャパンパラリンピック陸上競技大会の開催要綱にも、「国際大会への参考資料とする」としか記載されていなかった。
  • これらの2大会について、被申立人は、2004年4月12日、対象大会から外す旨を記載したわび状を公表した。これは同月15日にアテネパラリンピック参加選手を発表する直前であり、そのわび状には、前記2大会を対象大会から外したことの影響については全く触れられておらず、また、そのわび状も各競技者に十分周知されていない。
  • また、これらの2大会を対象大会とすることをいったん決めておきながら、その後に不合理性を指摘されたことにより、その決定を取り消すという措置をしており、これは、被申立人の選手選考における取扱いの不透明さ、不合理さを示すものである。
  • (ウ) 被申立人は、2004年1月上旬から中旬にかけて、同年3月14日開催の大会⑤の開催要綱を各競技者に送付した。その開催要綱には、「アテネパラリンピック大会の選考資料とする。」と記載されていたが、この開催要綱が送付されたのは大会の約2か月前であり、広報の時期としては遅すぎる。
  • (エ) 国外の大会に関しても、IPC公認の大会は対象大会であることが公表されたのは、2003年10月13日の関東身障陸協のホームページの記載が初めてであった。この時点では、多くのIPC公認の大会が終了していた。申立人は、後記(3)(ⅰ)(イ)のように、2003年8月に大会⑧に参加したが、これが対象大会であることを聞いたのは、大会⑧が終了してからであり、大会⑧の前には、対象大会ではなく、その選考の参考になるかもしれないと聞いていたのみであった。
  • また、2004年3月20日に申立人が被申立人事務局長のAと面談して、同人にアテネパラリンピック参加選手選考基準を読み上げてもらったところ、IPC公認の大会だけではなく、国際身体障害者スポーツ機構(ISOD)公認の大会も対象となっていた。この点で、関東身障陸協のホームページに掲載された内容と読み上げてもらった基準とは異なっていた。

  • (ⅱ) 被申立人の主張

  • (ア) 被申立人は、2002年12月23日、各登録団体・登録会員に「アテネパラリンピック選手推薦大会について(お知らせ)」という案内文を送付した。その案内文には、国内で開催される日本身体障害者陸上競技選手権大会、関東身体障害者陸上競技選手権大会、ジャパンパラリンピック陸上競技大会、九州パラリンピック陸上競技選手権大会、以上トラック・フィールド競技4大会と、はまなす車いすマラソン大会、全国車いすマラソン大会、大分国際車いすマラソン大会、以上車いすマラソン3大会を推薦のための選考大会にすると記載されている。
  • 申立人の主張のとおり、2002年9月1日に開催した第7回関東身体障害者陸上競技選手権大会の開催要綱(申込締切日同年8月5日)には国際大会へ推薦する等の文章は入っていなかった。また、同年9月8日に開催した2002ジャパンパラリンピック陸上競技大会の開催要綱(申込締切日同年8月7日)には国際大会派遣に伴う推薦資料の一部とするとしか記載されていない。
  • しかしながら、この措置は、アテネパラリンピックの参加の目安となる標準記録の突破期間が2002年8月1日から始まったとの情報がIPC陸上競技部門から非公式に入ったのが、前記2大会の申込締切日の終了した同年8月中旬だったためである。したがって、前記2大会の開催要綱に、アテネパラリンピックの推薦大会との文章を入れることは物理的に不可能であったが、同年9月7日に開催した理事会では、対象大会をできるだけ増やし、選手にとって多くのチャンスを与えるという配慮から、標準記録突破期間内に属する前記の第7回関東身体障害者陸上競技選手権大会(理事会前に大会は終了済み)と理事会の次の日に開催された2002ジャパンパラリンピック陸上競技大会をも含めて、国内の選手推薦大会を決定したのであった。その後、この扱いは2003年6月に開催された評議員会(被申立人の最高決定機関)においても了承された。結局、選手に少しでも多くの選考の機会を与えるとの配慮から、時期を遡って、前記2大会をいったんは対象大会に含めたのである。
  • なお、IPCからは、2002年12月22日付けで日本パラリンピック委員会へアテネパラリンピック陸上競技男女参加基準が送付され、日本パラリンピック委員会がその文書を受け取ったのが2003年1月7日頃、さらに被申立人での和訳が完成したのは、同月中旬であった。
  • (イ) 前記「案内文」送付後である2003年3月に開催された大会①、6月に開催された大会②、7月に開催された大会③、9月に開催された大会④及び2004年3月に開催された大会⑤の各大会開催要綱には「本大会の成績は、2004アテネパラリンピック大会日本代表選手の選考資料とする」との趣旨がそれぞれ明確に記載してある。特に、大会①及び大会⑤の開催要綱には、大会名のすぐ下段に括弧書きで明確に、「アテネパラリンピック選手推薦の参考大会」と記載されている。大会⑤は、当初、日本パラリンピック委員会への申請期限の関係で不確実であったが、対象大会に含められることとなり、これもその決定後直ちに選手らに広報しており、選手への選考大会参加のチャンスは最大限に確保されてきたものである。
  • ちなみに、大会⑤の大会開催要綱は、2003年12月8日ころには熊本県の大会事務局から前回も出場した申立人に直接郵送されており、申立人は少なくともこの時点で大会⑤が対象大会に加えられたことを知っていたものである。
  • したがって、申立人を含む各競技者には、アテネパラリンピックへのチャレンジの機会が十分保証されており、申立人が格別不利益を受けたとは考えられない。申立人が主張するような「選考対象大会が終了した後に会員ないし参加選手が前記決定を知ることになるという極めて不合理な選考を行っているのである」という事態はあり得なかった。
  • なお、申立人はどの大会が対象大会であるかという質問に対する被申立人スタッフの回答が回答者によって異なっていたと主張するが、そのようなことはない。このように重大な決定事項は、誰でも少し確認すればすぐに明らかになることである。
  • (ウ) ただし、その後、被申立人事務局より、2004年4月12日付で「アテネパラリンピック選手推薦大会について(お詫び)」という文書を登録団体及び登録会員に送付した。これは、申立人が、同年3月20日以降、被申立人に対し、2002年9月1日に開催された第7回関東身体障害者陸上競技選手権大会及び同月8日に開催された2002ジャパンパラリンピック陸上競技大会の2大会については、被申立人の登録会員に対象大会であることが十分に周知されなかったことを指摘し、これらの2大会を対象大会からはずすよう主張したことを発端とする。被申立人は、申立人の主張を受けて検討した結果、前記2大会が対象大会になりうることがすべての会員に十分周知できていなかった可能性を否定できないことから、これらを対象大会から除外することを決定したものである。前記文書の内容は、被申立人の登録団体及び登録会員に2004年4月12日以降、十分周知されている。
  • 以上の措置により、前記1.(3)の各大会が対象大会であることの事前の周知を徹底させ、申立人を含め、被申立人登録選手すべての公平性を一層高めることができたものである。
  • (エ) 国外の対象大会についても、2003年2月の理事会で国内大会以外の追加の対象大会(IPCの公認国際大会)が承認された。したがって、2003年2月以降には、少なくとも国外の大会に挑戦しようとする選手には、広報・周知が図られている。これは同年6月の評議員会においても、正式に可決承認された。申立人は、関東身障陸協のホームページで同年10月13日に初めて周知されたと主張するが、そうではない。
  • また、申立人が参加した大会⑧も対象大会になっていたことは、申立人も関係者を通じ十分理解していたことである。
  • なお、IPCの傘下団体には、国際ストーク・マンデビル車椅子スポーツ連盟(ISMWSF)、国際身体障害者スポーツ機構(ISOD)、国際脳性麻痺者スポーツ・レクリエーション協会(CP-ISRA)、国際視覚障害者スポーツ協会(IBSA) 、国際知的障害者スポーツ連盟(INAS-FID:現在加盟権保留中)があり、IPC傘下の団体が主催する大会はすべてIPC公認の大会となる。このことから関東身障陸協のホームページと、申立人が被申立人事務局長と面談した際の説明とは決して異なるものではない。

(2) 対象大会における競技規則(ルール)の適用等の運営
  • (i) 申立人の主張

  • (ア) 被申立人が対象大会とした大会においては、前記1.(4)に記載されたIPC陸上競技規則に反して、競技者が踏切区域から踏み切らず、踏切区域よりも手前で踏み切りをした場合に、砂場に最も近い踏切区域の端から計測が行われていた。
  • また、各大会において、申立人のコーチであったCやコーラーであったDは、砂場に最も近い踏切区域の端から計測を行うのがルールであるという誤ったルール認識を有しており、それに基づいて申立人を指導していた。
  • このように、正しいルールの認識が大会関係者に徹底されておらず、誤った計測が行われたり、誤ったルール認識に基づいて指導がされたりすると、全盲である申立人は、跳躍のバランスがとれなくなったり、踏切りの位置をイメージできなくなって、そうした混乱の中で自己ベストを尽くせなくなってしまうのである。
  • 全盲の選手は、各試技において助走から踏切りのイメージを組み立てる中で、常にどこから踏み切ったかを自分の目の代わりをするコーラーに確認することが必要不可欠である。全盲の選手は、コーラーに確認しなければ試合で十分な結果を残せないだけでなく、砂場に着地できない場合は重傷を負いかねない。このようなことから、コーチやコーラーが正しいルール認識を有していることは、申立人のような競技者が各大会で十分に力を発揮するために不可欠である。
  • Cは、被申立人の強化指導部の役員であり、被申立人が推薦するアテネパラリンピック参加選手選考委員であって、大会⑧の際には監督であった。Dは、被申立人の強化指導部のスタッフであり、跳躍の部の指導員の一人で、過去4年半は申立人のコーラーを務めていた。被申立人は、自らの名簿に登載されたコーラーでなければ、公認大会でのコーラーとしての配置を認めていない。
  • なお、申立人は、各大会において、審判に対し異議を申し立てたことはないが、申立人のような全盲の選手が大会において審判に速やかに異議を唱えることはあり得ないことであり、異議申立てがなかったことで、大会の運営が適切なものであったということはできない。
  • 申立人は、本件仲裁手続において、審判のミスを問題にしているのではない。ルール認識があいまいなまま選手を指導し、誤った計測が実施された選考対象大会における競技の結果を基準に、アテネパラリンピックの参加選手の推薦を決定していることを問題としているのである。
  • (イ) CやDが誤ったルール認識に基づいて申立人を指導したり、関係者の誤ったルール認識に従って大会が運営されたりしたことを示す具体的な出来事として、次のようなものがある。
  •  ① 1998年7月の第1回IBSA世界選手権大会の際、及び、2002年7月の第3回IPC世界選手権大会の際、申立人は、コーチ兼コーラー又はヘッドコーチであったCから、競技者が踏切区域から踏み切らず、踏切区域よりも手前で踏み切りをした場合の計測方法について質問され、砂場から最も遠い踏切区域の端から計測を行うべきことを答えていた。
  •  ② 2002年12月の中京大学での冬季練習合宿の際、Cは、申立人に対し、視覚障害B1クラスの走り幅跳び及び三段跳びのIPC陸上競技規則の英語原文と日本語訳を読み上げ、「読み上げたIPCの最新ルールには、エリア手前から踏み切った場合の記載がないので、一般のルールに準じて砂場から一番近い踏切エリアから測定するという認識になる。」と述べた。申立人は、全盲で活字が読めないため、その書面を当時のコーラーであったDに渡してもらった。申立人は、視覚障害の走り幅跳び及び三段跳びにおいては一般のルールに準じると1メートルも短く計測される場合が生じ、大きな不利となるのでおかしいと思い続けていた。
  •  ③ 2003年8月、大会⑧の走り幅跳び競技で、申立人が踏切区域手前で踏み切った跳躍があったので、Dに確認すると、踏切区域の中で最も砂場に近いところから測定されたとのことであった。申立人がDに「おかしいのではないか」と質問すると、Dは「これであっています」と返答した。申立人は、試合終了後、念のため、監督であったCに確認したところ、「Dの判断で問題ない」とのことであった。
  •  ④ 同年7月、大会③の走り幅跳びで、ある選手の踏切区域手前で踏み切った跳躍は、踏切区域の中で砂場に最も近い地点から測定されていた。申立人はこの大会に出場しなかった。
  •  ⑤ 同年9月、大会④において、申立人は三段跳びの選手として出場したが、踏切区域手前から2回跳躍し、砂場に最も近い地点から計測された。同大会の最終日の夜に、ルールの説明会が開催されたが、申立人はこの説明会に欠席したので、説明会に参加したDにルールに変更がないか質問したところ、Dは、特にないとの回答をした。
  •  ⑥ 同年11月、申立人は、近畿身障陸連の記録会に走り幅跳びの選手として出場した際、申立人の踏切区域手前からの跳躍に関し、Dから、「ルールが変わって踏切区域の中で砂場から最も遠い地点から測定するようになった。9月の説明会でこのことを初めて知った。連絡が遅れて申し訳ない。」と告げられた。Dは、9月の大会④で審判員が間違った計測をしたことを認めた。その日、申立人は、Cに電話をして確認したところ、2002年5月にIPCが英文で出したルールに変更があったが、日本語訳されたのが2003年8月31日であったので、新ルールの周知が遅れたと説明し、謝罪をした。その際、Cは、同年9月の大会④では審判員に新しいルールを伝えたと述べ、審判員の測定の誤りを見つけて正しく計測し直させたとも述べた。
  • (ⅱ) 被申立人の主張

  • (ア) 前記1.(3)の日本国内のいずれの大会においても、競技は、前記1.(4)に記載されたIPC陸上競技規則に従って、適正に運営された。申立人が問題としている前記1.(4)記載のRule 185 Para3【Class F11-12】の内容は、ここ10年来全く改訂されておらず、各競技大会において適用されてきたものである。
  • (イ) 申立人は、競技会や練習会でのコーチ又はコーラーであったCやDらのルール認識について指摘しているが、その過程での申立人と同人らとの言葉のやりとりの詳細を被申立人は知らない。
  • ただし、申立人は、大会⑧の走り幅跳びで、踏切区域手前の跳躍について、踏切区域の中で一番砂場に近いところから測定されたと主張するが、国際大会でこのような初歩的ミスがあり、またこれが放置されることなど、およそあり得ない。また、申立人は、大会④の三段跳びに出場した際、踏切エリア手前から2回跳躍しこのとき砂場から一番近い踏切エリアから測定されたと主張するが、そうした事実もない。なお、被申立人の照会でCは、この大会で他の選手(E)の6回目の跳躍が踏切エリア手前からのものであったところ、審判員が砂場から一番近い踏切エリアのところから計測しようとしたのを見つけ、正しい計測方法に改めさせたことがあることを認めている。これは当日の審判員がすべて日本陸上競技連盟に所属し、一般の競技ルールどおりと錯覚していた者が一部にいたためであり、即座にCの指摘により改められている。
  • また、Cについて、中京大学での冬季練習合宿(申立人が主張する2002年12月ではなく2001年12月)の際に、CがIPC陸上競技規則を読み上げ、申立人に説明したというが、そのような事実もない。合宿はトレーニング中心であり、ルールを読み上げるような場面はおよそなかったとのことである。
  • さらに、Dは申立人が私的に依頼したコーラーもしくはコーチとして競技会に帯同していたのであって被申立人連盟関係者としての立場ではない。なお、Dは、本来、福祉ボランティアであり、その点、身障者の公認の陸上競技ルールに精通していたわけではないことから、被申立人の照会によると、ある時期、ルール認識について誤解していたことがある旨、回答している。しかし、Dもそのために申立人の跳躍距離が誤って測定されたことを現認したり、確認したりしたことはない。
  • いずれにしても、対象大会では、すべてルールの事前説明会を実施してその周知を図り、その上、現場では複数の審判員がおり、また申立人のほか、他の競技者のコーチやコーラーなども競技を見つめており、その中で最も重要な各選手の競技記録の測定につき、初歩的ミスが放置されることは考えにくい。対象大会はいずれも、IPC陸上競技規則に則り適正に運営されていたものである。
  • ちなみに、申立人の2003年の主要大会での記録は、6月の大会②では走り幅跳び5メートル26センチ、三段跳び11メートル58センチであり、8月の大会⑧では走り幅跳び5メートル64センチ、三段跳び11メートル65センチであり、9月の大会④では走り幅跳び5メートル11センチ、三段跳び11メートル14センチであった。このように、2003年の近接した時期の記録は、ほぼ一定の範囲に属し大きな格差は見られず(申立人は6月の大会②について、踏切エリアの測定問題を指摘していない)、これらの記録をみても、8月や9月の選考大会で1mもの誤差が生じる測定ミスがあったとは、考えられない。実質的に考えても、申立人ほどの選手が、いずれの競技会にせよ、跳躍直後に発表された記録に1mもの誤差があれば、自身の印象として当然おかしいと分かるはずであり、抗議の意思を表示したと考えられる。
  • なお、万が一、競技会において、当該審判員が計測ミスを犯していた場合、日本陸上競技連盟競技規則第146条の抗議と上訴並びにIPC競技規則(2002.5.15改訂版)Protest抗議Rule146Para5に定められるように、速やかに(30分以内の審判長への抗議や上訴審判員への上告など)、異議を唱えるシステムが整えられており、競技において選手が受ける不利益の対処方法についてのルールが定められている。この点、申立人がこのような規則に基づく公式の抗議をした事実はない。
  • いずれにせよ、各対象大会では、日本陸上競技連盟傘下の協会の力を借り、日本陸上競技連盟公認の審判編成を行っており、各大会とも、前記の各規定に則った公式の抗議を受けることなく大会を終了しているのである。
  • よって、各対象大会は正当な競技規則に基づいて開催、運営されていたものであり、この点からも現時点で、各競技会の正当な成立自体を否定する申立人の主張は棄却されるべきである。
  • なお、本件仲裁手続に適用されるスポーツ仲裁規則2条1項は、「この規則は、スポーツ競技またはその運営に関して競技団体またはその機関がした決定(競技中になされる審判の判定は除く。)について、競技者、監督、競技支援要員またはそれらの者の属する団体が申立人として、競技団体を被申立人としてする仲裁申立てに適用される。」と定めており、申立人の主張が結局、審判の計測ミスを指摘するものであれば、この仲裁申立ては速やかに却下されるべきものである。

(3)選考基準について
  • (ⅰ)申立人の主張

  • (ア) 被申立人は、IPCが定めた標準記録を選考基準としているが、IPCが定めた標準記録は種目間の平等性に欠けたものである。たとえば、IPCのA標準記録を適用した場合、種目によっては世界で2人しか超えた選手がいないものもあるが、20人以上がA標準記録を超えている種目もある。その結果、被申立人は選手選考にあたり世界ランキングを全く考慮していないので、アテネパラリンピック参加選手に選出されなかった選手の中には、世界ランキング3位前後の上位にランクされる者で、アテネパラリンピックでのメダルや入賞が強く期待できる選手がいる反面、参加選手に選ばれた選手の中には世界ランキング10位以下の選手が多数存在している。ちなみに、日本身体障害者水泳連盟は、選手選考にあたり、世界ランキングを参考にしている。
  • (イ) 申立人は、IBSA世界選手権の視力障害三段跳びで、1998年と2003年の2大会連続して銅メダルを獲得している。そのうち、対象大会である2003年8月の大会⑧のB1クラスにおいて、三段跳びで銅メダル、走り幅跳びで7位入賞を果たした。この大会への日本からの派遣選手でメダルを獲得したのは申立人だけである。しかし、被申立人は、アテネパラリンピックの日本代表選手選考において、国外の大会におけるメダル獲得に正当な評価をしなかったので、申立人は、極めて不利な状態に置かれた。
  • 申立人は、ここ5、6年の間、B1クラス男子三段跳びの国内最高記録保持者であり、IPCの公認したランキングで8位である。世界的に同種目のA標準記録をクリアしている選手は、6名であると思われる。同種目では、日本にA標準記録をクリアした者がいないところ、申立人はB標準記録をクリアしており、かつ、世界的にA標準記録をクリアした選手が前記のように少ないので、申立人は、国際的に見てメダルの可能性があるというべきであり、被申立人の主張する選考基準に照らしても、代表選手として推薦されるべきであった。

  • (ⅱ)被申立人の主張

  • (ア) アテネパラリンピックの参加標準記録は、前記1.(6)のとおりであるが、これらはIPC陸上競技部門が決定したもので、およそ被申立人の関与するところではない。
  • なお、申立人がIPCの標準記録設定に平等性に欠けたものがあると主張するのであれば、申立人は、事前に被申立人との同意を得た上で、日本パラリンピック委員会を通じ、被申立人名でIPC陸上競技部門に抗議するという手続を取るべきであった。
  • (イ) 被申立人は、IPCの設定した参加標準記録の基準を踏まえ、事前にIPCが日本(日本パラリンピック委員会)に割り当てた選手数34名の範囲内でアテネパラリンピック陸上競技への派遣選手を選考(推薦)した。
  • 被申立人は、選考基準の優先順位として、①選考対象大会でA標準記録を突破した者で、3位以内に入賞可能なもの、②A標準記録を突破した者で8位入賞が期待されるもの、③A標準記録を突破したもの、④B標準記録を突破したもの、の4段階を設け、理事会で確認した。そして、これに従い、選手選考委員会を設け、割り当てられた選手数の範囲で、2004年3月14日に推薦決定をし、同月31日に日本パラリンピック委員会に報告したものである。
  • よって、選考基準に不当性や不合理性は一切ない。
  • 今回、被申立人が推薦した選手は、全員がA標準記録突破者であり、B標準記録に止まるものは誰も含まれていない。
  • また、申立人は、日本身体障害者水泳連盟は選手選考にあたり世界ランキングを参考にしていると主張するが、それはあくまで参考であって、同連盟も、標準記録を突破した選手を基本に推薦しており、しかも水泳の標準記録には陸上のようにA・Bのレベル分けがなく、1本化されている点で、陸上の場合とは事情が異なる。
  • (ウ) 申立人は、2003年8月、大会⑧に参加したが、前記1(5)(6)のように、申立人の三段跳びの記録は11メートル65センチであって、B標準記録を上回るものの、A標準記録に達していない。この大会も、IPC公認のものであり、対象大会に含まれている。このことは、同行したコーチの言葉からも、この大会が対象大会であったことを申立人も十分確認しているはずである。

第4.判断の理由
  • 1. 申立人の請求(1)のうち主位的請求に係る申立てについて
  • 前記第3.1.の事実に加え、乙第1号証及び証人Aの証言によると、次の事実が認められる。
  • アテネパラリンピックに参加する日本代表選手については、財団法人日本障害者スポーツ協会の一つの組織である日本パラリンピック委員会が、同委員会に加盟する競技団体の推薦する者を日本代表選手として選考して決定することとされている。アテネパラリンピック陸上競技の部における日本代表選手については、2004年4月15日に発表されたが、この日本代表選手は、財団法人日本障害者スポーツ協会の日本パラリンピック委員会が決定したものであり、被申立人は、同委員会に加盟する競技団体として、32名の代表選手推薦リストを提出した。この代表選手推薦リストの提出は、同委員会が代表選手を決定するための前提であり、日本パラリンピック委員会は、これらの者全員を代表選手として決定した。
  • これらの事実によると、アテネパラリンピック陸上競技の部における日本代表選手を決定したのは、財団法人日本障害者スポーツ協会の日本パラリンピック委員会であって、被申立人ではないと認められる。
  • 本件仲裁手続は、被申立人の決定を対象としているものであるところ(スポーツ仲裁規則2条1項)、前記日本代表選手を決定したのは被申立人でない以上、申立人の請求(1)のうち主位的請求に係る申立ては、本件仲裁手続の対象となり得ない決定の取消しを求めるものであり、却下すべきである。

  • 2.申立人の請求(1)のうち予備的請求及び請求(2)について
  • (1)本件仲裁手続の対象適格について
  • 前記1.で認定した事実によると、被申立人の推薦決定及び推薦行為は、スポーツ仲裁規則2条1項にいう競技団体がした決定に当たるということができ、かつ、前記第2.2.の日本身体障害者陸上競技連盟規約11条3項にいう被申立人の決定に当たる(したがって、仲裁合意の範囲に含まれる。)というべきであるので、申立人の本件申立てのうち、前記1.で却下すべきとされた請求以外に関する部分は、本件仲裁手続の対象となる。
  • (2)対象大会の事前周知
  • 乙第4、第9、第12から第15、第22号証、証人Aの証言及び申立人本人尋問の結果によると、次の事実が認められる。
  • 被申立人は、2002年12月23日、被申立人事務局A名で、各登録団体・登録会員に「アテネパラリンピック選手推薦大会について(お知らせ)」という案内文を送付した。その案内文には、トラック・フィールド競技について、2002年9月に開催された第7回関東身体障害者陸上競技選手権大会及び2002ジャパンパラリンピック陸上競技大会、2003年・2004年(突破期間内)に開催される日本身体障害者陸上競技選手権大会、関東身体障害者陸上競技選手権大会、ジャパンパラリンピック陸上競技大会、九州パラリンピック陸上競技選手権大会を標準記録突破の指定大会とすることを決定した旨が記載されている。
  • また、その後開催された大会①、大会②、大会③、大会④及び大会⑤の各大会開催要綱には、当該大会の成績は、アテネパラリンピック日本代表選手の選考資料とする旨がそれぞれ記載された。
  • さらに、申立人は前回のシドニーパラリンピックに三段跳びの日本代表選手に選定された経験を有しており、その際の選手選考大会がどのようになっていたかについて知っていたはずであること、そして、今回のアテネパラリンピックにおける対象大会はシドニーパラリンピックの際と大きく変わっている事実がないことが認められる。
  • 以上の事実によると、申立人はもちろんのこと、他の各競技者も、少なくとも国内の大会については、対象大会を、各大会開催前に知り得たものというべきである。
  • もっとも、国外の対象大会については、2003年の評議員会で議題とされたが、その後、どの程度各選手に周知が図られたかについて裏付ける証拠がなく、どの程度各選手に周知されたかは、必ずしも明らかではない。
  • 以上によると、国外の対象大会がいつの時点で被申立人の各登録団体及び登録会員に周知されたかは明らかでなく、被申立人による対象大会の周知については、必ずしも万全のものではないというべき点がある。他方、国内の対象大会については大会前に周知がされている。さらに、前回のシドニーパラリンピックに三段跳びの日本代表選手に選出された経験を有する申立人としては、今回のアテネパラリンピックについての対象大会がどのようになっているかについては事前にある程度予測ができた上に、現実にもそれらに出場する機会があった。以上によれば、被申立人の推薦選手の決定や推薦行為が不当、不合理であるとまではいえず、選考を再度実施しなければならないほどの事情があるとはいえない。
  • (3)対象大会における競技規則(ルール)の適用等の運営について
  • 申立人は、被申立人が対象大会とした大会においては、前記第3.1.(4)に記載されたIPC陸上競技規則に反して、競技者が踏切区域から踏み切らず、踏切区域よりも手前で踏み切りをした場合に、砂場に最も近い踏切区域の端から計測が行われていたこと、各大会において申立人のコーチであったCやコーラーであったDが、砂場に最も近い踏切区域の端から計測を行うのがルールであるという誤ったルール認識を有しており、それに基づいて申立人を指導していたことなどを挙げて、対象大会の運営が不当なものであったと主張している。
  • しかしながら、各対象大会において、審判の計測がルールに反するものであったことは、本件仲裁手続による決定の取消し等の救済の理由とはならない(スポーツ仲裁規則2条1項参照)。
  • また、証人Aの証言によると、各対象大会では、いずれもルールの事前説明会が実施されたこと、各競技の際には複数の審判員が計測や判定をしていたこと、各競技において審判の判定に誤りがあった場合には、競技者、コーチ等が抗議をする手続が定められていたことが認められる。
  • 一方、乙第23号証、証人Aの証言及び申立人本人尋問の結果によると、申立人が出場した大会で申立人のコーラーを務めたDが、踏切区域よりも手前で踏切りをした場合に、踏切区域の砂場から最も遠い地点から計測する(ルール上はこちらが正しい。)のか最も近い地点から計測するのかについて、不正確な認識に基づいて、競技会の現場又は競技会以外の場で申立人と会話をしたことがあったことが認められる。また、同様の大会でコーチ又は監督を務めたCと申立人の間でもルールについての会話があり、申立人がCから十分納得のいく説明を得られなかったことがあったことが認められる。
  • 両名は、申立人を指導又は助言する立場にあるところ、Cは、被申立人の強化指導部の役員であり、被申立人がアテネパラリンピック参加選手を推薦する際の選考委員であること、Dは、被申立人の強化指導部のスタッフであり、跳躍の部の指導員の一人であること、被申立人は自らの名簿に登載されたコーラーでなければ公認大会でのコーラーとしての配置を認めていないことがいずれも認められるので、両名が被申立人側から申立人のために派遣された者らであるという一面も有しており、申立人が両名の言動をとらえて、被申立人の責任に帰すべき大会運営上の問題点として指摘する理由は理解できないではない。また、視覚障害者である申立人が競技の際に誤ったルールに基づく指導をされるとベストを尽くせなくなってしまうという申立人の主張も理解できる。
  • しかしながら、対象大会となった各大会の競技は、一般的なIPC競技規則に従って実施されたものであり(前記第3.1.(3)(4))、このような一般的なルールを申立人を含む競技者、コーチ、コーラー等がどのように認識しているかは、本来は、各大会の運営そのものとは別の事柄であり、大会に先立って、それ以外の場で、競技者、コーチらが当然に正しく認識しておくべき事柄である。もっとも、ある大会において、主催者から、競技者、コーチ、審判等に誤ったルールが正式に伝えられたとか、一般には十分に認識されていないルールが適用されるにもかかわらずそれが周知されなかったといった場合には、大会運営自体の不当性をもたらすことがあり得るが、本件においては、このような状況があったとは認められない。
  • また、申立人のコーラーを務めたDについては前記のようにルールの認識が不正確であったことが認められるものの、誰をコーラーとするかについては第一次的には申立人が自由に選任できるものであり、Dについても申立人が私的に選んで依頼しており、被申立人との関係よりも申立人側としての関係が強いものである。
  • 以上を総合すると、本件で、大会運営の不当性をもたらすとまで認めるべき事情があったということはできない(なお、申立人の主張の中には、競技の場での審判の計測の誤り自体を問題にすることをうかがわせる部分がないではないが、そうであれば、前記のように、そもそも本件仲裁手続で救済の理由とはできないものである。)。
  • (4)選考基準について
  • 前記第3.1.の事実に加え、乙第5、第6号証及び証人Aの証言によると、次の事実が認められる。
  • アテネパラリンピックの参加標準記録は、前記第3.1.(6)のとおりで、これらはIPC陸上競技部門が決定したものである。被申立人は、これを踏まえ、事前にIPCが日本(日本パラリンピック委員会)に割り当てた選手数34名の範囲内でアテネパラリンピック陸上競技への派遣選手を選考(推薦)した。被申立人は、選考基準の優先順位として、選考対象大会で、①A標準記録を突破した者で、3位以内に入賞可能なもの、②A標準記録を突破した者で8位入賞が期待されるもの、③A標準記録を突破したもの、④B標準記録を突破したものの4段階を設けた。そして、被申立人は、選手選考委員会を設け、この基準に従い、割り当てられた選手数の範囲内で推薦する選手を決定し、財団法人日本障害者スポーツ協会・日本パラリンピック委員会に代表選手推薦リストを提出した。これらの選手は、すべてA標準記録をクリアした者らであった。
  • 選考の対象となった申立人の視覚障害三段跳びの最高記録は、2003年8月に大会⑧で記録した11メートル65センチであり、B標準記録を上回るものの、A標準記録に達していない。
  • これらの事実によると、被申立人が設定した選考基準及び選考結果に不当ないし不合理なところがあるとは認められず、他に、そのような問題を生じさせるべき事情も認められない。
  • (5)以上によると、申立人の請求(1)のうち予備的請求及び請求(2)については理由がなく、棄却されるべきである。

  • 3.まとめ
  • 以上のとおり、申立人の請求(1)のうち主位的請求に係る申立てを却下し、申立人の請求(1)のうち予備的請求及び請求(2)を棄却する。
第5.今後の対応
  • 以上のように、本件において、申立人の請求はいずれも認めることができないものであるが、本件の紛争が生じた経緯に関しては、被申立人の側にも反省すべきところがないとはいえない。
  • そこで、本件仲裁手続の審問の過程で、当事者間で率直な意見の交換がされ、今後の対応について、被申立人側から、次の1.から3.までのような方策が示された。
  • 本件スポーツ仲裁パネルとしては、被申立人が、これらの措置を誠実に履行することを期待する。

  • 1.コーラーに関する配慮
  • 被申立人は、国内の大会においては、選手が選定した者がコーラーとして参加できるよう、最大限に配慮するとともに、国内の4大大会(日本身体障害者陸上競技選手権大会、ジャパンパラリンピック陸上競技大会、九州パラリンピック陸上競技選手権大会及び関東身体障害者陸上競技選手権大会をいう。)において当該専属コーラーが、被申立人の強化指導部に属することその他の理由により大会運営等の用務に携わるよう求められることがないよう配慮し、被申立人以外の各大会主催者にその旨伝達する。
  • 被申立人は、国外の大会にコーラーを派遣する場合においては、コーラーの選定に関する選手の意見をできる限り尊重し、また、コーラーが公的な用務をすべき場合にも、選手のサポート体制に支障が生じないよう、コーラーの仕事に配慮する。
  • 2.ルールの内容の理解と周知徹底
  • 被申立人は、選手、コーチ、コーラー等の関係者に、身体障害者陸上競技に特有のルールについて、ホームページの記載への記載等電子情報化に努めるとともに、ルールの点訳等において、十分周知が図られるようにする。
  • 3.国際大会の選手選考対象大会の周知
  • 被申立人は、国際大会の選手選考対象大会や選考基準について、ホームページ、評議員会その他の適切な方法を用いて、各団体及び選手に十分周知が図られるようにする。

第6.結 論
 以上のことから、主文のとおり判断する。
2004年8月26日
仲裁人: 笠井 正俊
桂 充弘
野村 美明
仲裁地:東京都

以上は、仲裁判断の謄本である。
日本スポーツ仲裁機構 機構長 道垣内正人
※申立人等、個人の氏名はX等に置き換え、各当事者の住所については削除してあります。

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